2015年9月に成立した平和安全法制関連法。”戦争法案”だとして稀に見る大規模なデモが起き、国会は荒れに荒れました。結局、法案成立が先行し、いまだに国民の理解は深まっていません。今回の法案はなぜ必要だったのか、改めて平議員に説明してもらいます。
国を守る3つの方法
国を守る方法は3つあります。1つ目は「個別的自衛権」。B国がA国を攻撃したら、A国は反撃していいというものです。自分の身を守るのは当たり前に認められるとして、日本を含む世界中の国が個別的自衛権を当然に持っていますし、行使することができます。
2つ目は国防の最終形でもある「集団安全保障」。A・B・C・D・Eという国があり、これらすべての国が一つの共同体を形成したとして、例えばその中のB国がA国を国際法に反していきなり攻撃したら、A国は当然、さきほどの個別的自衛権で反撃します。さらに、B国が理不尽なことをしたので、他の共同体の構成員たるC国~E国も一緒にB国を懲らしめる仕組み。国際連合がその代表例です。
2回にわたる世界大戦の後、国際社会は戦争をやめようという決意をします。それには戦争できない状況を作ればいいということで考え出されました。この体制があれば、B国は絶対勝てません。だからA国に攻撃することを断念するわけです。これが一番安全な体制。安全保障の究極版です。
でも、国連には安全保障理事会という組織があり、その常任理事国が拒否権を持っているという問題があります。米、英、仏、露、中、この5つのうち一国でも反対したら国連の集団安全保障は機能しません。つまり、常任理事国の一国が紛争当事国になった場合は機能しないのです。
3つ目が「集団的自衛権」。A・B・C国があって、A国とC国が同盟を結んでいたとして、B国がA国を攻撃した際、A国は個別的自衛権を発動して反撃します。さらに、A国と同盟関係にあるC国もB国を攻撃することができます。B国の軍事力がA国を上回っていたとしても、A国とC国の軍事力の合算がB国を上回っていたら、B国は攻撃を断念するでしょう。これが抑止力。大国と同盟を結んでいれば、他国から攻められるリスクは激減するわけです。
集団安全保障が機能しない日本の特殊事情
日本の場合は地理的事情があって、残念ながら集団安全保障は機能しにくい環境です。わが国と紛争になる可能性のある隣国が拒否権を持つ常任理事国に入っているからです。
まずは個別的自衛権でということになりますが、現在の5兆円程度の国防費で足りるとは思えません。周囲に20兆円近い軍事費をかけ、今後さらに急速に肥大化していく国があるなか、日本はそれに対応して国防費を増やせるのでしょうか? 財政再建もあるし、社会保障費もある。日本の国防費を20兆円にしようと思ったら、追加分だけで例えば消費税換算で今より6%上げなければいけない。現実的ではありません。
日本を除くすべての国が個別的・集団的にかかわらず自衛権を持っていて、日本を除くすべての国が行使可能です。「平和憲法」を持つ日本だけが専守防衛ということで、集団的自衛権は持っているが行使はできないと整理してきました。隣国がどんどん軍拡するなか、現実的な対応をしなければなりません。そこで「新三要件」を満たす場合に限って、集団的自衛権という枠の中の一部分だけを行使可能にすることを考えました。これが平和安全法制関連法なのです。
なぜこの議論がわかりづらいかというと、集団的自衛権自体を分解して議論をしている国は世界にほとんど例がなく、具体的事例が新三要件にあてはまるのかあてはまらないのかをゼロから議論しなければならないからです。ちなみに新三要件ではアメリカと一緒に他国を空爆するようなことはできません。
世界とつながることで生まれる抑止力
集団的自衛権を行使できるようになったから、戦争をする国になるっていうのはまったくナンセンス。そもそも戦争は国際法上違法です。戦争を正当化する”戦争法案”なんて世界中に存在しません。
集団的自衛権には反対だから、個別的自衛権でいこうという意見も一つの正論だと思いますが、先ほどの財政上の問題をどのように解決するかも合わせて提案があれば議論が深まると思います。
安全保障は、他国が攻めてきたときの対応も重要ですが、それ以前に攻められないように抑止力を働かせることが大切。企業でも何でもそうですが、自分一人で対抗できなかったら、アライアンスを組んで、連携して、お互いの足りないところを補完し合うでしょう。集団的自衛権は、その抑止力を最大限に高めるための手段なのです。
今回の平和安全法制の整備で日米同盟を強化し、あわせてASEAN(東南アジア諸国連合)との関係を強化していきます。さらに、中国とも信頼関係を構築する努力を怠ってはいけません。偶発的な衝突を避けるため、自衛隊と人民解放軍との交流の機会を作っていくのも一案だと思います。
それともう一つ。インバウンドが重要です。他国の人たちに日本にたくさん来てもらい、本当の日本を感じてもらい、ファンになってもらう。世界とつながる絆が多ければ多いほど抑止力は高まる。そうやって人や経済の行き来を緊密にすれば、戦争のリスクはぐっと低くなります。
憲法解釈の変更よりも改憲議論を
日本はかねてより、集団的自衛権を保持はするが行使できない、というヘンテコな憲法解釈をしていた。それを前国会で行使できるように憲法解釈を変更したが、一度内閣が決めたことは、国家の危機でもない限り踏襲をするべきだ。
集団的自衛権の行使は多少の抑止力にはなるだろうが、日米同盟により、もともと日本は米国の防衛力の下にある。確かに、平議員が言うように、相互防衛の精神がなければ本当に日本が攻められたときに、アメリカが命懸けで守ってくれるかどうかはわからないが。
僕は憲法解釈の変更に異を唱えはしても、集団的自衛権を日本が持つことに何ら反対ではない。ただ、憲法解釈を内閣で変えられるのであれば、集団的自衛権を行使するときの新三要件も、時の内閣が拡大解釈をすればその線引きは曖昧になりかねない。内閣法制局長官の人事権は総理大臣が握っているのだから。
憲法解釈の変更ではなく、堂々と憲法改正の議論をして、正面突破してほしかった。