2020年12月18日、『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』がいよいよ劇場公開される――。
いや、わかる。ちょうど仮面ライダーに興味を持つ年頃の子どもを持つ親や、そもそもの特撮好き以外の方には響きづらい情報に違いない。しかし、だからといってただ本作をただただ見過ごすのは、少しもったいない。そのワケを3つにわけて紹介したい。
仮面ライダーだからこそ伝えられる、未来の課題
『仮面ライダーゼロワン』は2019年9月1日から2020年8月30日までテレビ朝日系で放送されていた特撮テレビドラマ作品だ。知ってのとおり1971年に放映された石ノ森章太郎原作『仮面ライダー』から続く人気シリーズのひとつ。昭和、平成と2つの時代を引き継いで続く「仮面ライダー」の記念すべき令和第1作でもある。
2021年で50周年を迎える歴史があるだけに、誰もがどこかのシリーズの仮面ライダーに触れて、場合によっては熱狂した経験もあるはずだ。もうそうなら仮面ライダーシリーズが、実のところ“ただの子ども向きドラマでないこと”を嗅ぎ取ってきた方は多いだろう。
例えば仮面ライダーが13人も現れ、各々の願いを果たすためにバトルロワイアルを繰り広げる『仮面ライダー龍騎』(2002年)。本作が生まれた当時は、アメリカが前年の自国における同時多発テロへの報復としてアフガニスタンに侵攻し、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言とともにイラクなどを名指しで非難していた時代である。「誰が正義か何が悪か」が極めてわかりにくくなった世の中で行使される“暴力の是非”を、それぞれの“正義”を掲げる仮面ライダー同士の戦いを通して問うたとも受け取れる。
あるいは2007年~2010年の米サブプライムローンの破綻を契機に起きた世界金融危機のタイミングに誕生した『仮面ライダーオーズ/OOO』(2010年)も秀逸だ。テーマは「人間の欲望」。人の欲望が、オーメダルと呼ばれる硬貨に変化して、仮面ライダーと敵がそれを取り合う構図だった。東日本大震災を挟んだ最終回、主人公・火野映司が最後にあらわにした欲望が「無限の絆」だったのもメッセージ性を感じた。
日曜朝の放送時間に、大勢の子どもたちが観る一大エンターテイメント。だからこそ『仮面ライダー』シリーズは、常に高い志のもと、世相を反映したシリアスなテーマをしれっと差し込んできた。大人向けのややこしい論説より、子ども向けヒーローのフォーマットのほうが、ずっとリアルな質感を持つ“身近な社会課題”を観る者の心に届けてくれる。ようは“咀嚼”された分、目をそらしがちな社会課題も直視して、理解しやすい。
それこそが、『劇場版 仮面ライダーゼロワン』を観るべき1つめの意義である。
“テクノロジーとの共存”をシミュレートする
では『仮面ライダーゼロワン』のテーマは何かといえば、“AI(人工知能)との共存”だ。
ヒューマギアと呼ばれるAI搭載人型ロボットが普及し、人間の仕事を手伝うようになった近未来が舞台。しかし、ヒューマギアが暴走する事件が相次ぐ。それは「人間の悪意」をラーニング(機械学習)させられた悪のAI・アークの仕業だった。亡くなった祖父の意志を継いでヒューマギアの一大メーカー「飛電インテリジェンス」の社長となった主人公・飛電或人(ひでん あると/高橋文哉)=仮面ライダーゼロワンは、秘書型ヒューマギアのイズとともに「人間とヒューマギアが一緒に笑える世界」を目指す――。
ストーリーを書き出すとまるでハードSFだが、テレビ放送された全45話では、見事に仮面ライダーフォーマットの中で“AIが普及した社会”で起こり得る多彩な問題を取り上げていた。
「人手不足の業界で、AIは代替手段となるのか」
「AIをハッキングしてテロ行為を行えるリスクはないのか」
「AIに自我は芽生えるのか」
こうしたAIに関しては国立情報学研究所(NII)が企画協力を担当。大きな破綻なくAIの知識を、AIをヒューマギアという人型ロボットを通して見せ、より自然に視聴者に伝えることに成功していた。
本作『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』は、そんなTV版の最終回を引き続く形ではじまる。TV版本編の終盤は、人の悪意がラーニングされたアークとの戦いに勝利するものの、大切なイズを破壊され、彼女がラーニングで積み上げてきた記憶を消滅させられた。そして最終回では、或人が、新しいイズにまたゼロからラーニングを始める。また、謎の男エス=仮面ライダーエデン(伊藤英明)も現れ、「世界を破壊し、楽園を作る」と不穏な言葉を吐いて終わった。
