三橋貴明が説く 今さら聞けない経済学

多くの日本人がしている経済力についての間違った思い込み

2015.11.10

経済

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多くの日本国民は”経済力”について、”おカネの量”であると間違った思い込みをしている。そもそも”おカネ”とは、債権と債務の記録に過ぎない。真の意味での経済力とは、国民の需要を満たす供給能力。すなわち”モノやサービスを生産する力”を意味しているのだ。

おカネでは測れない経済力

読者の皆さんは”世界で一番のお金持ち国家”がどこかご存じだろうか。何を隠そう、日本国である。

日本国の”外国に保有する債権(資産)”から”外国に対する債務(負債)”を差し引いた対外純資産は約367兆円に達し(2014年末、以下同)、文句なしの世界一だ。
逆に、対外純負債が最も多い国、つまりは世界で最も貧乏な国がどこかといえば、実はアメリカだ。何しろ、アメリカの対外純負債額は834兆円にも達している。

“おカネ”=経済力だとすると、世界で経済力が最も強いのが日本で、最も弱いのがアメリカとなってしまうのだが、そんなはずがないわけである。
経済力とはおカネの話ではなく、国民が必要とするモノやサービスを”自国の企業””自国の人材””自国の政府”で供給する力のことだ。

例えば農産物について考えてみよう。国民の胃袋を満たす農産物について、外国からの輸入に依存せざるを得ない度合いが高い国は、経済力が強いとはお世辞にも言えない。何しろ、外国との紛争が生じただけで、国民は飢えに苦しむ羽目になるのである。

あるいは、土木・建設分野だ。日本企業はかつてアジアの発展途上国において、橋梁や高速道路などのインフラを整備したが、あれは相手国が自国の土木・建設の供給能力では、必要なインフラを建設できないためである。おカネなど、中央銀行が印刷すればいくらでも発行できるが、農業や土木・建設などの供給能力は、そうはいかない。

供給能力を高めるたったひとつの方法

あらゆる産業に共通して言えることだが、”経済力の根幹たる供給能力”つまりモノやサービスの生産能力を高めるには、たったひとつしか方法がない。すなわち、投資だ。

ここでいう投資には、設備投資はもちろんのこと、人材投資や公共投資、さらには技術開発投資も入っている。中でも重要なのが、実は人材投資だ。何しろ、企業のノウハウや各種の技術は、別に企業そのものに蓄積されるわけではない。企業で働く生産者に蓄積されるのだ。

そして、モノやサービスを生産するための技術、技能、ノウハウなどが十分に蓄積されている生産者のことを”人材”と呼ぶ。人材とは、蓄積によってしか生まれない。
人材を生み出すには、どうしたらいいだろうか。無論、教育やトレーニングなども必要だが、より重要なことは生産者が働き続けることだ。人間は働き続けることで、自らの内にさまざまな技能やノウハウ、スキルなどを蓄積し、生産性が高い人材へと育つことができるのである。すなわち、企業にとっての人材投資とは、雇用を継続することにほかならない。

 

日本の建設業許可業者数の推移

デフレが経済力を破壊する

モノやサービスに対する需要が不足するデフレ期、企業はリストラクチャリング(不採算部門を切り捨て、将来有望な部門へと進出し、企業内容を一新させること)に走り、人材が失業という形で流出していく。あるいは、計画されていた設備投資や技術開発投資が先送りされる。いずれにせよ、企業は投資により供給能力を高める機会を逸することになる。

さらに、デフレで名目GDP(=需要)が成長しない場合、税収が減ることで財政が悪化する。それを受け、日本のように「国の借金で破たんする!」といったウソが蔓延すると、政府は必要な公共投資を実施するどころか、インフラのメンテナンスもできなくなる。

公共投資が削減されると、土木・建設業界においてリストラや廃業、倒産が相次ぎ、その国の「土木・建設の供給能力」が減少していく。実際、わが国の建設業者数は1999年の60万社のピークから、すでに43万社まで減ってしまった。

このまま土木・建設の供給能力が縮小していくと、やがてわが国は自分の国の企業や人材では高層ビルを建てられない、大きな橋を架けられないという国に落ちぶれることになるだろう。すなわち、発展途上国化だ。

日本の発展途上国化を回避するためには、おカネではない真の意味の経済力について、日本国民が学ぶ必要があると考えるわけである。

企業はゴーイングコンサーンが重要

 

かつて、日本国有国鉄が民営化されて、地域ごとに分割された。JR北海道の場合、新卒採用者が10年間0人だったことがある。民営化して20年経っても、民営化前の従業員が5000人で民営化後の従業員が2000人といういびつな形になり、意識改革が大変だったと当時の小池明夫社長が嘆いていた。

一番問題だったのは10年間新卒社員が入らなかったため、必要な技術の伝承が途絶えてしまったということ。企業はゴーイングコンサーン(継続企業)が重要である。苦しかった時代の日産自動車も、3年間新卒採用がゼロ人だったことがある。下の人間が入ってこないため、モチベーション維持が大変だったということだ。それを正常に戻すには倍以上の年月が掛かる。

現在、建設業従事者も人手不足で技術者の高齢化が起こっていて、建設コストが上がっているゆえんだ。建設業界自体を魅力あるものにしていく努力は必要だが、業界の自助努力では限界がある。技術伝承もそうだが、国を挙げて社会のインフラを担う人たちの確保に努める努力も必要だ。