「未来を変える、イノベーター10万人のための共創の場へ」をテーマに掲げた「CEATEC2023」(10月17日~20日)を通して感じたのは、電機と自動車との業界の垣根がさらに薄まったということ。課題解決を担うソリューション系の企業が多い印象だった。現地の様子を紹介する。
かつて「家電の見本市」と呼ばれていたCEATECは2016年から脱・家電見本市を宣言。現在は“Society5.0”を打ち出し「IoT」(モノのインターネット)と「共創」で、未来の社会や暮らしを描く展示会にシフトしている。
開幕当日のオープニングレセプションでは、岸田文雄首相や河野太郎デジタル大臣、西村康稔経済産業大臣が出席したほか、河野大臣と西村大臣は会場も見学するなど、政府として力が入っていた。最近よく叫ばれている日本の電機産業の衰退、ひいては国力の低下を痛感しており、何とかしたいという思いがあるからだろう。
自動車業界は、電気自動車と自動運転という大きな技術革新が、ほぼ同時にやってきた。内燃エンジンは技術のすり合わせ必要だが、電気自動車は技術がコモディティ化(一般化)するので参入障壁がグッと下がる。また、自動運転はコンピューターが絡むため、電気業界と自動車業界の親和性が非常に高い。だからこそ、近年はアップルなど、自動車業界以外のメーカーが関心を寄せている。CEATECでもその傾向が見られた。
自動車メーカー以外の企業による自動運転のモビリティの例として、京セラコミュニケーションシステムが開発した「公道を走る自動走行ロボット」の一例がある。小さな無人自動車という感じだが、これは用途にあわせて仕様が変えられる汎用性が高いものだ。
北海道石狩市では「自動配送ロボット」として車両にロッカー(3種類の大きさに対応)20個をつけて宅配便を配送する実証実験が行われている。同市内で決められた1周約5キロのルートを時速15キロで走行。注文した商品が自宅付近に来ると、スマホにインストールされたアプリに通知され、ユーザーはそれを取りにいく。
また、千葉県千葉市で行われているのは「移動販売ロボット」だ。温冷蔵機能を備えた車両で、飲み物やちょっとした食べ物を乗せて、公園やマンション群を周回する。無人の移動式コンビニエンスストアだ。客はロボットに搭載されたタッチパネルに表示される商品を選択。スマホを使って電子マネーで決済すると、商品のあるロッカーが解錠され、商品を取り出せるというものだ。
三菱電機は、産業技術総合研究所(産総研)などと共同開発をしたレベル4(運転手不在の運行)の自動運転車両を開発。「ZEN drive」と名付けられた小型バスは、2023年5月から福井県永平寺町で、永平寺口駅と永平寺の入口を結ぶ2キロの路線を時速12キロで走行する(大人100円、中学生以下50円)。
2023年10月29日に4人を載せて走行していた際、自転車と接触したため、現在は安全が確認されるまで運行中止となっている。ケガ人はいなかったことは不幸中の幸いだが、これからしっかりと対策を行うことができれば、より安全な運行につながるだろう。
京セラや三菱電機、いずれの取り組みも成功すれば、人口減少による人手不足や過疎地域の買い物難民の手助けになることは明らかだ。
電機メーカー・パナソニックが自動車製造に提供するパーツは多い。小さなチップ、ファン、車載電池、モーター、レーダーなど、さまざまな車載デバイスやモジュールがあり、環境課題の解決や快適な車室の実現に貢献している。家電のイメージから完成品を売る会社というイメージが強いが、自動車においてはほぼ黒子の役割だ。
担当者は「現時点では内燃機関(ICE)と電気自動車の両方に合わせた部品を提供しています。特に軽量化、小型化が大事です。なぜなら燃費、電費に大きくかかわるからです。現時点では両方に部品を供給するスタンスです」と語る。BEV(バッテリ式電気自動車)の存在感が上がっているが、まだまだ市場が大きいICEを含めた二刀流でビジネスを展開する。
「未来の暮らし」という意味では、面白い技術もあった。鹿児島にあるインターマン社は、画像が空中に浮かんだように見える「空中コンピューター」を開発。見た目は3Dのホログラムのような感じだが、大きな違いは、飛び出した画像に対して手を動かすことで360度自由に回転でき、好きな視点から見ることができる点だ。つまり、CADのように画面の中で立体を動かすのではなく、実際に完成したイメージが体感できる。これはドローンなどで撮影した画像データがあれば再現できるといい、例えば、城の外観を撮影すれば、イメージを作成でき、天守閣含め、城の構造が深く理解できるという。
そして、CEATEC AWARDの「デジタル大臣賞」を受賞したのが、大阪のザクティ社が開発したウェアラブルデバイスの「Xacti LIVE」という商品だ。眼鏡に取り付けられるほど小さい小型カメラ。高画質、水平維持、ブレ補正に優れているので、例えば建設現場などで使うと、一つひとつの構造物や部品、建て付け具合などを遠くにいる人がライブ映像で確認でき支援を容易にすることができる。ほかにも外科医が装着すれば、医師の目線で手術の様子を見ることも可能だ。
ほかにも、東芝はウォークスルー型危険物検知装置を用いた「空間セキュリティマネジメントソリューション」を紹介。例えば、空港の税関で危険物を持っているかどうか調べるためには、ゲートをくぐるなど、数秒止まる必要がある。しかし、東芝が開発した装置は、強い直進性があり、大きな情報量を伝送できるミリ波を活用したもので、電車の改札のように止まらずに検知ができる。小売店、ホテル、公共施設の入口に設置するのを想定しているという。
これをイベント会場で活用すれば、手荷物検査がほぼなくなる。電車車両内に組み入れれば、危険物を持っている人がわかるため、運転手、車掌が対応することも可能だ。2021年に発生した京王線での死傷事件のような凶悪事件も防ぎやすくなるだろう。いずれも製品も、発展すれば確実に私たちの生活に役立つ商品のはずだ。
]]>「ジャパンモビリティショー(JMS)」(2023年10月26日~11月5日)で注目度の高かった車両の一つに、2021年にいすゞ傘下となったUDトラックスが開発した実証実験車両のダンプ「Fujin(風神)」がある。「特定条件下における完全自動運転」に達するレベル4の自動運転を開発、荷台に積んでいる砂利などを下ろす作業も自動で行ってくれる優れものだ。
今、物流・運送業界では「2024年問題」が課題となっている。これは、2024年4月からの働き方改革関連法の施行によりドライバーの労働時間に上限が課され、その結果生じる問題の総称のことだ。
具体的には、ドライバーの時間外労働時間が年間960時間に制限されることで一人当たりの走行距離が短くなるが、その結果、長距離輸送に影響が及ぶこととなる。引いてはドライバーの収入減少にもつながることにも。少子高齢化で成り手もなかなか見つからない状態では、給与を大きく上げるというのが一番わかりやすい解決方法だ。しかし、現実の経営を考えると、世間的な賃上げの流れができつつあるとはいえ、魅力的な給与を提示できるかとなるとなかなか難しいと言わざるを得ない。
この課題を解決できる可能性があるのが「自動運転化」だ。自動車業界は「100年に一度の大変革期」と言われており、クルマの構造の変化を表している「CASE(Connected/Autonomous/Shared/Electric)」の対応が避けられない。その一つである『Autonomous(自動運転化)』は人材不足を補う技術と言える。
自動運転レベルは現在、国土交通省によって0~5の6段階に分けられ、自動でできることが増えていくにつれてレベルが上がっていく。レベル0は「運転自動化なし」、レベル1は自動ブレーキなどの「運転支援」、レベル2は高速道路での自動運転モード機能などの「特定条件下での自動運転機能(高機能化)」、レベル3は「条件付自動運転」、レベル4は「特定条件下における完全自動運転」、レベル5は「完全自動運転」といった具合だ。
