政経電論 https://seikeidenron.jp 政経電論は、若い世代やビジネスパーソンに政治・経済・社会問題を発信するオピニオンメディア。ニュースの背景をわかりやすく伝えたり、時事用語の解説を通して、現代を生きる若者の行動を促すことを目指します。 Mon, 29 May 2023 03:14:51 +0000 ja hourly 1 大企業と中小企業で賃上げ対応に格差 実質賃金が物価上昇に追いつかず https://seikeidenron.jp/articles/22361 https://seikeidenron.jp/articles/22361#respond Fri, 26 May 2023 07:54:08 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22361

厚生労働省が5月9日に発表した3月の毎月勤労統計調査(速報)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月比2.9%減と、12カ月連続のマイナスとなった。物価は上昇しているのに賃金が追いついていない、実質的な生活苦が鮮明になっている。今春の労使、賃金交渉では大企業を中心に、労組の賃上げ要求に対して満額回答が相次いだが、このままでは、それもぬか喜びになりかねない。経済の好循環をもたらす鍵はどこにあるのだろうか。

名目上の賃上げはなされたが、庶民の生活は苦しくなっている

2023年の政治的な眼目は、「賃上げ」にあったはずだ。岸田文雄首相は1月5日、経済3団体の新年祝賀会であいさつし、「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」「今年の賃上げの動きによって日本経済の先行きは全く違ったものになる」と経済界の面々に語りかけた。これは、賃上げが産業界全体に広がり、国内消費を喚起することで企業の売上が伸び、日本経済全体が押し上げられる――そうした経済の好循環を実現したいという決意表明だった。労働組合も賃上げ要求で足並みを揃え、連合は2023年の春季交渉でインフレ率を上回る5%程度の賃上げを要求した。その結果、岸田首相の要請を受ける形で大企業を中心にインフレ率を上回るベースアップ(ベア)を含む賃上げが相次いだ。

実際に、厚労省の3月の毎月勤労統計調査(速報)では、賃上げに伴って名目賃金に相当する1人当たりの現金給与総額は、前年同期比0.8%増の29万1081円と、15カ月連続のプラスとなった。しかし、 実質賃金の算出に用いられる、“持ち家の帰属家賃”を除く消費者物価指数(CPI)は、総務省の発表によると3月に前年同月比3.8%も上昇し、約40年ぶりの高い水準にある。つまり、物価上昇を加味した実質賃金は目減りしているのだ。

これは、政府の電気・ガス負担抑制策などでエネルギー価格の伸びが抑えられているものの、食料を中心に価格転嫁の動きは早く、かつ広範囲に渡っているためだ。さらに、帝国データバンクの4月の調査によると、今年1~7月で値上げ済み、または値上げ予定の食品の累計品目数は2万815品目と、前年同時期の約2倍となっている。庶民の生活は確実に苦しくなっている。

加えて、日本経済の根底を支える中小企業の賃上げは鈍かったことも実質賃金の減少に拍車をかけた。このまま、労働者の約7割を占める中小企業の賃上げがなされない以上、岸田政権が求める経済の好循環は画餅に帰しかねない。

物価上昇を価格転嫁できない日本企業の悪循環

実質賃金が減少する一方、円安進行やロシアのウクライナ侵攻に起因する資源高や供給網の分断により原材料費は高騰しており、消費は伸び悩む。中小企業は、足元のコストプッシュ型のインフレに苦しんでいる。実際に日本商工会議所の調査では、原材料費の高騰分を商品・サービスに十分に反映できていない企業は約9割に上る。日本商工会議所の小林健会頭(三菱商事相談役)は、新年祝賀会で「中小企業が自発的に賃上げをできる原資の確保が必要だ。取引価格の適正化による価格転嫁の促進が不可欠だ」と訴えた。

実際に、アメリカが物価上昇をほぼすべての企業が価格に転嫁できるのに対して、日本企業の価格転嫁率は低い。人件費や原価上昇の半分程度しか価格に上乗せできていないのが実情だ。 値段を据え置いて内容量を減らす「シュリンクフレーション」、いわゆる「ステルス値上げ」で対応している企業もあるが、それにも限界がある。低い価格転嫁は利益率を低下させ、収益を圧迫する。結果、賃上げを行う余裕はなくなっていく。まさに悪循環だ。

つまり、現在の日本経済は、慢性デフレに急性インフレが加わった、危うい状況に陥っていると言っていい。労働者側からみれば賃金は上がらないのに物価は上がるというジレンマに陥っている。

大企業はグローバルに標準を合わせて“異次元の賃上げ”

翻って、大企業はどうだろうか。確かに大企業では“異次元の賃上げ”が顕在化している。ユニクロなどを展開するファーストリテイリングは、国内外の給与制度を3月に統一し、国内従業員の年収を数%から最大4割引き上げた。国内で働く約8400人が対象で、国内の人件費は約15%増える見込みだ。同社の単体1698人の平均年収は959万円(平均年齢38歳、2022年8月期)で、平均15%アップするとなると1102万円となり、1000万円を超える。日本人の平均年収は2021年で443万円。いかに高額給与かがわかるが、ライバルのH&Mの12万ドル(約1600万円)などと比べるとまだ低い。

ただし、同社はすでに売上高の半分を海外が稼ぎ出しており、「グローバルな働き方に報いていく仕組みを整えなければいけない」(岡崎健最高財務責任者)との問題意識があった。特に、円安進行に伴い国内の賃金がドル換算で大きく目減りしており、「欧米など海外従業員の年収はすでに国内を上回っている」(小売アナリスト)とされ、早急に不公平感を解消する必要に迫られていた。

人手不足と資金繰りにあえぐ中小企業

一方で、肝心な中小企業では大企業ほど賃上げは広がっていない。一旦、賃金を上げると下げることが難しいためだ。基本給(賃金)の減額は労働条件の不利益変更にあたり、労働契約法の定めによって労働者の同意なく行うことはできない。

そもそも賃上げには定期昇給とベースアップという2つの考え方がある。定期昇給とは企業が定めた基準に沿って定期的に行われる昇給で、主に従業員の勤続年数や年齢、評価結果等に基づいて決定される。一方、ベースアップは全従業員に対して一律で行われるベース(基本給)の底上げで、インフレ時など物価に対して賃金の水準が低く、労働者の生活への支障が懸念される場合に行われるケースが多い。いま主に問われているのは後者のベースアップの引き上げということになる。

賃金の引き上げは当然、企業経営を圧迫する。このため日本企業は賞与の増額や特別賞与の形で従業員に利益を還元し、ベースアップを極力避けてきた。特に中小企業ではこの傾向が強かった。

「新年度は費用が嵩む。4月は中小企業にも大企業と同等の時間外労働の割増賃金が適用される。ベースアップに回せる資金の余裕はない」と都内の中小製造業経営者はこう吐露する。原材料費が高騰しているものの思うように価格転嫁できていないという。こうした苦悩を抱える中小企業は多い。日本商工会議所の調査では賃上げを予定している企業は6割弱に留まる。

だが、それでも中小企業は賃上げを行わなければならないジレンマを抱えている。人手不足による倒産の可能性があるためだ。コロナ禍からの回復過程で、人手不足はサービス業などを中心に深刻化している。賃上げの背中を押すのが、最後は“人手不足による倒産の危機”というのは皮肉でしかない。

国内企業の手元資金は2022年末に約259兆円と10年前に比べ約6割増えた。反面、企業の収益がどれほど働き手に分配されているかを示す労働分配率は2022年末で57.5%と10年前に比べ8ポイント減っている。そこに空前の物価高が襲っている。実質賃金の減少は深刻だ。

2023年は売上の上昇、利益率の向上を通じて賃金が引き上げられるという好循環が実現できるかが問われる年と言える。鍵は中小企業の賃上げが握っているが、余力は少ない。

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韓国ユン政権の政策転換と日中韓の関係構図の変化 https://seikeidenron.jp/articles/22375 https://seikeidenron.jp/articles/22375#respond Thu, 25 May 2023 13:46:29 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22375

5月7日に岸田文雄首相は韓国を訪問し、ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領と会談。相互往来を12年ぶりに再開させることで一致した。これにより、日韓の首脳が年1回程度、互いに往来する「シャトル外交」が復活。広島サミットでも日韓首脳会談を行い、今後、日韓の関係改善は加速する見通しだ。その一方で、中国は今後、両国に対してさらに警戒を強めることになりそう。

