進まない北方領土問題に解決の糸口はあるのか

2016.11.10

政治

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日本とロシアの間で微妙な感情と政治的な駆け引きによって一向に進展を見せない北方領土問題。安倍首相は「新しいアプローチ」を強調しているが、12月15日に予定されているロシアのプーチン大統領の訪日で北方領土問題は進展するのだろうか。

 作家・元外務省主任分析官

佐藤 優 さとう まさる

1960年生まれ。同志社大学神学部、同大学院修了後、85年外務省入省。モスクワの日本大使館、外務本省国際情報局に勤務したが2002年に逮捕。09年6月有罪が確定し、失職。その後、作家として活躍する。

北方領土問題解決への新しいアプローチ

2016年12月15日に予定されているロシアのプーチン大統領の山口県訪問を控えて、水面下ではさまざまな情報戦が展開されている。10月17日の「日本経済新聞」朝刊に掲載された、日本政府が北方領土の共同統治を検討しているとの報道もその一例だ。

日本政府がロシアとの北方領土問題の打開策として日ロ両国による共同統治案を検討していることが16日、分かった。最終的な帰属の扱いで対立する国後・択捉両島などでともに主権を行使する手法で、双方が従来の主張を維持したまま歩み寄れる可能性があるとみている。北方四島のどの島を対象にするかや施政権をどちらの国にどの程度認めるかなど複数の案を用意し、ロシア側との本格協議に入りたい考えだ。“(10月17日「日本経済新聞」朝刊)

17日午前の記者会見で菅義偉官房長官は、日経新聞の報道について、「そうした事実はない。全く考えていない」と否定すると同時に、再度、日本の北方領土問題に対する対応について「北方4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する。その従来方針に全く変わりはない」と述べた。しかし、筆者は日経新聞の報道は真実を伝えていると判断している。

日本政府の北方領土に対する基本スタンスは、冷戦時代の「四島即時一括返還」を1991年10月「北方四島に対する日本の主権が確認されるならば、実際の返還の時期、態様、条件については柔軟に対処する」に改め今日に至っていた。安倍政権が「新しいアプローチ」で北方領土問題の解決することを主張することになったということは、日本政府は北方領土交渉に関する基本スタンスを変更したということだ。

北方四島に対する日本の主権が認められるとは、北方四島が日本の帰属になることと同義で、菅氏が述べる「北方4島の帰属の問題を解決して」という条件は、北方四島の日本への帰属の確認と同義ではない。日本4ロシア0、日本3ロシア1、日本2ロシア2、日本1ロシア3、日本0ロシア4の5通りのうちいずれでも日露両国政府が合意すれば、北方四島の帰属問題が解決したことになる。1956年の日ソ共同宣言に基づいて、ロシアが歯舞群島と色丹島を日本に引き渡し、残りの国後島と択捉島の2島、あるいは択捉島の1島を日露の共同統治にすることに合意しても北方四島の帰属の問題を解決したことになる。

引き分けのシナリオを探るのは時間の無駄

前出の日経新聞は、

日本政府は北方領土に共同統治を導入する場合、歯舞・色丹は日本に返還し、国後・択捉は共同統治とする案を軸に調整に入りたい方針。日本が強い施政権を確保することを条件に4島全域や歯舞・色丹、国後の3島を共同統治の対象とする案も用意する。/どの島を対象とするかや、施政権の範囲は今後のロシア側との調整に委ねられるが、ロシアが4島全体の強い施政権を求める可能性もある。/現在、北方四島にはロシア人約1万7千人が住み、日本人居住者はいない。共同統治を導入した際の施政権の行使については、まず元島民を中心に日本人の往来や居住を自由にし、北方領土に常駐する日本の行政官がこれを管理する方式の採用などが考えられる。/ただ島内の日本人の経済活動や、警察権、裁判管轄権をどう扱うかなど詰めるべき点は多い。それぞれ自国の法律を自国民に適用するか、共同立法地域にするかも決める必要がある。共同統治地域を米国が日本防衛の義務を負う日米安全保障条約の対象とするのかも課題だ。首脳間で基本方針の合意に至っても、実現に向けた事務レベル交渉や立法化の作業は数年かかるとの見方が多い。(10月17日「日本経済新聞」朝刊)

と書いた。

この内容は、筆者が外務省主任分析官をつとめていた2000年に外務省の内部で作成したメモの内容とまったく同じだ。外務省が過去に検討された案を文書庫から引っ張り出し、活用しようとしている。この秘密情報が日経新聞にリークされた理由について、可能性は2つある。第1は、世論と北方領土問題に通じた専門家の反応を探っている可能性だ。第2は、「自分はこんなことを知っている」と誇示したい間抜けが首相官邸にいて、余計なおしゃべりをしている可能性だが、第1の可能性が高い。

安陪政権が国後島、択捉島の共同統治で、主権に関して日露で引き分けのシナリオを探っているとするならば、時間の無駄だから止めた方がいい。近代国家の主権は、国境線で確定される。それを1855年の日露通好条約における樺太(サハリン)の地位のように、主権を曖昧にする形で落としどころを探ることは不可能だ。いま政府がやるべきことは、四島の日本主権の確認という立場を変更し、歯舞群島と色丹島の日本への返還と、国後島と択捉島、場合によっては国後島のみに「特別の統治体制」を導入することで北方領土問題の幕引きを図っているという事実を正直に国民に説明することだ。このままなし崩し的に四島返還路線を崩すと、そのツケが回ってきて安倍政権の権力基盤が弱体化することになる。

四島一括返還が現実的でないことは明らかだ

 

プーチン大統領が首相の地元である山口県に赴き、日露首脳会談が行われる、ということで、歴史的な出来事が起こると思われている。日露の間で歴史的なことと言えば、北方領土に関しての決まりごとに他ならないが、ロシアにとって何の得もないから四島一括返還が現実的でないことは明らかだ。

では、二島先行返還で落としどころを探る、ということがあるのだろうか。わざわざプーチン大統領が山口まで来るのだから、日本は欧米社会との橋渡しや大型の経済援助など、それなりのお土産を用意し、それに対してロシア側からは二島先行返還をする、というシナリオが考えられる。

しかし、それも懐疑的だ。ロシアがそこまで困窮しているとは思えないし、高支持率に支えられた百戦錬磨のプーチン大統領が、そこまで譲歩するとは考えられない。ギリギリまで交渉のカードを持ち続け、まだまだ引っ張り続けると感じている。確実な根拠があるわけではないが、結局肩透かしとなるような気がしている。