政経電論〈政治・経済を武器にする“解説”メディア〉

[佐藤尊徳が聞く あの人のホンネ]

映画監督・作家 森達也「メディアは受け手の望む視点を選ぶ」いま必要なメディア・リテラシー[1]

2017年07月10日
読了時間: 10分00秒

写真/芹澤裕介 文/唐仁原俊博

今、報道機関としてのポリシーを失った大手新聞やフェイクニュースの広がりなど、情報の確かさは脅かされつつある。人々はメディアによって時に踊らされ、あるいは思考停止状態に陥ることも。

ドキュメンタリー作家の森達也氏は、多くの逮捕者を出し猛烈なバッシングを受けたオウム真理教の信者目線で制作された『A』や、ゴーストライター問題で世間を騒がせた佐村河内守氏に密着した『FAKE』など、メディアの報道の在り方に疑問を投げかける作品や著書を数多く発表している。

今のメディアに問題点や危険性はないのか。僕たちはメディアといかにかかわるべきか。さらにはマスメディアに対して非マスメディアはどこに立つべきか――。現代のメディア・リテラシーについて、森達也氏と尊徳編集長が意見を交わす[第1回(全3回)]。

森達也プロフィール森 達也(もり たつや) 1956年、広島生まれ。映画監督、作家。1998年、内側から見たオウム真理教に迫ったドキュメンタリー映画『A』を発表、ベルリン映画祭に正式招待される。続編『A2』は山形国際ドキュメンタリー映画祭にて審査員特別賞、市民賞をダブル受賞。2006年、テレビ作品『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』が、日本民間放送連盟賞・特別表彰部門「放送と公共性」で優秀賞を受賞。2011年には書籍『A3 』が講談社ノンフィクション賞を受賞。2012年にドキュメンタリー映画『311』、2016年に『FAKE』を発表。近著に『同調圧力メディア』(創出版)、『不寛容な時代のポピュリズム』(青土社)など。7月21日(金)から放送の連続ドラマ「デッドストック~未知への挑戦~」(テレビ東京、深夜0時52分)ではゲスト監督を務めている。 »公式ホームページ »Twitter

ドキュメンタリーは客観的でも中立でもない

尊徳 森さんはドキュメンタリー映画を通じて、マスメディアの報道の在り方に疑問を呈していますが、もともと、問題意識を感じていたんですか。

 よく聞かれるんですが、ほとんどなかったですね。

尊徳 じゃあそれが生まれたきっかけが『A』だった?

 そうです。通常の撮影クルーは、カメラマンがいて、音声を担当するVE(ビデオ・エンジニア)がいて、ディレクターがいるという状態が最小のユニットですが、『A』は撮影を始めてすぐにフジテレビから制作中止を言い渡されて、当然ながらクルーを集めることができなくなり、最終的に一人でカメラを回すことになった。そのとき初めて、カメラワークは"主観"だと気づきました。

尊徳 編集や演出だけでなくて、カメラワーク自体に主観が入っている?

 ええ。ズームにしろ、パン(水平・垂直方向にカメラを動かすこと)にしろ、全部が主観の現れです。ズームで被写体に"寄る"か"離れる"かは、カメラマンの感情の現れであり、観る側も、それぞれ違う感情を喚起されます。

それまでは「ドキュメンタリーは客観的で中立であるべきだ」「ディレクターは画面に自分を出しちゃいけない」と散々先輩に言われて、それを守ろうとしていたけど、「自分がやっていることは客観じゃなくて、主観なんだ」と吹っ切れると同時に、ドキュメンタリーが面白くなりました。

尊徳 森さんのほかにカメラマンがいる状態が続いていたら、今の森さんはなかったかもしれないんですね。

 ぶつぶつ文句を言いながら、テレビ業界に残ったままだったでしょうね(笑)。

森達也

一面的な情報をうのみにする視聴者

尊徳 現在はメディア・リテラシーやジャーナリズムを学生に教えてもいらっしゃる。若い世代と触れ合う機会があると、意識の違いを感じることも多いと思いますが。

 普段は明治大学で教えています。今日はたまたま専修大学で特別講座に呼ばれました。先週の授業で学生たちは『FAKE』 を視聴していて、その感想を聞いたり、質問に答えたりしてきました。

尊徳 学生からはどんな声が?