日本の市販車では、ホンダのLEGENDがレベル3を取得している。レベル3は「システムすべての運転タスクを実施するが、システムの介入要求などに対してドライバーが適切に対応することが必要」としている。レベル4になると「特定条件下においてシステムがすべての運転タスクを実施」と定義されている。日本の一般車両でこのレベル4を取得したクルマはないが、実証実験段階にある車両はいくつかある。それが、いすゞ自動車の子会社であるUDトラックスが開発した「Fujin」だ。
この車両には、監視カメラやGPS、前方のバンパーやループに5個、後方に1個のLiDAR(センサーを使って距離を計測する技術)を搭載しており、トラックドライバーが乗車しなくても目的地に到着し、現場では荷台に乗せた砂利などの積載物を自動的に下ろすことを可能にしているという。
UDトラックスは、神戸製鋼加古川製鉄所の協力を得て約2カ月間、実際の工事現場でFujinのテスト走行を実施。約17トンの製鋼スラグが積み込まれ、外から状況を監視していたオペレーターがトラックに指示を出すと、事前に登録しておいた別の荷下ろし地点まで自動搬送を行った。そして、登録地点にあるホッパーに対して自動で荷台が傾斜して製鋼スラグが流しこまれた。
ブースの担当者によると「一般の車両とは違い工事現場で使う車両のレベル4は、現場から現場までの走行を自動運転するだけでは十分ではありません」という。荷台にモノを積んだ後、次の現場では自動的にモノを下ろすことまでできないと結局、人手が必要になるため意味がないのだという。「つまり、業務用のレベル4とは、自動運転に加え、もうひとアクションの自動化ができないと、人材不足を補うことができません」(同担当者)
これが実現した場合、数人のオペレーターがいれば、鉄道にあるような運行管理センターからたくさんのトラックに指示を出すだけでよくなる。トラックドライバーの確保も必要なくなるため、すべて自動運転ができる効果は絶大だ。
さらに、UDトラックスは、油圧式ステアリングギアボックスに搭載した電気モーターが運転を支援する「UDアクティブステアリング」という技術を用いて、正確に操舵できるシステムを開発。大型トラックの「クオン」に搭載しているが、レベル4の開発に役立てている。担当者は「工事現場ですから、段差や水たまりがあったり、ぬかるみもあったりしますし、雨などによってどんどん路面状況が変化します。商用化に向けて車体の制御レベルをさらに上げたほうがいいと思っていますが、大きな問題は発生しなかったのは収穫でした」と話す。
スピードも遅くては作業効率が下がるのと同じなので、現実世界で走行されているスピードで実験を行ったそうだ。悪路でのスピードが上がれば、機械への衝撃は大きくなり誤作動を招き、事故が発生しかねない。それに耐えたことは、信頼性が高まっているだけでなく、サスペンションなどの開発もより進んだことを意味していると言えるだろう。
Fujinはディーゼルエンジンで開発しているが、実はUDトラックスは「Fujin & Raijin(風神雷神)―― ビジョン2030」を掲げトラックの電動化も進めている。2030年までにフル電動のトラック量産化を目指しているいるが、このまま順調に開発が進めば、次の2025年か2027年のジャパンモビリティショーにおいて、自動運転とEVが一緒になったトラックを展示させる可能性は低くないと印象を受けた。
]]>ここ数年、自動車業界を取り巻く環境が劇的に変化し、電気、半導体など、これまで以上に他の業界を巻き込む必要が出てきている。2023年10月・11月に開催された「ジャパンモビリティショー(JMS)」では、部品のコモディティ化により移動体(モビリティ)の製作が以前より容易になり、新しい形のモビリティが次々と登場。自動車が主役の時代は終わりつつあることを認識させられた。
JMSで一番ド肝を抜かれたのは、SUBARU(スバル)が「スバル エアモビリティコンセプト」という“空飛ぶ車”を展示したことだ。6基のプロペラを回転させる、クルマというよりもドローンに近い感じのモビリティだが、すでに実際に飛ばして実験中だという。漫画の世界だったものが現実に現れると、「本当にそんな時代が将来到来するのだ」となんだか感慨深い。元々、スバルSUBARUの前身は、「隼」などの戦闘機を製造していた中島飛行機であり、そういう意味では先祖返りと言えるだろう。
余談だが、宙に浮くものを製造・販売する場合、飛行機メーカーとして国に登録しなければならない。今後、トヨタもホンダも、日産も空飛ぶ飛行機を製造するなら、飛行機会社にもならないといけなくなる。
今回のモビリティショーを見ると、空飛ぶ飛行機はスバルを含め、ドローンの発展形から進化しそうだ。愛知県にある会社SkyDriveは3人乗りの空飛ぶクルマ「SKYDRIVE」を開発。全長13m、全幅13、全高3m、最高速度は100キロ、航続距離は15キロで、12基のローターで動かす。2025年の大阪・関西万博で運行開始予定だという。
例えば、万博会場の夢洲からユニバーサル・スタジオ・ジャパンを電車やバスで結ぶと35分かかるが、この機体で移動すると7分で済む。今、多くの高層ビルの屋上にはヘリポートがあるが、これが自由に使えるようになれば移動時間の節約効果は計り知れないだろう。
モビリティショーでは“小さなモビリティ”の展示が多いのも印象的だった。例えば、フリマアプリで知られるメルカリの研究開発部門である「mercari R4D」と東京大学川原研究室との共同研究で開発されたのが「poimo(ポイモ)」だ。平らなビニールのような素材に空気を入れると、タイヤがついたソファに変身し、レバーを使って移動する。中が空気のため、どこかにぶつかっても傷をつけない。例えば、車いすの利用者が家の中でソファ替わりに使い、そのまま移動して冷蔵庫まで飲み物をとりに行くことも簡単にできそうだ。
ホンダは、多彩なアイデアのモビリティを展示していた。「e-MTB Concept」という電動アシスト版のマウンテンバイクやラストワンマイルの移動を想定した小型電動バイク「Pocket Concept」は再生樹脂でできており、サステナブルなモビリティと言えそうだ。同じくラストワンマイルモビリティの「Motocompacto」(最大航続距離は19キロ)は非常にコンパクトなデザイン。また、従来の車いすなどは手を使って操作するが、ハンズフリーパーソナルモビリティ「UNI-ONE」は体重移動だけで意のままに方向を変えることができる。
また、飛行機にしては小さいという意味で、ホンダの航空事業会社であるホンダ エアクラフト カンパニーによる小型ビジネスジェット機「HondaJet」の実物大モックアップも展示していた。ホンダの技術者は、良い意味での遊び心を持ちながら、いろいろな在り方のモビリティを模索しているのを感じた。
ヤマハは水素を燃料にした研究用スクーターを展示。後部座席に大きな水素ボンベがあるのが気になったが、開発を続け、次回のモビリティショーでどれだけ小さくなっているのか期待したくなった。
面白かったのは、ベンチャー企業が出展していたエリアだ。長野県塩尻市にあるハタケホットケが開発したのは「ミズニゴール」という水田専用除草ロボット。通常、田んぼに生えてくる雑草は水田除草剤を使って除草するが、有機栽培農法だと人手が必要になり、手間もかかる。さらに、有機栽培では雑草が生えるスピードが速いため、人間の力では雑草を抜くのは間に合わないことが多い上に、体力も使うという。その点、このロボットを使えば、土を攪拌させながら移動するため水が濁る。結果、雑草は光合成ができなくなり、雑草が伸びなくなるという。