米中の対立が日中の冷え込みを加速

最近、日中韓の関係構図が大きく変化している。特に、その中でも韓国が最大の変数となり、ひいては極東アジアの安全保障秩序にまで変化が生じつつある。

まず、日中関係の冷え込みは、激しくなる米中対立や緊張が高まる台湾情勢に伴うものだ。トランプ政権下で始まった、米中貿易摩擦に代表されるように、今日、米中間では安全保障や経済、先端技術など多方面で覇権争いが展開されているが、その中でも台湾情勢は最大の論争事項になっている。

3期目となった習近平政権にとって台湾は、最重要イシューである一方、アメリカとしても中国の西太平洋覇権を抑える意味で、台湾は譲れない状況といえる。仮に有事となれば、日本もアメリカの軍事同盟国である以上、中国は対立軸で接することになるので、その後の日中関係の冷え込みは避けられそうにない。さらに日中は長年、尖閣諸島の領有権問題で争っている。台湾有事との連動性にも懸念の声が聞かれ、日中間の安全保障をめぐる状況では緊張が続いている。

また、経済安全保障の視点からも日中間で摩擦が拡大している。バイデン米政権は2022年10月、先端半導体の技術が中国に流出して軍事転用される恐れを警戒し、製造装置など先端半導体関連の対中輸出規制を発表。さらに2023年1月には、製造装置で世界シェアを持つ日本とオランダに対して、同規制に加わるよう要請した。

その結果、日本は4月、先端半導体を製造する際に重要な装備品23品目で対中規制を敷くことを決定し、アメリカと足並みを揃えることになった。中国は当然のようにこれに反発し、対抗措置を取る構えを示した。日中間は政治と経済の両面で摩擦が拡大しているのだ。

ユン政権の誕生と政策転換で日韓は関係改善へ

そのような状況で大きく動き出したのが韓国だ。ちょうど1年前の2022年5月10日、韓国ではユン大統領が誕生したが、ユン政権は前ムン・ジェイン(文在寅)政権の政策や方向性から大きな転換を図った。

ユン政権は、対北朝鮮では「太陽政策」から脱皮し、アメリカや日本との関係改善を最優先に外交を展開。ユン大統領は2022年夏、スペイン・マドリードで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会合に参加し、そこで岸田文雄首相と短時間ながら対面した。その後両者は、2022年秋のアジア太平洋経済協力(APEC)でもコミュニケーションを図り、2023年3月下旬には東京で日韓首脳会談が実現した。会談では、日韓関係の改善と発展のため信頼醸成を高め、双方が未来志向で良好な関係を築いていくことで一致したが、その後50日あまりで今度は岸田首相が韓国を訪問。ここに日韓シャトル外交が復活した。

また、ユン大統領は4月にアメリカを訪問してバイデン大統領と会談。両者は北朝鮮だけでなく、台湾情勢についても意見を交わし、名指しはしなかったものの現状維持を続ける中国への懸念を共有した。台湾周辺は日本の経済シーレーンであるが、それは韓国にとっても同じことである。当然のように、その後、中国はユン大統領の台湾問題への言及に強く反発している。

距離が生まれつつある中韓関係

以上は事実関係の一部に過ぎないが、韓国が昨今、最大の変数となり、日本への急速な接近、中国離反が顕著になったことで中韓関係が冷え込んでいる。

前ムン政権時代の韓国は中国との経済関係を重視し、日韓関係は戦後最悪とまで言われてきた。韓国にとって、最大の貿易相手国が中国であるという事実は今も変わらないが、ユン政権の韓国は対北朝鮮や台湾、経済安全保障など、多くの分野で日本と価値観を共有し、対中関係では一歩距離を置く姿勢に転じている。

そして、今後この構図は少なくともユン政権の残り任期4年間は維持される可能性が極めて高い。ユン大統領は日韓、日米韓だけでなく、自由で開かれたインド太平洋構想にも強い関心を示しており、日米豪印4カ国で形成されるクアッド(Quad)にも今後接近、参加してくる可能性が十分にある。ユン政権のこういった姿勢を日本やアメリカが拒む理由は何もなく、今後いっそう拍車が掛かることだろう。

一方、それに伴って極東アジアでは今後“日韓vs中国”のような構図が生じることも考えられる。ユン政権の誕生によって日中韓の関係構図は大きく変わったと言える。

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貧相なロシア戦勝記念日に悲惨な軍の実態……追いつめられるプーチン https://seikeidenron.jp/articles/22371 https://seikeidenron.jp/articles/22371#respond Thu, 25 May 2023 05:06:08 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22371

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻。両国共に真っ向から対立する状況が続いてきたが、ここにきてロシアの“弱体化”があらわになってきた。国家の一大行事である軍事パレードや内部から漏れ出る実態から見えるロシアの行く末は、想像以上に厳しいものになりそうだ。

劣勢を物語るロシア内部の状況

ロシアがウクライナに侵攻してから1年3カ月が経過した。戦争の行く末は、依然として明るい兆しが見えないものの、ロシアのプーチン大統領は日に日に追いつめられている。

5月9日、モスクワでは旧ソ連がナチスドイツに勝利してから78年を祝う軍事パレードが行われたが、参列した兵士は8000人と過去15年で最も小規模となり、例年見られる戦闘機の姿もそこにはなかった。プーチン大統領は、演説で相変わらずウクライナ侵攻の意義を強調。西側がロシアを破壊しようとしていると欧米に強い不満を示し、「われわれの祖国に対して再び“本当の戦争”が行われている」とこれまでの“特別軍事作戦”という言葉を撤回し、“本当の戦争”と強調して訴えた。しかし、その根気強い発言と軍事パレードの様子には大きな温度差があった。

ロシアの劣勢は、5月3日の出来事からもわかる。ロシア政府は同日、プーチン大統領の暗殺を狙ったドローン2機をクレムリン上空で撃墜したと発表。ドローンとみられる小型の物体がクレムリン上空を飛行する映像を公開した。ロシア政府は、ウクライナが実行したと非難したが、今日のウクライナにロシア中枢を狙うメリットや生じるコストを考慮すれば、その可能性は極めて低く、ロシアによる自作自演の可能性が高い。これについては、アメリカのシンクタンクである戦争研究所も同様の指摘をしている。

また、戦争の最前線で活動を続けるロシア民間軍事会社ワグネルの苦戦も、ロシアの劣勢を物語っている。5月5日、ワグネルの指導者プリゴジン氏はSNS上で、「ゲラシモフ、ジョイグ、弾薬が70%足りない、弾薬はどこだ」とロシア軍幹部たちを呼び捨てにし、ロシア中枢に強い不満を示した。その後、プリゴジン氏は要求した弾薬の1割しか届いていないとし、われわれはだまされた、と強い怒りをあらわにしている。

こういった最近のロシアの状況は、その劣勢を顕著に示すものだ。ワグネルの声は戦争の最前線でロシア側が置かれる状況を赤裸々に示し、クレムリン上空でのドローン撃墜でも、ロシア側にはそれによってウクライナ攻撃を正当化しようという狙いだけでなく、国民に対してもその正当性をアピールする思惑があったと感じられる。

大きな誤算を生んだプーチン大統領によるNATOへのけん制

一方、プーチン大統領が追いつめられるのは物理的な側面だけではない。プーチン大統領は長年、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に強い不満を抱いてきたが、今日のウクライナ侵攻はそのNATOを強くけん制する狙いもあったはずだ。

冷戦以降、NATOは東欧の民主化ドミノも相まって徐々に東へ拡大し、今日ではロシアに近接するバルト3国にまで活動範囲が及んでいる。そして、ウクライナ侵攻により、ヨーロッパではロシアへの警戒感が一気に強まり、フィンランドやスウェーデンが短期間のうちにNATO加盟申請を行った。

特に、フィンランドはロシアと1000キロ以上に渡って国境を接しているが、侵攻以降は国内でNATO加盟を支持する声が国民の間で広がっていた。現在は200キロに渡って国境地帯にフェンスを建設中で、今後2、3年で完成するという。そして、2023年4月、フィンランドのNATO加盟が正式に決定し、これでNATOは31カ国体制となった。

