東証再編、いかに転落を避けるか

2021.7.16

経済

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東証再編、いかに転落を避けるか

写真:つのだよしお/アフロ

現在、1部・2部・マザーズ・ジャスダック(スタンダード、グロース)の5つの市場区分になっている東証は、2022年4月から3区分に再編される。目的は投資家から支持を得るためのコンセプトの明確化とされ、新たな移行先は流通時価総額、売上・利益、コーポレートガバナンス等によって決定。当然、現在と同等の市場への移行を望む企業が大半だが、中にはこれを機に上場取りやめに動く企業も。

東証1部上場企業の約3割がプライム基準に満たず

「東証の市場再編で取引先企業から多数の相談が寄せられています」

メガバンクの幹部はこう明かす。東証は2022年4月に大企業の1部、中堅企業を中心とする2部とジャスダック、そして新興企業向けマザーズの4つの市場区分を、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編する。

新市場のコンセプト

  • プライム:多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場 【条件】流通株式時価総額100億円以上等
  • スタンダード:公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場 【条件】流通株式時価総額10億円以上等
  • グロース:高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場 【条件】流通株式時価総額5億円以上等

※参考:東京証券取引所

「プライム」であれば流通時価総額100億円以上、流通株比率35%以上、売上高100億円以上、社外取締役の比率が3分の1以上などのコーポレートガバナンス・コードの順守といった具合に厳しい条件が付けられている。この条件を満たさなければ、東証1部企業といえども「プライム」に残ることはできない。

流通株式

上場している株式のうち、所有が固定的でほとんど流通可能性が認められない株式を除いた株式のこと。東証では、自己株式、役員・大株主の所有等を流通性の乏しい株式として定めている。

このため、新たな市場区分を満たすにはどうせればいいのか、銀行や証券会社に企業から相談が寄せられているというわけだ。メガバンクグループは傘下に銀行、証券、信託銀行などいろいろな機能を持っていることから、まさに東証上場企業にとってはうってつけの相談相手となる。「市場再編が行われるのは2022年ですが、2021年6月末時点の流通株の割合を計算して、どの区分に分類されるか7月に通知されます。残された時間は少なく今後、企業買収が急増すると思います」と先のメガバンク幹部は指摘する。

その通知が7月9日に各上場企業に東証から送付された。「第1次の判定結果となるもので、東証1部企業約2200社のうち664社がプライム基準を満たしていないと連絡を受けています。リストは非公表ですが、今後の2次判定に向け計画書の提出が予定されています」(市場関係者)という。

このため各上場企業、とりわけ1部上場でプライム市場に残ろうとする企業にとって残された時間は少ない。「流通時価総額や流通株比率では政策保有株は除かれて計算されます。このため政策保有株、いわゆる持ち合い株の解消を進める一方、時価総額を高める施策が求められます。売上高の条件もクリアするためにも企業買収は有効な手段となります」(大手証券幹部)というわけだ。とくに新たな市場区分でボーダーラインと目されている企業は、プライム市場に合格できるよう対応を急いでいる。

政策保有株式

上場企業の2社が経営戦略上の目的で保有している株式。「持ち合い株」ともいわれ、純粋な投資目的ではなく、会社間の関係性維持や買収防衛の一環として行われる日本企業特有の仕組み。

最大の注目銘柄はゆうちょ銀行とかんぽ生命

そのボーダーライン企業にあって、市場の再注目銘柄が日本郵政傘下のゆうちょ銀行だ。ゆうちょ銀行は7月9日、東証からプライム落ちの判定を受け取った。「ゆうちょ銀行株の89%は持株会社である日本郵政が保有しており、流通株式比率(35%)の要件を満たしていません。今後、経過措置入りを目指す方針で、持続的な成長と中長期的な企業価値向上、株主還元の実現に引き続き努めるとしていますが、ハードルは高い」(市場関係者)という。同様のことは日本郵政が大株主で株式を上場するかんぽ生命についても言える。

その日本郵政は2021年度~25年度までの中期経営計画で傘下のゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の金融2社の出資比率を5割以下まで引き下げるとともに、金融事業に依存しない収益モデルを構築するため最大約2兆円を不動産事業や新規事業などの戦略投資に振り向ける。

その計画の一端が早くも動き出した。かんぽ生命保険の千田哲也社長は6月16日、都内で開催した株主総会で、親会社である日本郵政の出資比率が6月9日付けでそれまでの60%超から49.9%となり、初めて50%を下回ったことを明らかにした。日本郵政がかんぽ生命保険の自社株買い(上限約440億円)に応じることで出資比率が引き下げられたもので、これによりかんぽ生命保険は新規業務に国の認可が必要な「上乗せ規制」が緩和され、経営の自由度が増すことになる。