実証実験では、約70%の田んぼがミズニゴールのみで抑草・除草ができたという。取締役のケンジ・ホフマンさんは「現在はラジコンのようにコントローラーを使って操作していますが、今後はGPS機能を搭載させてソーラー駆動にした全自動型をリリースさせる予定です」とさらなる進化への意気込みを語った。
また、東京のエバーブルーテクノロジーズは、帆船型のドローンを開発。これは水上警備・パトロール、魚群探知、海洋気象調査などに使うことを目的としている。最大のポイントは風力を利用するヨットであること。燃料代が全くかからず、必要なのは搭載したカメラなど、各種電子機器を100時間以上動かせるバッテリーのみだという。ソーラーパネルを搭載すれば、さらに稼働時間を伸ばすことができる。両者とも人件費や燃料代のコストがかからないというのは、人手不足、物価上昇の観点から見ても大きなメリットだ。
モビリティショーにおけるエンターテインメント性の追求という意味で言えば、F1チームのレッドブル・レーシングにパワートレインを供給し、チャンピオンを勝ち取ったホンダの展示が出色だった。2023年シーズン優勝車両の「レッドブル・RB19」を展示したほか、アメリカ・インディアナ州で毎年開催される世界最速の周回レース「インディ500」でレーシングドライバー・佐藤琢磨が乗って優勝したマシンが並列で並んでいた。また、トヨタは「ル・マン24時間レース」で走った車を展示するなど、モータスポーツの車両を多く展示して、特にクルマ好きの子どもが増えてもらいたいという想いを感じた。
それは、スーパーカーのエリアも同じだった。フェラーリ、ポルシェ、アストンマーティン、ランボルギーニなどのクルマが販売ディーラーの尽力で展示を実現。かつて70年代後半頃にスーパーカーブームがあったが、こういう仕掛けは小さな子どもをクルマ好きにさせる要素がある。
また、東京のツバメインダストリが製作した高さ4.5メートルの巨大ロボット「アーカックス」はすごいインパクトだった。腹部に搭載されたコックピットに人が乗り、ロボットを動かすのだ。これで何か作業をするわけではないが、アニメの世界を現実にすることで、来場者にワクワク感を抱かせる。「アーカックス」は子どもたちにモノづくりに興味を持ってもらいたいという思いから製作されたといい、今後は富裕層を対象に販売することを考えているという。
いろいろなモビリティが存在することは、選択肢が増えることになる。消費者にはありがたい上に、モノづくりの継続性という意味でも大きい。一方で商品が増えれば、小生産になりやすいというジレンマもある。採算性を考えつつも、アイデアいっぱいの商品が実用化されるのを期待したい。
]]>イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区への空爆が続く。イスラエル側の犠牲者数が1400人余りに留まる一方、パレスチナ側の犠牲者数は1万人を超え、増加の一途をたどっている。国際社会ではイスラエルに対する非難の声が広がるが、イスラエルはガザ地区への空爆や侵攻を止めようとしない。こういった危機が発生した際、本来であれば国際社会の平和と安全の維持を追求する国際連合が主要な役割を果たさなければならない。しかし、国連は十分に機能しているとは言い難い。その原因はどこにあるのだろうか。
10月16日、国連の安全保障理事会において、ロシアがパレスチナ寄りの立場で、今回の原因をイスラエルによる長年の占領だと主張。ハマスを非難しない形で即時停戦を求める決議案を提出した。しかし、ハマスを非難する欧米諸国や日本がそれに反対し、決議は採択されなかった。
続いて、10月18日には、ブラジルがハマスを非難した形で停戦を求める決議案を提出し、フランスや日本が賛成に回ったものの、アメリカはイスラエルの自衛権への言及がないとして拒否権を行使した。
そして、10月26日にはアメリカがハマスを非難し、イスラエルの軍事作戦に極力支障が出ない範囲での一時停戦を求める決議案を提出したが、ロシアや中国は「イスラエルの行為を容認するようなものだ」として拒否権を行使し、廃案となった。
このように、本来世界の平和と安全で最前線に立って機能しなければならない安保理は、その役割を全く果たせない状況だ。
一方、全加盟国が参加する国連総会でも、世界の分断が顕著に見られる。イスラム教国は攻撃を続けるイスラエルを非難し、即時停戦を訴えているが、アメリカやイスラエルはそれに真っ向から反対。日本やイギリスなどは、どちらにもつかない中立的な立場を維持している。結局、国連総会ではハマスを非難しないで停戦を求めるヨルダンの決議が121カ国の賛成で採択されたが、アメリカやイスラエルなど14カ国が反対、欧州や日本など44カ国が棄権した。
自然に考えれば、今回の発端を作ったハマスも、過剰な攻撃を続けるイスラエルも双方が非難され、双方が即時停戦に応じるべきだが、各国によって考え方が全く異なるため、一般的にすぐできそうなことができない“世界”の難しさが浮き彫りとなった。
しかし、これは今回に限ったことではない。ロシアがウクライナへ侵攻した翌月、国連総会ではロシアの侵攻を非難する決議が141カ国の賛成で採択された。反対に回ったのは侵攻したロシアに加え、ベラルーシとエリトリア、北朝鮮とシリアの5カ国だったが、中国やインド、その他のグローバルサウスなど35カ国が棄権した。このときは、安保理では常任理事国ロシアがウクライナ侵攻に関する決議案で拒否権を行使することは議論の余地がなかったが、国家による侵略を非難する決議にも40カ国余りが賛成に回らなかった。
なぜ、国連における諸外国の立場はここまで異なるのか。一つに、イスラエル情勢における日本の立場を取り上げて説明しよう。
日本はイスラエル情勢において、イスラエルを支持するアメリカの立場でもなく、パレスチナ側を支持するアラブ諸国の立場でもない。日本はこれまでアラブ諸国と良好な関係を維持し、石油の9割を中東に依存してきた。そのため、今回のような事態にアメリカと足並みを揃えれば、日本としてはアラブ諸国との間に摩擦が生じる恐れがある。一方、日本は近年イスラエルとも経済的な協力関係を強化しており、同盟国アメリカの姿勢を考慮すれば、パレスチナ支持の立場を明確にすることもできない。
また、ロシアによるウクライナ侵攻では、欧米や日本など世界40カ国余りは、ロシアへ経済制裁を強化した。一方、インドなどのグローバルサウスの中にはロシア非難決議で賛成に回った国々もあるが、それ以上のことは何もしていない。国家による侵略が許されないものだと認識しつつも、アジアやアフリカ、中南米の途上国の中にはロシア産エネルギーに依存している国も多く、国益を第一に考え、実利的に行動している。
当然だが、日本もグローバルサウスの国々も、自国の利益を考えての判断だ。どこかで戦争が勃発し、それがエスカレートすれば、われわれはその惨劇を毎日のように見る。国連は一致団結しようとし、決議しようとするが、各国によって立場や考えは大きく異なり、各国とも実利的に行動した結果、世界の分断が浮き彫りとなる。世界の分断が進むなかでは、国連の機能はますます低下していくと言わざるを得ない。
]]>近年、アメリカと中国は安全保障や経済、貿易や人権、先端技術など、あらゆる領域で対立、競争していたが、11月15日に行われた米中首脳会談では両者歩み寄る姿勢を見せている。アメリカのバイデン大統領と中国の習近平国家主席、それぞれの思惑はどのようなものだろうか。
11月15日にサンフランシスコで行われた米中首脳会談では、軍当事者間の対話再開や人工知能分野での規制、気候変動などで協力し、軍事衝突など不測の事態に陥らないよう関係を管理していくことで一致した。大国の指導者たちが直接対面し、対話を続ける重要性を双方が共有していることは極めて重要であり、その点は今回の会談の大きな成果の一つと言っていいだろう。
