ヴァイオリニストとして第一線を走りながら、あることをきっかけに事業家としての顔を持つようになった龍君。なぜアーティストが事業に惹かれるのか? 彼を突き動かすものの正体に迫る。
【前編】SUPERな26歳 五嶋龍が見た日本 ヴァイオリニスト・五嶋龍×尊徳編集長
企業に就職するのはステップアップの一環
尊徳 前回 、日本の若者はリスクテイクをしない、という話をしたけど、アメリカの若者も活力を失ってきているんじゃないの?
五嶋 そんなことはまったくありません。面白いもので、アメリカ人はアジア人のことを競争心が強いと思っていますが、僕は逆だと思います。アメリカの方が競争心を持っていると思います。
僕が行っていたハーバード大学にその傾向が強いのかもしれませんが、在学中からほとんど全員が自分の強みを生かしたスモールビジネスを作り上げていこうと真剣に考えています。まずどこかの企業に就職するのは、ステップアップの一環としか考えていません。心底で上昇志向の競争心があるんではないでしょうか。
尊徳 日米の違いは何なんだろうか? 教育と言ってしまえばそれまでなんだけど。
五嶋 日本は大陸から伝わってきた儒教の影響が現在も多分に残っていて、文化も言葉も美も、何世紀にも渡って、上下関係を大切にする社会が形成されてきました。明治時代になって社会や世界観が一変し、視野が広がり、国際舞台に存在するための教育や、成長戦略がある程度は日本においては成功したのですが、世界大戦で全部崩れました。
結果的に日本では良い学校に入って、良い成績を取れば、良い企業に就職できる、というシステマチックに組まれた社会になりました。頑張って努力したら成功者になれる、というのがアメリカンドリームですが、日本はやはり縦社会で、全面否定をするわけではありませんが、精神的にもいつまでも越え難い壁です。それをどうやって変えていけるのか、僕には”解”がないのですが、非常に大きな問題だと感じています。
高度経済成長期は、それでもベネフィットが下まで落ちてきますから良かったのですが、成熟したグローバルな社会では通用しないことが多々出てくると思うのです。
肌で感じる日本の違和感
尊徳 鎖国をしているわけじゃないからね。欧米のやり方がスタンダードになってきている社会で生きていくには、日本も何らかの変化が急務だ。龍君は海外で生きているから、肌で感じるんだろうね。
五嶋 今、対ドルでは円安方向に振れていますが、本当にこれでいいのかな?と感じます。僕はアメリカに住んでいるので、ドル高は有難いけど、日本の一部の輸出企業以外は大変だろうと感じます。為替が安くなるというのは国力が弱い、ということでもありますから。これでは中小企業は海外に出ていけませんよね。
尊徳 企業の話で思い出した。龍君はガーナで事業を起してなかったっけ? なんでガーナ? なんでヴァイオリニストが?
五嶋 ハーバードには、さまざまな国の人が留学に来ます。その中の1人がガーナ人で、彼と2人で飲んでいたときに「ガーナを発展途上国から先進国にして、アフリカをまとめ上げて中国やアメリカと競争できる大陸にする」という夢を語り出しました。情熱的なその言葉に感動して、かかわりたいと思ったんです。
最初は小さなファンドから始まりました。隣国から牛を輸入して、ガーナで売るというだけのものだったんですけど、あまりにもうまくいってしまって(笑)。ちゃんとやらないといけないと思い、ガーナのニーズを調査して事業を広げようと真剣になりました。
ただ儲ければいいというのではなく、プラス、社会に貢献しながら役に立つ、ということをモットーにしています。それは、ガーナ人の彼にとっては、社会に貢献することと自分の成功がイコールだからです。ガーナ、ナイジェリア、ケニアにも投資しています。片手間で始めたのですが、今では結構のめり込んでいまして(笑)。
ヴァイオリニストをしているだけでは、そのような社会のニーズをくむことはできませんでした。大学生の頃は、「もっとうまくなって、もっと大きなホールをいっぱいにしたい」としか思っていなくて、感動を与えたいとは思っていましたけど、ヴァイオリニストとしてどのように社会に役に立てるのだろうか、とは考えたこともありませんでした。だから、事業にかかわれて非常に良かったと思っています。
尊徳 以前から思っていたけど、龍君はヴァイオリンだけでは飽き足らないんだよね(笑)。
五嶋 事業にかかわって学んだことは、物事を成し遂げることに、国境も種別もあまり関係ないんだいうこと。ヴァイオリンも事業も、人とのかかわりは同じです。
ガーナでチャリティコンサートを開くのですが、ここでヴァイオリンという特技が生きて、(事業に必要な)人を呼んでコミュニケーションも取ることができる。そうやって、特技をそれぞれが生かして社会の役に立てればいけばいいと思っています。