ベーシックインカムの実証実験は人間の意志を問うことになるかもしれない

2017.6.8

社会

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ベーシックインカム(最低限所得保証制度)が注目を集めている。その背景には、ひとつには進化していくAIに人間の仕事が取って代わられる”AI失業時代”、もうひとつは日本が世界に先駆けて迎える”超高齢社会”がある。この先20年で社会の労働人口の半分が失業するともいわれる時代に、国はどんな社会保障制度を設計すればよいのか? 世界中で行われているベーシックインカムの実証実験に、その可能性を見る。

タダでもらえるお金が失業率低下や雇用流動化を促す?

ベーシックインカムとは、「政府がすべての国民に、生きるのに必要な最低限の金額を支給する制度」と説明される。つまりは国から毎月タダでもらえるお金だ。ヨーロッパでは、この国による無条件のお金の支給が、失業率の低下や雇用の流動化を促すと議論されている。どういうことだろうか。

例えば失業率の高さが社会問題化しているヨーロッパ諸国では、失業者向けの社会保障制度がある。しかし、その制度はあまりに複雑で多層的、さらに受給条件も年々厳しくなっているため、受給者は仕事に就くと恩恵を受けられなくなることを恐れ、低収入で短期の仕事に就きたがらなくなってしまうという問題が生じている。

ベーシックインカムは就業による支給打ち切りの心配がない。よって、たとえ低収入の仕事であっても失業者は気軽に次の仕事に就くことができる。また企業も雇用調整が容易になるため、失業率の抑制や雇用の流動化、新産業の創出などといった効果が望めるという。

ただ、ベーシックインカムの導入には多額の税金が必要とされる。そんななかで、すでにGDPの40%以上が税収となっているフィンランド(OECDベース)のような社会福祉国家においては、ベーシックインカムの導入が肥大化する社会保障制度を抑えることができるのではないかといわれている。

実際に実験している国は?

では、実際にどのような国がベーシックインカムを導入している、もしくはしていたのだろうか?

■1970年代のカナダ

1970年代にカナダのマニトバ州で、現代の社会保障制度としては初めてベーシックインカムの導入が行われた。同時代は不況が続いていたこともあり、このプログラムは1979年の政権交代を機に取りやめになる。

しかし、カナダ政府が2011年に発表した当時の実験のレポートによると、ベーシックインカム導入によって精神疾患が減り、病院の入院期間が短縮し、犯罪件数や子どもの死亡率、家庭内暴力の件数が減少し、学業成績が向上したことが報告されている。

■2017年実験中 フィンランド

今、唯一国レベルでベーシックインカム導入の実験を行っているのはフィンランドだ。同国では、2017年1月1日から、国家レベルの施策としては初めて、25歳~58歳までの失業者2000人を対象に2年間、毎月560ユーロ(約6万8000円)を無償で支給するというプログラムを開始した。

どのようにそのお金を使うかに関する制約はなく、受給者が自由に決められる。実験開始4カ月経過後の米KERA Newsの報道によると、受給者の中にはすでにストレスの軽減が見られるケースもあるという。

■カナダ・オンタリオ

カナダのオンタリオ州の導入実験も発表された。同州では、今春から貧困ライン以下で暮らす18歳から64歳までの4000人を対象に3年間、単身者には1万6989カナダドル(約139万円)、夫婦で最高2万4027カナダドル(約196万円)を支給する。

この実験を通して、「ベーシックインカムを導入することによって貧困は軽減し、人々の生活レベルは向上するのか」(キャサリン・ウィン・オンタリオ州首相)ということを調査することが目的だという。

■オランダ・ユトレヒト

オランダのユトレヒト市では、大学と市が共同でベーシックインカムの導入実験を行うことが2015年頃から計画されている。このプログラムでは、250人に月約1100ドル(約12万4000円)を支給する。

しかし、2017年5月現在、実験開始は保留されているようだ。ベーシックインカム実験の計画がアナウンスされていたウェブページは現在、アクセスできなくなっている。一方現地の報道によると、ティルブルフ、フローニンゲン、ヴァーヘニンゲンといったほかの都市で同様の導入実験が現在審議段階であるという。

■歴史上最大の実験 ケニア

ケニアでは2016年10月、GiveDirectlyという名の、歴史上最大となるベーシックインカムの導入実験が始まった。

2016年10月に行われたテストケースでは、一つの村95人に月23ドル(ケニア都心部の平均収入の約半分)が支給されるというものだったが、2017年9月から200の村、合計26000人にベーシックインカムが支給される。

この実験は12年間に渡り続けられる。また、比較実験として、80の村々に2年間月々一定額を支給し、他の80の村々は2年間で貰える合計額を一度に一括支給、さらに、100の村は何も受け取らないという導入実験も行われる。

さらに重要なのが、この導入プロジェクトは、「ベーシックインカムが与えられたとき、人はどのように行動するのか」の社会実験として、その個人が取った行動の詳細なデータを公開するという点だ。すでに受給した人たちの反応はここ(英語)から見ることができる。

人間は生産的かつクリエイティブになれるのか

このように、2017年現在、さまざまな国や地域でベーシックインカムの導入実験、またはその計画がされている。しかし、現代におけるベーシックインカム制度の実現構想は始まったばかりで、どこの地域においてもまだ手探り状態。この社会保障制度が機能するのかどうか、データを集めている最中であるといえる。

実際に社会がどう変わるか、人間は本当に生産的かつクリエイティブになれるのか、という問いには、2017年以降、集められた実験データを読み解いていく必要があるだろう。

筆者:Rio Nishiyama(にしやま りお)

1991年生まれ。早稲田大学政治経済学部中退→ルンド大学(スウェーデン)→マーストリヒト大学(オランダ)→ドイツとベトナムで就労→欧州議会インターン(ベルギー)→チームラボ広報を経て、記者・ジャーナリストに。専門はデジタルテクノロジーと社会に関するすべて。その他、EU政治、著作権法、コーヒー、ビール、アート、エンタメ、カルチャー等。