政経電論 https://seikeidenron.jp 政経電論は、若い世代やビジネスパーソンに政治・経済・社会問題を発信するオピニオンメディア。ニュースの背景をわかりやすく伝えたり、時事用語の解説を通して、現代を生きる若者の行動を促すことを目指します。 Tue, 03 Oct 2023 11:30:10 +0000 ja hourly 1 長期金利の上昇が及ぼす個人と中小企業への影響 https://seikeidenron.jp/articles/23215 https://seikeidenron.jp/articles/23215#respond Tue, 03 Oct 2023 11:29:33 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23215

市場では日銀の政策転換時期をめぐる議論が騒がしい。日銀は、7月に長短金利を低く抑え込む政策「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)」の上限を事実上1%に引き上げた。市場では次の展開として、「マイナス金利」解除の時期を探る動きが活発化している。マイナス金利が解除されれば、「金利がある世界へ、金融正常化への大きな一歩になる」(メガバンク幹部)。だが、長くほぼ金利のない世界に慣れ切った日本経済にとって、金利上昇に伴う影響は債務者を直撃する。個人では住宅ローン、企業ではコロナ禍で過剰な債務を抱えた中小企業の先行きに懸念が生じかねない。

長期金利9年8カ月ぶりの高水準が示す次の展開

日銀の植田和男総裁の読売新聞インタビュー記事(9月9日付)に、市場関係者は度肝を抜かれた。植田氏は同インタビューで、短期金利をマイナス0.1%とするマイナス金利政策の解除のタイミングについて、「経済・物価情勢が上振れした場合、いろいろな手段について選択肢がある」と回答。さらに、「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば、(解除を)やる」と述べたのだ。

学者出身で、4月の総裁着任以降、金融緩和の政策転換について市場に言質を取られないよう、慎重な発言を繰り返していた植田氏だけに、「ここまで踏み込むのか」(メガバンク幹部)と驚きを持って迎えられた。さすがにマイナス金利政策の解除時期については、現状では「到底決め打ちできる段階ではない」としたものの、来春の賃上げ動向を含め、「年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」と明言した。

この植田氏の発言をきっかけに、同月11日の長期金利が9年8カ月ぶりの水準に上昇。指標となる新発10年物国債の利回りは0.750%を付けた。金利市場では、年末から年明けにかけてのマイナス金利政策解除を織り込む動きも出始めている。

年内にマイナス金利解除はあるか

日銀は7月にYCCの上限を事実上1%に引き上げた。市場では次の展開としてYCC解除が先行し、マイナス金利解除はまだ先との見方が多かった。実際、日銀の内田眞一副総裁は8月2日の会見でマイナス金利解除について、引き締めが遅れて物価上昇率が2%を超える状況が続くことが心配という状況になって初めて議論になり得ると指摘。現在の状況から見ると「まだ大きな距離がある」と述べていた。そこに飛び出した植田総裁発言はまさにサプライズだった。

最も敏感に反応したのは為替相場だ。9月11日の円・ドルレートは、1ドル=145円台後半まで円高に振れた。政府が懸念していた円安急進は植田発言に救われた格好となった。このため、市場の一部では、「植田総裁の読売新聞インタビューは円安進行に歯止めを掛けたい政府との連携プレー」との見方も浮上している。この見方の背景には、8月22日の岸田文雄首相と植田総裁の会談がある。会談後、植田氏は記者団に「一般的な経済・金融情勢について意見交換した」と語り、為替市場の変動について議論はなかったとした。

しかし、この植田氏の発言を額面通りに受け止めた市場関係者は少なかった。なぜなら、足元の円安急進の根底にあるのは、日米の金融政策の違いに起因する内外金利差であるためだ。日銀が金融緩和の修正にさらに踏み込めば、円安にブレーキがかかるのは明白だった。

では、植田氏が指摘するように年末までにマイナス金利が解除される可能性はどうなのか。市場では、「植田総裁が年末と具体的な時期に言及したのは、市場にそれを織り込んでくださいと言っているようなもので、アメリカ経済の急減速など不測の事態とならない限り、年内にマイナス金利を解除するのではないか」という見方があるものの、時宜尚早との見方が支配的だ。

マイナス金利解除は個人の住宅ローンに影響

植田総裁は、6月28日に欧州中央銀行がポルトガルで開催した国際金融会議で、「25年前に日銀の審議委員だった時の政策金利は0.2~0.3%だった。それが今やマイナス0.1%に下がっている。金融政策が効果を発揮するまで、少なくとも25年の時を要するようだ」とジョークを飛ばし、満場の笑いを誘った。しかし、黒田東彦前総裁が敷いた異次元の金融緩和の修正は着実に進む。その布石も打たれつつある。

市場では早くも、マイナス金利の解除を見越した動きも顕在化している。銀行株の上昇もその一つだ。「マイナス金利が解除された場合、銀行の収益に大きな押し上げ要因になる。運用資産の多くが変動金利型であり、短期金利が上がった際の利息収入は大きく上振れする」(銀行アナリスト)とされる。

しかし、マイナス金利の解除を伴う急激な金利上昇は、実体経済への副作用も懸念される。低金利環境下で伸長した住宅ローンや不動産投資への影響は無視できない。「東京23区の新築マンションの2022年度の平均価格は1億円弱まで高騰しています。その大半は超低金利をいかした変動金利住宅ローンで、もし金利が急騰すれば、返済に窮する債務者が多発しかねない」(メガバンク幹部)とされる。大量に物件を買い込んだ不動産事業者もまたしかりだ。

全銀協の加藤勝彦会長(みずほ銀行頭取)は、9月14日の記者会見で、「日本銀行の政策修正によって長期金利が上昇して、固定型の住宅ローン金利が上昇している。日本銀行がマイナス金利政策を修正すると変動型も影響を受けることになるが」と聞かれ、次のように答えた。

「金融政策転換による住宅ローン等への影響である。個人的見解だが、後になって振り返れば、2022年末の長期金利の変動幅の拡大や、2023年7月のイールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化が転換点だった、ということになるのかもしれない。しかしながら、日本銀行の情報発信やコミュニケーションを踏まえると、当面の間は金融緩和が継続されるのではないかと理解している。

住宅ローン金利は、市場金利動向や競争環境などを総合的に勘案して各行がそれぞれ決めているため、一概には申し上げられないが、市場金利の上昇に伴って住宅ローン金利が上昇する可能性はある」。

その上で、「実際、住宅ローン利用者の影響に関しては、7月のイールドカーブ・コントロールの柔軟化を受け、長期金利が上昇したことで、新規借入の固定型の住宅ローン金利は上昇した。一方、現在、住宅ローンの約4分の3は変動金利だが、短期金利は低位で推移していることから、今のところ家計への直接的な影響は限定的であるが、引き続き、借入から完済までの金利が変わらないという安心感をメリットと感じていただける、全期間固定金利などのご提案を含め、お客さまのライフステージやニーズに寄り添った丁寧な対応を行うことが重要と考えている」。

ゼロゼロ融資にあえぐ中小企業にも直撃

さらに、金利上昇の影響は個人の住宅ローンへの影響のみならず、企業経営も直撃する。コロナ禍に伴いゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)に代表される過剰な債務を抱えた中小企業への影響は甚大だ。すでにゼロゼロ融資の返済は本格化しており、倒産件数を急増しつつある。そこに日銀の政策転換による金利上昇が重なればどうなるか。阿鼻叫喚の世界だ。異次元緩和を政治から支えた安倍派の面々が、日銀の出口戦略を強く牽制する意図もここにある。

大手信用情報機関の東京商工リサーチが9月8日に発表した8月のゼロゼロ融資を利用した後の倒産は、 2023年8月は57件(前年同月比39.0%増)だった。5月から4カ月連続で50件超が続き、初めて倒産が確認された2020年7月からの累計は1025件と1000件を超えた。

「ゼロゼロ融資は、コロナ禍で急減な業績悪化に見舞われた中小・零細企業の資金繰り支援策として実施され、倒産抑制に劇的な効果を見せた。しかし、その副作用として過剰債務に陥った企業は多い。ゼロゼロ融資の民間金融機関の返済がピークを迎え、業績回復の目途が立たず息切れする企業が増えている」(東京商工リサーチ幹部)という。

長期金利の動向を占う上で次の焦点となるのは10月の会合時に公表される「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」だ。どうレポートで物価見通しの変更があるかどうかにかかる。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23215/feed 0
永田町をにぎわす「自公国」連立構想 自民が隠し切れない2つの狙い https://seikeidenron.jp/articles/23211 https://seikeidenron.jp/articles/23211#respond Tue, 03 Oct 2023 10:50:20 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23211