東方拡大を続けるNATOをけん制する狙いもあったウクライナ侵攻は、逆にNATOの拡大を誘発し、プーチン大統領は自らの首を自分で絞めている状況にある。集団防衛体制であるNATOの条約第5条には「加盟国1国に対する攻撃は全加盟国への攻撃と見なす」と明記されている。ロシアとしては、NATO加盟国に迂闊に手を出せる状況にはない。

ウクライナが侵攻された背景には、ウクライナがNATO加盟国でなかったからだとの意見も多く聞かれるが、隣国フィンランドがNATOに加盟したことはプーチン大統領にとっても大きな誤算となった。自らが嫌うNATOが1000キロ以上にわたって隣接することになったのだから、プーチン大統領は政治的にも極めて追いつめられるようになったと言えよう。

勢いづくウクライナに対するロシアの反応は

ウクライナのゼレンスキー大統領は、5月21日、広島で開催された主要7ヵ国首脳会議(G7サミット)にサプライズで対面参加。それに応えてG7首脳は、さらなるウクライナ支援の拡充とロシアに対する追加制裁で一致した。中でもアメリカが、慎重な姿勢を見せていたF16戦闘機の供与を認めたことは大きい。

ウクライナは今後、ロシア側に大規模攻勢を仕掛けると発表しているが、この攻勢によって今後の情勢が大きく変わるとみられる。仮にこれが“とどめの一発”になるようであれば、プーチン大統領はどんな手段に出てくるのだろうか。以前に核使用をちらつかせたことがあったが、今後のロシア側の反応が懸念される。

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広島サミット閉幕、岸田首相の次なる課題は “解散風”への対応か https://seikeidenron.jp/articles/22341 https://seikeidenron.jp/articles/22341#respond Tue, 23 May 2023 05:09:03 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22341

主要7カ国が集まり国際的諸課題について話し合うG7広島サミット(主要7カ国首脳会議)が3日間の日程を終え、5月21日に閉幕した。被爆地である広島での開催や核軍縮に関する初の共同文書「広島ビジョン」の発出、ウクライナのゼレンスキー大統領の来日など、話題に事欠かなかったが、与党内では早くも解散総選挙に目が向いているようだ。

サミットの意義も再確認させた岸田首相の成果

「被爆地を訪れ、被爆者の声を聞き、被爆の実相や平和を願う人々の想いに直接触れたG7首脳が声明(広島ビジョン)を発出することに、歴史的な意義を感じる」。岸田文雄首相は、広島サミットの閉幕後の記者会見でこう強調した。

首相にとっては、特に思い入れの強いサミットとなった。日本での開催は7年ぶり7回目だが、時の首相の地元で開催されるのは初めて。しかも、ウクライナ侵攻でロシアのプーチン大統領が戦術核の配備について言及するさなか、G7首脳が初めて被爆地である広島に集結し、全員で原爆資料館を視察した。

特にジョー・バイデン大統領はアメリカの現職大統領としては7年前のオバマ氏に続いての視察となり、滞在時間はオバマ氏のときの10分を大きく上回る40分間に及んだ。オバマ氏のときは入り口ロビーで収蔵物数点を見学しただけだったが、今回は犠牲者の写真や遺品が並ぶ本館の展示物を紹介したとみられる。

視察後はG7とEUの首脳9人全員で平和記念公園の原爆慰霊碑に献花したが、事前の調整は難航したという。G7のうち、米英仏の3カ国は核保有国であり、アメリカは広島に原爆を投下した当事者だからだ。しかし、外務省などが粘り強く交渉し、視察の内容は完全非公開という形で実現させた。

サミットでは「核兵器のない世界という究極の目標に向けて、軍縮・不拡散の取組を強化する」などとした首脳宣言をとりまとめ、「ロシアによる核兵器の使用の威嚇、ましてやロシアによる核兵器のいかなる使用も許されない」などと強調した核軍縮に関する初の共同文書「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」をまとめた。

さらに、ウクライナのゼレンスキー大統領の電撃参加という“サプライズ”も加わった。核兵器の具体的な脅威にさらされている国のトップが被爆地を訪れ、G7や国際社会で存在感を高める「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国の首脳に直接、支援を呼びかける姿は、世界的にも大きく報じられただろう。

サミット直前にはバイデン大統領の参加すら危ぶまれていたことを考えると、大きな成果をあげたと言っていい。「サミットの意義は薄れつつある」との指摘もあるが、今回の広島サミットでは主要国のトップが一堂に会することの迫力を世界に見せつけた。

読売新聞が5月20~21日に実施した世論調査によると、岸田内閣の支持率は56%となり、前回から9ポイント上昇。8カ月ぶりに5割台を回復したという。不支持率は4ポイント減の33%だった。「G7サミットで首相が指導力を発揮していると思う」は53%、首相の目指す「核兵器のない世界に向けて国際的な機運が高まると思う」も57%にのぼった。

岸田首相が打つ、長期政権のための次なる一手

支持率が高まると、永田町の関心事は“解散”に向く。与党、特に自民党議員にとっては、支持率の高いうちに衆院・解散総選挙があった方が自らの選挙に有利に働くため、早期解散を求める声は高まるだろう。しかも、今は支持率の回復に加えて“株高”という後押しもある。日経平均株価は5月19日に3万円台を1年8カ月ぶりに回復。円安による割安感などから海外投資家の買いを集め、バブル崩壊以来の高値を更新した。自民党議員が「今なら勝てる」と思うのも無理はない。

解散権を握る岸田首相はサミット閉幕後の記者会見で早期解散について「重要な政策課題に結果を出すことが最優先」とした上で「いま解散・総選挙は考えていない」とこれまで通り否定した。では、衆院解散はいつになるのか。

長期政権を目指す首相にとって、最も重要な政治日程は2024年9月の自民党総裁選。事前に解散・総選挙で与党を勝利に導けば再選が近づくが、あまりに早いと衆院選を勝ち抜いたとしてもさまざまな原因で総裁選前に支持率が下落するリスクをはらむ。となると2024年の通常国会中というのが最も自然な流れだろう。

現在の衆院議員の任期満了は2025年10月まであるため、早すぎると批判を招く可能性もある。しかし、与党には支持率以外にもなるべく早く解散してほしい2つの理由がある。

与党内で早期解散を求める声が高まっている理由

1つ目が防衛費や少子化対策を増額するための負担増議論だ。政府は2023年度からの「防衛力整備計画」に5年間で防衛費総額を43兆円程度と定め、一部を増税で賄う考え。また、6月にまとめる「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる“骨太の方針”には、児童手当の拡充など少子化対策の具体策を盛り込む方針で、これらの財源をどう賄うかの具体的な議論が始まる。負担増の具体策が明らかになれば世論の反発を受ける可能性があるため、議論が具体化する前に選挙を戦いたいという心理が見え隠れする。

2つ目は維新の脅威だ。大阪を地盤とする日本維新の会は、2021年の前回衆院選で大阪府内19の小選挙区中、公明党に配慮して候補を立てなかった4区を除く15選挙区で勝利。全国で与党は大勝したものの、大阪では自民党が1議席もとれない歴史的惨敗となった。維新は4月の統一地方選で、奈良県知事選を制して初めて大阪府外での首長を誕生させるなど躍進したほか、衆院和歌山1区の補欠選挙では、自民党候補を退けて勝利した。

維新は次期衆院選で全選挙区に候補を擁立すると意気込んでいるが、候補が決まっていない選挙区はたくさんある。特に関西地方の選出議員は「維新の準備が整う前に解散して欲しい」というのが本音だ。永田町では衆院解散は“首相の専権事項”と言われるが、解散風が強まり過ぎると、さすがの首相も無視できなくなるだろう。

自らの総裁再選シナリオと、早期解散を求める党内の声。首相は2つを天秤にかけながら、慎重に解散時期を見極めることになりそうだ。

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岸田首相は保守派と向き合ってLGBT法案成立への道筋を開けるか https://seikeidenron.jp/articles/22328 https://seikeidenron.jp/articles/22328#respond Sat, 20 May 2023 05:36:46 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22328

自民・公明両党は5月18日、LGBTなど性的少数者への理解を深める法案、いわゆる「LGBT法案」を国会に提出。同法案は当初、超党派の議員連盟がまとめていたが、自民党の保守系議員の反発で一部内容を修正したことに立憲民主党などが反発。立憲民主党や共産党は、修正は認められないとして、元の法案を提出する事態となった。一体何が問題視されたのだろうか。

