政経電論〈政治・経済を武器にする“解説”メディア〉

[佐藤尊徳が聞く あの人のホンネ]

映画監督・作家 森達也「多面的で、多層的で、多重的だからこそ世界は素晴らしい」いま必要なメディア・リテラシー[3]

2017年07月20日
読了時間: 10分00秒

写真/芹澤裕介 文/唐仁原俊博

現代のメディア・リテラシーについて、ドキュメンタリー映画監督・作家の森達也氏と尊徳編集長が意見を交わす対談[第3回(全3回)]。

首相の国連本部での演説しかり、官房長官に対する新聞記者の質問しかり。海外と比べると、日本の報道はどこか異様だ。国際NGO「国境なき記者団」が発表した2017年度のメディアの自由度ランキングでは、日本は昨年と同じ72位とかなり低位。このことから森氏は、日本の社会や政治も「途上国レベル」に思われていると指摘。

もう少し"マシ"になるのはどうしたらいいのだろうか? 3回にわたっておくってきた「いま必要なメディア・リテラシー」対談の最終回。

»第1回「メディアは受け手の望む視点を選ぶ」

»第2回「トゥルース(真実)に揺るぎない自信を持つことは危ない」

森達也プロフィール森 達也(もり たつや) 1956年、広島生まれ。映画監督、作家。1998年、内側から見たオウム真理教に迫ったドキュメンタリー映画『A』を発表、ベルリン映画祭に正式招待される。続編『A2』は山形国際ドキュメンタリー映画祭にて審査員特別賞、市民賞をダブル受賞。2006年、テレビ作品『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』が、日本民間放送連盟賞・特別表彰部門「放送と公共性」で優秀賞を受賞。2011年には書籍『A3 』が講談社ノンフィクション賞を受賞。2012年にドキュメンタリー映画『311』、2016年に『FAKE』を発表。近著に『同調圧力メディア』(創出版)、『不寛容な時代のポピュリズム』(青土社)など。7月21日(金)から放送の連続ドラマ「デッドストック~未知への挑戦~」(テレビ東京、深夜0時52分)ではゲスト監督を務めている。 »公式ホームページ »Twitter

「記者クラブ」が異様な存在だと知らない日本人

尊徳 国内事情だけしか知らないとわからない、日本メディアの変な部分って、たくさんありますよね。

 変かどうかはともかく、実名報道はその一例ですね。事件が起きたとき、容疑者や被害者の名前や写真などを、日本のメディアは当たり前のように伝えます。でもこれは、世界的には決してスタンダードではない。

初めて日本に来た韓国の人が、「犯人の名前がテレビで当たり前のように報道されていて驚いた」と言っていました。韓国や中国は基本的には匿名報道。つまりメディアにおける無罪推定原則を守っています。ヨーロッパもそうですね。

イギリスやアメリカは日本と同じように実名で報道します。いろいろ違いはあるけれど、日本の状況が普遍的であるとは思わないほうがいい。

少し話がずれるけれど、日本のメディアが容疑者に対して当たり前のように使う「男」「女」という呼称に、僕はとても違和感があります。無罪推定原則からすれば、容疑者や被告人の段階では「男性」「女性」でいいはずです。これは悪い奴ですとの意識が透けて見える。

海外から批判され続けている記者クラブの存在も、日本独自の常識です。2015年に安倍首相が国連本部で演説を行った際、記者会見も行いました。その会見には日本だけではなく海外のメディアもいたけれど、「質問内容はあらかじめ提出するように」と首相サイドは記者たちに指示したそうです。

尊徳 日本で会見するのと同じ気分だったわけですね。海外では政治家と記者が会見で本気でぶつかり合うのが普通なのに。

 海外のメディアはあきれながらも、一応は質問を提出しました。そしてロイター通信の記者が、あらかじめ提出した内容を質問した上で、アドリブで「ところで難民問題をどう考えていますか」と質問した。あわてた安倍首相は......。