自民、公明の連立与党に国民民主党が加わる「自公国」連立構想が永田町で取り沙汰されている。選挙区調整などハードルは高いが、それでも話題が絶えないのは自民党側に2つの“狙い”があるからだ。所属国会議員が370人を超える大政党、自民党が所属議員21人の国民民主を取り込みたい、その理由とは。

「自公国」連立構想を匂わせる“与党寄りの党首”

「飲み会や宴会で『一緒にやろう』といった話は数多くあった」。国民民主党の玉木雄一郎代表は9月26日の記者会見で、公式な打診は無いと前置きした上で、安倍政権の頃から自民党側からの接触が多数あったことを認めた。

9月2日の代表選で再選した玉木氏は、かねて「与党寄り」と評されてきた。2022年の通常国会では、2022年度予算案に賛成。国会対応で歩調を合わせていた立憲民主党や日本維新の会から批判を招いた。主要野党が当初予算案に賛成するのは、1994年の日本社会党、新党さきがけ以来28年ぶり。社会党と新党さきがけはその後、自民党と連立政権を組んだのは歴史の通りである。

その玉木氏が前原誠司元外相との一騎打ちを制し、代表続投となったことで連立政権入りは一気に現実味を帯びた。9月中旬に内閣改造を控えていたこともあり、代表選の直後には一部メディアが「自民、国民民主党に連立協議の打診検討」と報道。具体的な閣僚ポストの配分も取り沙汰された。

9月13日に行われた内閣改造で、実際に国民民主の現職議員が閣僚に就くことはなかったが、国民民主の元参院議員で、党の副代表も務めた矢田雅子氏が首相補佐官に就任。自公国連立構想はなおも永田町でくすぶり続けることとなった。

自民の狙いは“連合”

自公で安定勢力を保持している自民党が、所属議員約21人(衆院10人、参院11人)、政党支持率も1~3%程度にとどまる国民民主を取り込みたい狙いは何か。1つ目は国民民主の支持団体である“連合”だ。

連合は「日本労働組合総連合会」の略称で、1989年に結成された日本最大の労働組合組織。連合の2023年9月付資料によると、繊維や医薬品業界などの組合員が所属する「UAゼンセン」(187万人)や自動車業界の「自動車総連」(79万人)、公務員で組織する「自治労」(73万人)など47の産業別組織で成り立っており、所属組合員数は合計699万人という。

かつては民主党の支持母体だったが、民主党分裂を経て、現在は立憲民主党と国民民主党を支援。両党に組織内候補(※)を送り出しているが、自治労や情報労連は立憲民主、UAゼンセンや自動車総連は国民民主、といったように産業別で支持政党が分かれている。

※特定の組合や団体が組織票を投じる候補者

自民党は2012年の政権復帰以降、選挙では連戦連勝だが、野党の“敵失”によるところが大きく、各議員の後援会組織などは年々弱まっていると指摘される。その自民党にとって、組織力が強く、選挙経験も豊富な連合の組合員は魅力的だろう。ちなみに連合の所属組合員数約700万人は、2022年の参院選で公明党が獲得した比例での得票618万票を上回る。自民党内の自公国連立推進派は、連合と野党との結びつきが弱まっている隙に、連合に接近して組合員票の一部を取り込みたいと考えているのだろう。

味方といえども油断できない公明党へのけん制

自民党が国民民主の取り込みを狙うもう一つの理由は、連立を組む公明党へのけん制だ。

自民と公明が連立を始めて組んだのは1999年の小渕政権。当初は小沢一郎氏率いる自由党も含めた自自公連立だったが、自由党が保守党、保守新党と改称し、2003年に自民党に吸収されて以降は民主党が政権を担った2009年~2012年の約3年間を除き、常に2党で国政与党を担ってきた。

自民党議員にとっては、強力な組織票を持つ公明党との協力は魅力的な一方、憲法改正や安保法制などの議論で慎重姿勢を貫く公明党への不満は根強い。衆院小選挙区の「10増10減」をめぐっても、東京など一部の選挙区で公明党が擁立を強く主張し、自民党との亀裂が深まった。そこで比較的保守色が強い国民民主を取り込むことで、公明党の発言権を小さくしたいというのが自公国連立推進派の狙いだろう。

自民党内で「反公明」の急先鋒と言われるのが、麻生太郎副総裁だ。「今の公明党の一番動かなかった“がん”だった、山口(代表)、石井(幹事長)、北側(副代表)等々の一番上の人たち。その裏にいる創価学会」。麻生氏は9月24日、福岡市内での講演で、2022年12月に閣議決定した安全保障関連3文書の改訂をめぐって、公明党幹部と支持団体である創価学会を痛烈に批判した。個人名を名指しして批判するのは極めて異例だ。

麻生氏は茂木敏充幹事長とともに、9月の内閣改造で公明党をけん制すべく国民民主を政権に取り込もうと画策していたが、公明党の強い反発により頓挫。その恨みから今回の発言が飛び出したとみられている。

ただ、連立構想の最大のハードルは選挙区調整だ。国民民主は衆議院だけでも10人の現職に加え、次期衆院選に向けて14人の後任予定者を発表済み。各選挙区には与党候補もいてこれまでも戦ってきたわけで、国民民主も譲りがたいが、与党にも譲る余地が小さい。今秋にも解散・総選挙の可能性があるなかで、候補者の調整がすんなり進むとは考えにくい。

次期衆院選が終わり、永田町が落ち着いたころにまた自公国構想はクローズアップされそうだ。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23211/feed 0
有事の前触れか通貨の堕落か 戦後3度目の金価格の高騰が意味するもの https://seikeidenron.jp/articles/23207 https://seikeidenron.jp/articles/23207#respond Tue, 03 Oct 2023 10:10:41 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23207

金の価格が高騰している。8月29日には店頭販売価格がついに1万円の大台乗せ。以降も高値圏で推移している。日米の金融政策の違いにより、過度な円安が進行し、円建てでみた金価格が上昇していることが相場を押し上げている格好だ。だが、価格高騰の要因はそればかりではない。「ここ10年間で金の価格は2.2倍に跳ね上がっている」(市場関係者)とされる。「本来、金利のつかない金は投資商品としての妙味は限られる」(同)というのが通り相場だが、なぜ、ここまで高騰を続けるのか……。

金価格高騰の背景は“有事”にあり

金の価格が高騰し始めたのは2019年からだ。特に新型コロナウイルスの感染拡大が本格化した2020年春以降、上昇スピードが加速した。金価格は、ロンドン市場での取引が世界基準となっているが、ロンドンでの現物価格は1トロイオンス(=31.1034768グラム)=1800ドルを超える高値となっている。

金は「有事の金」と言われるように、戦争や政変、感染症の拡大など、社会情勢が不安な“有事”に、大きく買われる傾向がある。人々の不安心理が、究極の資産である「金」に惹きつけられるからであろう。ピラミッドや古墳など権力者の墓には必ずといっていいほど、金の埋葬品が入れられるように、人類は有史以来、金が放つ力に魅了されてきたようなものだ。

今回の金価格の高騰の背景には、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大と、ロシアによるウクライナ侵攻、それに伴う世界的なインフレ(物価上昇)にあるとみていい。

金の短期的な価格変動要因は複雑だが、中長期的視野に立てば、その主因は、インフレで説明できるとされる。つまり、インフレにより物に対する通貨の価値が下落したとき、金の価値は相対的に浮上するという構図だ。逆に物に対する通貨の価値が上昇するデフレ下では金の価値は下落する。つまり金は通貨と反比例する形で価格が上下するというわけだ。金と通貨はコインの裏表のような関係といえる。

そして、その通貨を代表するのが、現在で言えば、世界の基軸通貨である米ドルということになる。金価格の高騰は、米ドルの揺らぎを象徴する事象とも受け止められる。

金と通貨の密接な関係

かつて金と通貨は一体のものであった。「金本位制」と呼ばれるものだ。通貨の価値は金の裏付けがあって発行され、価値が維持されてきた。第二次世界大戦後、基軸通貨としての地位を確立した米ドルと金の価値はリンケージ(連携)し、米ドルは一定の価格で金に交換できる「兌換紙幣(だかんしへい)」であった。俗に「ブレトン・ウッズ体制」と呼ばれるものだ。

同体制は、第二次世界大戦末期の1944年7月1日から22日までニューハンプシャー州ブレトン・ウッズのマウントワシントンホテルで開催された連合国通貨金融会議(45カ国参加[1])で締結され枠組みだ。これは、米ドルを基軸とした「固定為替相場制」であり、「1トロイオンス=35米ドル」と「金兌換」によってアメリカのドルと各国の通貨の交換比率(為替レート)を一定に保つことによって自由貿易を発展させ、世界経済を安定させることが目指された。