一部保守派からの強硬な反対で法案を修正・削除

「十分に議論した上で修正し、全会一致で了承を得た」。自民党の遠藤利明総務会長は5月16日に行われた総務会後の記者会見で、こう胸を張った。

自民党案の元は、2年前に同党議員を含む超党派の議員連盟が作った法案だ。しかし、党内の保守系議員が強硬に反対しているのを踏まえ、「性自認」との文言を「性同一性」に、「差別は許されない」との表現を「不当な差別はあってはならない」と保守派の一部に配慮する形で修正。さらに議員案では独立項目だった「学校の設置者の努力」も削除し、事業主の項目と一体化させた。削除は「子供に教えると混乱する」といった保守派の意見を踏まえたと見られる。

それでも反対する声は多かったが、5月19日から開催するG7広島サミットまでに間に合わせたいとの事情を優先し、半ば強行に党内手続きを済ませた。党内の部会では怒号が飛び交い「こんな強引な決め方は許さん」などとの声があがったという。総務会は全会一致が原則のため、反対派の一人である中曽根弘文元外相は総務会の採決時に退席した。

修正法案をめぐる与野党の評価はさまざま

「性自認」との文言を修正したのは、「男性が『性自認は女性』と偽って女性用トイレや風呂に入るなど悪用される恐れがある」との指摘を受けたためだ。「差別は許されない」との表現は、「訴訟が乱発される恐れがある」などとの批判を踏まえて改めた。「不当な差別はあってはならない」という表現は、保守系議員の象徴的な存在だった安倍晋三元首相が、首相在任中に「LGBTと言われる性的少数者などに対する不当な差別や偏見は、あってはならないことだ」と繰り返し答弁したことを受けての変更だ。

修正法案について、推進派である稲田朋美元防衛相は「一部修正はあったものの、趣旨はまったく変わっていない。大きな前進だ」と評価するが、立憲民主党の岡田克也幹事長は「超党派で合意した法案から大きく後退している」と批判。国民民主党の玉木雄一郎代表は、記者会見で「『一歩前進』という意見がある一方、(推進派と反対派の)2つの方向から反対がある」と語った。

修正法案から透けて見える保守派の思惑

それでも、自民党の世耕弘成参院幹事長は「100点にならないと法案を出さないという政党とは違って、我が党は70点、75点であってもしっかり提出して物事を一歩前進させていく」と語る。確かに、何も進まないよりは一部妥協してでも法律を整備していった方が性的少数者にも良いことかもしれない。しかし、当事者団体などは特に修正で盛り込まれた「不当な差別」との表現に強く反発している。

なぜなら、“正当な差別”というのは存在しないからだ。共産党の志位和夫委員長も修正法案について「“不当でない差別”というものはない」と指摘している。それにもかかわらず、あえて「不当な差別」と修正したのは、少し丁寧に言うと、LGBTを理由とした異なる対応や取り扱いを一律に差別とはせずに認められる場合があることを明確化したいとの保守系議員の意図が読み取れる。「性自認」を「性同一性」としたのも「性同一性障害」という“障害”の枠にとどめておきたいという狙いが透けて見える。

“伝統的な家族観”を重視する保守系議員の多くは、表向きには「訴訟や逆差別のリスクが高まる」ことなどを反対理由に挙げるが、本音は「性的少数者への理解を広げるべきではない」と考えているのだろう。「学校の設置者の努力」を削除したのはその象徴で、「学校でLGBTへの理解を広めるのはけしからん」というわけだ。しかし、実際の教育現場ではすでに道徳の教科書などで「性の多様性」について教えており、法案の文言を削ったからといって、何かを阻止できるとは思えない。

反対派の西田昌司政調会長代理は、2023年2月に「人間誰にも両親がいる。この社会秩序を守らないと、われわれは存在し得ない」と主張。2021年には、自民党議員が「(LGBTは)生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」などと発言し、物議を醸したこともある。また、「保守系議員は女性・女系天皇の議論につながるのを恐れている」との見方もある。

LGBT法案成立の鍵は、慎重姿勢から一転した岸田首相の本気度か

自民党内で賛否が分かれるLGBT法案だが、国会提出までこぎつけたのは、岸田文雄首相の国会発言がきっかけだ。岸田首相は、2月1日の衆議院予算委員会で行われた、同性婚の法制化をめぐる審議の中で「家族観や価値観、社会が変わってしまう」などと述べ、当初は慎重な姿勢を見せていた。

それが一転したのは、同月3日に首相秘書官がオフレコ取材の中で、岸田首相の発言に追随する形で「(性的少数者は)見るのも嫌だ。隣に住んでいるのも嫌」などと発言。翌日には毎日新聞が「首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題」としてオフレコを破る形でネットニュースとして配信した。その結果、ただちに問題化され、首相秘書官は更迭された。岸田首相は、自らの発言で性的少数者の権利保護を求める声が社会に広がったことを機に、法整備に強くこだわるようになったという。

さらに、首相の地元・広島で開催されるサミットの主要テーマの一つが、性的少数者の権利促進や保護だという背景もある。G7の中で、性的少数への差別禁止などを定める法制度がないのは日本だけと言われ、アメリカなどからも法整備を求める声は強まっていた。何とかサミット前の提出にはこぎつけたが、反対派からは「提出だけで十分」との声も漏れる。党内保守派と向き合って成立への道筋を開けるか。岸田首相の本気度が問われる。

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日銀・植田新総裁の目指す金融正常化の課題 “異次元”の金融政策は何をもたらしたか https://seikeidenron.jp/articles/22309 https://seikeidenron.jp/articles/22309#respond Thu, 11 May 2023 07:29:18 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22309

日本銀行の総裁が10年ぶりに交代した。前任の黒田東彦氏は総裁就任時、“異次元”金融緩和を打ち出して物価安定を目指したが、頓挫する形となった。この10年の金融政策を総括しながら、植田和男新総裁が取り組むべき金融正常化への道を考察する。

黒田前総裁が打ち出した「2年間で2%の物価上昇」を振り返る

2023年4月10日、日本銀行の新総裁に就任した植田和男氏は就任会見の冒頭、抱負を聞かれ、「1998年の新日銀法施行以来25年間、物価の安定の達成は積年の課題だ」と述べた。その上で、「現在の金融緩和が非常に強力なものであるということは間違いないと思いますので、(2%の物価安定)目標に到達することに全力を挙げたいと思います。その際には、思い切ったことをやったことに伴う副作用についても配慮しながら、さまざまな政策措置をとっていきたい」と強調した。

植田氏が指摘する、いわゆる“異次元”金融緩和は世界に例を見ない大規模なものであった。その異次元緩和を10年間にわたり主導してきた黒田前総裁の軌跡とはどういったものだったのか。その総括がなければ植田新体制の今後も見えてこないだろう。

黒田前総裁が就任したのは2013年4月。就任に際し、黒田総裁は数百人の日銀職員を前に次のように檄を飛ばした。「いま日本銀行は岐路に立たされています。中央銀行の主たる使命は物価安定であるとすれば、日本銀行はその使命を果たしてこなかったことになります。世界中で15年もデフレが続いている国はひとつもありません」。

そこで、黒田氏が打ち出したのが「黒田バズーカ」と呼ばれることになる異次元緩和策だった。

その柱は、

  • 日銀が市場から買い上げる国債の量を年間50兆円増やす
  • ETF(上場投資信託)を年間1兆円のペースで買い上げる
  • REIT(不動産投資信託)の購入額も増やす

という内容で、市中(世の中)に出回るマネーの量を2年間で2倍にすることで、2年で2%の物価上昇を実現するというものだった。この異次元緩和策について、黒田氏は「量的にみても、質的にみても、これまでとは全く次元の違う金融緩和を行います。戦力の逐次投入をせずに現時点で必要な政策を全て講じた」と見得を切った。

黒田バズーカの実態は、政権との政策協調とFRB議長の主張による賜物

この「黒田バズーカ」には、政治的な要因が深く関係していた。黒田氏が総裁に就任する4カ月前、、2012年12月26日に第2次安倍政権が誕生。安倍晋三首相は「大胆な金融緩和」によるデフレからの脱却を公約に掲げ、総選挙で大勝した。「大胆な金融政策」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」の「3本の矢」を政策の柱に据えた、いわゆる「アベノミクス」の始まりだ。

