社民党の興隆と没落に明日の野党の姿を見る

2016.9.12

政治

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“自民一強”の今、民進、共産、維新以外の野党は、まさに少数どころか極小政党の様相だ。社民党にいたっては、衆参合わせてたったの4人。数がモノを言う政界において、その数にどんな意味があるだろうか。しかし、かつては野党第一党として隆盛を誇った時期もあった。なぜここまでの体たらくを晒すことになったのか、その興隆と没落を追う。

党首が落選する異常事態

2016年の先の参院選では、党首の吉田忠智氏でさえ落選してしまった社民党。1996年に旧日本社会党から看板を掛け替えて以来初の”珍事”だ。しかもこの選挙で得た議席はたったの1つ。非改選の1議席を加えても参院では2議席と寂しい限り。衆院も同様に2議席に過ぎず、合わせて国会議員は4名。あまりにも存在感が薄くなってしまった。

一応、比例区で全体の2%の得票数を超えたため、何とか政党としての体裁だけは保持、国からの政党助成金を頂けるのだが、その期限も2022年まで。今後の選挙で議席を減らせば、単独では法律上「政党」と見なされなく可能性もある。

社民党が没落した4つの理由

前身の日本社会党は、共産党とは一線を画し、社会主義運動の主力として自民党政権と対峙した。各種労働組合の集合体である「総評(日本労働組合総評議会)」の強力な組織票を武器に、衆院では若干の例外を除き100議席以上を維持。自民党政権といえども、彼らを無視して国会運営するのは無理なほどの権勢を誇った。まさに”野党第一党”ここにありだ。

そんな栄光の歴史を持つ社民党がどうしてここまで没落したのか。その原因を端的に挙げれば、ざっと「東西冷戦の崩壊」「労働組合の弱体化」「自民党との連立」「拉致問題」――の4点となるだろう。

東西冷戦の崩壊

1989年のヤルタ会談で米ソ両首脳が冷戦収束を正式宣言し、続いて1991年に社会主義圏の雄・ソ連が崩壊。これは第2次大戦が終結した1945年以来、世界を支配した東西冷戦=「資本主義vs共産主義、自由主義vs社会主義」のイデオロギー的秩序の消滅を意味する。翻って社会党は共産党と比べやや穏健的な社会民主主義を標榜してきた。だが冷戦終焉でソ連や東欧諸国などの社会主義国家が続々と潰れたため、彼らが掲げる理念も急速に色褪せてしまった。

労働組合の弱体化

高度経済成長のなか、給料アップや待遇改善を目指し多くの労働者が参加した労働組合(労組)。労使対決を際立たせ、毎年春先に演じられる賃上げの労使交渉「春闘」ではストライキで経営側を揺さぶったものだった。だが時代は変わり、多くの国民が中流意識を抱き始めると、”会社は搾取するもの”というレッテルで社会主義運動を推進する過激な労組活動に対し、多くの労働者が離反。加えて会社側と協調路線で臨む穏健な労組の集合体として連合(日本労働組合総連合会)が結成され、総評の大半もこれに吸収されると、かつてのような労働運動も影を潜めていく。加えて連合自体が劣勢気味の社会党から1996年に結成された民主党へと支持を鞍替えしてしまった。

自民党との連立

冷戦期、自民党を”資本家の手先”と見なし彼らの政策にことごとく「ノー」を唱えることが、ある意味、社会党のレーゾンデートル(存在理由)だった。だが東西対立が終わり、イデオロギー的対決が時代遅れとなるなか、1994年に自民党との連立政権に臨んだことが、同党の衰退に拍車をかけてしまう。というのも、「天皇制廃止」「自衛隊違憲」「日米安保反対」を党是として掲げてきた社会党が一転、政権与党に躍り出ると、整合性がおかしなことになってくるのだ。当時の党首・村山富一氏が首相に推挙されると、憲法の規定通り天皇から任命を受け、自衛隊は「違憲合法」として容認し、加えて日米安保も是認。この節操のなさに対し、幻滅した革新系支持者は大挙離反、同時に党内の主要メンバーも続々と離党、民主党立ち上げに動き出し、退潮をますます加速させていく。

拉致問題

北朝鮮拉致問題に関し、かつて社会党は”事実無根”と存在自体を否定し続けていた過去を持つ。北朝鮮労働党を友党と見なしていたからだ。しかし、2002年に小泉純一郎首相がピョンヤンに電撃訪問し、金正日総書記に膝詰め談判、存在しないはずの拉致被害者を連れて帰ってきたことで、社会党の信頼が大きく崩れてしまった。

結局、社民党が急速に没落したのは、イデオロギー対立=東西冷戦という世界的な枠組みが消滅(資本主義の勝利)するなか、この厳然たる事実を直視できないまま、穏健的な”中道左派”という中途半端な理念でお茶を濁そうとした戦略が理由だろう。果たして、左翼を求める支持者は共産党に、また、穏健的な革新勢力は新設の民主党へと大挙して流れてしまった。

加えて、新進党主体の政権が凋落すると、政権奪還を目指す自民党との連立に節操なく乗り換えてしまったこと。国会議員なら誰でも内閣総理大臣に憧れるものだが、”打倒自民党政権”を掲げてきた彼らがやすやすと宿敵・自民と手を結び、連立政権で彼らの党首が首相として持ち上げられて喜んでいる事実を、これまで社会党を支持し続けた有権者は喜ぶと思ったのだろうか。まさに”ミイラ取りがミイラ”を地で行く没落劇だった。

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