同時に、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)が設立され、この2つの組織を中心とする世界の金融体制が構築された。IMF、IBRDとも国際機関としての建付けとなっているが、実質的にはアメリカが主導権を握り、基軸通貨米ドルを担保する機関としての機能が担わされた。

もともと、ブレトン・ウッズ体制は1929年の世界恐慌を契機に、各国がブロック経済圏をつくり、保護主義的な経済政策と他国の排除を進めた結果、世界大戦へと突入したこと、第二次世界大戦で世界経済が壊滅的な被害を受けことの反省にたって構築されたものだ。生産財が破壊され、世界的なインフレで混乱した世界経済を安定化させるためには、まずもって通貨の安定が求められたわけだ。

さらに、国際的協力による通貨価値の安定、貿易振興、開発途上国の開発などを行い、自由で多角的な世界貿易体制をつくるために為替レートの安定が図られた。要となるIMFについては、イギリスのケインズ案とアメリカのハリー・ホワイト案が提案されたが、最終的にホワイト案に近いものとなった。このことは、「パクス・ブリタニカ(イギリスによる平和・秩序)」から「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和・秩序)」への移行を決定付けたものといえる。世界の基軸通貨は明確に「ポンド」から「米ドル」にとって代わられた瞬間だった。

高度成長を支えたブレトン・ウッズ体制

このブレトン・ウッズ体制という、固定為替相場制のもとで西側諸国は、史上類を見ない高度成長を実現。特に、日本は1950年代から1970年代初めにかけて、高度経済成長を実現し「東洋の奇跡」と呼ばれた。

しかし、世界経済の規模が増大し、貿易や財政の規模が著しく膨れ上がるなか、兌換される金の産出・保有量が追い付かず、経済成長を抑える弊害が生じ始めた。そして、その弊害が限界に達した1971年8月15日、アメリカは突然、米ドルと金の交換を停止する。いわゆる、ニクソン・ショックだ。

これにより、ブレトン・ウッズ体制は終了し、世界は変動相場制へと移行する。金とのリンケージを失った米ドルはペーパーマネーとなり、財政は野放図に膨張していく。インフレ、デフレという通貨・経済の山谷は深くなり、バブルも生まれていく。そして、通貨から切り離された金は、皮肉にも、通貨が堕落するときに光を放つ――。

まさに今がその時ということであろう。

金価格高騰の背景に見えるロシアと中国の影

戦後、金価格が異常に高騰したのは1980年と2011年、そして今回の3回のみである。最初の金価格高騰は、1970年代後半からアメリカは深刻なスタグフレーション(不景気であるにもかかわらず物価が上昇すること)に陥り、それに伴って金価格は上昇した。2回目の2011年の高騰は、リーマン・ショックが発生し、その対策として世界の中央銀行がこぞって大量にマネーを供給したことが要因だった。いずれもインフレ懸念が金価格の高騰を呼び込んだ格好だ。そして、今回もコロナ対策による国債の大量発行、マネー供給によるインフレ懸念が背景にある。

さらに、3回の金価格高騰の流れを後押したのが、世界の中央銀行による金の購入だ。国際調査機関、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、世界の中央銀行による金の純購入量(購入から売却を差し引いた値)は、2022年に1135トンと、統計を遡ることができる1950年以降で最高だった。さらに2023年1~3月の純購入量も1~3月として2010年以降で最高に達している。

中でも金保有量を増やしているのはロシア連邦中央銀行で、2022年までの過去10年間で2.4倍の2333トンに達している。次いで、中国人民銀行(中国の中央銀行)の金保有量も2023年8月末時点で約2165トンに達しており、10カ月連続で前月末を上回る。こうした共産圏の中央銀行の金買い増しをどう見るのかは意見の分かれるところだろうが、「有事の金」という観点でみれば、少なくともロシアは戦争を想定して金購入を進めていた可能性が高い。同様に中国も「台湾有事」を視野に入れているのであろうか。

いずれにしてもロシア、中国とも対アメリカを意識した中銀による金購入であることは確かだ。とりわけ中国は、軍事のみならず経済面でもアメリカと覇権をめぐり、対立色を鮮明にしている。金の大量購入は、そうした近い将来の経済覇権への布石ともみられる。「中国の一帯一路や仮想通貨戦略を踏まえれば、中国は明確に基軸通貨米ドルへの挑戦を意識している」(市場関係者)とされる。今回の金価格の高騰は、単なるインフレへの備えという領域を超えて、基軸通貨米ドルの揺らぎを反映しているようにみえる。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23207/feed 0
【内閣改造】政権の骨格は維持、初入閣11人 支持率は横ばいか https://seikeidenron.jp/articles/23090 https://seikeidenron.jp/articles/23090#respond Fri, 15 Sep 2023 02:34:49 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23090

岸田文雄首相は9月13日、内閣改造と自民党役員人事を行った。茂木敏充幹事長や松野博一官房長官ら政権の骨格を維持する一方、上川陽子氏を外相に起用するなど女性閣僚を過去最多タイの5人起用。閣僚19人のうち、初入閣を11人とした。イメージを刷新して政権浮揚を目指すが、初入閣組などが野党追及の的となる可能性もはらむ。

留任は6人、初入閣は11人、女性閣僚は5人へ

自民党は、9月13日午前の臨時総務会で役員人事を了承。岸田首相は官邸に新閣僚を呼び込み、皇居での認証式を経て第2次岸田再改造内閣を発足させた。

岸田首相は記者会見で「明日は今日より良くなる、誰もがそう思える国づくりに向け、経済、社会、外交・安全保障の3つを政策の柱として、強固な実行力を持った閣僚を起用することとした」と意気込んだ。

党役員人事では、麻生太郎副総裁と茂木敏充幹事長、萩生田光一政調会長を留任。幹事長に次ぐポストの総務会長に森山裕前選挙対策委員長を横滑りさせ、選対委員長には小渕優子元経済産業相を起用した。

閣僚では岸田首相の女房役である松野博一官房長官や鈴木俊一財務相、西村康稔経済産業相、斉藤鉄夫国土交通相に加え、前回2021年の総裁選で岸田首相と戦った高市早苗経済安全保障相と河野太郎デジタル相の2人も留任。交代する13人のうち、閣僚経験者は外相に就いた上川元法相と経済財政・再生相に就いた新藤義孝元総務相の2人にとどまり、残り11人は初入閣となった。

女性閣僚は上川、高市両氏に加え、加藤紘一元幹事長の娘である加藤鮎子こども政策・少子化担当相、自見英子地方創生担当相、土屋品子復興相の3人が初入閣となり、2人から5人に増えた。女性閣僚の人数は、2001年の小泉内閣、2014年の第2次安倍改造内閣と並んで過去最多。

内閣[役職・名前・年齢・当選回数・選挙区・派閥]

※初入閣は赤字、留任は緑字

  • 首相 岸田文雄(66) 衆⑩・広島1 岸田派会長
  • 総務大臣 鈴木淳司(65) 衆⑥・愛知7 安倍派 初
  • 法務大臣 小泉龍司(70) 衆⑦・埼玉11 二階派 初
  • 外務大臣 上川陽子(70) 衆⑦・静岡1 岸田派
  • 財務大臣 鈴木俊一(70) 衆⑩・岩手2 麻生派 留
  • 文部科学大臣 盛山正仁(69) 衆⑤・比例近畿 岸田派 初
  • 厚生労働大臣 武見敬三(71) 参⑤・東京 麻生派 初
  • 農林水産大臣 宮下一郎(65) 衆⑥・長野5 安倍派 初
  • 経済産業大臣 西村康稔(60) 衆⑦・兵庫9 安倍派 留
  • 国土交通大臣 斉藤鉄夫(71) 衆⑩・広島3 公明党 留
  • 環境大臣 伊藤信太郎(70) 衆⑦・宮城4 麻生派 初
  • 防衛大臣 木原稔(54) 衆⑤・熊本1 茂木派 初
  • 官房長官 松野博一(60) 衆⑧・千葉3 安倍派 留
  • デジタル担当 河野太郎(60) 衆⑨・神奈川15 麻生派 留
  • 復興大臣 土屋品子(71) 衆⑧・埼玉13 無派 初
  • 国家公安委員長 松村祥史(59) 参④・熊本 茂木派 初
  • こども政策担当 加藤鮎子(44) 衆③・山形3 谷垣G 初
  • 経済再生担当 新藤義孝(65) 衆議⑧・埼玉2 茂木派
  • 経済安全保障担当 高市早苗(62) 衆⑨・奈良2 無派 留
  • 地方創生担当 自見英子(47) 参②・比例 二階派 初