このエスが、毒ガスを使った世界同時多発テロを引き起こし、世界滅亡まで60分のタイムリミットを宣言する。世界を救うため、かつては対立していた仮面ライダーたちが力を合わせて総力戦を繰り広げるのが、劇場版の大筋だ。
今回はAIのみならず、マイクロマシンやアバター技術、また、「メタバース」と呼ばれるバーチャルリアリティのような世界と、インターネット上の顔の見えない人格とコミュニティといった、テクノロジーの可能性と暗部とリスクを、うまくストーリーに織り交ぜた。
特に終盤。エスが吐き捨てるあるセリフには、テクノロジーではなく、それを使う人の意思が、世の中を左右することを改めて痛感させる。また、インターネットを通して“身勝手な正義”と“無邪気な悪意”が垂れ流されるようになった今の時代への警鐘にも聞こえた。そんな正しく仮面ライダー的なストーリーテリングを、まずは堪能していただきたい。
伊藤英明の安心感が、ものすごい
2つ目の観るべき理由は、劇場版ならではの俳優陣の演技だ。仮面ライダーの映画は、たいてい夏と冬に年2本制作される。
1年かけて放映するTV版が9月スタート、8月が最終回であるため、夏映画は1年間たっぷりとそれぞれの役を演じてきたキャストたちの“集大成”でもある。
「いや、『REAL×TIME』は冬映画だろ」と思われる方もいそうだが、本作は本来、最終回終了時の夏に公開予定だったもの。新型コロナウイルス感染症の拡大で、半年ずれて冬になったのだ。
難しい役柄の、社長であり、お笑い芸人であり、仮面ライダーでもあるという主人公・或人を演じた高橋文哉。その秘書でヒューマギアのイズと、アークの秘書であるアズの2役をこなした鶴嶋乃愛を中心に、若い俳優陣が生き生きと親しんだキャラクターを演じる姿は安心して鑑賞できる後押しになっている。
加えて、客演の伊藤英明のスクリーン映えたるや凄まじい。堂々たる立ち姿はラスボスにふさわしく、力強さとその奥にある苦悩と弱さを伝える表情は作品に違和感のなさと、重量感を与えている。変身もすばらしく、『テラフォーマーズ』(2016年公開)で昆虫のDNAを体に取り入れたのは、ノンフィクションだったのではないかと思ったほどだ。
聞けば、息子さんがもともと『ゼロワン』ファンで、普段から観ていたからこその熱演だったとか。
過去にも仮面ライダーの映画には、松平健(『仮面ライダーオーズ』)、陣内孝則(『仮面ライダーウィザード』)や片岡愛之助(『仮面ライダー鎧武』)、などベテランスターを配すことがあった。いずれにしても、よく知る名優が、仮面ライダーのような完成された世界に飛び込んで、実に楽しそうに演じる姿が観られるのも、仮面ライダー映画の醍醐味だ。
変身、必殺技、元敵同士の仲間…に興奮しすぎて最終的に泣ける
そして3つめの観るべき理由は“滾る(たぎる)”アクションだ。
本作では敵同士だった5人のライダー[バルキリー、バルカン、滅(ほろび)、迅、サウザー]が、並んで同時変身するド派手なシーンは必見。
また、すでに予告編で公開されて話題になっているが、TV版では或人が変身していた仮面ライダーゼロツーが、或人(ゼロワン)と並んで戦うシーンがある。そのゼロツーが誰なのかはぜひ映画館で観て驚いてほしいが、最も心が燃え滾るクライマックスで見られるゼロワンとゼロツーの勇姿はすばらしい。
この冬、「おさえておかねば」と“無限列車”に乗ってみたような健全な好奇心を持つ方ならば、ぜひ『ゼロワン』にも乗ってみてほしい。
『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』
劇場公開:12月18日(金)/配給:東映
出演:高橋文哉 岡田龍太郎 鶴嶋乃愛 井桁弘恵 中川大輔 砂川脩弥 桜木那智 山口大地 中川咲月 児嶋一哉
ゲスト:伊藤英明 福士誠治 山崎紘菜 アキラ100%
監督:杉原輝昭
※本作は『劇場短編 仮面ライダーセイバー 不死鳥の剣士と破滅の本』との2本立てです。
ストーリー:「神が6日で世界を創造したのなら、私は60分でそれを破壊し、楽園を創造する。」突如姿を現した謎の男エス/仮面ライダーエデン(伊藤)は、賛同する無数の信者と共に、世界中で大規模な同時多発テロを引き起こす。人々が次々と倒れ、世界中が大混乱に陥るなか、エスを止めるべく立ち上がる飛電或人(高橋)。不破諫(岡田)、刃唯阿(井桁)、天津垓(桜木)、さらに滅亡迅雷.netの迅(中川)、滅(砂川)も、仮面ライダーとなり敵と戦いながら真相を究明しようと奮闘する。果たして、圧倒的な強さを見せるエスの正体とは。エスが作り上げようとする楽園とは、いったい何を意味するのか? 人間とAIの垣根を越えて、60分で世界を救い出せ!