尊徳 「女性や高齢者の活躍が先」だと答えてしまった。

 はい。これを受けて海外メディアの多くは、「日本は難民問題よりも国内問題を優先」と報じました。日本は国際的な課題にコミットする気がないと。これって、言うなれば国辱ものですよ。国益だの国の誇りなどと気にする人は、きちんと怒るべきだと思います。

記者クラブを無くせば、自浄作用が働くはず。

尊徳 私はやはり「記者クラブ」が最たるものだと感じていて、記者クラブは潰すべきだと常々言っています。

いつも違和感を覚えるのが、ある事件の容疑者が捕まった次の日には、その供述が報道されるじゃないですか。これ、誰がしゃべってんの?と。警察、検察がしゃべっているなら、公務員の守秘義務違反以外の何ものでもない。当局側の一方的な情報を垂れ流すのはプロパガンダですよ。だけど、当然ながら、記者クラブ内部から批判の声は上がらない。

 昔は「◯◯容疑者は朝食をぺろりとたいらげ」という常套句がありましたね。それが事実であるかどうかは誰も気にしない。常套句ですから。もちろん、「この犯人はとんでもないやつだ」と人々に思わせるための演出にすぎない。さすがにこのフレーズはもう使われなくなったけれど。

尊徳 それこそ偏向報道です。記者一人ひとりは信念を持っていても、会社としては体制側にべったり。そうしないと情報がもらえない。そんなのどう考えたっておかしいんだから、まずは記者クラブを無くすこと。それさえできれば、あとは自浄作用が働くはずです。

 菅官房長官の記者会見で東京新聞の望月(衣塑子)記者が粘り強く質問を続けて、「あの記者はすごい」と話題になりましたよね。

尊徳 望月さんがガンガン突っ込んでいけたのは、官邸記者クラブに所属していないし、普段、官房長官の会見に出席している政治部ではなく、社会部の記者だったから、ということらしいですが。

 もちろん、臆さずに質問を続けた望月さんは立派です。でも記者としては、わからないことを質問するという当たり前のことをしただけです。それが話題になるということは、記者クラブに所属している記者たちが、普段は当たり前のことをしていないということを示しています。

尊徳 そうなんですよ。あまりにも今までの記者が情けなかったから、望月さんが浮いちゃった。

 翌日の会見でも望月さんが質問していると、ほかの記者も質問しはじめました。刺激を受けた大新聞の誰かが行動を起こしたのかと思ったのですが、英字新聞の「ジャパンタイムズ」の記者でした。多くの日本の記者は、相変わらず会見の内容をキーボードで打つばかりです。もちろん、気骨ある記者はほかにもいます。ただし少数です。

尊徳 本当に情けない限りです。

日本のメディアは大きすぎる

 国際NGO「国境なき記者団」が毎年発表するメディアの自由度ランキングで、今年は1位から5位までが北欧でした。日本は72位です。ボツワナやパプアニューギニアよりも下位にランキングされました。とても恥ずかしい。

でも同時に、メディアは市場原理によって社会の合わせ鏡であることを考えれば、日本の報道のレベルが72位ということは、日本の社会も72位であることを示しています。ならばその社会から選ばれた政治家たちも、72位だと思ったほうがいい。要するに途上国レベルです。しかも下向きの。

小さくなることを目指す国があってもいいと思う。

尊徳 北欧は投票率が高いし、政治家も意識が高くて、女性議員も多いですね。

 何度か行っていますが、成熟した社会であることを確かに感じます。北欧は、人口が多くても1000万人程度です。日本は人口が多すぎる。だから、多少の暴論であることを承知で言いますが、日本は分割したほうがいいんじゃないかとも思います。

