高齢化で注目される新しい学問「金融ジェロントロジー」って何?

2019.8.23

経済

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高齢化で注目される新しい学問「金融ジェロントロジー」って何?

日本の個人金融資産約1800兆円の約7割は60歳以上が保有するといわれている。しかし、ここ20年ほとんど伸びておらず、アメリカ等と比べても資産形成に大きな差がある。つまり、日本人は資産をうまく生かせていないのだ。ハイペースで高齢化が進むなか、近年、長寿が経済活動に与える影響を多面的に研究する「金融ジェロントロジー」という学問が注目されている。金融機関の将来を左右するかもしれない、この新しい学問はどんなものだろうか。

高齢者の認知機能と資産運用の関係に注目集まる

わが国は世界で最も早いペースで高齢化が進んでいる。2045年には女性の平均寿命が90.03歳、男性が83.66歳まで上昇すると予想されており、65歳以上が全人口に占める割合は36%まで高まると見られている。

同時に、高齢化に伴い心身の機能低下、とりわけ問題となっているのが認知機能の低下だ。厚生労働省の推計によれば、団塊の世代が75歳以上となる2025年には、高齢者の5人に1人、約700万人が認知症になると見られている。しかも、認知症の有病率は高齢になるほど高まり、年齢が5歳上昇すると有病率はほぼ倍になるとのデータが示されている。

こうしたなか、金融界でいま注目されているのが、「金融ジェロントロジー」という新しい学問だ。「『金融ジェントロジー』は『金融老年学』と訳される経済学の新領域です。神経経済学と行動経済学を組み合わせた加齢行動経済学を応用して、高齢化が進む新しい社会の手がかりをつかんでいこうとする学問です」(大手地銀幹部)という。

ここでいう神経経済学とは、21世紀に入り、脳の動きを測定できる機器が開発されたことを受けて登場した学問で、脳のどの部分が、どのように機能すると、どのような判断のバイアスが生じるかを解明する領域である。一方、行動経済学とは、人間の経済行動は、合理的判断だけでなく、心理的な要素にかなり影響されることを解明する学問である。この「金融ジェロントロジー」において特に金融界が注目しているのが、認知機能と資産運用の関係だ。日本における約1800兆円の個人金融資産の7割弱を、60歳以上が保有しており、その割合は一層高まっている。こうした資産の高齢化と認知機能の低下にどう対応し、顧客目線の金融取引を維持していくのか。「金融ジェロントロジー」はその有力な手掛かりとなると期待されているわけだ。

多様な商品で金融資産の取り込みを狙う金融機関

しかし、医療の専門ではない金融マンが、高齢者の認知機能の低下の度合を判断するのは難しいものがある。このため「保有資産の“見える化”として、財産目録を作成したり、財産の使用目的をあらかじめ決めておくよう促している」(メガバンク幹部)というが、それでも限界はある。

やはり認知症有病者への金融対応には「成年後見制度」が切り札とならざるを得ない。しかし、一度選任された後見人は基本的に変更できないことや、後見人に対する報酬が割高なため十分に活用されていないのが実情だ。

成年後見制度

認知症、知的障害、精神障害、発達障害などによって物事を判断する能力が不十分な方(本人)について、権利を守る援助者(成年後見人等)を選ぶことで、本人を法律的に支援する制度。法定後見制度と任意後見制度がある。

また、「自身の認知機能の低下を十分に認識していない高齢な顧客も少なくない」(メガバンク幹部)という。介護保険サービスの利用者は約604万人(2017年度)にのぼるにもかかわらず、成年後見制度の被後見人は約22万人(2018年度)にとどまっていることが、その実態を如実に表している。

金融機関は高齢化に対応して、

  1. 代理人による預金口座の管理(任意代理)
  2. 後見制度支援信託(後見人の金銭を信託銀行等の信託財産において管理する仕組み)
  3. 後見制度支援預金(後見人の金銭を大口預金口座と小口預金口座で管理する仕組み)
  4. 家族信託(家族に財産を託し、管理・処分を任せる仕組み)
  5. 認知症関連保険(認知症や軽度認知障害と診断された場合に給付金は支払われる保険)
  6. 個人年金保険(公的年金とは別に、個人で老後のための資金を用意するための保険)
  7. 分配型投信(定率または定額で分配金を受け取ることができる投資信託
  8. リバース・モーゲージ(自宅を担保に、そこに住み続けながら融資を受けるサービス
  9. 遺言信託(遺言書作成の相談から、遺言書の保管、遺言の執行まで行うサービス)
  10. 遺言代用信託(財産を信託し、相続発生時に、簡便な他続きで、予め指定された受取人に、予め指定された方法で支払う信託

――など、まさに多様な商品を提供している。

これらの商品を高齢者の目線で、どう訴求し、提供していくか。高齢化が急速に進むなか、その金融資産の取り込み、運用の巧拙が金融機関の生き残りを左右するといっても過言ではない。「金融ジェロントロジー」は、その根底を支える学問として注目されている。