自民党役員

  • 総裁 岸田文雄(66) 衆⑩・広島1  岸田派
  • 副総裁 麻生太郎(82) 衆⑭・福岡8 麻生派 留
  • 幹事長 茂木敏充(67) 衆⑫・神奈川13 茂木派 留
  • 総務会長 森山裕(78) 衆⑦・鹿児島4 森山派
  • 政務調査会長 萩生田光一(60) 衆⑥・東京24 安倍派 留
  • 選挙対策委員長 小渕優子(49) 衆⑧・群馬5 茂木派
  • 組織運動本部長 金子恭之(62) 衆⑧・熊本4 岸田派
  • 広報本部長 平井卓也(63) 衆⑧・香川1 岸田派
  • 国会対策委員長 髙木毅(67) 衆⑧・福井2 安倍派 留

来年秋の総裁選を見据えた人事だが不安要素もあり

岸田首相にとって内閣改造と党役員人事の最大の狙いは、2024年秋の総裁選で再選することだ。第4派閥を率いる首相と第2派閥麻生派の麻生氏、第3派閥茂木派の茂木氏の3氏で相談して政権の方向性を決める「三頭政治」は維持。最大派閥の安倍派にも配慮し、派内の実力者である松野官房長官と西村経産相、萩生田政調会長を留任させた。

一方で茂木派の小渕氏を選対委員長に起用したのは、ポスト岸田に意欲を示す茂木氏をけん制する意味合いがある。かつて同派を率いた小渕恵三元首相の娘であり「将来の首相候補」と目される小渕氏を政権に取り込めば、茂木派が一致団結して岸田首相に対抗するのは難しいからだ。茂木氏は竹下亘前会長の死去を受けて2021年に同派会長に就任したが「派内で影響力の強い参院をまとめきれていない」との指摘もある。

ただ、かつて政治とカネの問題を受けて経産相を辞任した小渕氏の起用は、諸刃の剣でもある。当時、指摘されたのは自身の政治団体の収支の食い違いだったが、その内容よりも説明責任を果たさない小渕氏の姿勢が批判を招いた。党四役の一員となり、再び注目を集めれば改めて当時のことを掘り起こされる可能性があるが、マスコミにしっかり向き合うことができなければ、任命した首相に批判の矛先が向くだろう。

前回は3人が辞任、期待に乏しい初入閣組

初入閣組にも注意が必要だ。11人の顔ぶれを見ると年齢は60代半ばから70代が多く、フレッシュさには乏しい。各派閥がこれまで組閣のたびに推薦したものの、選考に漏れてきた「入閣待機組」も目立つ。閣僚は注目度が格段に高まるため、副大臣や政務官などの経験があったとしても、初入閣組は答弁能力やスキャンダルなどを追及されやすい。2022年8月の前回改造では8人が初入閣したが、失言や政治とカネの問題で3人が年内に辞任に追い込まれた。

今回、初入閣となった自見地方創生担当相は、厚生労働政務官だった2020年に当時、厚労副大臣だった橋本岳氏と不倫関係に陥っていると週刊誌に報じられ、コロナ流行中の不祥事だけに批判を招いた(その後、2人は再婚)。他にも、旧統一教会との接点を認めた議員が4人いる。今後、国会では野党から、世間では週刊誌から追及される可能性がある。

支持率回復を狙うも政権浮揚効果は限定的か

日本経済新聞によると、小泉政権以降、内閣改造後1カ月以内に世論調査を実施した17回のうち、8割にあたる13回で内閣支持率が高まり、横ばいは1回、下回ったのは3回だった。ただ、2009年に民主党に政権交代した以降、計11回の変化は1ポイントのプラスにとどまり、政権浮揚効果は限定的だという。岸田首相による前回の改造も1ポイントの低下となった。

NHKが9月11日に行った調査によると、岸田内閣の支持率は36%で、不支持率の43%を7ポイント下回った。支持する理由で最も多かったのは「他の内閣よりよさそうだから」で、不支持の理由の最多は「政策に期待が持てないから」。前回調査より支持率はやや改善したものの、国民の積極的な支持を得ているとは言い難い状況だ。

さて、内閣改造後だが、日経新聞が9/13・14に行った世論調査によると、内閣支持率は42%で前回調査と変化なし。女性閣僚の登用などは評価ポイントとして受け取られているようだが、全体とした横ばいとなった。

仮に今後、多少支持率が上がったとしても、初入閣組などにスキャンダルが発覚すれば一瞬で改造効果は吹き飛びかねない。そして国民は閣僚の“顔”よりも政府が実施する政策にこそ注目している。いくら小手先の人事をこねくり回しても、肝心の政策に期待が持てなければ本格的な支持回復は見込めない。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23090/feed 0
止まらない円安進行 カギは日銀の為替介入か金融緩和の修正か https://seikeidenron.jp/articles/23075 https://seikeidenron.jp/articles/23075#respond Wed, 13 Sep 2023 04:20:10 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23075

円安の流れに歯止めがかからない。お盆明けの8月17日には円相場は一時、1ドル=146円56銭まで下落。政府と日銀が昨年秋、24年ぶりに円買いドル売りの為替介入に踏み切った水準を突破し、約9カ月ぶりの円安ドル高をつけた。米長期金利の上昇に伴い、日米の金利差拡大を意識したドル買い円売りが加速した格好だ。9月に入ると、さらに1ドル=147円台後半まで達した。円安進行が継続するなか、日銀の動きに注目が集まっている。

円安進行の食い止めに動きが鈍い日銀

現在の円安の主因は、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が公表した7月25~26日の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録だ。この中で、委員の大部分が物価上昇率の上振れリスクが大きいとして「さらなる金融引き締めが必要となる可能性がある」との見方を示した結果、市場では追加利上げの観測が高まり、指標となる10年国債利回りは高騰した。

その一方で、日銀の動きは鈍いままだった。7月28日にようやく10年国債利回りの上昇余地を1%まで許容するイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の修正に動いたに過ぎない。内外金利差が埋まることは当面、望み薄だ。日銀の植田和男総裁は今回の調整はYCC終了に向けた動きではないと述べ、内田真一副総裁はマイナス金利の引き上げには「まだ大きな距離がある」との見方を示した。大規模な金融緩和からの本格的な出口戦略はまだまだ先のようだ。

足元の円相場は、植田総裁発言に敏感に反応し、一日で1円以上も乱高下する神経質な動きとなっている。当面の焦点は日銀が9月21、22日に開く金融政策決定会合に移っている。その後は10月の会合時に公表される「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で物価見通しの変更があるかどうかにかかる。その間、為替介入への警戒感は引き続き残り続けるだろう。

政府・日銀の為替介入のプロセスには段階がある

鈴木俊一財務相は8月15日の閣議後の記者会見で、外為市場で円安が進行していることについて、「為替市場の動向を高い緊張感を持って注視している。行き過ぎた動きには適切な対応を取りたい」と述べた。果たして政府・日銀による為替介入はあるのか。2022年9月に行われた、24年ぶりの為替介入に至るプロセスを振り返ってみたい。

2022年9月中旬、筆者の取材に対し、メガバンクの幹部は、「日銀からレートチェックの連絡が入ったか、その有無も含め厳重なかん口令が敷かれています」と口をつぐんだ。日銀が為替介入を見据え、為替の有力プレイヤーに為替売買の目安水準について問い合わせる「レートチェック」は、その性格上、外部に漏れることは許されない。かん口令はそのためだった。

だが実際は、「14日午前に、日銀から円買い・ドル売りをする際のレート水準について問い合わせがあった」とある市場関係者は認めた。このとき、円相場は1ドル=145円が間近に迫っていた。だが、この日銀のレートチェックの情報はまたたくまに市場に広がり、内外の投資家はドル買い・円売りのポジションの巻き戻しに動いた。円安は急激に歯止めがかかった。

筆者が取材した限りでは、このレートチェックは一部の大手銀行に限られていたようだ。これが何を意味するのか、市場関係者はこう指摘した。

「日銀、財務省、金融庁は円安が急伸した際に、幹部会合を開いたり、鈴木俊一財務相からコメントを発したり、いわゆる口先介入を続けてきたが、その効果に限界があると見て、レートチェックというより高次の施策に打って出たのだろう。今回の円安局面では鈴木財務相は『(円相場を)高い緊張感を持って注視している』と強調した。一部の大手銀行に打診が限定されていたのはそのためだろう。打診先を限定することで、情報を管理しながらレートチェックというアクションをうまく市場に流布させた高等戦術だ」

円買い介入が逆に円安ドル高を招く可能性も

実は、為替介入は常に難しい問題を内包している。日本が円買い介入に動いた場合、自らの行動が円安を手繰り寄せるというジレンマがあるためだ。

どういうことかというと、自国通貨(円)を元手とする円売り介入と異なり、円買いでは外貨が元手となる。外貨を売って円を買うというディール(売買)になるわけだ。その元手となる外貨は日本の外貨準備であり、4月末時点で約183兆円強だ。円買いはこの範囲内が上限となる。しかし、日本の外貨準備の約8割は外貨建て証券で運用されている。残り20%は外貨預金や金、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)などだ。