会談が行われた背景には、米中双方、対立が先鋭化することを避けたい事情がある。アメリカとしては、ウクライナ情勢とともにイスラエル情勢が緊迫化しており、東欧や中東での問題に関与するなか、台湾情勢などによって中国との対立が先鋭化し、同時に3つの国際情勢と正面から向き合うのはアメリカとはいえ厳しい。すでに“爆発している”2つの問題を抱えるなか、3つ目の爆発を避けるため、中国との競争が“紛争”にならないよう管理する必要があるのだ。
そして、中国側にも事情がある。中国経済の成長率は鈍化し、不動産バブルの崩壊や若年層の失業率悪化など、習政権は国民の経済的不満の矛先が自らに向けられることを警戒しており、外資を呼び込みたい思惑がある。そのためには、一つにアメリカとの経済、貿易関係を安定化させる必要があり、中国としても対立を管理していくことが求められる。
米中双方とも相手方との関係が悪化すれば、それは自らに跳ね返ってくることを熟知しており、それが協力できる分野では協力を促進するという姿勢を作っている。
一方、譲れない分野では今回の会談でも平行線だった。習国家主席は会談中、アメリカでは中国が2027年や2035年に軍事行動に出るとの報道があるが、そうした計画は一切ないと否定し、台湾への武器支援を停止して平和的統一を支持するようバイデン大統領に要求した。ちなみに、2027年は人民解放軍の健軍100周年、2035年は中国政府が掲げる長期目標の達成する時期として定められている年だ。また、台湾統一は必ず達成するとの意思を改めて強調した。しかし、バイデン大統領は一方的な現状変更に反対し、台湾周辺での軍事行動を自制するよう要求した。
中国は台湾を絶対に譲れない「核心的利益」に位置づけているが、アメリカとしては中国が台湾をコントロールすれば、台湾を軍事的最前線とし、西太平洋に進出してくることを警戒している。いわば、アメリカにとって台湾は中国の太平洋進出を抑える防波堤と表現できる。最近、台湾は民主主義と権威主義の戦いの最前線とも指摘されるように、米中双方にとって譲れない最重要イシューになっているのだ。
また、予測できたことではあるが、先端半導体分野でも大きな進展はなかった。バイデン政権は2022年秋、中国によって軍事転用される恐れから先端半導体分野で中国への輸出規制を強化した。しかし、それだけでは先端半導体が中国に渡ってしまうリスクが拭えないことから、先端半導体の製造装置で世界の先端を走る日本とオランダに同規制に加わるよう呼び掛け、日本は2023年7月下旬、製造装置など先端半導体関連23品目で中国への輸出規制を強化した。
軍の近代化を目指す中国としては、アメリカやその同盟国が先端半導体分野で規制を強化することに強い不満を示し、その後、半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウム関連で対外輸出規制を強化するなど、貿易面での対立が激化している。今後も安全保障にかかわる分野での貿易摩擦はいっそう激しくなると予想される。
今回の米中首脳会談後、バイデン大統領は習国家主席を改めて「独裁者」と呼んだ。その真意がどこにあるかはわからないが、おそらく、来年、再来年行われる米中会談でも今回のような結果が繰り返されるだろう。今後も協力するところでは協力する、譲れない分野では譲らないという姿勢は、米中双方が貫くところだ。
冒頭でも指摘したように、米中双方にとって今日最も重要なのは、対立が爆発しないよう関係を管理することだ。イスラエル情勢のように、一つのことがきっかけで状況が一変するリスクは台湾情勢にも内在しており、それによって対立や緊張を管理できなくなることは十分に想定される。米中2大国の指導者が定期的に会うことは、関係を管理するという視点から極めて重要なのである。
]]>メガバンクなど多くの銀行で「支店」の統廃合が進められている。その一方で、スマホ決済が拡大し、スマホを通じた銀行サービスの提供も広がっている。その様相はあたかも「スマホの中に銀行を創るようなもの」(メガバンク幹部)であり、銀行と顧客の接点は大きく変化しようとしている。各地に増えた支店は今後どうなるのか。デジタル時代を象徴するスマホ支店への流れは加速するのか、いずれは旧来支店へ先祖返りするのか、それともこれまでとはまったく様相を異にする“第3の形態”へと進化するのか。
全国銀行協会によると、メガバンクや地方銀行などの店舗数は、2001年3月末は1万5301店だったが、2022年3月末には1万3665店と約1割減少していたという。今後も店舗の減少は続く見通しで、三菱UFJ、三井住友、みずほの大手3銀行はいずれも支店の統廃合を進める計画を実行中だ。
銀行業は、内閣総理大臣の免許を受けたものでなければ営むことができない(第4条)公的な機能を持つ免許業ではあるが、一方で株式会社として上場もしているので、利潤を追求しなければならない。効率化は至上命題で、常に顧客への利便提供とコストとを天秤にかけている。顧客離れしては元も子もないが、ぎりぎりまでコストを圧縮したい――。その結果、「顧客第一主義」を掲げながら、営業店を減らし、社員を減らさなければならないジレンマを抱えている。
特に伝統的な預金・貸出で高い利潤を上げることは難しい。日銀によるマイナス金利の導入以降、とりわけその傾向は顕著だ。勢い、手数料収益(役務取引)や有価証券投資、海外での買収を含む投融資の拡大などに活路を見出そうとしているが、いずれも従来の預金貸出による利ざや収益をカバーするには力不足の感は拭えない。
また、有価証券投資や海外での買収を含む投融資の拡大は、銀行の収益構造を不安定にする。良いときは大きく儲けられるが、悪いときは大損するというボラティリティ(価格変動の度合い)の大きい資産にほかならない。結局、最も確実なコスト削減を優先しがちで、支店の統廃合という顧客サービスが劣化する悪循環に陥っていると言っていい。
しかし、こうした効率化優先の政策はある意味で“諸刃の剣”でもある。スマホ優先の顧客接点は、その弊害として、「一旦、信用不安に陥れば、あっという間に、預金が流出し、危機を増幅する懸念がある」(銀行アナリスト)とされるからだ。
そうした懸念は期せずして、今春に相次いだ米銀の破綻で顕在化した。その対策として、アメリカ最大手のJPモルガン・チェースは支店の再拡大に戦略を大きく転換させたほどだ。今後2~3年間で、年間約130店を出店する計画だという。アメリカでは急ピッチな金利上昇で、利回りの高い金融商品へ預金が流出する傾向が強まっており、支店網の拡大で顧客基盤を強化する意図があるとみられるが、狙いはそればかりではない。背景にあるのは、「預金そのものの性質の変化」だ。
JPモルガン・チェースはこれまで支店の統廃合を積極的に進めてきた経緯がある。経営の効率性を高め、収益性を強化することに主眼があった。しかし、効率性を犠牲にしても確保しなければならない新たなファクターが浮上した。5月1日に発表した米中堅銀ファースト・リパブリック・バンクの買収だ。
同行買収の発火点となったのは、3月10日のカリフォルニア州「シリコンバレー銀行(SVB)」の経営破綻だった。SVBは増資失敗報道直後の3月9日に経営危機がツイッターで拡散され、わずか1日で5兆円強、全預金の4分の1が一気に引き出された。ネット時代を象徴するような取り付け破綻で、金融当局の対応も追い付かなかった。
SVBの破綻は、さらにネットを通じて新たな預金取り付けへと連鎖していった。同行が破綻した2日後には暗号資産(仮想通貨)企業を主取引層にするシグネチャー銀行が経営破綻した。資産規模で全米29位の中堅銀行だ。相次ぐ銀行の破綻、それもネットを通じた金融不安の伝搬に市場は動揺した。
