化学防護服からリチウムイオン電池まで 東レが革新技術を次々生み出せる理由

2020.4.1

技術・科学

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化学防護服からリチウムイオン電池まで 東レが革新技術を次々生み出せる理由

リチウムイオン電池向けバッテリーセパレータフィルム「セティーラ®」

合成繊維、合成樹脂をはじめとする基礎化学素材を幅広く手掛ける大手メーカー東レ。ユニクロとのコラボレーション商品の「ヒートテック」や、通気性とバリア性を両立した化学防護服など、私たちの日常生活や、それを維持する上で欠かせない商品を生み出してきた。最近では、電気自動車の需要の高まりで注目を浴びる、リチウムイオン電池の核となる素材、セパレータの生産・開発にも注力している。

 

幅広い領域の製品を生み出せるのには、開発技術を柔軟に横軸に展開できる東レ独自の研究・技術開発組織のあり方にある。高い技術力と開発力の根幹となる組織作りとはどんなものなのか。グリーンイノベーション分野およびライフイノベーション分野への新製品の開発・推進を担う環境・エネルギー開発センター所長の寺田幹氏にお話を伺った。

東レ 環境・エネルギー開発センター 所長

寺田 幹 てらだ みき

工学研究科機械工学専攻修了。1992年、東レ入社。樹脂応用開発部に配属、エンプラの処方開発や用途開発などを担当。2000年5月、米Toray Resin Co.に出向、技術サービスや生産技術、一部購買などの業務にも携わる。2005年4月からナイロン樹脂の処方・用途開発や、オートモーティブセンターの立ち上げ、太陽電池の開発に携わる。2016年8月より環境・エネルギー開発センター 所長。

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分断されていない研究・技術開発体制

まず、東レでは社長の下に、繊維、樹脂・ケミカル、フィルム、複合材料など、事業分野ごとに事業本部が連なっている。ここまでは一般的なメーカーの組織図とそう違いはないが、東レでは、それらを横断するようなかたちで技術センターが設けられているのが特長だ。

「通常は事業分野ごとに、営業と研究・技術開発の部隊が配置されていることが多いのですが、私たちは、技術センターというひと固まりの組織にすべての研究・技術開発機能を統合し、事業分野横断的に東レの総合力を発揮しています。

私たちのようなメーカーは、素材がすべて。例えば、ポリマー(高分子化合物)をベースとして考えたとき、それを引き伸ばす技術は繊維に、二次元で使う手法はフィルムに、三次元で利用する技術は樹脂系にそれぞれ活用できます。つまり、一つの素材をベースとして開発した技術を、さまざまな事業分野の素材に展開できるのが、この組織のあり方の強みなのです」(東レ 環境・エネルギー開発センター 所長 寺田 幹氏、以下同)

東レ 環境・エネルギー開発センター 所長 寺田 幹氏

研究・技術開発機能を縦割りの事業分野ごとにではなく、技術センターとしてまとめたことで、各事業本部と効果的かつ効率的に連携できるシステムを取っているのだ。

高速PDCAが自慢の環境・エネルギー開発センター

この技術センターは、生産本部の工場にいる技術開発の部隊、既存の事業本部・部門にない新事業を開発する部隊(開発センター、新事業開発部門)、プロセス開発をしたり工場や設備を建設するエンジニアリング部門、基礎研究を担う研究本部から構成されており、開発センターのひとつが環境・エネルギー開発センターである。

環境・エネルギー開発センターのある瀬田工場(滋賀県大津市)

東レがいま力を入れているのが、この人の暮らしや健康・長寿にかかわるライフイノベーションと、環境エネルギーにかかわるグリーンイノベーションだ。不織布(ふしょくふ)、抄紙(しょうし)、コーティングやラミネートといった加工技術を駆使して、環境、生活の分野の開発を進めている。

例えば、ライフイノベーション分野では、血糖値センサーなどに使われるフィルム製品や、現在話題の感染症対応の場で活躍する感染対策衣、ナノファイバーを用いた不織布のフェイスマスクなどを手掛けている。グリーンイノベーション分野では、リチウムイオン電池や次世代電池の材料を開発している。また、この2つの分野の境界領域として、省エネの住環境資材、例えば熱交換のできる住宅用断熱資材などをつくっている。

リチウムイオン電池向けバッテリーセパレータフィルム「セティーラ®」

高機能・高信頼性を有したバッテリーセパレータフィルムで、携帯型電子機器や電気自動車(EV)等で普及しているリチウムイオン二次電池用のセパレータとして幅広く使用されている。セパレータの需要は、EVの普及拡大によって昨今急激に拡大。