約8割の外貨建て証券の大半は、流動性の観点から米国債で占められている。介入ではこの米国債を売って、円を買うわけだが、米国債を売れば米国債の価格は下落(金利は上昇)し、さらに日米の金利差は広がる。結果、ドル高(=円安)を招く恐れがある。実際に円買い介入できる規模は外貨準備高を下回り、効果が持続するかどうかも不透明だ。それでも為替介入に踏み込むのか、やるとしてもタイミングは難しい判断を迫られる。

円安の背景にある金融緩和を支持する植田総裁

急激な円安進行には、日銀が続けている金融緩和も背景の一つだ。植田総裁は、6月28日に欧州中央銀行がポルトガルで開催した国際金融会議で、司会者から金融緩和政策が実際に効果を発揮するまでの期間について問われ「25年前に日銀の審議委員だったときの政策金利は0.2~0.3%だった。それが今やマイナス0.1%に下がっている。金融政策が効果を発揮するまで、少なくとも25年の時を要するようだ」と自虐気味にジョークを飛ばし、満場の笑いを誘った。実は植田氏は、いまから11年前の東大教授時代、2012年7月8日付けの日経ヴェリタスに寄稿し、金融緩和について次のように指摘している。

「日銀は長期国債保有残高が銀行券残高を超えないようにするというルールを自らに課してきた。ただし、資産買い入れ等の基金による長期国債購入はこのルールの枠外としている。そもそも中央銀行の国債保有残高が銀行券残高を超えないというルールにはどのような根拠があるのだろうか。そんな制限は撤廃して、日銀が国債をもっと購入したらどうだろうか。生鮮食品・エネルギーを除いた消費者物価上昇率は依然としてマイナスであり、追加緩和策は歓迎である。加えて、政府が財政赤字と国債発行で苦しんでいる中、日銀保有分の国債については日銀に払った利子が、基本的に国庫納付金として還流してくる。つまり、日銀の大量の国債保有は財政支援になっている」

財政支援まで言及して、日銀による大規模な金融緩和を支持していた植田氏。そこには苦い過去の経験がある。2000年8月、速水優総裁の下、審議委員だった植田氏は反対したものの、日銀はゼロ金利政策の解除を決定。直後のITバブル崩壊などで景気が失速。日銀は金融引き締めが早すぎたと集中砲火を浴びた。その轍を踏まない。植田氏のトラウマと言っていい。

鍵を握る日銀の出口戦略、円安の実体経済への影響

とはいえ、前述したように日銀は7月28日、10年物国債利回りの上昇余地を1%まで許容するイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の修正にようやく動いた。急激な円安進行の根幹にあるのは、日米金利差の拡大。遅ればせながら日銀が金融緩和の修正に動いたことは、円安の進行に歯止めをかけるはずだったが……。効果は薄かった。市場は、このまま日銀が金融緩和の出口戦略に移行するとは見ていないためだ。植田総裁自身、金融緩和の修正には慎重な姿勢を崩していない。

しかし、黒田東彦前総裁が敷いた異次元の金融緩和の修正は着実に進む。その布石も打たれつつある。7月末、日銀の幹部人事が市場の注目を集めた。日銀は31日付で企画局長に正木一博金融機構局長を起用する人事を発表した。同時に中村康治企画局長は金融機構局長に就任した。また、企画局政策企画課長に調査統計局の長野哲平経済調査課長が就いた。

企画局長に就任した正木氏は金融政策を立案する企画局の経験が長く、量的・質的金融緩和、いわゆる「異次元緩和」の導入直後の2013年から17年まで、企画局の政策企画課長を務めた。日銀のエースと評される人物で、内田真一副総裁の懐刀と目されている。YCCの運用を柔軟にする政策修正を決めた直後の今回の幹部人事。市場参加者の間では、「植田日銀が本格的な出口戦略に向けて動き出した証」とささやかれている。

ともあれ、過度な円安は企業業績を揺さぶる。今年度の主要企業の為替の平均想定レートは約1ドル=131円。足元の実勢レートよるかなり円高に設定している。このため自動車、精密、電機など輸出企業を中心に、現在の円安進行は業績の押し上げ要因になる。一方、輸入企業は円安に伴う原材料費の上昇等で業績を抑えている。為替の先行きはまさに諸刃の剣だ。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23075/feed 0
中露朝は結束以上、同盟未満 ロシアと接近する北朝鮮の目的は https://seikeidenron.jp/articles/23064 https://seikeidenron.jp/articles/23064#respond Mon, 11 Sep 2023 13:49:28 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23064

最近、ロシアと北朝鮮の接近が著しい。直近ではロシアのショイグ国防相が9月4日、「北朝鮮はロシアの隣人だ」と指摘した上で、北朝鮮と合同軍事演習を行うことを検討していると明らかにした。また、9月10日には北朝鮮の金正恩総書記が、ロシアのサンクトペテルブルクで開催される東方経済フォーラムに合わせて訪露。各国メディアはプーチン大統領と会談する可能性を報じている。対米において中国とともに結束を必要とする両国は果たして、どこまで接近するのだろうか。

国際的枠組みが存在しない東アジア

ロシアと北朝鮮がどこまで接近するのかは、まず、日本周辺の安全保障環境から考えてみる必要がある。今日、台湾情勢をめぐって、米中の対立は不可逆的なところまで来ている。3期目の習政権は台湾統一を“ノルマ”と位置付け、台湾を太平洋進出への軍事的最前線と位置づけようとする。中国を警戒するアメリカは、台湾を“防波堤”として中国の海洋進出を抑えようとしている。そして、韓国ではユン政権が誕生して以降、日米重視路線に舵を切った。これにより、対北で日米韓3カ国の結束は、これまでにも増して強化されている。そのため、北朝鮮の姿勢はいっそう厳しくなり、南北関係は急激に悪化している。

さらにウクライナ侵攻以降、ロシアと欧米の関係は当然のごとく悪化している。加えて、ロシアは9月3日、樺太や択捉島、国後島、色丹島など北方領土で対日戦勝を記念する行事を開催した。ロシアは2023年から9月3日を「第2次大戦終結の日」から、「軍国主義日本への勝利と第2次大戦終結の日」と名前を変更し、欧米と共に制裁を強める日本をけん制している。

このように、東アジアは大国間対立の激震地と言え、ASEANやEUのような地域の問題を地域で解決していこうとする国際的枠組みが存在しないのである。

対米においてロシア、中国、北朝鮮の結束はメリット大

こういった安全保障環境のなかでは、アメリカと対立する国々同士の接近や協力は起きやすい。ウクライナに侵攻したロシアに対し、日米韓はロシアへの制裁を強化し、ウクライナ支援に徹しているが、中国や北朝鮮はそれを黙認し、むしろエネルギー分野などロシアとの経済関係を強化している。対米という同じ立場にあるロシア、中国、北朝鮮の3カ国にとって、それぞれが政治や経済、軍事の分野で結束を強化するには大きなメリットがある。

今回のロシアと北朝鮮の接近もその一環であり、両国の情勢に詳しい専門家によると、ロシアは北朝鮮から武器などを支援してもらう、北朝鮮はロシアから食糧支援をしてもらうという、それぞれの狙いがあり、両国はwin-winの関係にあると指摘している。今後、米中、米露の対立が先鋭化すればするほど、北朝鮮とロシア、北朝鮮と中国、3カ国による合同軍事演習もより現実的な選択肢となろう。

結束以上、同盟未満

こういった状況では、われわれは日米韓vs中露朝のような構図を思い浮かべる。しかし、中露朝が日米同盟や米韓同盟のような価値感や戦略を共有した、常設的な軍事同盟を結ぶことはない。

今日、世界にある軍事同盟は相互防衛を基本としている。片務的な防衛体制となっている日米同盟は(日本政府は限定的な集団的自衛権を容認したが)その例外と言えるだろう。ロシアがウクライナに侵攻したのも、ウクライナが相互防衛体制となっているNATOに加盟していなかったからと言える。

当然、軍事同盟といっても相互防衛がマストではないので、仮に中露朝が軍事同盟を締結するとなっても、その中身はその後の議論で決定される。しかし、それ以前に3カ国は戦略を共有していない。

例えば、ウクライナ戦争に軍備や資金を集中的に当てざるを得ない今日のロシアに、朝鮮有事や台湾有事に関与するような余力もなければ、そもそもそういった意思も皆無だろう。北朝鮮も同様で、あくまでも敵は“南”であり、朝鮮半島“外”のことには関心もなければ余力もない。中国はウクライナ戦争以降、一貫して軍事的に関与する姿勢を示していないが、それは習政権にとっての最大の競争相手はアメリカであり、欧州の紛争に軍事的に巻き込まれたくないという本音があるからだ。

