世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説

イスラム国

2014.11.10

社会

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作家・元外務省主任分析官の佐藤優氏が、独自の視点で海外情勢を解説。初回のテーマは「イスラム国」だ。 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の一員に、日本の大学生が加わろうとしたというニュースは衝撃だった。「普通の」大学生が、テロの戦闘員として働こうという思想があるということを真剣に考えなければ取り返しがつかなくなるかもしれない。

以前からの警告が現実に

10月6日、警視庁公安部が、イラクとシリアで台頭するイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に加わるため海外渡航を企てたとして、刑法第93条に規定する私戦予備・陰謀の疑いで、国立大生の20代男ら複数の日本人から任意で事情を聴くとともに、東京都内の関係先数ヵ所を家宅捜索した。

「イスラム国」は、当初、「イラクとシリアのイスラム国」と名乗っていた。2014年6月頃から策動を強め、シリアとイラクの一部地域を実効支配している。そのなかには油田もあり、原油を密売して資金源にしているとみられる。

筆者は、以前から、日本人が「イスラム国」の戦士になり、テロ行為の加害者になる可能性があると警告していた。残念ながら……筆者の危惧は杞憂ではなかった。

<シリアに渡って中東の過激派組織「イスラム国」の戦闘に加わろうとしたとして、警視庁は6日、北海道大の男子学生(26)=住所不定、休学中=を刑法の私戦予備・陰謀の疑いで事情聴取したことを明らかにした。公安部によると、学生は日本人で、「『イスラム国』に戦闘員として加わろうとした」と話しているという。
公安部は同日、関係先数カ所を家宅捜索し、学生の旅券を押収。「イスラム国」に関する求人に関与したとみられる古書店関係者からも事情を聴いた。日本人が「イスラム国」での戦闘に加わろうとする動きが明らかになるのは初めて。古書店関係者らの具体的な関与についても今後調べる。
公安部によると、「勤務地:シリア」「詳細:店番まで」と書いた求人広告が東京・秋葉原の古書店に出ているとの情報を受けて捜査。古書店関係者の知人だったこの学生が7日にシリアへの渡航を図っていることが分かったという。学生にシリアへの渡航歴はなく、国際的なテロ組織との直接的な関わりも分かっていないという。>(10月7日『朝日新聞デジタル』)

なぜ大学生は戦地へ行こうとしたのか

大学生は、知力は大人であっても社会経験を十分に積んでいない。興味半分でシリアに渡航し、「イスラム国」の戦士になれば、本人の人生にも、また日本の国益にも深刻な悪影響を与える。大学生を唆した輩の責任は大きい。

<求人に関わったとされる古書店関係者は日本人の男性。朝日新聞の取材に対して、求人広告を掲示したことを認め、「イスラム法学が専門の元大学教授に渡航希望者を数人紹介した」と話している。>(10月7日『朝日新聞デジタル』)

「イスラム国」とは、単一の神(アッラー)の下、地上における法もイスラム法(シャリーア)のみが機能し、独裁者である皇帝(カリフ)が支配する単一のイスラム帝国(カリフ帝国)を建設しようとする世界革命運動だ。この運動に共感する若者が、西欧、ロシア、アメリカから「イスラム国」の側で参戦している。

それに共鳴する日本人が現れたということだ。こういう事案の背後には、理論家兼宗教的指導者がいる。その役割を果たしている元大学教授が、『朝日新聞』のインタビューに答え、こんなやりとりをしている。

<――学生の渡航にどう関わったのか。
「学生がトルコに着いたら、『イスラム国』側に連絡する予定だった」
――事前の連絡は。
「『イスラム国』の司令官と『その頃に行く』『大丈夫』というやりとりをした。司令官には、学生は(旅行者でなく)移住者として行くと伝えた。移住者のほとんどは戦闘員になる」
――どんな思いでこういうことをしたのか。
「人生は面白く生きて面白く死ねばいい。死にたいという人には『いいところがある』と伝える。ただ、普通は実際に行かないだろう。私は『イスラム国』に忠誠を誓っておらず、勧誘もしていない」>(10月9日『朝日新聞デジタル』)

大学生を唆した輩を許すな

「死にたい」という学生に死に場所として、ジハード(聖戦)の戦闘員になることを前提に「イスラム国」を紹介し、「人生は面白く生きて面白く死ねばいい」などとうそぶくことがどうしてできるのか、筆者には理解できない。この元大学教授は無責任極まりない。

この人が自らの研究テーマとして、過激なイスラーム思想を選んでも、それは学問の自由なので問題ない。また、暴力で既存の国家体制を転覆するという過激なイスラーム革命の思想を持っていても、それが個人の内面や、言論にとどまっているならば、愚行権の範囲内なので許容される。

しかし、「イスラム国」に戦闘員を送り出しているとなると話は別だ。日本国籍保持者がテロ活動の加害者になるような行動に加担する大人の責任を軽視してはならない。

世界の秩序を保つ価値観は

 

国家とは、領土で囲まれ、その枠内に住む住民に対して統治機構を備えるものである、と定義される。また、国は住民から税金を徴収し、運用して再分配する機能を併せ持つ。

ということで、イスラム国は勝手に領土を占拠してはいるが、税金も徴収し、一つの国の形を成している。そのテロ行為は許されるべきものではないし、一刻も早く排除すべきものだと私も思う。

しかし、この思想になびく若者が日本からも出てきたということは、それ以外の価値基準が正しいとは言えなくなってきたのかもしれない。要するに、世界の秩序が今のような価値観では保たれなくなってきているのではないだろうか。
経済的な裕福さを享受することだけが、精神的に裕福になることではないと政治も教えていかなければ、あらゆる格差(情報、経済、身分)によって争いは耐えないのではないか。