この預金流出は「デジタル・バンク・ラン」や「サイレント・バンク・ラン」とアメリカで呼称された。銀行の店頭に顧客が預金引き出しに殺到するこれまでの取り付けと違い、デジタルを通じて無言のまま瞬時に預金が大量流出する。しかもSVBの預金の9割超は預金保険(25万ドルまでの預金は全額保護される)対象外であったことから流出はスパイラル的に加速した。信用不安が他の銀行に連鎖しないよう、米金融当局はSVBの預金の全額保護を打ち出した。
だが、2行の経営破綻の余波は終わらなかった。次に血祭に上げられたのが2022年末時点で全米14位の資産規模を有していたファースト・リパブリック・バンクだった。シリコンバレーバンク破綻をきっかけに信用不安が広がるなか、同行の預金は2023年3月末に4割も減少するなど、急速な預金流出と株価急落に見舞われ、存続の危機に瀕した。こうして、米連邦預金保険公社(FDIC)は同行を管理下に置き、前述したようにJPモルガン・チェースに引き取られることを決めたのだ。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は買収合意を発表した際、ファースト・リパブリック・バンクの買収から得られる利益は「そこそこ」だが、「ステップアップ」を考えてほしいとの政府高官からの要請に応じた買収だと強調した。だが、この発言を額面通りに受け取る金融関係者は少ない。買収に伴うコストの大半を政府が負担しており、JPモルガン・チェースが低コストでファースト・リパブリックを掌中に収めたことは間違いないためだ。そして、この買収を契機に、JPモルガン・チェースは支店網の再拡大へと戦略を転換させた。繰り返しになるが背景にあるのは、「預金そのものの性質の変化」だ。
「サイレント・バンク・ラン」では、ネット取引を通じて短期間に大量の預金が流出し、資金ショートに見舞われる。つまりネット取引を通じて集まった預金は、いわゆる足が速く、信用不安が高まれば、あっという間に流出してしまう。一方、リアルな支店を通じて集めた顔の見える預金は、粘着性が高く、流出するスピードは遅い。JPモルガンはこうした粘着性の高い預金集めに重点を置く戦略で、支店網を再拡大しているといえる。経営破綻したファースト・リパブリック・バンクの預金を引き受けたのはその象徴と見ていい。
JPモルガン・チェースの戦略転換は邦銀経営者にとっても看過できない。メガバンクなど大手銀行はここ数年、店舗削減、さまざまな手数料の値上げ・新設など、コスト削減を積極的に進めているからだ。
こうした戦略に顧客側からは、「銀行は富裕層ではない普通の家計世帯を顧客から排除しようとしているのか」と批判する声も上がっている。これに対して銀行側は、「普通の家計世帯を顧客から排除しようというわけではありません。但し、こうした普通の家計世帯との取引は富裕層に比べ、ビジネスチャンスも少なく、取引妙味に欠けることは事実です。俗に言えば、儲かる取引ではないのです。そのため、出来るだけ取引コストを下げて、収益妙味に見合う水準にまでコストを圧縮したい。スマホ等のネット取引に誘導しようとしているのはそのためです」(メガバンク幹部)という。
実際、顧客との接点となるリアルな実店舗は統廃合により減少し続けている。その理由について大手銀行経営者は、「ここ10年で来店客数は4割減少した」と指摘し、店舗を減らす理由にあげている。だが実態は、ネットやスマホでの取引に誘導することで、コストを落としたいというのが本音だ。
特にATMで資金の出し入れをするだけで、口座の資金も少ない顧客は俗にいう“儲からない顧客”で、切りたいのが本音。かつてのように安定した収益を上げられる時代であれば、出来るだけ多くの店舗を張り、顧客にも手厚いサービスを提供できたが、マイナス金利に象徴されるように、超低金利が続くなか、銀行の収益は圧迫され続けている。各種手数料の新設・引き上げに象徴されるように、銀行に余裕がなくなってきている。顧客が不便を強いられるのは、その反映と言える。
銀行支店と顧客の距離は着実に遠くなろうとしている。メガバンクなどは、「リアルな支店網を通じ、付加価値の高いコンサルティング業務を充実する一方、ATMでの入出金や為替取引などの簡便なサービスはスマホなどに誘導する流れにある」(メガバンク幹部)という。特に「銀行と証券を分けるファイヤー・ウォール(隔壁)は、規制緩和により限りなく低くなってきており、近い将来、一つの支店で銀行業務と証券業務をワンストップで提供できる環境が整備されよう。リアルな支店での資産運用に関する相談業務が重みを増す」(同)とされる。
岸田政権が進める「資産運用立国」にも資する話であり、2023年4月から新NISAも始まる。まさにコンサルティングファームともいえる銀行店舗の「第3の形態」が模索されようとしている。
]]>政府は11月2日の閣議で、一人あたり4万円の定額減税や非課税世帯への7万円給付などを盛り込んだ事業規模37兆円超の経済対策を決定した。裏付けとなる補正予算案を20日にも提出し、月内の成立を目指す。定額減税は岸田文雄首相主導で決めたとされるが、狙いだった支持率回復どころかバラマキ批判で支持率はさらに低下。“岸田降ろし”につながりかねない事態となっている。
「賃上げと所得減税を合わせることで、国民所得の伸びが物価上昇を上回る状態を確実につくりたい」。岸田文雄首相は、経済対策決定後の記者会見でこう意気込んだ。
経済対策に盛り込んだ物価高対策の柱は、一人あたり所得税3万円、住民税1万円、あわせて年間4万円の定額減税だ。納税者本人と扶養者が対象で、例えば夫婦と子ども2人の家庭なら16万円の減税となる。減税の総額は3兆円台半ばとみており、2022年度までの2年間で所得税と住民税が3.5兆円上振れた分の還元と位置付けている。
政府は所得制限を設けずに2024年6月に減税を実施する方針だが、与党内では2000万円程度の所得制限を設けるべきとの声もあり、与党の税制調査会などで年末に詳細を決める。
一方、住民税の非課税世帯には、1世帯につき7万円の追加給付を決めた。すでに発表した物価高対策の3万円給付と合わせ、合計10万円の給付となる。所得税が非課税だったり、納税額が減税額未満で恩恵を受けきれなかったりする“隙間世帯”にも給付金を支給する。
また、ガソリンの価格上昇を抑える補助金や電気、ガスの料金を差し引く措置は、2024年4月まで延長する。物価高対策の財政支出の総額は6.3兆円を見込む。
賃上げ対策としては、従業員の賃金を積極的に引き上げた企業への税優遇や補助金を拡充するほか、主婦などの労働時間短縮の原因といわれる“年収の壁”への対策、リスキリング(学び直し)を支援するための給付金の拡充、高速道路の通勤帯割引の拡大などを盛り込んだ。賃上げ対策の総額は3兆円。
このほかにも国内投資の促進や国土強靭化などに7.7兆円程度を投じ、国と地方自治体、民間投資を含む事業規模は総額37.4兆円となる。当初予算で計上した予備費なども活用し、補正予算案の一般会計は13.1兆円程度となる見込みだ。政府は消費者物価を1%引き下げ、実質GDP(国内総生産)を1.2%押し上げる効果が見込めると説明している。
経済対策は支持率低迷に悩む岸田政権にとって起死回生の一手になる……はずだった。岸田首相はSNSなどで「増税メガネ」と揶揄されているのを非常に気にしているとされ、自ら主導して定額減税を決定。与党の一部から批判を受けても撤回しなかったという。
しかし、共同通信社が11月3日から5日かけて実施した世論調査によると、定額減税や非課税世帯への給付について「評価しない」が62.5%にのぼり、「評価する」は32.0%にとどまった。経済対策を評価しない理由については「今後、増税が予定されているから」が40.4%と最多で、「経済対策より財政再建を優先すべきだ」が20.6%、「政権の人気取りだから」が19.3%で続いた。財政が厳しいなかでの減税や給付は一時しのぎの“バラマキ”だと国民は見透かしているのだ。
