警官隊がデモ隊に催涙弾を放つ理由 揺らぐ香港社会

2019.06.18

社会

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デモと相対する香港警察

2019年6月12日、「逃亡犯条例」改正案(=犯罪者引き渡し条例)に反対する人が香港政府庁舎と隣にある立法会がある周辺に集まり、周辺の道路を占拠。そこは2014年の「雨傘運動」で占拠した現場と同じ場所だ。同日夜には道路の封鎖は解かれたものの、警官隊は催涙弾を発砲するなどして約70人が負傷、まさに2014年の再現映像を見ているかのような光景が繰り広げられた。そして、市民の反発が香港政府の予想を超え、6月15日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は改正案の審議を延期すると発表。しかし、「撤回」には応じなかったために、さらに大きな反発を招く事態に発展している。

衝突する要因は警官隊とデモ隊の“ビビり”

6月12日のデモ隊と香港警察が衝突した実際の現場の様子はこんな感じだ。

基本的に警官隊とデモ隊は数十メートルの距離を置いてにらみ合いをしている。警官はシールド、催涙弾、デモ隊に警告するための旗などを所持している。一方、デモ隊の先頭グループはヘルメット、ゴーグル、マスク、傘、皮膚が露出しているところには食品を保存するためのラップを巻いている。警察は催涙弾のほかにもペッパースプレーなどがありそれが直接肌に触れると激痛が走るからだ。

にらみ合いを観察していると、一列に並んでいる警察は、実はその表情は怖がっているようにも見える。というのは、武器は持っているものの、目の前には何千、何万というエネルギーに満ちあふれたデモ隊が目の前にいるからだ。渋谷のスクランブル交差点を1回で渡る人数が3000人といわれているので、その数倍の人数と相対していると想像してもらえれば少しは実感がわくかもしれない。

警察官とにらみ合うデモ隊(6月9日のデモ)
警察官とにらみ合うデモ隊(6月9日のデモ)

一方のデモ隊は武器が無く、スプレーから逃れるための傘があるくらい。警察に捕まれば自分の将来がどうなるのかわからないので、こちらも怖がっているところもある。

こういう張りつめた状況の場合、どちらかが大声を出して相手を挑発。それに呼応して声がどんどん大きくなって攻撃的になり、互いに威嚇するために距離も近づき、そして衝突が起こる……という展開が多い。つまり、この“ビビり”が衝突すると大きな反動となり、無抵抗になった市民にもさらに打撃を加えるということになる。

ケンカを肯定はしないが、ケンカ慣れするとこれ以上やると大変なことになるというのが体でわかるのだが、香港警察は、こんな状況には慣れていないので、手加減がわからないのだろう。

どこかで見た映画の光景そのもの

筆者はデモ隊の中にいた知り合いに話を聞いていた。そんなとき、催涙弾が発射された。デモ隊全員が後退するわけだが、筆者は群衆の中にいたので、それに逆らって動くのは難しく、一緒に逃げざるを得ないのだが、警察側はどんどん催涙弾を撃ち込んでくる(警察発表によると150発撃ったらしい)。

すると筆者の左前方50センチに後ろから飛んできた催涙弾が着弾。煙を吹き出しながら回っていた。どこかで見た映画の光景そのものだ。筆者がマスクはしていたがゴーグルはなかったので目を細め、ペットボトルの水を携えながら移動。知り合いはタオルを口に当てて逃げた。

催涙弾から逃げるデモ隊
催涙弾から逃げるデモ隊

何とか煙から遠くなったものの、涙は出るし、硫黄と何かを混ぜたような変なにおいもするし、息も苦しくなり、正直、何度も唾を吐いた。持っていたペットボトルで目も洗った。そんななか、あるデモ隊の人が「喘息の持ちの女性が発作を起こしている。吸入薬はないか?」と叫んでいた。実は知り合いが喘息持ちで吸入薬をカバンに常備していたので渡すことができたが、それがなかったと思うとぞっとする。

そうして、落ち着いたらまた、警察に向かっていくというのがデモ隊だ。今はスマートフォンを使って警察の位置関係も把握しており「警察が包囲し始めているから、あちらの方に動いてください」という指示も出している。

6月12日のデモの様子
6月12日のデモの様子
6月16日のデモの様子
今回は物資のサプライチェーンも充実
「雨傘運動」の経験から物資のサプライチェーンはアッという間にできた

なぜ香港警察は初日から催涙弾を放ったのだろうか?