黒田総裁の使命は、まさにこの「3本の矢」の第1矢である「大胆な金融緩和」を実現することにあった。日銀総裁人事は国会同意を必要とするが、事実上、その任命は時の政権によって決まる。黒田氏を総裁に任命したのは安倍首相その人だった。「黒田バズーカ」は安倍政権と日銀による政策協調にほかならない。

ここで重要なポイントは、この「黒田バズーカ」をアメリカの中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)も高く評価したことにある。金利の上げ下げによる伝統的な金融政策に限界を感じていたのは日銀もFRBも同じだった。当時のFRB議長であるベン・バーナンキ氏は、「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」というマネタリスト(貨幣主義者)で、日銀のそれまでの金融政策についても「2001年3月からの日銀の量的金融緩和政策は中途半端であり、物価がデフレ前の水準に戻るまで紙幣を刷り続け、さらに日銀が国債を大量に買い上げ、減税財源を引き受けるべきだ」と主張していた。このバーナンキ氏の主張そのままに実践したのが黒田氏であったと言っていい。

次第に効かなくなったバズーカは劇薬に

確かに、バーナンキ、黒田の両氏が指摘するように、日銀が国債を大量に買い上げ、世の中にマネーを供給すれば物価は上昇、景気は大きく上向いた。だが、最も活気づいたのは株価だった。「黒田バズーカ」前に1万2000円台だった日経平均株価は、バズーカの1カ月後には1万5000円台まで急騰。為替も内外金利差の拡大に伴い1ドル=90円が1年後には103円まで円安に振れた。雇用も1年で46万人も増加した。

しかし、肝心な物価は2014年に1.4%でピークを打つ。2014年4月からの消費増税(5%から8%に引き上げ)もあり、消費が手控えられたためだが、ここから黒田日銀の迷走が始まる。公約の2年で2%の物価上昇まで半年となった2014年10月、黒田氏は「バズーカ2」を打ち出す。国債の買い入れ額を30兆円上積みして80兆円に、ETFの買い入れも3倍に増やした。「戦力の逐次投入はしない」という黒田氏の決意の表れだった。しかし、成果は上がらなかった。

目標とする物価は下がり続け、2015年2月にはついに0%に逆戻りした。結果的にこの時点で「黒田バズーカ」は失敗だったと言っていい。だが、黒田総裁は2%の物価上昇達成時期を先送りするとともに、異次元緩和の深掘りに踏み込んだ。2016年1月に「マイナス金利」を導入し、同年9月には「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)」を導入した。いずれも世界的に例を見ない禁じ手の金融政策だった(マイナス金利については一時スイズ中銀も導入した)。

禁じ手は劇薬でもある。「マイナス金利」は銀行の収益を直撃し、狙いとは裏腹に銀行融資の伸びを抑制した。また、「イールドカーブ・コントロール」は、本来、中央銀行がコントロールできなといわれる長期金利を人為的に抑え込む施策で、金利で価格が決まる債券市場の価格形成機能を麻痺させた。だが、これらの劇薬でも肝心な物価上昇率は低空飛行が続いた。

2%の物価安定を阻んだのは「ノルム(社会通念)」か

そして2018年4月、2%の安定的な物価上昇が実現できないまま、黒田氏は5年の任期を迎える。ここで黒田氏は辞意を表明したとされるが、安倍首相の慰留を受けて、異例の2期目に突入した。しかし、ここからの後半5年間は、ほぼ有効な手を打てないまま、むしろ「黒田バズーカ」の副作用ばかりがクローズアップされていった。

2023年4月7日、黒田総裁は退任会見で、異次元緩和に伴い株価上昇や雇用拡大という成果を強調する一方、「長きにわたるデフレの経験から賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行といわれるノルム(社会通念)が根強く残っていたことが影響し、2%の物価安定の目標を持続的、安定的な実現までは至らなかった点は残念であります」と悔しさを滲ませた。

「黒田バズーカ」で供給されたマネーの総額は1500兆円と天文学的な数値に及ぶ。安倍政権がアベノミクスで打ち出した「3本の矢」のうち、「大胆な金融政策」「機動的な財政出動」は飛んだが、「民間投資を喚起する成長戦略」は思うように実現されなかった。結果として日銀が担う金融政策に過度の負担が生じたことは否めないが、デフレの真因は今もはっきりとはしていない。黒田氏が「ノルム」と指摘したデフレの意識が今も残っていることは確かだが、それだけがデフレの真因ではないだろう。

日銀新総裁に植田和男氏起用の舞台裏 なぜ雨宮氏は固辞したのか

2023.2.25

植田新総裁の使命は10年間で蓄積された“副作用”の解消

植田新総裁はこうした黒田総裁の10年間の政策を総括し、金融正常化という名の「出口戦略」に取り組まなければならない。これまでの10年間は異例の金融政策であったことは間違いない。その「アベノミクス」の提唱者であった安倍元首相自身は凶弾に倒れた。植田新総裁が「現在の金融緩和は非常に強力」と表現するように、その出口は容易なことではない。

時間軸的に見れば、まず「イールドカーブ・コントロール」、そして「マイナス金利」の解除が俎上にのぼる可能性が高いが、「イールドカーブ・コントロール」の解除ひとつとっても難題だ。仮に長期金利の抑制水準を徐々に緩和するにしても、その間に不測の金利上昇が生じれば過剰な債務を抱えた企業の資金繰りや住宅ローン債務者の首を絞めかねない。日本の財政への影響も懸念される。「マイナス金利」の解除もまたしかりだ。

そして、いまや国債発行残高の半分以上を日銀が保有する量的緩和を解除するには長い時間を要しよう。償還を待って徐々に残高を減らしていくという道しか残されていないように思える。

さらに厄介なのはETFの解消だ。日銀はETFの購入を通じて多くの上場企業の大株主になっている。売却に動けば株価は急落しかねない。だが、株式は国債のように償還期間がない。株式市場を壊さないためには、ETFを基金や信託等の“受け皿”に一旦移し、市場の動向を見ながら長い時間をかけて溶け込ませるしかないとみられている。また、REITを通じた不動産市場への資金供給もしかりだ。

その巻き返しは、劇薬で効果が大きかった分、手順やスピードを間違えれば致命傷となりかねない。「黒田総裁による異次元緩和策は短期決戦であったはず、それが10年間続き、長期戦になればなるほど副作用は累積した」(日銀関係者)といえる。植田新総裁は、どこから手を付けるのか。

足元では政治の風景も重なる。4月の統一地方選を経て、5月19日からはわが国が議長国を務めるG7サミットがあり、その後に待ち受けるのは解散・総選挙か――。選挙風が吹き始めた今、日銀が金融緩和の出口に動くことは難しいだろう。「黒田総裁による異次元緩和は10年間続いた。その解消にはやはり10年、いやそれ以上の年月が必要だろう。植田総裁の任期(5年)中に完全に解消されることはない」(同)とみられている。

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衆参5補選で笑顔なき“4勝1敗”の自民 統一地方選後半戦は立民、維新が躍進 https://seikeidenron.jp/articles/22288 https://seikeidenron.jp/articles/22288#respond Tue, 25 Apr 2023 09:00:07 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22288

衆参5つの補欠選挙が統一地方選の後半戦と同日に投開票され、自民党は「4勝1敗」となった。現有3議席から1議席上積みという結果だけ見れば自民好調に見えるが、故安倍晋三元首相の地盤だった衆院山口4区以外は軒並み接戦。保守王国で知られる衆院和歌山1区では自民前職が日本維新の会の新人に競り負けた。最近の内閣支持率上昇で、永田町では早期解散説が膨らみつつあったが、今回の結果を踏まえて先送り論が強まりそうだ。

議席上積みなれど、自民は苦い勝利

「しっかりやり抜けと叱咤激励をいただいたと受け止めている。いま解散・総選挙については考えていない」。岸田文雄首相は投開票翌日の4月24日午前、硬い表情でこう語った。

故安倍晋三元首相の弔い合戦となった衆院山口4区は、安倍氏の後継候補が立憲民主の元参院議員をダブルスコアで引き離したが、元自民党議員の「政治とカネ」問題による辞職がきっかけの衆院千葉5区補選では、立憲民主や国民民主、維新、共産などの野党候補が乱立したにもかかわらず約5000票の僅差だった。