経済対策への批判が追い打ちとなり、内閣支持率は前回調査より4.0ポイント減の28.3%で過去最低を更新した。不支持率は4.2ポイント増の56.7%で過去最高。JNNが11月6日に発表した世論調査でも支持率は10.5ポイント減の29.1%で過去最低、不支持率は10.6ポイント増の68.4%で過去最高となった。7割近くの有権者が不支持を表明するのは異常事態といえる。
さらなる支持率低下で年内の解散はさらに遠のいたといえるが、与党内では不思議と“岸田降ろし”の風が吹いていない。自らが率いる第4派閥の岸田派に加え、最大派閥である安倍派や第2派閥の麻生派、第3派閥の茂木派が支える安定した政権基盤を構築できていることに加え、過去に総裁選を争った高市早苗経済安全保障担当相や河野太郎デジタル相らを閣内に封じ込めているからだ。
一時は茂木敏充幹事長がポスト岸田に公然と意欲を示していたが、先の内閣改造・自民党人事で同じ茂木派の小渕優子氏を党4役に取り込んだことを機にトーンダウンした。かつて谷垣禎一総裁を差し置いて石原伸晃幹事長(当時)が総裁選に挑んで“裏切り者”のレッテルを張られたことから、二の舞になるのを避けようとしているとの見方もある。
非主流派である石破茂元幹事長や二階俊博幹事長、菅義偉前首相らの動きも不透明だ。子育て対策や防衛費の増額に向けた増税議論が控えるなかで、火中の栗を拾いたくないとの狙いも透ける。ただ、2024年9月には首相の自民党総裁としての任期満了が控えており、総裁選が近づけば否が応でもポスト岸田争いは熱を帯びるだろう。
野党からも表向きな批判は聞こえるが、本格的な政権打倒への気迫は感じ取れない。野党第1党の立憲民主党が支持率で野党第2党の日本維新の会に遅れをとっており、野党内の連携協議への機運も高まっていないからだ。表向きは選挙を望んでいても、実際には今やっても勝てないのは明白。であればしばらくじっとして、自民党政権の自壊を待つのが得策というわけだ。
バラマキ経済対策でさらに支持率を落とした岸田政権。奇妙なバランスでどうにか安定感は保っている。
]]>企業が銀行から融資を受ける際に、条件として設定されるコベナンツ(財務制限条項)の開示をめぐり、金融界が揺れている。コベナンツ開示は、金融庁が公表した改正案に基づくものだが、実際に施行されると金融機関、そして融資を受ける企業にどのような影響を与えるものだろうか。
発端は、2023年6月末に金融庁から「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)が公表されたことだった。同改正案では、コベナンツが付いた融資の合計額と社債の発行額が連結純利益の3%を超える企業には臨時報告書を提出させ、10%以上なら有価証券報告書に記載することを求めると明記されている。企業が2025年4月以降に提出する書類が対象で、金融庁は8月10日までパブリックコメント(意見の公募)を行っていた。
この改正案に危機感を強めているのが、融資を行う銀行だ。コベナンツは、銀行が企業に融資する際、貸し手である銀行が不利にならないように、企業の行動を制限するために付ける条件だ。例えば、「純資産額が極端に減少したり、数期にわたり赤字が続くような場合には、融資を一括返済するよう求めるといった内容が付けられるケースが多い」(メガバンク幹部)という。いわば表に出ない銀行による融資の保全措置と言っていい。
かつ、「コベナンツは複数の金融機関が協調して融資する場合や経営状況が芳しくない企業向け融資に付けられるのが一般的だ」(同)とされる。経営不振企業向けの協調融資においては、金融機関の意見が対立する場合が少なくない。その合意形成に一役買うのがコベナンツというわけだ。
全銀協の加藤勝彦会長(みずほ銀行頭取)は9月14日の定例会見で、このコベナンツ開示について聞かれ、次のように述べた。
「ローンや社債に付される財務上のコベナンツに関し、特に重要性が高いと見込まれるものにつき、重要な契約として、借入金の元本や財務上のコベナンツなどの概要を有価証券報告書、臨時報告書にて開示する方向で制度設計が進んでいる。本改正案は、投資家への情報提供の観点からは重要だと理解している」
「一方、ローンは相対取引(※)である。その契約条件である財務上のコベナンツは開示を前提としておらず、この点において社債と性質が異なる。開示の内容次第では、開示主体企業に対する過度な信用不安が誘引されることが懸念される。例えば、当該企業は厳格なコベナンツなしでは借入れができないなど、誤解が生じうる可能性がある。また、金融機関や借入れ企業がこのような誤解をおそれてコベナンツ付きの借入れを回避し、円滑な資金調達が阻害される可能性がある。そういった事態に陥らないよう、実務面、実態面を含めて影響を考慮し、開示の対象や内容については、投資家に対して真に開示が必要な情報を見極めて、慎重に制度設計していただく必要があると考えている」
※相対取引:売り手と買い手が証券取引所などの市場を通さず、当事者同士で価格、数量などを決めて行う取引。
社債を購入する投資家などが、企業のリスクを判断する材料としては有効だろうが、企業側にとっては悩ましい問題となる。また、開示を嫌がってコベナンツを外すようなことになれば、「保全措置を強化する必要から融資金利を上げたり、追加の担保を徴求する必要も出てこよう」(メガバンク幹部)と金融機関側は身構える。
アメリカでは日本の臨時報告書にたる書類で、企業は融資契約とコベナンツの内容を開示する必要がある。日本でも金融庁の姿勢からみてコベナンツの開示は避けられないと見られる。企業の生き死にを決めかねないコベナンツの開示、その具体的な内容に関心が寄せられている。
さらに、コベナンツの開示とともに銀行界が身構えているのが、金融会計基準委員会(ASBJ)で検討が進められている「金融商品に関する会計基準」の見直しだ。日本の会計基準と国際的な財務報告基準(IFRS)との間でギャップが生じ、邦銀と海外の金融機関との比較が難しくなっているため、国際基準に日本の会計基準を近づけようというものだ。
なかでも日本の銀行が注視しているのが、信用リスクの管理手法と、貸倒引当金の算定方法の変更だ。日本の信用リスクは「債務者単位」で管理されており、債務者の信用状況に応じて、「正常先」「要注意先」「要管理先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」に内部格付けで大別されており、それぞれ過去の倒産確率に応じた引当金が計上されている。これに対して、国際的な基準では、信用リスクは「債権単位」で管理されており、各債権の信用状況の変化に応じて引当金が計上されている。
具体的には、金融商品の損失処理について、リーマン・ショック時までは損失が発生した後に減損処理する「発生損失モデル」が採用されていたが、これが信用リスクへの対応を遅らせ危機の増幅につながったとの反省から、IFRSでは金融商品の損失が発生する前に、損失を計上する「予想信用損失モデル」に変更されている。合理的な将来の予想に基づいて損失処理することで、機動的に引当金を積むというわけだ。
日本の金融商品の損失処理も、この「予想信用損失モデル」を採用することで、国際的に整合性のある形に改正する方向で検討されている。また、現状の「債務者単位」の信用リスクの判定から「債権単位」の信用リスクの判定への変更では、債権単位の信用リスクの悪化状況に応じて「ステージ1」~「ステージ3」までランクし、それぞれ引当金を積む仕組みが検討されている。同じ債務者向け債権であっても、信用リスクの状況変化によってランク付けが異なり、引当金の水準も異なることになる。