 多かったのは、「見ていてモヤモヤしました。本当のところはどうなんですか」との質問です。

尊徳 せっかく監督が来ているから、"真実"を教えてほしいわけですね。

 真実など僕にもわかりません。でも推測はできます。その材料は映画に呈示されている。ところがそれでは安心できない。白黒をはっきりさせたい。線を引いてほしい。誰かに断定してもらいたい。そうした世相や意識に抗うための映画です。答えるわけがない。

尊徳 本人しかわかりようがありませんからね。『FAKE』は僕の周りでも、見た人によって感想が全然違って、そこが面白い。ものごとはいろいろな視点から、いろいろな見方ができる。そのことがわかりやすく示されています。

佐藤尊徳

 事実や現象は多面的です。視点をどこに置くかでまったく変わる。ところがメディアは、一面的な情報を伝えがちです。一番わかりやすくて刺激的で多くの人が喜ぶ視点です。それは確かに事実の一面だけど、事実のすべてではない。

尊徳 さっきの学生の質問ではないけど、視聴者や読者は「どっちなのかはっきりしてくれ」と思っていて、メディアがその要望に沿って、「こっちが本当だ」と言っている。

 世間の見方は「耳は聞こえるのか or 聞こえないのか」「うそつきなのか or 天才なのか」と、二元論のどっちかしかない。白か黒か。善か悪か。でもそんなこと、簡単に決めることはできない。もっと入り混じっているのが本来の人間だろうと。

単純化された情報にばかり接していると、視聴者はより単純な情報を求めるようになり、さらに単純化が進行する。メディアも受け手も、この10年、20年の間、そんな悪循環にかなりはまってしまったように感じています。

マスメディアを支配するのは圧力や忖度か

尊徳 最近、森友学園問題や、加計学園問題、テロ等準備罪(改正組織犯罪処罰法)の成立など、政治の問題がいろいろと世間を騒がせています。特に若い人の場合、それらの出来事をどう受け止めたらいいか、どう咀嚼したらいいかがわからないという人もいるでしょう。これらの事件の取り扱い方はメディアによってさまざまですが、何か感じることはありますか。

 いろいろと考えるところはありますが、一番ショックというかあきれたのは、前文部科学省事務次官の前川喜平さんに関する読売新聞の記事ですね。

尊徳 ああ、「出会い系バー」通いの記事。あれはひどかった。

5月22日、読売新聞は朝刊の社会面で、前川前事務次官が在職中に出会い系バー通いをしていたことを報道。民進党や他メディアから批判が集まるなか、6月3日の朝刊には、弁解どころか言い訳のような反論が掲載された。読売新聞

 ジャーナリストの大谷昭宏さんが指摘されていますが、読売新聞の本社は東京、大阪、西部(福岡)と3つあって、普段は同じ内容を報じる際にも、見出しや紙面の大きさなどに違いがある。

しかし前川さんの件では、まったく一緒。ということは、元になる何らかのフォーマットがあったということです。

尊徳 大メディアが社会面の一面で報道する話じゃない。違法性があったわけではなく、前事務次官が趣味嗜好で"いかがわしく思われる場所"に通っていただけで、それこそ印象操作です。何らスクープ性もなく、恥ずかしくないんですかね?

 これまでも安倍首相の憲法に関する例のインタビューとか、だいぶ危なっかしいと思っていたけれど、この記事には「メディアとしての一線を完全に越えた」と感じました。いや、"越えた"じゃなくて"堕ちた"といえばよいのかな。知り合いに読売の記者が何人かいます。志ある記者であるからこそ、彼らは忸怩たる思いをしているはずです。

尊徳 そうなんです。メディアもまた組織の論理から逃れられない。読売のほとんどの記者はあの記事が出たことに対して怒っていたり、失望していたりする。でも、組織がいったん動きだせば、みんなが同じ方向を向かざるをえない。一人ひとりが違和感を持っていても、誰もそれを口にしなければ、結果、暴走してしまう。

 組織共同体の負のメカニズムですね。戦争や虐殺など人類の大きな過ちの背景には、このメカニズムが必ず働いている。ただ、今回の読売の記事は確かにありえないほど顕著な事例だけど、多くの人が口にする"メディアに対する政権からの圧力"については、僕は完全に同意しません。メディアの行動の半分以上は市場原理で決まっているというのが僕の実感です。

尊徳 それは重要な視点ですよね。メディアもまた市場原理の上に乗っかっている。

 6月23日、前川さんが日本記者クラブで加計学園問題について会見したけれど、これをテレビ各局は中継しなかった。新聞の扱いも小さかったですね。この日は小林麻央さんが亡くなったというニュースもあって、夫である市川海老蔵さんの涙ながらの会見は各局が生中継して、新聞各紙は一面でこれを報じました。大学で学生から、「あれはやっぱり自民党の圧力ですか」と質問されました。

森達也

尊徳 どんな圧力をかければそうなるんでしょう(笑)。

 もちろん、圧力や忖度の存在を否定はしません。どんな国でも、どんな時代でも、政治権力はメディアをコントロールしたいのです。でも多くのメディアが前川さんの会見よりも麻央さん逝去を大きく伝えた理由は、そちらのほうが視聴率や部数に貢献すると考えたからだと思います。

極論すれば、新聞の一面や報道番組の冒頭に配置されるトップニュースは、社会的に意義があるとのロジックではなく、読者や視聴者が最も強く反応すると予測できるニュースです。

もちろん予測です。でもテレビは半世紀以上、どうやったら視聴率を取れるかを試行錯誤していますから、その分析は相当正確だし、番組の最初で数字を取れないとその影響がずっと続く。