そして、岸信夫前防衛相が体調不良で議員辞職した衆院山口2区では、岸氏の長男で自民新人の岸信千代氏が野党系無所属の元職に約6000票差に迫られた。2014年に信夫氏が同じ候補と戦ったときは約3万9000票差、直近2回は信夫氏が共産党候補に7万票差を付けて勝ったのと比べると雲泥の差だ。さらに、参院大分選挙区では自民党の新人が、立憲民主の前職にわずか341票差まで迫られた。

一番の衝撃は和歌山だ。この地は自民党内屈指の実力者である二階俊博元幹事長が県連会長を務め、その影響力から「二階王国」とも呼ばれる。1区は過去4回の衆院選で野党系の岸本周平氏が制している特殊な選挙区とはいえ、今回は二階氏が和歌山県知事に転身した岸本氏の支援も取り付けるなど「総力戦」を展開。同選挙区に4回立候補し、3回比例復活している前職を擁立したが、維新の新人に約6000票差で敗れた。

補選は投票率が低いため、通常であれば組織力が効果を発揮する選挙。自民党は組織をフル回転して選挙戦を展開したが、空中戦頼りの維新に負けたのは衝撃的だろう。朝日新聞社の衆院和歌山1区の出口調査によると、維新候補は維新支持層の92%から票を得たが、自民候補は自民支持層の77%にとどまった。無党派については維新候補が57%と自民候補の29%を大きく引き離した。

自民は解散“お預け”、維新は関西以外に“課題”

岸田政権の支持率はここのところ回復傾向で、5月に首相の地元広島で主要7か国首脳会議(G7サミット)が開催されることから「サミット直後の解散」を予想する声も多かった。しかし、補選で苦戦したことを受け永田町では「解散が遠のいた」との声があがる。首相の任期満了は2024年9月、衆院議員の任期満了は2025年10月まであるため、しばらくは様子見の展開となる可能性が高まった。

維新は今回の統一地方選で掲げた「地方議員600人」という目標を達成。大阪では知事、市長の「ダブル選」で圧勝し、府市ともに議会の過半数を獲得。奈良県知事選に加えて初めて和歌山の衆院選挙区で勝利したが、関西以外では伸び悩み「全国政党化」には課題を残した。

存在感の低下が止まらない立憲民主

逆に存在感の低下を見せつけたのが野党第一党の立憲民主党だ。衆院千葉5区では候補者調整がうまくいかずに野党候補が乱立。立憲民主、国民、維新、共産の4党で10万票を超えながら、5万票余の自民党候補に敗れた。衆院山口4区は元参院議員を擁立したが、安倍元首相の後継候補に完敗。衆院和歌山1区では候補の擁立すらできず、野党統一候補として前職を擁立した参院大分選挙区、無所属とはいえ最近まで立憲民主の県連顧問だった元職が立候補した衆院山口2区はともに競り負けた。

敗因の一つは候補者選びにあるだろう。衆院千葉5区こそ元県会議員の新人を立てたものの、衆院山口2区、同4区、参院大分選挙区の候補はいずれも中堅・ベテランの前職や元職。参院大分は野党統一候補とはいえ、自治労出身で社民党の党首も務めた左派で、保守層の取り込みは見込みにくかった。自民党は意図的に「女性」や「若者」の候補を選んでいるにもかかわらず、立憲民主系候補は全員男性、そしてすべて自民党候補より年上だ。もっと多様な候補者を擁立することができていれば、いくつか結果を覆した可能性はある。

立憲民主の岡田克也幹事長は結果を受けて「特に足らなかったところは思い当たらない。非常にいい戦いができていた」と語ったそうだが、そう思うこと自体がずれている。負けても体制が変わらず、反省すらできないようなら今後も存在感低下が続くだろう。

統一地方選・後半戦は立憲民主、維新が大幅躍進

5補選と同日に投開票された統一地方選・後半戦では市区町村長選と市区町村議選が行われたが、市議選(44.26%)、町村長選(60.79%)、町村議選(55.49%)で投票率が過去最低を更新した。

国政政党ごとの市議選の獲得議席数は、自民党が12増の710、公明党は10減の891。地方選を重視する公明は毎回「全員当選」を目指しているが、前半戦で2人、後半戦で10人が落選し、過去最多の落選者数となった。また、立憲民主は72増の269、維新は108増の154、参政党は67となり、勢力を伸ばしたが、共産は55減の560、国民民主は30減の65、社民は23減の30と勢力を減らした。

市長選では兵庫県芦屋市で、26歳の無所属新人が現職ら3氏を大きく引き離して初当選したのが話題となった。全国市長会によると、1994年に27歳で東京都武蔵村山市長選に当選した例を抜き、史上最年少での当選となった。

 

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米中半導体摩擦規制に巻き込まれる日本 “政冷経熱”は終わるのか https://seikeidenron.jp/articles/22271 https://seikeidenron.jp/articles/22271#respond Tue, 18 Apr 2023 23:00:02 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22271

軍事兵器のみならず日常で使うクルマ、スマートフォン、パソコン、デジタルカメラ、エアコン、炊飯器などにも使われている半導体は、今や社会のインフラも支える存在となっている。中でも先端半導体の製造装置で、世界をリードしているのが日本だ。しかし現在、その半導体製造装置にはアメリカの政治的思惑も絡み、日中対立の要因にもなってきている。一体、何が起きているのだろうか。

アメリカの要請で日本も対中輸出規制を発動

アメリカのバイデン政権は2022年秋、先端半導体関連の技術が人民解放軍のハイテク化など軍事転用される恐れを警戒し、中国への半導体輸出規制を強化した。しかし、アメリカ独自の規制では効果が出ないと判断したバイデン政権は2023年1月、訪米した岸田文雄首相に対し米主導の対中規制に日本とオランダも参加するよう要請した。先端半導体の製造装置で両国は世界的に高いシェアを持つからだ。

これまで日本の半導体製造装置の輸出先として、中国は大きなシェアを占めていたが、アメリカの要請を受けて、日本は2023年3月までに、幅が14ナノメートル以下の先端半導体を製造する際に重要な装備品23品目(繊細な回路パターンを基板に記録する露光装置、洗浄・検査に用いる装備など)で、対中輸出を規制する方針を発表した。

日本側のこの決定に中国は当然のように反発。アメリカに加え、日本とオランダが同規制に加わることで、中国は先端半導体の製造に必要な装置を入手することが極めて難しくなり、軍の近代化を進める習近平政権にとっては大きな痛手となるからだ。中国は今後、国益を守るために断固とした対抗措置を取ると日本を強くけん制した。すでに、電気自動車や風力発電用モーターなどに欠かせない高性能レアアース磁石の製造技術の禁輸を検討しているとみられる。

中国の苛立ちは日本の“アメリカ追随外交”

実際、中国がどのような対抗措置を取ってくるのかはわからない。しかし、安全保障や経済・貿易、サイバーや宇宙、そして今回の先端技術など多方面で米中対立が繰り広げられるなか、中国は日本に対する不満や苛立ちを強めているのは確かだ。その不満や苛立ちは一言で言うと、日本のアメリカ追随である。

最近も中国の「反スパイ法」によって新たに邦人が拘束された件で日本に動揺が走ったが、その後、中国側から「日本がアメリカの手先とならないことが建設的かつ安定的な日中関係の構築のための前提条件になる」、「日本国内の一部勢力がアメリカ追随外交を徹底し、中国の核心的利益に触れる問題でわれわれを挑発している」など強い不満が示された。

今後のポイントとなるのは、日本がアメリカと足並みを揃えることに、中国がどこまで我慢するかだ。米中対立や台湾情勢で緊張が続くなか、日本は外交・安全保障的に日米関係を軸として中国に対応することになる。このスタンスは絶対に変わらない。よって、アメリカと中国の力の拮抗が顕著になるなかでは双方の対立はいっそう激しくなり、それによって日中関係も冷え込んでいくというシナリオをわれわれは現実の問題として考えておく必要がある。そして、その際、今回の日中半導体摩擦はひとつのトリガーになる恐れがある。