こうした会計基準の見直しには課題も指摘されている。会計基準見直しに伴うシステム対応だ。改正の内容にも左右されるが、システム対応には数年の期間と数十億円のコストがかかると見られている。「すでに3メガバンクなど、海外市場に上場している大手銀行は、IFRSの会計基準に準拠した対応を備えており、問題はないが、地銀など国内金融機関の対応はこれから。混乱が生じなければよいのだが……」(メガバンク幹部)と懸念されている。
会計基準の最終的な見直し時期や適用開始時期はまだ見えていないが、地域金融機関が対応できるよう相応の配慮が求められる。
]]>現在、政府は家計の金融資産を成長投資に振り向ける「資産運用立国」の実現を掲げている。10月4日には「新しい資本主義実現会議」で「第1回資産運用立国分科会」を開催。今後は資産運用会社を抱える国内大手金融グループの運用力向上やガバナンスの改善に向け、有識者との議論を重ね、年末までに具体的なプランをまとめるという。しかし、クリアすべき課題は多い。果たして、山(個人の金融資産)は動くだろうか。
2022年9月末時点で日本の個人金融資産は、約2023兆円と過去最高となっている。その内訳は、有価証券比率の高い欧米に比べて現預金の比率が高く、半分以上を占める。これは、資産運用の余地が大きいとされる一方で、資産運用会社数は欧米の主要国に比べて少ないため、競争が働きにくいという課題を抱えている。さらに、専門性の高い人材育成も課題だ。今後は「資産運用特区」を創設して海外の専門家を受け入れるとともに、国内勢を活性化させて運用能力の向上を目指すという。
「資産運用立国」の旗振り役は金融庁だ。2023年8月29日に発表した同庁の2023年事務年度の金融行政方針の冒頭には、「資産運用立国の実現と資産所得倍増プランの推進」を掲げ、 成長と資産所得の好循環を実現するため、「資産運用業の高度化やアセットオーナー(※)の機能強化など、資産運用立国に向けた具体的な政策プランを年内に策定するとともに、『ジャパン・ウィークス』の開催等を通じて国内外へ積極的な情報発信を行う」「新しい NISA 制度(2024年1月開始)の普及・活用促進、金融経済教育の充実など、資産 所得倍増プランを推進する」と謳われている。
※アセットオーナー:顧客(受益者)から委託された資産を保有し、受益者のために管理、運用益の獲得を目指す機関投資家のこと。年金基金や銀行、保険会社などの金融機関、財団などが該当する。
そして、金融庁が音頭をとり、9月25日〜10月6日まで都内で初めて開催されたのが「ジャパン・ウィークス」だ。海外の投資家や資産運用会社などを日本に招待し、「貯蓄から投資」の促進や資産運用立国などに関するイベントを実施した。一連のイベントには岸田文雄首相も計5回出席する熱の入れようだった。
岸田首相を囲むラウンドテーブルに参加した米資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は、「日本は驚異的な経済の変容途上にある」とした上で、日本経済が急成長した「80年代の奇跡がよみがえり、その奇跡は今回は長く続くだろう」とまで言及した。“80年代”の奇跡とは、株価が3万8915円87銭まで上昇したバブル期に他ならない。市場は空前の活況を呈するというのか。
政府は継続的に海外投資家のニーズをとらえて規制緩和などの対応を進める「資産運用フォーラム」を設置すると表明。年内に準備委員会を立ち上げる。
また、「ジャパン・ウィークス」の一環として、3メガバンクグループや大手証券2社のトップが参加した「金融ニッポン」トップ・シンポジウム(日本経済新聞社主催)が10月3日、都内で開かれた。「貯蓄から資産形成、銀行・証券が果たす役割」をテーマに、各トップは講演やパネルディスカッションを通じて、自社の資産運用ビジネスなどの取り組みについて語った。
三井住友フィナンシャルグループの太田純社長は、10月2日付で銀行・証券・信託の連携強化を目的に、グループのリテール事業における資産運用ビジネスの体制を見直したと強調した。そして、みずほフィナンシャルグループの木原正裕社長は、「ミドルキャップの企業群に光を当てたい。事業成長、企業価値向上を徹底的に支援していきたい」と述べ、企業の成長支援を後押しする姿勢を示した。さらに、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の亀澤宏規社長は「資産運用と資産管理をセットで考えている。ここは強化したいし、M&A(企業の合併・買収)を含めて行っていきたい」と、買収が視野にあることを示唆した。その上で、資産運用と資産管理のビジネスは、同社の事業ポートフォリオ全体の7%程度を占めるが、これを「倍ぐらいには持っていきたい」と踏み込んだ。
官民を挙げて取り組む「資産運用立国」への期待はいやおうなく高まっているわけだが、そもそも「資産運用立国」というテーゼはいまに始まったことではない。まさに古くて新しいテーマに他ならない。
「資産運用立国」が最初に政治の場に登場したのは、1996年の第2次橋本内閣が金融規制改革「金融ビッグバン」を打ち上げことに始まる。現預金に滞留する巨額な家計資産を、市場運用を介してリスクマネーへ誘導しようという試みだった。しかし、直後の97年に北海道拓殖銀行、山一証券が破綻、日本発の金融危機が高まり、期待とは逆に現預金の比率は上昇し、リスクマネー創出気運は急速に萎んだ。
その後、この現状を打破するため、歴代政権は「貯蓄から投資へ」をスローガンに、家計資産の有価証券投資への誘導を試みた。「家計金融資産の8割を株式や債券、投資信託で運用する米国では、過去20年間で家計の金融資産は2.4倍に増加したが、日本は1.2倍にとどまっている。日本の家計は保守的過ぎる運用姿勢から、本来享受できる巨額な利益を失っている」(金融庁幹部)と訴えてきた。
焦点は、家計金融資産の6割超を保有する65歳以上の高齢者の動向に注がれている。「数パーセントが投資に向かうだけでも数十兆円のインパクトがある。一気に投資に流れなくとも相応の経済効果は期待できる」(同)とされるが、この層の現預金志向は岩盤のように固い。
そこで、金融庁が2019年6月3日に公表した金融審議会「市場ワーキンググループ(WG)」の報告書で触れたのが、いわゆる「老後資金2000万円問題」だ。これは、定年退職後に必要とされる金融資産について「夫が65歳以上、妻が60歳以上の無職世帯が公的年金に頼って暮らす場合、毎月約5万円の赤字が出る。この後、30年間生きるには約2000万円が不足する」という試算を打ち出したことが端緒となり、マスコミによって「公的年金だけでは老後は危うい」という意味に曲解されて世の中に広まった。
結局、報告書を諮問した麻生太郎金融担当相(当時)は「世間に著しく不安や誤解を与えている」として、「正式な報告書として受け取らない」と、事実上の撤回を余儀なくされた。金融審議会の報告書を担当大臣が受け取らないのは前代未聞であり、この対応が野党から糾弾された。
そもそも、市場WGに諮問されたのは、金融庁が目指す「貯蓄から資産形成へ」をどう実現するか、高齢化社会のあるべき金融サービスについて、個人及び金融サービス提供者の双方から令和時代の始まりに相応しい行動を論理立てて示すことにあった。
だが、「金融庁はその資産運用の受け皿として税的メリットが高いNISAや積立NISAをより浸透させたいあまり、一般の方にわかりやすいようモデル世帯の不足額を盛り込んだことが逆にアダとなった」(メガバンク幹部)。報告書自体は、年金生活に入る前に相応の資金を貯蓄することが望ましい。そのために若いうちから資産運用に努めることが期待されるという示唆に富んだ内容だったのだが……。
金融資産の最大の保有者である高齢者の多くは価格変動リスクの大きい株式の保有について、依然として強いアレルギーを持っている。さらに、「高齢者が株式保有に二の足を踏む要素に、相続への心配が挙げられる」と大手証券幹部は指摘する。
