経済

編集長がテレビで語らなかった『餃子の王将』

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記者子は王将フードサービス(以下王将)をウォッチして取材を重ねていたわけではないし、大東氏と親しかったわけでもない。以前大東氏をインタビューしたことがあって、それを見たテレビ局から取材の依頼があった。多少躊躇したが、経済記者としての見地を話すのでよければということで、出演をすることにした。それから、他メディアからも取材を受けることになったので、さまざまなルートを使い独自の情報をとってみた。殺害についてはいろいろな情報が入ってきたが、確証があるわけではないので、ここでは報じない。しかし、記者子なりの見立てを書いてみたい。事実関係に誤りはないはずであるが、あくまで私見である。

情報錯綜、でも客足増の王将

王将フードサービスの大東隆行社長(当時)が殺害され、さまざまな憶測が流れている。殺害に使われたと思われる25口径の拳銃は、日本ではあまり流通(?)していない。警察官が携帯するニューナンブ38口径が一般的。22口径のものも。暴力団が使用するものも、同じく22口径、38口径が主流。組織的な犯行との見方だが、事件の裏にあるものは何か。皮肉にも、一連の報道で餃子の王将は客数が伸びているようだ。

「おっさんでいいんや」と強調した大東氏

王将フードサービス(以下王将)は加藤朝雄氏(故人)が1967年に創業。記者子と同じ年だから、46年目になる。殺害された大東隆行氏は創業者の義弟にあたる。28歳の時に加藤氏に請われて王将に入社したのだが、それまでは薪炭や氷を売って商売をしていた。当時、氷はよく売れ、原価の4倍の利益になったそうだ。原料は水だから当然だが、その時に原価計算など商売の基本を学んだと考えられる。

記者子が初めて大東氏に会ったのは2009年の暮れ。その年、王将は前年度対比で150%の売り上げ増で、デフレ下の外食産業の勝ち組と言われた。何度かテレビで取り上げられたこともあり、一大ブームになった。驚異的な業績の伸びを演出した社長に一目会いたいと京都の本社を訪ねた。会話の中で「(私はみんなにとって、社長でなく)おっさんでいいんや。指示を出すと指示待ちになって高度なサービスが出来ない」と普通の”おっさん”を強調した。

社長に昇格した2000年当時は有利子負債が470億円で、売上の約1.2倍あった。倒産してもおかしくない会社である。飲食業は日銭が入るため、返済計画がしっかりしていれば銀行も潰しはしない。大東社長以下、1週間も会社に寝泊りをして返済計画を立てた。銀行の融資が打ち切られれば即、倒産だから当然のことだが、その熱意もあって(金融機関に)認められたのであろう。

不明朗な経理処理の後始末をした大東氏

王将は創業家の加藤潔氏が社長時代、拡大路線をとり、回転ずしや串揚げ屋など、多角化に失敗した。これらは一連の報道で紹介されているが、少し面白いものを見つけた。1999年の朝日新聞がスクープしたものだが、それは王将の脱税問題だ。これは1989年に王将戎橋店の火事が起こったことと関係する。

戎橋店は6階建ての1~4階を店舗に5階が仕込み場で6階がビルの所有者一族の住居になっていた。この火事でビル所有者の両親他3人の死傷者が出た。ビル所有者は華僑の有力者だったため、補償問題でこじれ、王将は「京都通信機建設工業」という会社に代理人を頼んだのだ。この時に、王将側は謝礼として1億円を支払っているのだが、適切な経理処理をしなかったために、重加算税を課される脱税と認定されたのだ。この会社の社長は上杉昌也氏である。彼を知る人に聞くと「小学校の頃はいじめられて育ったが、とてもいい人です。ただ、美空ひばりさんを面倒見たと言われ、福岡では知る人ぞ知るという人です」ということだ。

京都通信機建設工業と王将の子会社のキングランドとの間で不可解な融資があったのではと報じられたこともある。大東氏は当時キングランドの社長も兼ねていた。この問題は本筋とは少しずれるし一部週刊誌などで報じられてもいるので詳細は述べないが、創業者の加藤氏は、福岡出身ということもあり、さまざまな交友関係があったようだ。また、大東氏が撃たれた拳銃は25口径ということだが、日本の暴力団でもあまり使わない拳銃ということで、事件を一層難解なものにしているようだ。

経営者としては先見の明があった大東氏

さて、王将の業績を伸ばしたのは紛れもなく大東氏だ。年末に一連の報道で知られるところとなったが、それらとは違う観点から見てみよう。いわゆる、「早い、安い、うまい」からと言われるが、「早い」に関しては、飲食業の悩みを克服したことによると思われる。オープンキッチン化が成功の原因であることは間違いないが、これには料理人の確保が大きな問題だ。飲食業の悩みは料理人の確保である。王将では大東氏自身が餃子を焼ける現場上がりということもあり、社員が店長になる過程で料理を覚えていくというシステムがある。店長に裁量を与えて報酬も配分されれば、(店長になる過程の)料理人としてのモチベーションも上がるはずだ。

また、「安い」に関しては、デフレ下でも価格をいじらなかったことに、最初から「安い」というイメージを植え付けた。200円前後の主力商品(=餃子)は、他店との比較からしても確かに安いのだが、他の商品は同業他店と比べてもそんなに安いわけではない。主力製品の餃子の無料券を配るなど、ブランディング戦略が素晴らしい。今では、商品を無料にして配ったり、ポイントで顧客を囲い込む戦略は一般的だが、主力商品の無料券を配ることは王将が先駆者である。餃子だけを食べるお客はほとんどなく、別の商品を頼むことによって利益は上がる。

「美味い」に関しては、主観の問題であるからそれぞれが感じることだ。ただ、日本マクドナルドの創業者・藤田田氏は「人間は12歳までに舌(の味覚)が出来上がる。子供の頃に食べたものを大人になっても食べ続ける。だから、とにかく子供に食べさせるメニューを考えないと」と外食産業の人たちに説いていた。とくかく量が多くて、安いので若い人たちが顧客の中心だったが、持ち帰りや店の清掃を進めたことによって、子供も顧客に取り込んだ。これは中・長期的な戦略だ。

そして、店長に多大な裁量権を渡していたのだが、40品目のグランドメニューは変えないので、売り上げに占める独自のものは数%程度と考えられる。餃子(持ち帰りは2割弱もある)、唐揚げ、炒飯、ラーメン類で8割以上の売上、飲料が5%程度から考えれば簡単に推測される。どんなに奇抜なメニューを導入しても、屋台骨を揺るがすほどではなく、逆にモチベーションが上がればES(従業員満足)の向上になる。大東氏は優れた経営者なのだ。

とにかく、一刻も早い犯人の逮捕を願うものだ。