繰り返される日中間の貿易摩擦の歴史

振り返れば、これまでも日中間で大きな問題が生じた際、中国側が率先して対抗措置を取ってきたことがある。2005年4月には当時の小泉首相による靖国神社参拝より、中国国内では反日感情の高まりによって日本製品の不買運動が起こった。2010年9月には、尖閣諸島で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突して中国人船長が逮捕されたことがきっかけで、中国は対抗措置として日本向けのレアアースの輸出を突然停止した。2012年9月には当時の野田政権が尖閣諸島の国有化を宣言したことがきっかけとなり、その後中国メディアが一斉に対日批判を展開し、中国各地では反日デモが拡大。日本企業の工場や販売店が破壊や略奪、放火などの被害に遭った。また、中国政府は日本からの輸入品の通関を厳格化させ、遅滞させるなどした。

しかし、これらの対抗措置は、外見上は“政治問題が発生したことで経済的な対抗措置が取られた”というケースである。換言すれば、中国にとっては、「日本側が政治問題を生じさせ、われわれは経済の領域で対抗措置を取った」となる。

今回の日本による対中半導体輸出規制は、その背景に中国による軍事転用を防止するという安全保障上の目的があったとしても、中国には“日本側が経済問題を生じさせた(純粋な日中貿易のなか、日本が勝手に半導体分野で貿易規制を仕掛けた)と映るだろう。さらに中国側が、「日本はこれまで政冷経熱(政治は冷え込んでも経済関係は重視する)に徹してきたはずだが、遂には経済・貿易の領域を安全保障化、紛争化させようとしている」ととらえる可能性もあろう。

そうなれば、中国は日本を経済・貿易の領域を政治紛争化させるアメリカと同じようにとらえ、日中間でも貿易摩擦が今後白熱する恐れがある。もっと言えば、中国が率先して日本への経済攻撃をエスカレートさせてくるかもしれない。

今日、日本は輸入する1000以上の品目で輸入額に占める中国シェアが5割を超え、特にコンピューター関連の部品、ノートパソコンやタブレット端末での対中依存度が高い。中国は日本の対中依存度の強い分野を中心に、輸出停止や関税の大幅な引き上げなどで対抗してくる恐れがある。

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岸田政権がグローバルサウスを重視するワケ https://seikeidenron.jp/articles/22261 https://seikeidenron.jp/articles/22261#respond Tue, 18 Apr 2023 11:34:57 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22261

5月19~21日にG7サミットが広島で開催される。ホスト国である日本は、広島開催であることからも核兵器廃絶やウクライナ支援を継続する姿勢を示すことになるだろう。そして、それ以外に岸田政権が力を入れているのが、グローバルサウス諸国との関係強化だ。実際に岸田文雄首相は、2023年1月13日の米ワシントンD.C.での演説や同月23日の施政方針演説、4月10日の政府与党連絡会議などで関係強化を主張してきた。今、なぜ日本はグローバルサウスを重視するのだろうか。

日本はグローバルサウスとの交流を活発化

4月上旬までに、岸田首相がゴールデンウィークを利用して「グローバルサウス」にあたるエジプト、ガーナ、ケニア、モザンビークのアフリカ4か国を訪問する方向で調整が進んでいることが分かった。グローバルサウスとは簡単に説明すると、途上国と同じ意味で使われ、主にアジアやアフリカ、中南米の途上国、新興国を指す。ちなみに、これに対して先進国が集まる北半球を「グローバルノース」と呼ぶ人もいる。

この訪問について、日本政府はこれらの諸国との会談を踏まえて5月のG7広島サミットに臨むことは、重要な意義があると説明している。今年3月にも岸田首相は、電撃的なウクライナ訪問の直前にインドを訪問してモディ首相と会談。グローバルサウスの盟主であるインドとの関係強化に努め、グローバルサウス重視の姿勢をアピールした。そして、岸田首相は5月の広島サミットにインドのモディ首相を招待し、G7で自由主義陣営とグローバルサウスとの結束を強化したい模様だ。では、なぜ岸田政権はグローバルサウスを重視するのだろうか。ここでは大きく2つの政治的背景を紹介したい。

影響力を強める中国・ロシアとけん制したい日本

まず1つ目は、対中国、対専制主義へのけん制がある。近年、中国による覇権的な現状打破、ロシアによるウクライナ侵攻などにより、欧米主導の自由主義陣営の影響力低下が叫ばれている。大国化する中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」によって途上国へ経済支援を拡大させ、グローバルサウスでの影響力を強めている。さらに最近では、中東の“地域大国”であるイランとサウジアラビアの国交回復で中国は主導的仲裁役を担い、中国と関係を強化するグローバルサウスの国々は増加傾向にある。

また、中国ほどではないが、近年ロシアもシリア内戦に介入するなど、中東での影響を拡大させ、ロシアの民間軍事会社ワグネルはマリやブルキナファソ、モザンビークやスーダンなどアフリカ諸国の間で存在感を強く示すようになっている。また、対テロという分野では、アフガニスタンから米軍が撤退した一方、同国では経済開拓を目指す中国企業の動きが活発化している。マリとブルキナファソではフランス軍が撤退した一方、ワグネルの活動が活発化している。こういった形で欧米の影響力が薄まるところに中国・ロシアが触手を伸ばしており、日本や欧米はグローバルサウスでの中国・ロシアによる影響力拡大を懸念している。

5月の広島サミットで、岸田首相はインドのほかに韓国やオーストラリア、そしてウクライナ(ゼレンスキー大統領はオンラインでの参加予定)など、価値観を共有する国々を招待した。ここで改めて自由や人権、民主主義といった普遍的な価値の重要性を内外に強く示し、中国やロシアなどの専制主義を強くけん制したい狙いがある。

そして、グローバルサウスの盟主であるインドをG7に招待することで、欧米主導の自由主義陣営とグローバルサウスとの結束を強化する目的がある。ここからも、グローバルサウスをめぐる大国間対立の構図が読み取れそうだ。

関係強化は日本の主体性・独立性がカギ

2つ目の背景は、日本の主体性・独立性の問題だ。G7のメンバーとして、日本が自由民主主義陣営とグローバルサウスとの関係強化を主導することは極めて重要だ。しかし、グローバルサウスは1つの塊ではない。

グローバルサウスが欧米や中国、ロシアとは距離を置く第3陣営のように見られることもあるが、グローバルサウスに属する国々はそれぞれ国益を第一に考え、自律的に外交を展開。その立ち位置は国々によって異なる。

ウクライナ戦争や台湾情勢など、大国間対立の影響から距離を置く国もあれば、中国との関係を重視する国、中国を脅威ととらえて再び欧米に接近する国、エネルギーなどでロシアと関係を密にする国など、グローバルサウスの中は極めて複雑化している。

このようなグローバルサウスの複雑性を考慮すれば、日本が接近してくることを警戒する国もあろう。昨年もグローバルサウスに属する国々からは、「途上国を再び冷戦に巻き込むべきではない」など「大国警戒論」が多く聞かれた。日本が対中国、対専制主義という視点で、グローバルサウスに接近することには限界が見える。

そこで重要となるのは、アメリカと中国の対立などとは一線を画す、日本の主体性、独立性である。昨今、アメリカと中国の対立の激化で、日本はその狭間で難しい舵取りを余儀なくされているが、今後、国際社会でグローバルサウスの影響力が高まることを想定すれば、日本自身がグローバルサウスの国々と独自の関係を築いていく必要がある。

岸田首相はゴールデンウィークにエジプト、ガーナ、ケニア、モザンビークを訪問するというが、ここでは自由主義陣営であることだけでなく、2国間関係の強化のために日本の独自性も強く示す必要がある。言い換えれば、日本の主体性・独立性を世界にアピールするチャンスでもある。それは広島サミットにも影響するだろう。岸田首相がグローバルサウスとの関係強化に乗り出す背景には、少なくともこの2つの政治的背景があると言えよう。

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デジタル円で賃金が振り込まれる日 https://seikeidenron.jp/articles/22257 https://seikeidenron.jp/articles/22257#respond Mon, 17 Apr 2023 05:20:22 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22257

新入社員を迎える季節だが、それを待つようにデジタルマネーで賃金を支払うサービス、いわゆる“賃金のデジタル払い”が2023年4月から解禁された。銀行口座を介さずに「資金移動業者」のスマートフォンの資金決済アプリに賃金を直接入金できるようにするもので、ATMなどで現金化もできるようになる。しかし、将来の“デジタル円”への移行も含め、まだまだ多くの課題を抱えているのが現状のようだ。