 

電池内のプラス極とマイナス極を絶縁するセパレータは、電気絶縁性に加え、異常時の安全性を確保する役割も担う。

この環境・エネルギー開発センターという部署は、素材自体の開発は手掛けてないが、東レの研究から生まれた素材をいかに加工し、部材として設計するかをミッションとしている。加工によって、新しい機能や効能の付加価値を高め、また、顧客が要求する最終形態に設計するまでのプロセスを担っているのだ。

昨今力を入れているリチウムイオン電池の部材であるセパレータの場合、実際に自分たちでリチウムイオン電池を組み立て、最終製品として評価するところまでを手掛ける。自社内で開発のプロセスと最終製品の評価までを行うことによって、部材単体の評価と特性に加えて、電池の安全性実証データを基にして、製品の魅力を顧客に伝えることができるという。

リチウムイオン電池において、電池特性、安全性を評価する設備の一部

「私たちは、部材をいかに作っていくか、コスト、性能を考えながら、最終製品評価までを当センター内で行っています。生産から廃棄までのコスト、CO2の排出なども計算しながら初期段階から同時並行で考えていくことによって、競争力が強い部材が生まれます。また、お客様が使用する最終製品の形にまで組み立て評価することによって、エッジの効いたやりとりをすることができるのです」

東レが得意なのは“革新技術の新展開”

では、環境・エネルギー開発センターが手掛ける、主力製品と新技術について具体的に紹介してみよう。

ライフイノベーション分野

私たちの生活をより良くし、健康を維持するための開発を行うライフイノベーション分野では、不織布の美容高級フェイスマスクが注目されている。ナノファイバーの細かい繊維を用いることによって、美容液を隙間にしっかりと含ませ、保持することが可能。ナノファイバーは摩擦力が高く、肌に密着するので、美容液を浸透させやすい。

また、感染症の現場で活躍する感染対策衣には、強い繊維技術に加えてフィルムの技術が用いられている。体液や血液、ウイルスや飛沫などの外からの異物を防御しつつ、優れた透湿性を備えており、内側からの汗や体温などを逃がすことで、衣服内の温度と湿度の上昇を抑えて、より長時間の作業が可能になった。この機能を備えた化学防護服「LIVMOA®(リブモア)」は、エボラ出血熱がアウトブレイク(感染集団発生)したギニアでも採用され、2017年、東レは1万枚をギニアに寄贈している。

感染対策衣「LIVMOA®5000」

グリーンイノベーション分野

環境分野の開発を推進するグリーンイノベーションの分野では、新エネルギーとしてのリチウムイオン電池に用いられるセパレータに期待が寄せられている。リチウムイオン電池は、小さなサイズのコイン電池から、スマートフォンなどに用いられる小型電池、および自動車分野まで幅広く使用されているが、容量を大きくすることや、いかに早く充電できるかという高性能、高機能とともに、安全性への要求も高まっている。

セパレータはリチウムイオンが正極と負極を行き来する際にショートすることがないよう両極を電気的に絶縁するものだが、特に電気自動車向けの電池は、スマホの数千倍の電気容量が必要とされるため、発熱、発火に対しての高い安全性が求められている。東レが手掛けるセパレータ「セティーラ®」 は、耐熱性に優れたセラミック粒子を含むコーティングを施すことによって安全性に寄与している。三層構造にし、フィルムとしての耐熱性をさらに高める設計も可能である。

全世界がCO2排出の削減を掲げるなか、ガソリン車に替わるものとして期待を集めるEVは、走行距離や充電時間の面でまだ課題が残るが、新技術の開発が課題のクリアに貢献できることは間違いない。

また、セパレータを多孔質フィルムとしてとらえた場合、エネルギー関連以外にもさまざまな用途展開の可能性を秘めているという。

寺田所長は次のように語る。

「私たちは、こうした応用を“革新技術の新展開”と呼んでいます。例えばリチウムイオン電池のために開発された技術をまったく違うものに応用したり、さまざまな用途展開したりするのです。

こういう発想は、リチウムイオン電池のセパレータのみにフォーカスした技術開発部署だけでは難しいかもしれません。その素材をいかに料理し、活用するか。分断されていない研究・技術開発体制であるからこそ、材料の複合化や新しい価値、用途を生み出すことができるのだと思います」