中露朝の接近や協力はあくまでもそれぞれの核心の外にあり、互いが互いを便利な相手ととらえていると言った方がいいだろう。直近ではその範囲内で、最大限の軍事協力が進むであろう。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23064/feed 0
処理水海洋放出で非科学的な措置の背景 中国はなぜ反日を強めるのか https://seikeidenron.jp/articles/23059 https://seikeidenron.jp/articles/23059#respond Mon, 11 Sep 2023 12:56:48 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23059

8月24日から開始した福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に対して、中国は処理水を「核汚染水」と呼び、「断固とした反対と強烈な非難」との談話とともに激しく反発。日本産水産物の全面輸入停止という措置に踏み切った。しかし、この強い行動には、単なる海洋汚染への懸念以外の理由も含まれているようだ。

処理水の海洋放出で加速する、中国の反日行動

日中関係の冷え込みにブレーキが掛からない状況だ。中国税関総署は8月24日、原産地を日本とする水産物の輸入を全面的に停止すると発表、即日停止した。日本国内では、処理水の海洋放出による影響は多方面に及び、対中輸出に依存してきた水産加工会社では大幅な売上減少への懸念が拡大。日本向け航空チケットのキャンセルは3割増加したとのことで、観光業界へも影響が広がっている。さらに、中国からの処理水放出に関する苦情電話は福島県外にも及び、無言や脅迫じみた内容の電話も少なくないという。

中国国内でも、各地にある日本人学校や領事館には石や卵が投げ込まれ、周辺からは反日的な落書きも発見された。北京にある日本大使館は在中邦人に対して注意を呼び掛けるほどの事態となっている。ネット上では「日本製品を買うな」などと不買運動が呼び掛けられ、中国政府はネット上の監視を強化しているものの、反日的な投稿などは黙認しているようだ。

では、なぜ中国は輸入全面停止という措置を取ったのか。今回の処理水放出について、IAEA(国際原子力機関)や欧米など大半の諸外国は問題としていない。むしろ、中国は日本の10倍ものトリチウムを放出しており、輸入全面停止という措置は科学的根拠に基づいたものとは言えない。この背景に政治的狙いがあるのは明白だ。

日本への抗議の背景にある、習政権への不満

中国が日本産水産物の全面輸入停止措置をとった一つ目の理由は、国内で高まる政権への不満だ。3年あまりに渡ったゼロコロナも影響し、中国の経済成長率は鈍化傾向にある。若年層の失業率は20%を超え、経済格差も広がっている。それによって、国民の経済的、社会的不満は膨れ上がる一方で、その矛先が習政権に向いているのだ。

2022年秋の党大会の際には、北京や上海では“反・習近平”を訴える市民の姿や横断幕が掲げられる様子が確認された。また、中国当局は若年層の失業率の公表を最近になってストップしたが、これは高まる国民の不満への恐れからだろう。

よって、習政権はその膨れ上がる不満をガス抜きできるタイミングを探していた。それが福島第一原発の処理水放出となり、習政権は「国民の健康と安全を守る」という名目で輸入を全面的に停止し、国民にアピールすると同時に不満の矛先を日本へ向けさせようとしたのだ。中国国内で続いている反日キャンペーンを当局が止めないのは、そういった背景からだ。

弱みを突かれたことによる報復か

もう一つは、最近強まっている貿易面での対日不満である。2022年10月、アメリカのバイデン政権は軍事転用される恐れを警戒し、先端半導体分野で対中輸出規制を開始した。その後、バイデン政権は2023年1月に先端半導体の製造装置で先頭を走る日本とオランダに同調するよう呼び掛けた。その結果、日本は7月下旬から先端半導体分野23品目で対中輸出規制を開始したが、中国はアメリカと足並みを揃える日本への貿易的不満を募らせることとなった。その後、中国は半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を8月から強化したが、これは対中規制を仕掛ける日本やアメリカへの政治的けん制である。

AIやスーパーコンピューターなど先端テクノロジーで、多額の資金を投じる中国ではあるが、半導体分野ではアメリカや台湾などに比べかなり遅れを取っており、現在も先端半導体を自らで作る技術を持っていない。しかし、軍の近代化、ハイテク化を進めるにあたって先端半導体は是が非でも獲得しなければならない戦略物資であり、日本がその規制を敷いたことは中国のアキレス腱を蹴ったことに等しい。中国としては最も規制されたくない分野にメスを入れられたことで、それが対日不満に拍車を掛けているのだ。今回の輸入全面停止も、その延長線上で考えられる。

今後、バイデン政権は対中投資でも規制を強化する方針で、モノの流れを止めた後は金の流れを止めようとしている。しかも、これについても日本などの同盟国や友好国に同調を呼び掛けるとみられ、今後、中国側の対日不満がいっそう強くなる可能性が濃厚だ。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23059/feed 0
消費の足を引っ張るガソリン代高騰 価格抑制の有効な手段はどこに https://seikeidenron.jp/articles/23009 https://seikeidenron.jp/articles/23009#respond Mon, 11 Sep 2023 06:28:55 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=23009

ガソリン価格の高騰に歯止めがかからない。資源エネルギー庁が8月30日に発表したレギュラーガソリンの店頭価格は1リットル185.6円と、15年ぶりに統計開始以降の最高値を更新した。値上がりは15週連続となる。全国で最高値だったのは長野県の194.0円で、これで長野、鹿児島、長崎、山形の4県が190円台を突破した。このままでは9月末時点で全国平均として195円前後になるとも言われている。ガソリン代高騰によって今後の経済へどのような影響を及ぼすだろうか。

たった1円の値上げで物流は大きな負担

ガソリン不足は、お盆休みの移動や物流を直撃した。台風6、7号の影響で、石油製品を運ぶ船舶に遅れが生じ、ガソリンが品薄となる地域も出ている。すでに高速道路のサービスエリアなどでは200円を超えているケースもある。急激なガソリンの高騰は、庶民の生活を直撃。消費の頭を抑える事態も想定される。

ガソリン価格の高騰は、幅広い経済活動を直撃する。全日本トラック協会の資料によると、軽油価格が1円上がると業界全体で約150億円の負担増となるとされる。物流業界には、トラックドライバーの時間外労働に罰則が適用される「2024年問題」もあり、燃料価格の高騰を輸送料金に転嫁するのは簡単ではない。物流の停滞は経済の根幹を揺さぶる。

政府の補助金でも歯止めはかからず

政府も手をこまねいているわけではない。高騰するガソリン価格の対策として政府は、ガソリン1リットル170円を超えないように昨年1月から、石油元売り会社に補助金を出し、店頭でのガソリン価格を抑えてきた。 だが、その補助金も6月から段階的に引き下げられ、資源エネルギー庁が公表しているデータによると、政府の補助金によって昨年6月には41.9円の抑制効果があったが、現在は13.6円まで抑制効果が減少している。

そこで野党から声が上がっているのが「トリガー条項」の発動だ。「トリガー条項」とは、ガソリン価格が3カ月連続で1リットル160円を超えた場合にガソリン税の上乗せ分である25.1円の課税を停止して、その分だけガソリン価格を下げるというものだ。 今回の全国平均181.9円で計算してみると、25.1円下がって156.8円となる計算だ。だが、このトリガー条項は東日本大震災の復興財源を確保するため現在、凍結されている。

その代替策として政府は補助金を出してきたわけだが、徐々に効果は薄れている。政府がガソリンなどの物価高対策を打ち出したのは昨年末。今年度の後半以降には物価上昇が落ち着き、物価高対策は必要ないと判断していた。この時の物価予想に基づいて段階的に引き下げられているのだが、実際は政府の予想に反して、ガソリン価格をはじめとする物価上昇は続いている。

当初、この補助金は9月末で終了する予定だったが、8月22日、10月以降もガソリン価格の高騰に対応する激変緩和措置を続ける調整に入った。岸田文雄首相は8月30日、9月末に期限を迎える予定だったガソリン補助金について、年末まで延長すると表明。9月7日から段階的に拡充し、10月中にレギュラーガソリンの全国平均価格が175円程度となるよう調整していく構えだ。

だが、来年以降もガソリン価格の高騰は続く可能性が高く、一時のがれに取り繕っているだけとの批判を浴びかねないリスクがある。

円安進行が価格上昇に拍車

さらに、政府の誤算は物価上昇だけではない。1ドル=145円を超える円安の進行も輸入物価を押し上げ、ガソリン価格の上昇に拍車をかけている。ロシアによるウクライナ侵攻後の2022年春、原油価格は一時期、1バレル=100ドル超まで跳ね上がったが、この時の為替は1ドル=118~133円だった。しかし、足元では145円を挟む円安が進行している。だが、円安の根幹にある日米の金利差は縮まる気配はない。