北海道と本州と四国と九州と沖縄。緩やかな連邦制にします。拡大ではなく縮小を目指す国家。国連で「わが国は自発的に分割します」って発表したら、歴史に残りますよ。

尊徳 それは残るでしょうね(笑)。

 アメリカや中国、ロシアなど超大国は、さらに大きくなろうとして問題ばかりを起こす。国家とはそういうものなのかな。小さくなることを目指す国があってもいいと思う。

尊徳 でも、メディアについても同じことが言えると思いますよ。消費税増税に際して、新聞社は「文化を守るためにも、ヨーロッパのように、新聞には軽減税率が適応されるべきだ」と主張しています。正直、「何言ってんだ?」という感じです。欧米の新聞社は多くて200万部程度、全国紙の発行部数が1000万部近くもある新聞社が存在する日本とは全然違う。

「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」が都市名を冠しているように、それぞれの地域で、それぞれの新聞が頑張っている。それぞれが主義主張を持っていて、なおかつ小さなメディアだから守られるべきなんです。読売や朝日みたいな大企業を優遇しろなんて主張はふざけてますよ。

 マーケットがこれほどに大きいから、日本のメディアは企業として成熟することができた。企業は組織です。そしてジャーナリズムは個。つまり日本のメディアは、個よりも組織の論理を優先するようになってしまった。

企業としては進化だけど、ジャーナリズムとしては衰退です。メディアが変わるためには商業主義を見直す必要がありますが、これだけ大企業になってしまうと、それは厳しいでしょう。

最近、テレビ東京の人と話していたら、「すっかり会社はダメになった」と言うんです。自由なことができなくなり、意見も通らなくなった。なぜかと聞いたら「上場しちゃったからだ」と。

尊徳 テレビ局の株式上場も私は頭にくるんです。免許制のものに競争原理は働かない。放送法で守られておきながら、上場しているだなんて、絶対おかしいですよ。

 かなり前のことですが、フジテレビの人からも「上場してダメになった」と同じ話を聞きました。短期的な収益性を出さなきゃいけないし、投資家に説明をしなきゃいけない。企業として大きくなることは、メディアとしては明らかに退化です。

尊徳 国民やメディアからの圧力を感じてれば、政権だっておかしなことをしようとは思わない。だけど大メディアがこの調子では......。

 本来、報道は火中の栗を拾わなきゃいけないこともある。でも、大企業になれば、危ない橋を渡らなくなりますからね。テレビから調査報道がどんどん減っているのも気がかりです。僕がテレビ業界にいたころは、ニュース番組の中に10~15分程度、調査報道の枠がありました。

尊徳 やっぱり調査報道も視聴率が取れないんですね。

 興味の移り変わりが激しくなって、数カ月前のニュースに視聴者が興味を示さなくなってしまった。ネットもその要素のひとつでしょうね。半年前どころか、数カ月前の事件でもみんな興味を示さない。

そうした環境では、「こんな事件がありました、犯人はこんな男です」と一時的に盛り上がって終わり。その裏に何があったか、動機は何だったのか、精神鑑定の結果など、じっくり調べようとしても、ゴーサインは出ないでしょうね。

人々のお上意識が変われば、日本のメディアの状況も変わるかも。

多面的で、多層的で、多重的な世界

尊徳 暗い話が続いてしまったので、メディアが"マシ"になるにはどうすればいいのか、情報に接する僕たちはどうすればいいのかを考えてみましょう。

 日本だと情報は上から下りてくるという意識ですが、アメリカのテレビはペイ・パー・ビュー。無料で見る発想がそもそもありません。ちゃんと契約して見るし、「自分たちがこのメディアを支える」という意識もある。人々の"お上意識"が変われば、日本のメディアの状況も変わるかもしれませんね。

尊徳 CNNは24時間ニュースを流していますが、有料放送。アメリカ人みんなが意識高いというわけじゃないけど、それが成り立つのがアメリカのすごいところですよ。

 それから、やはり署名制でしょうね。ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも何十年も前から署名記事が当たり前。一方、日本では、毎日新聞は原則として署名記事ですし、朝日もかなり署名記事が増えてきたけど、読売、産経はまだ少ないですね。もっとひどいのが、テレビのニュース番組です。

