三橋貴明が説く 今さら聞けない経済学

第1回:「アベノミクスの不整合」

2013.11.11

経済

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「経済学」と聞くと、小難しい学問のようだが、実際の経済は机上の空論では動かない。ここでは、空論ではなく、実践を使い、より分かりやすく経済を解説していく。実際のビジネスで生かすヒントがたくさん出てくるので、これからぜひ参考にして頂きたい。

「成長戦略」の意味するものとは?

今さら感があるが、実は第二次安倍内閣の経済政策、通称「アベノミクス 三本の矢」には、大きな不整合があった。三本の矢とは第一の矢「金融政策」、第二の矢「財政政策」、そして第三の矢が「成長戦略」の三つの政策である。第一の矢と第二の矢はいいとして、果たして第三の矢「成長戦略」とは何を意味しているのか。当初は分からなかった(というか決まっていなかった)が、その後の政府の発表によると、どうやら「規制緩和」のようである。ほとんどの日本国民は気がついていないだろうが、第三の矢が規制緩和となると、アベノミクスには「デフレ対策」として明らかに不整合が存在することになる。

デフレとは、バブル崩壊後に企業や家計などの「民間」が借金返済や銀行預金を増やし、消費や投資(住宅投資、設備投資)を減らしてしまうことで発生する経済現象だ。国民経済全体から見ると、国民がモノやサービスを生産する力、すなわち供給能力に対し、総需要(消費と投資)が不足している状況になる。総需要とは、要するに名目GDPだ。デフレの国は、供給能力(潜在GDPともいう)が名目GDPを上回り、「総需要が不足」しているのである。

総需要が不足している以上、対策は(本来は)簡単だ。誰かが消費や投資を増やし、名目GDP(総需要)を押し上げればいいわけである。というわけで、徴税権と通貨発行権という二つの大権を持つ「政府」が、子会社の中央銀行に通貨を発行させ、国債でお金を借り入れ、消費もしくは投資として支出すれば解決だ。政府の支出とは、もちろん公共投資(政府の投資)でも構わない。あるいは、医療や介護、防衛や治安維持などに対し「消費」として支出するのでも同じだ。とにかく「国民の雇用が創出される」形で政府がお金を使えば、デフレギャップは埋まる。しかも、中央銀行が通貨を発行している以上、日本政府の実質的な負債が増えるわけではない。

分かりやすく書くと、「通貨を発行し、政府が借りて、消費や投資として支出する」である。

規制緩和は「デフレ促進策」!?

すなわち、金融政策と財政政策のポリシーミックスだ。金融政策と財政政策を「同時に」実施することは、過去に効果が確認されているオーソドックスなデフレ対策である。この「普通のデフレ対策」を、97年の橋本政権以降の日本政府は、一度も実施することがなかった。結果的に、我が国は何と15年もの長期に渡り、国民の所得が縮小する(すなわち、国民が「貧乏」になる)デフレーションに苦しめられ続けた。

アベノミクスの第一の矢と第二の矢は、まさに上記の「金融政策と財政政策のポリシーミックス」になる。少なくとも、第一の矢と第二の矢の組合せは、デフレ対策としては(量はともかく)100%正しい。

とはいえ、そこに「規制緩和」が加わるとなると、話はまるで変わってくる。何しろ、規制緩和とは「デフレ促進策」あるいは「インフレ対策」なのだ。

そもそも、規制とは特定の産業分野において、政府の法律で「新規参入を制限している参入障壁がある」という話になる。例えば、「不動産サービス業を営む企業は、店舗を開設し、1人以上の宅地建物取引主任者(いわゆる宅建)がいなければならない」「貨物運送サービス業を営む企業は、トラックを5台以上保有しなければならない」など、日本政府は製造業、サービス業を問わず、さまざまなビジネス上の「ルール」を設定している。各産業の「参入障壁」であるルールは、日本の国会が法律として決めている。すなわち、消費者の利便性や安心、環境配慮、安全などの理由に基づき、日本国が主権に基づき定めているのが「規制」なのだ。

これらの規制を緩和あるいは撤廃すると、参入障壁が消えたことで、新規参入が増える。当然、規制を緩和された業界の競争は激化する。すると、各企業が生産性向上のために努力し、物価が下がっていく。

以上、規制緩和とは図1の「インフレギャップ」を埋めるための政策なのだ。総需要が供給能力を上回っている国(あるいは業界)では、インフレギャップが発生することで物価が継続的に上昇していく。過度な物価の上昇は国民経済にとっては「悪」であるため、インフレ率上昇を食い止めるために政府は規制緩和し、競争を激化させる。結果的に、規制が緩和された業界では物価が抑制される。

主流派経済学(新古典派経済学)の見解

上記の通り、規制緩和とは「そもそも」インフレ対策、デフレ促進策なのだ。デフレ脱却を目指す安倍政権が、三本目の矢として「規制緩和」を推進する。明らかな不整合なのだが、実のところ「規制緩和がデフレ対策にもなる」という考え方も存在する。というよりも、現在の主流派経済学(新古典派経済学)は、デフレ対策は「金融政策+財政政策」ではなく、「金融政策+規制緩和」が正しいと主張しているのだ。

なぜだろうか。理由は本連載第二回で解説する。