世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説

ICBM開発断念で核保有の黙認も?トランプ大統領がもくろむ北朝鮮との奇妙な取引

2017.6.9

政治

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東西冷戦終結以降、最も緊張する朝鮮半島情勢。米朝関係に見えてきたという軟着陸の兆しは、大陸間弾道ミサイル開発を断念すれば核保有の黙認もありえるというもの。それはミサイル射程圏内の日本にとって最悪に等しいシナリオだ。

――プーチン政権の危機感は薄い(佐藤 優)

アメリカが約束した「4つのNO」

東西冷戦終結後において、現在の朝鮮半島情勢は最も緊張していることは間違いない。ただし、4月頃と比較すると、米朝関係に軟着陸の兆しが見えてきた。5月9日の「日本経済新聞」(電子版)がインテリジェンスの観点からとても興味深い報道を行った。

【北京=永井央紀、ワシントン=永沢毅】トランプ米政権が中国に対して、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄すれば金正恩委員長を米国に招いて首脳会談に応じ、北朝鮮への武力侵攻などもしないとの方針を説明したことが分かった。中国は米国に経済援助などにも応じるよう促すと同時に、北朝鮮には米国の方針を伝えたもよう。複数の外交筋が明らかにした。

米国は北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄した場合に「4つのノー」を約束すると説明した。(1)北朝鮮の体制転換は求めない(2)金正恩政権の崩壊を目指さない(3)朝鮮半島を南北に分けている北緯38度線を越えて侵攻することはない(4)朝鮮半島の再統一を急がない

との内容。

ティラーソン米国務長官は3日の講演でこうした方針を公表、中国にも水面下で伝えたという。4月上旬に米フロリダ州で行った米中首脳会談後とみられる。トランプ大統領は「環境が適切なら(金氏と)会ってもいい」と述べ、将来的な米朝首脳会談の可能性をにじませていた。

中国は米国に対し、北朝鮮を説得するには前向きな提案も必要だとの考えを説明。朝鮮戦争時の休戦協定を平和協定に切り替える交渉や、経済援助の実施、国交正常化交渉の開始などにも応じるよう求めた。

北朝鮮の核保有を黙認するという妥協策

トランプ政権は、「北朝鮮が核開発と大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発を放棄したならば、金正恩態勢を認める」という枠組みで北朝鮮と交渉しようとしている。

北朝鮮では、民意によって国家指導部が選び出される体制になっていない。北朝鮮の正式名称は朝鮮民主主義人民共和国であるが、国際基準での民主主義とかけ離れているのがこの国の特徴だ。それであっても、トランプ政権は北朝鮮の現体制を認め、金正恩体制の崩壊を目指さないと約束する。

「自由」、「民主主義」という普遍的価値を、力を行使してでも全世界に根付かせる必要があると考えているアメリカ共和党のネオコン(新保守主義者)とは、まったく異なる勢力均衡外交をトランプ政権は考えている。

さらに「朝鮮半島の再統一を急がない」とは、朝鮮半島の分断を固定化するということで、韓国が北朝鮮を併合する可能性に対し、アメリカが”否”を表明したということだ。

韓国が北朝鮮を併合する形で統一が実現すると、ロシアと中国はアメリカの軍事同盟国(韓国)と直接国境を接触することになる。そのような形でアメリカと中国、ロシアの関係が緊張するよりも、北朝鮮が中露と韓国の間のバッファー(緩衝地帯)としてとどまる方がアメリカの国益にかなうとトランプ大統領は考えている。

アメリカが提示しているのは、交渉開始時点の”言い値”なので、交渉が進むと北朝鮮に対してさらに譲歩する可能性がある。交渉しだいでは北朝鮮がICBMの開発を断念するならば、アメリカは北朝鮮の核保有を黙認するという妥協策が生まれるかもしれない。その場合、北朝鮮の中距離核ミサイルの射程圏内に日本は含まれる。日本にとっては好ましくないシナリオだ。

様子見に徹するプーチン政権

ロシアも北朝鮮と国境を接している。ロシアの極東とシベリアは、北朝鮮の中距離弾道ミサイルの射程圏内にあるが、プーチン政権の危機感は薄い。それは、4月27日にモスクワのクレムリン(大統領府)で行われた安倍晋三首相とプーチン大統領の首脳会談においても端的に示されているが、新聞報道は北朝鮮問題について両国の立場が一致したことを強調している。

<両首脳は、核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮をめぐる情勢についても意見を交わした。首相は記者発表で「日ロで緊密に協力し、北朝鮮に対し(国連)安保理決議を完全に順守し、さらなる挑発行為を自制するよう働きかけていくことで一致した」と語った。プーチン氏は「少しでも早く、(北朝鮮核問題をめぐる)6者協議を再開させることだ」との考えを示した。>(前掲「朝日新聞デジタル」)

以前からロシアは6者協議の再開を訴えているが、その目処はまったく立っていない。また、ロシアが6者協議再開のために汗をかいている様子もない。今回の米朝対立の激化に関してプーチン政権は、双方からできるだけ距離を置き、様子見に徹している。