現在、日本郵政グループの業務については、政府の認可事項となっており、経営には厳しい制約が残る。具体的には郵政民営化法によりかんぽ生命保険、ゆうちょ銀行への日本郵政の出資比率が50%を下回るまで、一般の保険会社より厳しく業務を制限する「上乗せ規制」が課されており、新商品の開発には認可が必要だった。今回日本郵政の出資比率が50%を下回ったことで、今後は「届出」だけで済むようになる。千田社長は株主総会で「商品やサービスの開発がしやすくなる」と述べ、独自の商品開発、特に保障性の保険商品の拡充を急ぐ方針を示した。

かんぽ生命保険の出資比率引き下げを優先した背景には、かんぽ生命保険による保険商品の不適切販売という負の側面を早期に払拭し、収益回復を図りたいとする経営の判断がある。俗に「かんぽ問題」と呼ばれる保険商品の不適切販売では、渉外職員が高齢の顧客らに契約と解約を繰り返させるなどし、営業手当を不正に取得していた。

今回、日本郵政によるかんぽ生命保険への出資比率が50%を切ったことで、次の焦点はゆうちょ銀行への日本郵政の出資比率がいつ引き下げられるかに移る。日本郵政のゆうちょ銀行への出資比率は現在89%。中計の計画期間中の5年間で50%以下にする方針だが、その時期が問われることになる。

そこに浮上したのが、今回の東証の市場区分の見直しだ。ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険とも、プライム市場に残る要件となる流動性株式比率には大きく及ばない。だが、市場関係者からは「ゆうちょ銀行、かんぽ生命の時価総額は巨大だ、両社がプライム市場から脱落するようなことがあれば、プライム市場そのものの魅力が薄れるだけに、経過措置でどう救い上げるかが問われよう」との声が漏れる。

地銀は上場取りやめに動く?

ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険がプライムへの残留で注目される一方、東証の市場区分の見直しを機に上場取りやめに動くのではないかと注目されているのが地方銀行だ。

地方銀行の一部が、ひそかに株式の上場取りやめを検討しているようだ。「上場に伴うメリットとデメリットを天秤にかけたとき、デメリットの方が大きくなりつつある」(地銀幹部)というのが理由だ。さらに、これに追い打ちをかけるのが金融庁による暗黙のプレッシャーと東証の市場区分の見直しだ。

収益力の低下に歯止めがかからないなか、有価証券の益出しなどでどうにか確保した利益を配当に回す地銀が後を絶たない。そうした旧態依然とした経営姿勢に対し金融庁幹部からは、「本末転倒と言わざるを得ない。次のビジネスや地域、顧客に還元する方が、優先順位が高いのではないか」との厳しい指摘が聞かれる。

現在、地方証券取引所を含め株式を上場している地銀は79銀行・グループある。上場は地元の有力企業としての証であり、就職戦線でも有利に働いた。「優秀な人材を採用するためにも必要なステータスだった」(地銀幹部)という。しかし、上場に伴うコストは年々増大している。四半期開示ベースでのIR資料の作成コストなど上場維持のための負担は重い。それでも相応の収益が確保できる限りは上場の旗は降ろせなかった。「地元の証券取引所の上場企業数が少なるなか、メンツにかけても上場の旗は降ろせなかった」(同)というわけだ。

だが、長引く低金利下にあって、収益は細るばかり。日銀の試算では約6割の地銀が10年後の2028年度までに最終赤字に転落する見通しである。従来のような余力が失われるなか、株式上場もコスト的に見合わなくなってきている。

加えて、アクティビスト(物言う株主)や外資系ファンドが大量保有する地銀株も散見され、配当増への圧力も高まっている。日銀が2021年4月に発表した金融システムレポートでも「近年、上場株式会社である地域銀行を中心に、株主還元に対する意識の高まりから、収益力の低下にもかかわらず安定配当を重視する結果として、配当性向が切り上がる先もみられる」と指摘されている。また、東証では上場区分の見直し議論も進められており、「東証1部から転落するようでは、上場を維持する意味が薄れる」(地銀幹部)との意見も聞かれる。ここらが潮時かも知れない。

今回の東証の市場区分見直しは、海外でも類を見ない大規模な市場再編である。「東証の市場区分の見直しは、株価や採用、企業ブランドなど多方面に影響を及ぼすだけに経営上の至上命題だ。脱落するようなことがあれば一大事」とある東証上場企業の経営者は身構えている。最終判定は2022年1月11日に通知され、新市場区分の選択結果が公表される予定だ。上場企業経営者にとって眠れない夜が続く。