経済力で世界を席巻? 52カ国が中国の「香港国家安全維持法」を支持する理由

2020.7.22

社会

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経済力で世界を席巻? 52カ国が中国の「香港国家安全維持法」を支持する理由

写真:アフロ

「香港国家安全維持法」をめぐって中国と自由主義諸国との間で亀裂が深まり、世界の金融センターとしての香港の地位が揺らいでいる。米国商工会議所が行った調査によると、香港に進出する米企業の78%(回答企業183社)が国家安全維持法を「懸念している」と回答した。特に、同法の適用範囲や基準が明確でなく、米中関係の悪化など政治的思惑で外国権益も処罰の対象になることを懸念してという。 最近、日本のJETRO も在香港日系企業に向けて同様のアンケートを実施したが、8割以上が同様に懸念していると回答した。6月30日にジュネーブで開催された第44回国連人権理事会 では、日本、イギリス、フランスなどの27カ国は中国に対する懸念を示す共同声明を発表。このように、欧米や日本では、同法を可決した北京や今後の香港情勢を懸念する声が圧倒的だ。一方、国家安全維持法をめぐっては別の世界も見える。同理事会での審議では、なんと52カ国が賛成に回り中国を支持する形になったのだ。

52カ国が中国を支持する理由

6月30日、スイス・ジュネーブで開催された第44回国連人権理事会では、中国による国家安全維持法をめぐる審議が行われ、結果は以下のようになった。

  • 支持国
    中国、東アジア(北朝鮮)、東南アジア(カンボジア、ミャンマー、ラオス)、南アジア(パキスタン、ネパール、スリランカ)、中央アジア(タジキスタン)中東(イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、バーレーン、オマーン、レバノン、パレスチナ、イエメン、シリア、UAE)、アフリカ(エジプト、モロッコ、カメルーン、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国、ジブチ、赤道ギニア、エリトリア、ガボン、ガンビア、ギニア、ギニアビサウ、レソト、モーリタニア、モザンビーク、ニジェール、シエラレオネ、ソマリア、南スーダン、スーダン、ザンビア、ジンバブエ、トーゴ、ブルンジ、コモロ)、欧州(ベラルーシ)、オセアニア(パプアニューギニア)、中南米・カリブ海(キューバ、ニカラグア、ドミニカ、ベネズエラ、スリナム、アンティグア・バーブーダ)
  • 不支持国
    日本、欧米諸国(イギリス、スイス、スウェーデン、スロバキア、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、アイスランド、アイルランド、ドイツ、ラトビア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、オーストリア)、南太平洋(マーシャル諸島、パラオ)、中南米(ベリーズ)

まず、不支持国の多くは自由主義陣営で欧米諸国だ。南太平洋ではマーシャル諸島、パラオが不支持に回ったが、両国は台湾と外交関係を維持しているという背景がある。元々、南太平洋には台湾と国交がある国々が多かったが、その数は年々減少している。中国には、台湾が持つ国交をどんどん潰し、台湾に外交をできなくさせたい狙いがあり、近年は中国が南太平洋で多額の経済支援を武器に影響力を拡大し、一部の南太平洋の国は外交関係を台湾から中国に移すなどしているからだ。

ちなみに、アメリカはトランプ政権になってから2018年に国連人権理事会から脱退しており、今回カウントされていない。

そして、国家安全維持法を支持する立場に回った国々は、中東やアフリカが多くなったが、それにはどういった背景があるのだろうか。各国にはそれぞれ理由や事情があるだろうが、ここでは以下4つを考えてみたい。

まず、独裁的であり、国民を絶対的な統制下に置く北朝鮮だ。民主的な選挙がなく、国民を統制下に置いているという状況は中国も北朝鮮も変わるものではない。しかし、もっと差し迫った事情がある。新型コロナウイルスの感染拡大で、中朝国境は1月から閉鎖され、北朝鮮は経済的にも物資的にも厳しい立場にあるのだ。

物資の9割以上を中国に依存する北朝鮮にとって、国家安全維持法が世界的な物議を醸すなか、反対に回ることは政治的にも厳しい。北朝鮮としても中国のご機嫌を逆なですることは避けたい。

また、中東諸国を中心に、エジプトやパキスタンを含め、独裁的、権威主義的でイスラム過激派など反政府勢力の問題を抱える国々が多い。エジプト、イラン、イラク、パキスタン、シリア、サウジアラビアなどは国家権力が強く、イスラム過激派などの問題を抱えている。

反政府勢力の脅威を抱えるという点では、ウイグルやチベットの問題を抱える中国と状況は似ており、特にエジプトやシリア、パキスタンなど深刻なイスラム過激派の問題を抱えている国々は、ウイグルのイスラム過激派問題との関連上、中国のウイグル族への弾圧については北京を支持する立場をとる。

2019年7月、イギリスや日本など22カ国は、新疆ウイグル自治区で続く人権侵害で中国を非難する共同書簡を提出したが、ロシアや北朝鮮、パキスタン、シリア、アルジェリア、サウジアラビアやエジプトなど37カ国は中国を擁護する立場に回った。

チャイナマネーで影響力を増す中国

そして、最も大きな背景は、「一帯一路」による莫大な資金提供である。カンボジア、ミャンマー、ラオス、パキスタン、ネパール、スリランカ、カメルーン、モザンビークなど中国から多額の支援を受けるアジアやアフリカの国々が入っており、多額のチャイナマネーによって国内でインフラ整備や都市化を推し進めている。

中国のこのやり方は“債務帝国主義”などと揶揄されることもあるが、こういった国々としては、中国支援の立場に回らければ、援助資金を減額される、停止されるといった政治的プレッシャーがあることだろう。オーストラリアのシンクタンク・ローウィ研究所(Lowy Institute)によると、中国は2006年からの10年間で、パプアニューギニアに6億3200万ドルもの資金提供を行ったとされる。

ちなみに、日本や欧米と同じ自由主義陣営にあるはずの韓国は、今回の共同声明に参加しなかった。韓国は中国との経済関係が深く、おそらく不支持に回ることで何かしらの圧力を掛けられるのを避けたかった狙いがある。韓国政府は国家安全維持法には懸念を表明しているものの、経済的な理由からそれ以上踏み込んだ行動は取らなかった。

こういった状況を見ると、中国の影響力が拡大し、世界の多極化がいっそう進んでいることを想像させる。世界経済に占める欧米のシェアが縮小するなか、経済を基軸とする中国の影響力はアジアやアフリカの発展途上国に広く浸透している。

当然ながら、行き過ぎた浸透は地元からの抵抗や反発を生むことは間違いなく、一部の国々からは反一帯一路の声も聞かれる。しかし、今回の国家安全維持法をめぐる各国の反応は、中国が対立する欧米諸国と向き合う上で大きな擁護となる。国家安全維持法をめぐるもう一つの世界を知ることも、日本の国益を維持・発展させる上では重要なことである。