本丸の日本銀行は、長期金利の上昇幅を一定範囲内に収めるイールドカーブ・コントロールの柔軟化に踏み込んだ段階で、マイナス金利の解除、金利引き上げにはまだかなりの距離がある。一方、アメリカはインフレ抑制から少なくともあと1回の金利引き上げが想定されている。日本政府による為替介入がなければ1ドル=150円も視野に入る。

OPEC(石油輸出国機構)のデータによると、サウジアラビアの減産などの影響で7~9月の世界の需給は、日量200万バレル超の大幅供給不足に陥る見通しだ。アメリカ経済は好調で、デフレ懸念が台頭している中国も政府が必死で景気刺激策を講じており、いつ息を吹き返してもおかしくない。市場では旺盛な原油需要を背景に、年内にも再び1バレル=100ドルに近づく可能性もあるとみられている。

戦争に翻弄されてきた石油価格

翻って、戦後、日本経済はまさに石油価格の動向に翻弄されてきた歴史でもある。最初の試練は1970年代。高度成長期の終わりを告げる、2度の石油危機(オイルショック)だった。

第1次オイルショックは、1973年10月に勃発したイスラエルとアラブ諸国との第4次中東戦争を機に、石油輸出国機構(OPEC)の加盟6カ国が石油価格を4倍まで引き上げたことで起きた。日本国内では石油・同関連品の需給等による便乗値上げが相次ぎ、異常な物価高騰になったため「狂乱物価」とも呼ばれるインフレーションが発生。主婦の間でトイレットペーパーが無くなるとの噂が広まり、スーパーに殺到する映像は、いまも記憶に新しい。

続いて、第2次オイルショックは1979年のイラン革命を機に再び石油価格が約2倍に上昇したことで起きた。イランの石油生産が中断したことで、イランから大量の原油を輸入していた日本にも甚大な影響を及ぼした。さらに、1990年8月イラクによるクウェート侵攻で起きた、ミニオイルショックもある。いわゆる湾岸戦争とその反動で一時的に石油価格は高騰した。

1966年当時は1リットル=50円だったガソリン価格は、2度のオイルショックを経て、1982年には177円まで高騰した。その後、世界的な石油需要の低迷で1986年に逆オイルショックになり、ガソリン価格は下がったが、アメリカで起きたサブプライムローン問題を契機に2008年に再び高騰、直後のリーマンショックで急落するなど、乱高下を繰り返した。そして、現在はロシアによるウクライナ侵攻を境に高騰局面にある。原油価格の変遷は、まさに「戦争に翻弄されたような歴史」と言っていい。

価格抑制のカギは課税の見直しか

足元のガソリン価格の高騰に有効な手を打てずにいる政府。考えられる処方箋とは何か。国民民主党は6月20日に、①現行補助の半年延長 ②トリガー条項発動 ③暫定税率や二重課税の廃止を政府に提言した。①については半年とはいかなかったが、政府は3ヵ月の延長を表明。しかし、残りの2つについては、いずれも財源問題が立ちはだかる。

まず、②のトリガー条項を発動すれば、1リットル=25円ほど下げられる。さらに消費税をガソリンに限って時限的に0%にすれば、20円近くの値下げになる。しかし、トリガー条項の発動は先述したように東日本大震災の復興財源を確保するため現在、凍結されている。打つ手があるとすれば、③の暫定税率や二重課税の廃止だ。

ガソリンには、消費税のほかにもガソリン税が課されている。消費税については2019年10月から10%に引き上げられている。また、ガソリン税には揮発油税と地方揮発油税のふたつあり、揮発油税は主にガソリンにかかる税金となり、1リットルあたり48.6円が課税される。また、地方揮発油税はその課税対象は揮発油の製造者のほか、揮発油を外国から輸入してきた場合の輸入者となり、その税額は1リットルあたり5.2円。この揮発油税と地方揮発油税を合算したものが課税総額となるが、さらにガソリンを製造場から出荷した時にかかってくる税金が加わる。

ガソリンはまさに“税金の塊”であり、ガソリン自体の価格に、ガソリン税等が上乗せされ、さらに消費税を課す二重課税となっているのだ。国の2022年度の税収はおよそ71兆円と、前の年度から4兆円以上増え、3年連続で過去最高となっている。ガソリンの二重課税の解消をはじめ、減税の余地はあると思われるのだが……。

内閣府が8月15日に発表した4~6月期の国内総生産(GDP)の速報値は、成長率が年率換算で6.0%増と伸びた一方、個人消費は前期比0.5%減だった。物流に大きな影響を及ぼすガソリン価格の高騰が物価全体を押し上げ、消費の足を引っ張った形だ。

GDPの半分以上を占める個人消費の低迷が続けば、輸出が好調だとしても、景気を本格的な回復軌道に乗せるのは難しい。ガソリン価格の抑制は“焦眉の急(しょうびのきゅう)”、差し迫った対応が求められる。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/23009/feed 0
実は第2次ブーム クラフトビールの人気の理由を探る https://seikeidenron.jp/articles/22998 https://seikeidenron.jp/articles/22998#respond Tue, 05 Sep 2023 09:42:58 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22998

この夏はやたらとビールがうまい。8月の東京は最高気温が一度も30℃を下回らなかったが、この異常な暑さも要因の一つだろう。そんななかビール市場ではクラフトビールの人気が続いている。いまや、クラフトビアバーの増加はもちろん、普通の居酒屋でもクラフトビールを扱うようになっている。大手ビールメーカーも続々参入し、スーパーでも品揃えが充実。“地ビール”ブームから続くクラフトビールの歴史と人気の理由について探ってみた。

そもそも「クラフトビール」とは

「クラフト(Craft)」とは手工業・工芸という意味であり、クラフトビールは一般的に小規模なブルワリー(醸造所)が作ったビールを意味する。ビールの種類は問わないが、アサヒやキリンなど大手ビールメーカーが提供するビールはラガー(下面発酵)で製造された「ピルスナー」タイプである一方、小規模なブルワリーでは差別化を目的として、伝統的なエール(上面発酵)で製造される「IPA(インディア・ペールエール)」や「スタウト(いわゆる黒ビール)」、「セゾン」などを売りにしていることが多い。そのため、広義ではピルスナー以外をクラフトビールと呼ぶこともある。
(本記事の趣旨ではないため各ビールの定義は割愛)

飲み屋の新しいジャンル「クラフトビアバー」

2010年頃からか従来の居酒屋やバー、バルに加え「クラフトビアバー」と呼ばれるクラフトビールをメインとした飲み屋を見かけるようになった。近年では、飲み屋の新ジャンルとして定着した感があり、実際、都内には「CRAFT BEER MARKET」や「IBREW」などチェーン展開するビアバーも現れ、週末は賑わっている。2015年から都内で開催されている「大江戸ビール祭り」のようなイベントも盛んだ。こうした人気にあやかってか、普通の居酒屋でもクラフトビールが提供されるようになり、スーパーでも瓶や缶で販売されるようになった。

数字で見ても、クラフトビールの人気は確かだ。国内では飲酒人口の減少とビール離れが加速し、ビール市場全体(発泡酒・新ジャンル含む)では規模が縮小し続けている。2011年に約560万キロリットルだった販売数量は、2019年に487万キロリットルとなり、2020年はコロナ禍もあって440万キロリットルにまで落ち込んだ。しかし、一方でクラフトビールの販売数量は年間10%のペースで成長しており、現時点のシェアは全体の約1%と少ないものの2026年には3%を超えると言われている。10年で20%減少した市場全体の流れとは対称的である。また、2010年に約220カ所だった国内のブルワリーの数も2023年8月現在では700を超える。

近年の人気、実は第2次ブーム

実は2017年頃から始まる近年のクラフトビールのブーム、初出のものではなく第2次ブームにあたる。なお、国内の醸造所が国際コンペなどで受賞し始めた2000年代後半を第2次ブームとする意見もみられるが、消費者の間であまり身近にはなっていなかったということを考えるとブームとまでは言えないと筆者は考えている。

第1次ブームは1994年以降のいわゆる“地ビール”ブームだ。もともとビールの生産は年間2000キロリットル以上製造できる業者に限られ、ほぼ大手メーカーしか製造することはできなかった。しかし1994年に酒税法が改正され、下限が年間60キロリットル以上となったことで小規模業者もビール事業へ参入できるようになったのである。年間60キロリットルは平日営業日(240日)で割ると1日で大瓶400本程度の生産量だ。

町おこし的な目的もあって地ビール生産は盛んになり、1995年にわずか18カ所しかなかったブルワリーは1999年に313カ所にまで増えた。しかしその後は人気が下火となり、前記の通り2010年の約220カ所にまで落ち込んでしまった。