尊徳 前川さんの会見をトップに持ってきたら、小林麻央さんをトップにした番組に数字を持っていかれる。そういう判断で動いていると。

 それをテレビ関係者は、「国民の関心事」と言い換えます。だから圧力がまったく無いとは言わないけど、むしろそれ以上に、視聴率や部数を上げようとする市場原理の方が強く働いていると僕は思います。

これに対して「商業主義でいいのか」と批判することは簡単だけど、でもニュースの定義のひとつは多くの人が関心を持つことですから、無下に否定もできない。

尊徳 うん。報道する側が、みんなが関心を持つべきはこれだ、と決めるのもおかしな話。

 ただ、市場原理に埋没したら、ニュースの多くは「芸能人が亡くなった」「離婚した」「不倫した」ばかりになってしまう。イエロー・ジャーナリズムですね。ならば、シリア市民たちはどんな窮状なのか、「イスラム国」(IS)はどこまで追いつめられたのか、南スーダンの飢饉は緩和されたのか、そういった報道が消えてしまう。そこはジレンマですね。だからこそその国のジャーナリズムを見れば、その国の民度がわかります。

森達也

日本で軽視される"署名入り"の情報発信

尊徳 私はテレビをほとんど見なくなりました。メディアとしての役割が終わったと思っているぐらいなんです。みんなもテレビの問題には気づいてきている。

市場原理の側面があるからこそ、短期的な視聴者の反応ばかり追いかけずに、きちんとした報道や番組づくりに意識を向けられていれば、また違ったんでしょうが。NHKを手放しで褒めるわけじゃないですが、民放のひどさはどうしようもない。

 制作の現場も今はなかなか大変な状況です。

尊徳 以前、ワイドショー系のテレビ番組に呼ばれたとき、番組制作会社のディレクターがテーマについて、あまりにも無知なのに驚いたことがあります。

 構造的な問題もありますよね。テレビの人たちって、ものすごく忙しいし、そのシワ寄せは下部構造に凝縮する。ディレクターも局員じゃなくて派遣された人ですよね。

尊徳 そうでしたね。結局、これではまともな番組にならないと感じて、土日をつぶして必要な知識を全部教えました。

 どの番組に派遣されるかで、やることも全然違うし、専門的な勉強をしたくても、その時間がない。だから、かわいそうといえば、かわいそうです。

尊徳 そんな状態で報道としての使命を果たせるかというと、やはり無理ですよ。急ごしらえで作ったストーリーを「これはこういうことなんです」と、司会者がさも真実かのように話す。受け手側も一方的に報道されたものを真に受けて、「そうだったんだ」と信じ込む。

 そのストーリーも、結局は一つの見方でしかないんですけどね。

尊徳 そう。あくまでも一つの見方。だから、その意味で、情報発信が「署名入り」か「署名無し」かは大きな違いです。私が自分の意見を発信するなら、絶対に署名を入れる。署名は「私が発信している情報が正しいかどうかはあなたが判断してください」というメッセージです。

 僕も署名の重要さにはまったく同意します。これは日本の組織ジャーナリズムに最も欠けている要素です。なぜならば署名は、「これは自分の視点なんだ」と宣言するということでもある。そしてこの宣言は同時に、「違う人が見れば違う記事ができるかもしれない」という宣言でもあります。

つまり主観ですね。もしも報道各社が本当に公平中立を完全に実践しているならば、ニュースはすべて均質になるはずです。でもそんなことはありえない。

例えば沖縄の基地問題についても、朝日新聞と産経新聞で論調は全然違う。だから学生によく「どっちが正しいのか」と質問されます。

尊徳 どっちが正しい、間違っているじゃないですよね。視点が違うから違うものになるのは当然。

 はい。そして、なぜ視点が違うかといえば、朝日は朝日の、産経は産経の読者が望む視点を選ぶからです。それぞれの記事が取り上げているのは、一つの事実の違う面であって、どちらかが虚偽ということではない。

現実は多面的で多重的で多層的です。でもメディアはその一面だけを伝えます。情報は常に、記者やディレクターやカメラマンの視点である。そしてそれを造形するのは記者やディレクターの主観であり、読者や視聴者の思想信条などの偏りである。ならば客観中立な情報などありえない。まずはこれを認識することが、メディア・リテラシーの第一歩ですね。

»第2回「トゥルース(真実)に揺るぎない自信を持つことは危ない」

佐藤尊徳プロフィール佐藤尊德(さとうそんとく) 1967年11月26日生まれ。神奈川県出身。明治大学商学部卒。1991年、経済界入社。創業者・佐藤正忠氏の随行秘書を務め、人脈の作り方を学びネットワークを広げる。雑誌「経済界」の編集長も務める。2013年、22年間勤めた経済界を退職し、株式会社損得舎を設立、電子雑誌「政経電論」を立ち上げ、現在に至る。著書に『やりぬく思考法 日本を変える情熱リーダー9人の"信念の貫き方"』(双葉社)。
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