“賃金のデジタル払い”に企業が相次いで参入

賃金のデジタル払いは、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進むなかで実現。賃金の受取方法が増えるのは、1998年の証券総合口座以来25年ぶりとなり、まさに画期的な新機軸と言える。この解禁を受け、スマートフォンのQR決済アプリ最大手のPayPay(ペイペイ)が4月1日に厚生労働省に事業者指定を申請、同月3日にはKDDIの「auPAY」のほか、楽天グループの「楽天ペイ」、NTTドコモの「d払い」、リクルートホールディングスの「Airペイ」といった各決済サービス運営会社も相次ぎ参入した。

賃金のデジタル払いを利用すれば、消費者は決済アプリを利用する前の入金の手間を省けるほか、曜日や時間によって必要な銀行口座からの出金手数料が不要になる。企業にとっても賃金振り込みの手数料がかからないことやキャッシュレス化の推進をアピールできるなどのメリットがある。

企業などの雇用主は、労働基準法によって賃金を現金で支払うことを原則として定められているが、例外として厚生労働省令で、銀行振り込みなども認められている。今回の賃金のデジタル払いは、この例外規定に資金移動業者のアカウントも加え、デジタルマネーでの支払いを可能にするものだ。ちなみに、アメリカではすでに「ペイロールカード」と呼ばれるプリペイドカードに賃金を振り込む仕組みがあり、2022年で推計約840万枚が利用されている。

日本でも同様の仕組みを導入することで、キャッシュレス決済拡大の起爆剤として期待されている。実際に賃金のデジタル払いが始まるのは、資金移動業者が厚生労働省の認可を得て、かつ、利用する会社内で労使間の決定がされた後となり、数か月先となる見通しだ。

銀行界はデジタル払いに抵抗の姿勢だが

この賃金のデジタル払いを積極的に推進してきたのが厚生労働省だ。労働政策審議会の分科会で議論を進め、比較的短期間に制度設計を煮詰めた。

一方、この賃金のデジタル払いに危機感を強めてきたのが銀行界だ。「社会に定着している賃金振り込みの牙城をノンバンク(資金移動業者)に崩されかねない」(地銀幹部)ためだ。銀行は賃金振り込みで顧客の資金の流れを把握し、いろいろな商品の提案をするのが競争力の源泉だが、資金移動業者に賃金のデジタル払いが握られれば、そうした情報の優位性は失われる。また、振込手数料の引き下げ圧力が高まることは確実で、収益低下要因になりかねない。

こうした危機意識から銀行界は審議会で議論が始まると、「デジタルマネーの事業者が経営破綻した場合に、賃金等の支払いが滞る恐れがある」「マネーロンダリングに悪用される懸念も残る」など、数々の問題点を指摘。労働界も問題点を不安視したことで、一時は導入自体が危ぶまれたが、結局、政府のデジタル化推進方針に逆らうことはできなかった。しかし、導入やむなしとなると、今度は制度をがんじがらめにする方向に戦略転換。

その結果、銀行界からの問題指摘を踏まえ、サービスを提供する資金移動業者は金融庁に登録した上で、厚労相の指定を受けることを義務付けられた。さらに、指定を受ける資金移動業者は、資本金や自己資本比率など銀行と同程度の財務要件が課されることとなった。ほかにも、新たに口座残高上限額を100万円以下に設定している資金移動業者に限定すること、破たん時に口座残高全額をすみやかに労働者に保証すること、月1回は手数料なくATMなどで換金できることなどの要件が加わった。

国内の資金移動業者は2022年10月時点で85社を数えるが、これら労働者の保護を目的とした制度面の制約やコスト増もあり、4月にサービススタートしても参入する資金移動業者は少数にとどまる見込みだ。

また、デジタルマネーで支払われる賃金は、犯罪者にとっては格好の標的となる可能性もある。2020年に発生したドコモ口座を介した銀行預金の不正流出問題に類似した、システムの抜け穴を突くような犯罪が起こる可能性も捨てきれないだろう。「スマホのウォレットから、知らないうちに賃金が引き出されていた」といった事態にならないことを祈るばかりだ。

だが、大手決済アプリ各社のデジタル賃金事業への意欲は強い。各社がデジタルマネー(ポイント)で動画や電子商取引(EC)など各種サービスを利用できる「経済圏」を競っているためだ。賃金受取先に選ばれた決済アプリ事業者は、選んだ消費者を自社の経済圏の各種サービスの顧客として囲い込めるメリットがある。

賃金のデジタル払いは、コスト面もあり、静かなスタートになると見られるが、その将来性は画期的な世界を予感させる。その鍵を握るのは、日本銀行が検討を進めている「デジタル円」とのリンケージだ。

国も取り組む「円」のデジタル化

日銀の黒田東彦前総裁は2023年3月28日、東京都内で講演し、法定通貨「デジタル円」について「今後実現していかなければならないし、実現していく」との考えを示した。さらに、黒田氏は「いつからどのように提供するかには、いくつもの選択肢があり得る」とした上で、「いかなる対応もできるようあらかじめ準備しておくことは、中央銀行の責務だ」と述べた。

日銀は2021年4月から基本的な制度設計などを検証する内部の実験に取り組んでいる。4月にも日銀は民間金融機関と協力して本格的な実証実験を始める予定で、検証結果を踏まえて2026年までにデジタル円発行の是非を判断するとしている。だが、中央銀行が発行するデジタル通貨は、既存の法定通貨とどう共存するのかなど未知数の部分は多い。

中央銀行によるデジタル通貨の研究は世界の潮流になっているが、日銀の対応は後手に回った感は否めない。「FRB(米連邦準備制度理事会)は当初、デジタル通貨に対して慎重な姿勢であった。このため日銀もデジタル通貨については距離を置いてきた」(メガバンク幹部)という経緯がある。アメリカドルは世界の基軸通貨だが、デジタル通貨はその地位を脅かしかねないリスクがあるとアメリカ政府は懸念したためだ。同盟国の日本もこれに同調した。

実際にアメリカの懸念は時を置かず現実化した。中国が2022年の北京五輪でデジタル人民元による決済を導入、世界の先陣を切る構えを見せたのだ。また、欧州も2026年にもデジタルユーロを発行する方向で準備を急いでいる。FRBそして日銀は、これから本格化するであろう中国、欧州とのデジタル通貨をめぐる覇権争いに打って出ざるを得なくなっている。

一瞬で資金が移動する足の速さが逆に懸念に

4月からの実証実験では、民間金融機関やフィンテック企業などのIT事業者なども参加する。「実験に参加した銀行の口座で実際にデジタル通貨がやりとりできるか、本人確認などのセキュリティ面も含め検証される」(メガバンク幹部)という。また、日銀が実験用システムを構築し、エンドツーエンドでの処理フローの確認や、外部システムとの接続に向けた課題対応の検討などが行われる予定だ。具体的には、小売店などリテール決済に係る民間事業者などが参加する「リテール型デジタル円」の検証を行うほか、クロスボーダー(国際)送金への活用などを視野に入れた「ホールセール型デジタル円」の検証を行う計画だ。

だが、課題は山積している。特に、現状の物理的に存在する通貨に対し、デジタル通貨は、一瞬で資金が移動する。足が速いために銀行が危機に瀕した場合、対応が追いつかないリスクが高い。

折しもアメリカのシリコンバレー銀行の経営破綻では、ネットを介した信用不安の伝搬と資金流出が命取りになった。法定通貨がデジタル化した場合の危機対応は難題だ。日銀のデジタル円発行は研究のための実験で終わるのか、実際に発行にこぎ着けられるのか、実証実験は試金石となる。

クレディ・スイスショックの後遺症 世界的な金融システム不安に日銀の出口は遠のく

2023.3.28

民間のデジタル賃金利用意向調査によると、利用に前向きな消費者は30%程度にとどまる。スマホを使い慣れた若年層でも利用に否定的な人がほぼ半数を占める。しかし、同時並行的に検討が進められている「デジタル円」が日の目を見ることになればその環境は一変しよう。法定通貨となったデジタル円で賃金が支払われる日も来るかもしれない。鍵は日銀が握っている。

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