地ビールブーム収束の最大の理由はブルワリーの技術力不足である。生産には相当なノウハウが必要であるため5年、10年程度でおいしいビールが造れるわけもなく、消費者に受け入れられなかったのである。「地ビール=まずい」という印象を持つ人がいるのもこうした背景がある。一方、最近のブームで認知度の高い「常陸野ネストビール」や「伊勢角屋麦酒」などは90年代後半に生産を開始したブルワリーであり、歴史と技術力のある醸造所といえよう。

クラフトビール人気は、消費者ニーズとマッチしたことが理由

ブルワリーの技術力向上も背景にあるが、なぜ特に近年、クラフトビールが人気となっているのか、その理由を3つの側面から考えてみた。

1つ目は「特徴的な香りや風味」である。前記の通り、大手メーカーが出すビールはラガーによるピルスナーが主流である。すっきりとした味わいと苦みが特徴で、クセを感じることはない。一方、クラフトビールは種類が豊富で、IPAの場合は強い苦みとフルーティな香りが特徴だ。アメリカ北東部のニューイングランド地方発祥の「ヘイジーIPA」は濁った見た目が特徴で、IPAよりも苦みは抑えられていてジュースのような口当たりである。黒ビールのスタウトはやや甘みがある。もちろん、同じジャンルでもブルワリーごとに味や香り、色は大きく異なる。従来のビールにはない香りや風味がファンを惹きつけているようだ。

2つ目の理由として「近年の消費者心理にマッチした」ことがあげられる。バブル期までは有名なものを買いたいという消費者のブランド志向が強かったが、近年の消費者はブランドよりも「自分にあった物を探したい」という欲求が強いと言われている。IPAやセゾンといったビールのジャンル、そしてブルワリーを掛け合わせれば膨大な数のクラフトビールがあり、選択肢の多さは好みを探すうえでの魅力となるだろう。大手メーカーが出す画一的な商品ではなく、自分好みのビールを選びたいという欲求がクラフトビール市場を支えていると考えられる。

そして3つ目の要因として考えられるのが「トキ消費との相性の良さ」である。「トキ消費」とは“その場”でしか楽しめない消費行動のことで、例えば音楽フェスやハロウィンイベント、推し活などがあげられる。期間限定のコラボカフェで飲食するのもトキ消費のひとつだ。「コト消費」に代わり2020年代からは「トキ消費」が目立つようになった。クラフトビアバーでは常時10種類以上のビールが用意されておりさまざまなビールを楽しむことができる。とはいえ商品一つの生産量がそもそも少ないため常に同じメニューから選べるわけではなく、1、2週間ごとにTap(メニュー)が入れ替わるのが一般的だ。そのためビアバーには立ち寄った“その場”でしか味わえない楽しさがある。中にはブルワリーに直接赴くファンも居るようだ。クラフトビールはまさにトキ消費を叶えてくれるツールといえる。

大手ビールメーカーも続々参入

流行に乗るべく、大手ビールメーカーもクラフトビール市場に参入している。キリンビールは「SPRING VALLEY」(2021年3月~)、サントリーは「東京クラフト」(2017年2月~)などのブランドで展開。また、アサヒビールは1995年に「TOKYO隅田川ブルーイング」を設立しており、飲食店向けのブランドとして近年特に宣伝を強めている。

海外に目を向けると、ブルワリーはドイツに約1,500カ所、アメリカに至っては約6,000箇所もあると言われている。欧米において大手が占める割合は日本より低く、アメリカの場合、市場の13%を独立系ブルワリーが占める。今後、国内の小規模ブルワリーがどこまで伸びるかは未知数だが、成長のポテンシャルは高いだろう。今後どのようなクラフトビールが生まれるのか楽しみにしていきたい。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/22998/feed 0
YESとNOの境界線 ウクライナのNATO加盟をめぐる各国の思惑 https://seikeidenron.jp/articles/22993 https://seikeidenron.jp/articles/22993#respond Tue, 05 Sep 2023 09:25:22 +0000 https://seikeidenron.jp/?p=22993

7月にリトアニア・ビリニュスで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会合において、ウクライナのゼレンスキー大統領は、NATO加盟への保証という大きな期待を抱えて、会合に臨んだ。しかし、望んだとおりの成果は上げられなかった。NATOはなぜウクライナ加盟に二の足を踏むのだろうか。

支援はするが加盟は“待った” NATOが考える境界線

2022年にスペイン・マドリードで開催されたNATO首脳会合に続いて、今回の会合でも最大議題はウクライナ戦争だった。NATOはウクライナの加盟について条件が整い、加盟国が同意すれば、加盟に向けた正式な手続きを開始すると発表した。しかし、ウクライナ側が今回期待していたのは、NATO加盟に向けた手続きの開始だった。NATOから事実上の“待った”の姿勢が示されたことで、ウクライナ側は手続きが行われなかっただけでなく、加盟時期も明確にならなかったことに不満を示している。これについて、ゼレンスキー大統領も「加盟に向けた具体性が示されないのはばかげた話だ」とSNS上に投稿した。

一方、NATOは今後数年に渡って、NATO加盟国の軍がウクライナ軍を支援すること、ウクライナ問題を定期的に議論するNATOウクライナ理事会を創設することなど、全面的なウクライナ支援に徹することを明らかにした。この問題のポイントは、どこからがYes でどこからが Noなのか、その境界線の位置と言えそうだ。

NATO加盟を望むウクライナの心情と不満

まず、戦争当事国となっているウクライナ側の心情は自然に理解できよう。世界最大の軍事同盟が協力の姿勢を示しているのだから、「加盟国への攻撃を全加盟国への攻撃とみなす」という集団防衛体制になっているNATOの傘下に入り、そこからロシアをけん制したいというのは当然の心理だ。さらに、“最大限支援はする、しかし加盟は待ってくれ”という状況について、「なぜ?」とゼレンスキー大統領が不満を示すのも十分理解できる。

ゼレンスキー大統領の不満を高めている背景はほかにもある。ウクライナ侵攻から1年半となるなか、その間、近隣諸国ではロシアへの警戒感が一気に強まり、ロシアと1000キロ以上にわたって国境を接するフィンランドとスウェーデンが急ピッチでNATO加盟申請を開始した。そして、4月には異例のスピードでフィンランドがNATOに正式加盟し、今後スウェーデンの加盟も発表される。そうなれば、「なぜ同じ欧州なのにウクライナだけは加盟申請が遅れるのだ」との不満が強まるのは当然だろう。

加盟時期を曖昧にせざるを得ないNATOの2つの背景

ここで重要になるのは、2つの背景だ。1つ目は、すでにウクライナが戦争当事国という立場にあることだ。仮に、今後ウクライナがNATOに加盟すれば、NATOの根幹である「加盟国への攻撃は全加盟国への攻撃とみなすことに同意する」というNATO条約第5条の適用をめぐって議論がすぐに浮上する可能性がある。もちろん、集団的自衛権の発動には全加盟国の同意が必要で、実際行使されるハードルは高いものの、NATOはより直接的にロシアに向き合うことになる。しかし、相手は核大国であり、ロシア軍と直接撃ち合うことを警戒するNATO加盟国も少なくない。よって、軍事介入ではなく最大限の軍事支援に留めているという事情もあろう。

2つ目は1つ目とも関連するが、アメリカが抱える事情だ。ウクライナと同じように、ロシアの近隣諸国も、その脅威を現実のものとして受け止めている。そういった国々からすれば、ウクライナを早期にNATOに加盟させ、集団防衛体制でロシアをけん制したい思惑もあろう。フィンランドやバルト三国、ポーランドなど、ロシアと近い国々はそういった思いがより強く、“西側諸国の東方関与”をさらに押し進めたい狙いも見える。

しかし、これに最も難色を示すのがアメリカだ。バイデン政権は、中国を最大の競争相手と位置付けている。正直なところ、軍事的には中国による地域覇権の構築を阻止するためにインド太平洋に集中したいはずで、東欧の問題でマンパワーやコスト、時間をなるべく費やしたくないのが本音だろう。

そして、当然ながら、多国間軍事同盟NATOといっても、最も主導的な立場にあるのはアメリカであり、ウクライナがNATOに加盟すれば、「アメリカは対中国があるので積極的に対応できません、欧州の皆さんよろしくお願いいたします」とはできない。そうなれば、NATOの存在意義や機能性を問われる事態になるだけでなく、ロシアや中国に政治的な隙を与えることになりかねない。アメリカと欧州との間にも摩擦が生じることになる。

こういった事情を考慮すれば、アメリカ、そしてNATOにはウクライナの加盟を積極的に進められない事情があると言えよう。

]]>
https://seikeidenron.jp/articles/22993/feed 0