東京五輪やるの?やらないの? 開催シナリオに狂い 

2021.5.12

社会

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東京五輪やるの?やらないの? 開催シナリオに狂い 

5月9日に新国立競技場で行われた東京2020テストイベント「READY STEADY TOKYO」 写真:ロイター/アフロ

東京オリンピック・パラリンピックの開催シナリオに狂いが生じている。政府は開催に向けて緊急事態宣言をいったん解除したが、変異型の新型コロナウイルスが急拡大。4月には再び宣言を発令し、当初予定のGW後から5月末への期限延長も余儀なくされた。宣言延長により国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は来日予定を延期し、開幕まで2カ月半を切った今も観客数の上限を決められない事態となっている。

五輪開催を意識した緊急事態宣言の解除が裏目に

「選手が安心して参加できるようにし、同時に国民の命と健康を守っていく」。菅義偉首相は5月10日の衆院予算委員会で、東京オリンピック・パラリンピック中止を求める野党に対し「五輪開催と国内の感染症対策を両立する」との答弁を繰り返した。

五輪の主催者はIOCであり、日本や東京都に中止の権限がないのは以下の記事の通り。首相としては開催にこだわる姿勢を見せ続けるしかないのだが、五輪をめぐる状況は日に日に悪化している。

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政府は3月21日に2回目の緊急事態宣言を解除したが、4月に入ると再び感染が拡大。しかも、感染力が強いとされる変異ウイルスが関西を中心に広がり、これまでより速いスピードで感染者が増えている。5月8日に全国で新たに確認された感染者数は7000人超で、13道県で一日あたりの過去最多を更新した。

政府が2回目の緊急事態宣言を早期に解除したのは五輪の開催を意識したからだとされる。しかし、結果的にはこれが裏目に出た。

街に人出が戻ったことですぐに「第4波」が到来。慌てて東京と関西の4都府県を対象に4月25日から3回目の緊急事態宣言を発令したが、時すでに遅し。当初は5月11日までの短期間、強い対策で封じ込める作戦だったが、感染収束の見通しが立たないことから5月末まで延長。福岡と愛知を加えた6都府県に拡大した。多くの専門家は5月末での宣言解除も難しいとの見解を示している。

IOC会長が来日延期するなかで

五輪開催の“前提”だった国内でのワクチン接種も遅々として進んでいない。菅首相は2020年10月の所信表明演説で、「2021年前半までにすべての国民に提供できる数量を確保する」と表明したが、5月中旬となった今も優先接種の対象となっている医療従事者や高齢者にすら行き渡っていない。IOCは五輪に参加する各国・地域の選手団に米製薬大手ファイザー製のワクチンを提供すると発表したが、「国内の高齢者より選手団を優先するのか」との批判が渦巻く。

東京における緊急事態宣言の延長により、バッハ会長の来日も見送られた。当初、バッハ会長は被爆地である広島での聖火リレーに合わせて5月17日に来日し、広島市の平和記念公園を訪れるほか、18日に東京都内で菅首相や東京都の小池百合子知事、大会組織委員会の橋本聖子会長らと会談し、開催方法や新型コロナ対策などを確認する予定だった。

国立競技場の視察に来日したバッハIOC会長(2020年11月)写真:長田洋平/アフロスポーツ

5月末で緊急事態宣言が解除されれば、6月に来日する方向で調整するという。IOCや組織委員会などは6月に開催方法を決定するとしている。当初は観客数の上限について4月までに決めるとしていたが、開会の前月までずれ込んだ格好。しかも、5月末で緊急事態宣言が解除される保証はない。

政府は緊急事態宣言の解除の目安として「ステージ3」、新規感染者数を東京都で一日500人以下にすることとしているが、直近の一週間平均は約800人。東京でも感染力の強い変異型が7割程度まで増えていることに加え、自粛疲れで宣言の効果も落ちている。5月末に解除できなければバッハ会長の6月来日すら危うくなる。

開催は対海外・対世論にも分が悪い

IOCや政府にとっての切り札は“無観客開催”だ。政府やIOCは3月の5者協議で海外からの観客受け入れ断念を決定したが、その時点では国内からの観客の収容率について“50%”を軸に検討する方向だった。50%なら、すでに国内向けに販売したチケットを再抽選しなくても済むという。

しかし、緊急事態宣言の出ている東京では現在もイベント開催時の上限人数は50%か5000人のどちらか少ない方。東京大会のメインスタジアムとなる国立競技場の収容人数は6万8000人だが、5000人ではたった7%しか入れないことになる。本来であれば900億円のチケット収入が大会組織委員会に入る予定だったが、無観客や上限5000人では激減する見通しで、仮に開催できたとしても政府や東京都による巨額の補填が必要となる。

米有力紙ワシントンポストの電子版は5日のコラムで、IOCについて「収益のほとんどを自分たちのものにし、費用はすべて開催国に押しつけている」と批判。日本政府に五輪を中止することで“損切”すべきだと主張した。ニューヨーク・タイムズ紙も4月にコロナ禍の開催は“一大感染イベント”になる可能性があると指摘するなど、ここにきて世界中のメディアで五輪の中止を求める論調が目立ち始めている。

開催地である日本国内でも開催機運は高まっていない。大会関係者は聖火リレーが始まれば開催機運が高まるとみていたようだが、著名人のリレー参加辞退が相次ぎ、公道でのリレーも各地で中止となっている。読売新聞が5月7~9日に行った世論調査によると、今夏の五輪の開催について「中止する」が59%で最多。「観客を入れずに」が23%で、「観客数を制限して開催する」は16%だった。

国立競技場で開催されたテスト大会の意味は

開催を最も熱望しているはずのアスリートも心中は複雑だ。女子テニスの金メダル候補である大坂なおみ選手は記者会見で五輪の開催について問われ、「もちろん開催されてほしいが、過去一年間、多くの重大なことが起きている。人々を危険にさらしていて、不愉快にさせているのなら話し合いがなされるべきだ」と強調。自身も新型コロナに感染経験のある男子テニスの錦織圭選手は「死者がこれだけ出ているということを考えれば、死人が出てまでも行われることではない」と開催に疑問を呈した。

メイン会場の国立競技場では5月9日、陸上競技のテスト大会が粛々と開催されたが、周囲では中止を求めるデモが行われた。このまま国論が2分されるなかで強硬開催すれば、後味の悪さを残しかねない。