尊徳 まったく署名が無いですね。アメリカだと、ニュースキャスターにしても個人が立っていて、「私が発信しているんだ」という責任感が見て取れる。

 日本は名前が出るとしても制作会社で、制作スタッフの固有名詞はほとんど出ない。かつては「スタッフは黒子だから名前を出すべきではない」との前提が確かにあったけれど、今はもうそんな時代ではない。

この間、テレビ局の報道スタッフから、「固有名詞出しちゃうと危険な目に遭うことがある」と言われました。当たり前です。報道なのだから。それが怖いのなら配置換えを希望すればいい。

尊徳 私は好き放題に発信していますが、まだ危険な目に遭ったことはないですよ。特に日本じゃ、まずないでしょう。けちょんけちょんに言われることはよくありますけどね。

 この仕事やるなら、しょうがないですね(笑)。

尊徳 そうそう。それなりに誇りを持ってやってるなら、覚悟を決めてほしい。

 視聴者や読者はわかりやすさを求めます。つまりシロクロですね。曖昧なニュースや記事は望まれない。だからはっきりしない事実についても、これまでは無理矢理に四捨五入して断定してきた。

結果として事実は矮小化され、時には歪曲されます。しかし、署名記事なら、もっと主観を出すことができる。述語を「思う」や「わからない」にすることも可能です。

油絵で葉っぱの色を緑一色で塗る人はいないでしょう。黄、茶、赤と、いろいろな色を使うはずです。でも、メディアはわかりやすく緑一色にしてしまう。確かにそれはわかりやすいけれど、事実ではないし、何よりもつまらない。もっと多面的で、多層的で、多重的だからこそ世界は素晴らしいんじゃないでしょうか。

森達也・尊徳

尊徳 そういう多面性に気づくために、何か若者に向けてアドバイスはありますか。

 そんなに難しいことじゃありません。撮影の世界では"車椅子目線"という言葉があります。歩き慣れた道であっても、車椅子に乗って目線の高さを変えるだけで、世界は全然違って見える。つまり視点です。

メディアから情報を得るということは、誰かの視点を通じて世界を見ているのだと意識するだけで、世界は変わって見えるはずです。その誰かはたくさんいます。だからたまに視点を変えたら、こんなに素晴らしいものが見れるってことを知らずに人生を送るのは、もったいないですよ。

尊徳 逆に言えば、何を信じていいかわからないのなら、自分を信じなよと私は言いたいですね。情報を取捨選択するのも、真偽のほどを探るのも、自分で責任を持つ。言われたことをそのまま飲み込むのではなくて、いろいろなことを知ろうとする姿勢が大事なんじゃないかな。ところで、森さんが『A』を撮ったときは何歳でしたか?

 撮影したのが37歳で、発表したときが39歳ですね。

尊徳 こう言ってはなんですが、森さんがマスメディアの在り方に疑問を感じたのもそのぐらいの歳なんだから、若者はまだまだ希望を持っていていいかもしれませんね(笑)。

 そうですね(笑)。見えていなかったものにいったん気づくと、あとは芋づる式です。いろいろなことが面白く見えてくる。おせっかいかもしれないけど、「こんなに面白い視点があるんだよ」ということをこれからも伝えていけたらいいなと思っています。

尊徳 私も小さいながらメディアをやっている身として、メディア批判に熱が入りすぎたかもしれませんが、非常に充実した時間でした。今日は本当にありがとうございました。

佐藤尊徳プロフィール佐藤尊德(さとうそんとく) 1967年11月26日生まれ。神奈川県出身。明治大学商学部卒。1991年、経済界入社。創業者・佐藤正忠氏の随行秘書を務め、人脈の作り方を学びネットワークを広げる。雑誌「経済界」の編集長も務める。2013年、22年間勤めた経済界を退職し、株式会社損得舎を設立、電子雑誌「政経電論」を立ち上げ、現在に至る。著書に『やりぬく思考法 日本を変える情熱リーダー9人の"信念の貫き方"』(双葉社)。
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