佐藤優の名著解説

第6回:『聖書』

2014.9.10

ビジネス

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名著解説のラストは、世界一のベストセラー本である聖書。本書の内容を映像化した作品も多いため、キリスト教信者でなくとも知っている方もいるはず。世界の始まりや、人間としての生き方など、ビジネスにも役立ついいとこどりの読み方を伝授する。

国際的なビジネスパーソンの基礎知識

この連載で古典的名著を扱うのも今回が最後になる。そこで世界最大のベストセラーであるキリスト教の『聖書』について取り上げる。聖書にはさまざまな翻訳があるが、現在、日本で一番普及している日本聖書協会の新共同役訳(1987年)を薦める。この翻訳は、カトリックとプロテスタントの聖書学者が共同して作ったものなので、バランスがよくとれた翻訳になっている。

忙しいビジネスパーソンは新約聖書だけを読めばいい。旧約聖書は、ユダヤ教とキリスト教の共通の聖書だ。ユダヤ教徒の世界で、聖書というと、旧約聖書のことだけを指す。中東に赴任したり、ユダヤ人と仕事をする機会がある人は、旧約聖書も読んでおいた方がいい。

さて、聖書については、いつできたのか、誰が書いたのか(著者は1人ではなく集団である)、どの部分がオリジナルにある記録で、どの部分が後世の加筆か、加筆した場合、その意図は何か、などといった類のいつになっても終わらない神学論争がある。キリスト教神学もしくは西洋古典学を専門に勉強する人以外は、こういうさまつな議論にはかかわり合わない方がいいと思う。宗教に関連する事柄だと人間は熱くなりやすいので、不快な思いをすることが多いからだ。

聖書はかなり厚い書物だ。旧約聖書が全39回巻(1502頁)で新約聖書が全27巻(480頁)だ。分量からすれば、長編推理小説とそれほど変わらないが、古代人の発想に基づいて書いているので、われわれにはわかり難い箇所が少なからずある。そこで大胆な飛ばし読みを薦める。

旧約聖書については、冒頭の「創世記」だけを読めばいい。

「創世記」は、<初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。  「光あれ。」  こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一日の日である。>(「創世記」1章1~6節)とある。

ここに日本人にはわかり難い”無からの創造”という考えが凝縮されている。ちなみに聖書の記述で、一日は夕から始まり朝で終わるが、今でもイスラエルでは一日をそのように数えている。「創世記」には、ノアの洪水、バベルの塔のような面白い物語も出てくる。国際的に活躍するビジネスパーソンでこの種の物語に明るいと仕事のプラスになる。

職業で成功するうえでの必要条件

新約聖書はぜひ、通読してほしい。新約聖書の1頁を開けると「マタイによる福音書」冒頭の系図が出ている。<……アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを……>という調子で続くので、多くの非キリスト教徒が「これは退屈だ」と扉を閉ざしてしまうのである。この系図が続く「マタイによる福音書」1章1~17節は飛ばして、18節から読み始めることを薦める。

新約聖書はイエスの言行について記したマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる「4福音書」、イエスの弟子たちの業績について記した「使徒言行録」、イエスの弟子たちが書いた手紙、この世の終わりについての幻をヨハネが記した「黙示録」によって構成されている。人生や仕事のヒントになる物語がいくつも埋め込まれている。

私が聖書のなかで最も好きなのは、新約聖書の「使徒言行録」だ。もともと性格が弱く、人間的に偏りのある人々が「イエスを信じることによってのみ救われる」という話を、キリスト教に反感を持つ人々の間で伝道することによって、強い人間に変化していくところが面白い。イエスは弟子たちに「受けるよりも与える方が幸いである」(「使徒言行録」20章35節)。他人に何かを与えられるようにする前提として、自分自身が与えるものを何か持っていなくてはならない。与えられる人になるためには、常に努力が必要なのである。キリスト教、特にプロテスタンティズムの特徴は、「人間は努力しなくてはならない。努力して他人のためになることをすることで、神様を喜ばせることができる」という刷り込みを人々にすることだ。勤勉さは、職業で成功するうえでの必要条件だ。聖書にはこの条件を体得する技法が記されている。