現状、相続時に対象財産となった上場株式は、原則として相続時の時価(相続時の時価と、相続以前3カ月間の各月における終値平均値のうち、最も低い価格)で評価される。かつ株式の相続で生じる相続税の税率は相続する資産の評価額によって異なる。
具体的には、相続する株式の評価額が1000万円以下は税率10%、3000万円以下は15%で、控除額が50万円、5000万円以下は20%で、控除額200万円、1億円以下は30%、控除額700万円、2億円以下は40%で、控除額1700万円、3億円以下は45%で、控除額2700万円、6億円以下は50%で、控除額4200万円、6億円超は55%、控除額7200万円となっている。相続税の税率はもともと高い上、累進課税によって最大55%となるため、評価額が高額の場合、非常に高くなるという特徴があるわけだ。
一方、同じように相続時に課税対象となる土地は路線価(公示価格の80%程度)、建物は固定資産評価額(建築費の50~70%)、ゴルフ会員権は市場取引価格(時価)の70%と、評価額が事実上割り引かれている。「株式で相続財産を持っていることは他の資産に対して非常に不利になっている」(大手信託銀行幹部)と言っていい。しかも、価格変動リスクが大きい株式は、相続時に株価が高騰していれば、法外な相続税を納めなければならなくなるリスクも高く、価格変動リスクが低い預金や債券に比べても不利となっている。
こうした相続財産間の歪みを是正するため、金融庁は来年度の税制改正要望で、「高齢者が老後資金のために蓄えた資産を安心して保有し続けることのできる環境を整備する観点から、相続税に係る見直し」を求めた。狙いは、上場株式の時価評価の見直しであり、評価額の引き下げに他ならない。「貯蓄から資産運用へ」を推進する金融庁は、2024年からの新NISA(少額投資非課税制度)の恒久化と、上場株式の相続税見直しで、「高齢者にもっと株式を持ってもらいたい」(金融庁幹部)と願っているが、税制の壁が立ちはだかっている。
さらに金融庁は非上場のスタートアップに個人マネーが回りやすくなるよう、現在1社につき一律50万円までとしている非上場スタートアップへの個人の年間投資額の上限を年収などに応じて倍の100万円以上に引き上げる方針だ。企業の調達額の上限も5倍にする。個人の運用手段と資金不足がネックになりがちなスタートアップ双方の選択肢を広げ、成長が見込める事業を後押しするのが狙いだ。まさに「資産運用立国」への布石にほかならない。
だが、家計資金を有価証券投資へ振り向けることは、高齢者にリスクテイクさせることに等しい。この層の“金融リテラシー”はそれに耐えうる水準にあるのだろうか。不測の投資環境の悪化で、過大な損失が生じることになれば、政権の致命傷となりかねない。まさに諸刃の剣であることは忘れてはならない。
]]>武装組織ハマスによるイスラエルへの突然の攻撃により端を発した中東情勢は、依然収まる気配を見せない。欧米諸国がイスラエル支持を表明するなか、中国はパレスチナ寄り、ロシアはどちらにも与さないという立ち位置にある。その裏にある中国とロシアの思惑はどのようなものだろうか。
10月7日、パレスチナ・ガザ地区を実行支配するイスラム原理主義組織ハマスがイスラエル領内へ数千発のロケット弾を発射するなど、空、陸、海からの攻勢を仕掛けて以降、戦闘がエスカレートしている。
ハマスの戦闘員らはイスラエル領内に侵入し、外国人を含む130人以上を拉致してガザ地区に連行し、ハマス側はイスラエルの対応次第では人質を殺害すると警告した。しかし、イスラエル側がガザ地区への空爆を強化したことから、すでに一部の人質は殺害されたとみられる。
アメリカを中心に欧米諸国は一貫してイスラエル支援に回っているが、ハマスを長年支援するイランが介入する可能性をイスラエルに示唆し、イスラエルとの国交正常化を目指してきたサウジアラビアがその動きにストップをかけるなど、中東諸国の間ではパレスチナ支持、支援の動きが広がっている。
その様相は、過去幾度も繰り返されてきた中東戦争の前兆を見ているかのようである。これ以上、紛争が拡大せず、第5次中東戦争にならないことを願って止まない。一方、イスラエル情勢をめぐって諸外国の動きに変化が見られるなか、中国とロシアは今日の状況をどうとらえているのだろうか。
まず、中国はイスラエル、ハマス双方に暴力の自制を呼び掛けているが、これまでの発言などからパレスチナ寄りの姿勢を示している。中国の王毅共産党政治局員兼外相は10月12日、この問題の本質はパレスチナ人民に正義が果たされ続けていないことにあると、ハマスが実行支配するガザ地区への反撃を続けるイスラエルを批判した。
また、王毅氏は14日にアメリカのブリンケン米国務長官と電話会談し、事態の打開を図るため早期に国際会議を開催すると提案し、軍事的手段による解決はできないと訴え、イスラエルとパレスチナの2国家共存による解決を模索するべきとの認識を示した。
和平を仲介するかのような中国側の姿勢の本音はどこにあるのだろうか。
2023年春、中東の覇権争いで対立してきたイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアと、シーア派の盟主イランが7年ぶりに国交正常化を発表した。以前、サウジアラビアのムハンマド皇太子は、イランが核を持てばサウジも保有すると発言するなど、サウジアラビアとイランは中東で影響力を拡大しようとする動きを互いに警戒してきた間柄だったが、このとき、中国が仲裁役を果たすことで国交正常化にまでこぎ着けた。
中国とイランは対米で共闘関係にあり、一帯一路やエネルギー分野など経済面でも結び付きを強化している。一方、脱石油の経済多角化を目指すサウジアラビアも近年経済面で中国との関係を強化している。両国にとって中国が重要なパートナーになるなか、中国が中東の緊張緩和で大きな存在感を示したのである。
両国の関係が大きく改善したことは、中国の存在感を他の中東諸国に強く示すことにもなった。中国は経済面でアラブ諸国との関係を重視しており、中東は中国にとってひとつの経済フロンティアとも言える。
そのような状況で、中国としては今回の事態でイスラエル支持の立場に回ることは得策ではない。仮にそうすれば、イスラエルと犬猿の仲にあるイランからの反発は必須で、他の中東諸国との関係にも摩擦が生じることになり、中東で影響力を深めたい中国にとって大きなマイナスとなる。
一方、ロシアのプーチン大統領は、今日の悲劇はアメリカの中東政策の失敗によるものだと批判し、軍事力で勝るイスラエルに過剰な対応を控えるよう自制を求め、双方の間で停戦を仲裁する用意があると表明した。
今日のロシアの立ち位置は、イスラエル支援の欧米とは一線を画す一方、中国ほどパレスチナ寄りでもなく、双方に自制を求めるという第三者的なものと言えよう。だが、ロシアの本音は他にありそうだ。
ロシア政府は今年9月末までに、2024年の国防費を2023年の約1.7倍に増額する予算案を連邦議会に提出した。ウクライナ戦争が長期化するなか、武器弾薬の増産や兵士補充などに充てるとみられるが、プーチン大統領にはウクライナを支援するアメリカなど欧米諸国の関心が中東に移り、ウクライナ問題が手薄となり、それによって形勢逆転を仕掛けられるという思惑があろう。
今日、中東に関心が寄せられ、ウクライナ問題に焦点が以前ほど当たらなくなっており、ゼレンスキー大統領もそれを強く危惧している。欧米諸国では“ウクライナ疲れ”も広がっており、プーチン大統領はまさにそれを好機ととらえているだろう。今日のイスラエル情勢が激化、長期化すればするほど、ロシアにとっては好条件となることが懸念される。
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