6月12日のコラム で、2003年に起きたデモは香港市民にとっての成功体験と書いたが、2014年の「雨傘運動」は香港政府と中国政府にとっての成功体験だといえる。

100万人規模となったデモ隊、香港

デモの力を信じる香港人 「犯罪者引き渡し条例」デモのサイドストーリー

2019.06.12

ただ、「雨傘運動」でも催涙弾は使用されたが比較的マイルドな形で対応したため運動が約3カ月にわたるほど延びてしまったという反省がある。今回、香港政府は6月20日の採決を目指していたこともあり、最初から一気に叩いてしまおうという意図が見えた。

2003年の「国家安全条例」は50万人デモの影響で棚上げされたが、今回、香港政府は撤回する気配を見せない。それはなぜか? 簡単にいえば「国家安全条例」はあくまで香港内で帰結するからで、法制化してもしなくても、大きな問題にならないからだ。

しかし、「犯罪者引き渡し条例」は、中国や台湾、マカオというところが相手になる。相手がいる以上、自分のところだけで帰結できない。まして、実際には中国政府からの注文であるから、もし香港政府の内心は撤回したいと考えていても、それはかなり言いにくい(=自分の首が飛ぶくらいの覚悟がいる)だろう。

法制化すれば、香港政府にデメリットがあることは彼らも重々承知だ。諮問機関「米中経済安全保障調査委員会(USCC)」は5月7日に、「香港は容易に中国当局から政治脅迫の影響を加速度的に受けやすくなり、香港の自治権が侵食され、アメリカ企業にとって安全な進出先という香港の評判がむしばまれる。香港にあるアメリカ企業の経済的利益も損なわれる可能性がある」と指摘。

米国務省報道官のオルタガスも6月10日に「条例改正が香港のビジネス環境に影響する恐れがある」と指摘している。

国際的に特別扱いされてこその香港

もし、「犯罪者引き渡し条例」を法制化することで、香港は中国とは異なる地域として扱うことを規定した「米国-香港政策法(The United States–Hong Kong Policy Act)」に抵触するとアメリカ政府が判断した場合、香港はその時点で国際的な信用を失い、事実上、アジアの金融センターとしての地位を失うといっても過言ではない。

ファーウェイが米グーグルのOS「Android」を使えなくなることよりも、ソフトバンクグループ傘下の英半導体設計大手アームとの取引ができなくなることによって事業モデルの根幹が揺らぐのと同じで、香港がアメリカから特別扱いされなくなるのは、国際ビジネスにおいて決定的なマイナスになる可能性が高い。

米中の経済摩擦が激しさを増しているが、中国企業の一部は、中国で製造した部品を香港経由で輸出した場合、制裁が適用されないケースも一部あった。それが出来なくなることは香港の魅力がなくなったのと同義だ。

今回も「雨傘運動」同様に学生の動きが強いが、大きく違うのはビジネス界からの懸念する声が強いことだ。香港ビジネス界は信用を失ってビジネスが回らなくなる不安を抱え、香港に拠点を置くたくさんの外国企業においては、自社の駐在員が突然連れ去られるリスクを抱えることになるかもしれず、香港に拠点を構えにくい。もし、「犯罪者引き渡し条例」法制化によって香港から撤退する企業が出れば香港経済の足元がぐらつき始める。そこをどう判断するか……が鍵になるかもしれない。

2003年には民意が勝ち、2014年には政府側が勝った。格闘技でいう今回の“ラバーマッチ”は、市民が望む「撤回」にまでは至ってはいないが、現時点では市民に軍配が上がったといえるだろう。