自民党憲法草案解析 憲法改正に動き出した安倍政権

2016.5.10

政治

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2016年3月の予算員会で、安倍総理が「在任中に成し遂げたい」と語るなど、憲法改正への強い意欲を燃やす安倍政権。この場合、2012年4月27日に自民党が作った「日本国憲法改正草案」が叩き台となる。今の憲法とどこが違うのか、ポイントを大まかに押さえてみよう。

[1]憲法前文の大幅変更

前文は書籍でいう前書きに当たり、「日本はこんな国ですよ」を大まかに示すダイジェストといえる。現憲法では、「国政」は国民が信じて託しているもので、その権威は国民のもの。その権力は国民の代表者である国会議員が使うもので、その福利は国民が受けるものと宣言している。同時に、これら権利は人類普遍の原理で憲法の上にあるとも断言。ただ、現憲法は敗戦直後に作成されたため、その前文は、大戦を引き起こしたことへの反省文的な要素が強い。

自民党の「草案」ではこれを全面的に差し替え、長い歴史と固有文化を持ち、天皇を象徴とする立憲君主制国家だと冒頭に掲げている。ただし、国民主権や三権分立も明言しているので、天皇主権を謳った明治憲法への復古ではない。

しかし、気になる点がいくつかある。例えば6条「天皇の国事行為等」では、現憲法では「内閣の助言と承認」がなければ天皇は国事行為ができないが、改正案では「助言と承認」が、さりげなく「進言」へと変更されている。

加えて、「地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席」という項目も追加されているが、これについては、将来、道州制へと移行しさらに連邦制の議論へと発展した場合、広範な自治権を獲得した道州から「天皇の式典へのご出席お断り」との意向が万が一出た場合、これに対抗するための「布石」では、との見方も。

[2]「国防軍」の明記

ご存じ9条の大幅書き換えだ。自衛隊を正々堂々と「国防軍」と謳っている。軍隊につきものの軍法会議に準じた「審判所」も新設。加えて、国際社会の平和・安全や、国民の生命、公共の秩序を守るためなら、国内外問わず国防軍が出動できる。集団的自衛権、海外派兵、治安出動へのハードルを低くした点がポイント。

連動する形で、「草案」の25条3項に「在外国民の保護」を新設。外国で緊急事態が起きた時は、邦人保護のため国防軍が出動できると明言している。

さらに98条として「緊急事態の宣言」という内容を厚く盛り込んだ点にも注目。諸外国の「戒厳令」に準じたもので、今の憲法には存在しない。

武力攻撃や内乱、天変地異で国内が混乱した場合、内閣総理大臣がこれを宣言、基本的人権など憲法の一部を停止して事態を収拾するという内容だ。「今の憲法では衆院議員の任期は最長4年と明記。仮に任期満了間際に緊急事態が起きたら、誰が主導するのか」との懸念から盛り込まれたが、基本的人権の制限をにおわす内容でもある。

[3]憲法改正のハードルを下げる

現憲法96条では、衆参両議院それぞれ3分の2以上が賛成し、なおかつ国民投票で過半数を占めなければ、憲法は改正できない。これを衆参両議院それぞれ”過半数”として、改正しやすくしている。

[4]「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に、「個人」を「人」に書き換え

現憲法では「国民の権利及び義務」の項の各所に「公共の福祉に反しない限り」の文言を散りばめ、個人の権利を最大限尊重している。一方「草案」では、これを「公益及び公の秩序」と表現を変更し、「個人」という表現も単に「人」へと変えた。この場合“人間”としては尊重するが、プライバシーを持つ”個人”としては制限できるともとらえられる。

また、「草案」の19条2項には個人情報の不当取得の禁止等の条文を新設、加えて同21条2項には「公益及び公の秩序」を害する活動、結社を許さないと名言。この場合、公人である国会議員の不正を暴くマスコミは”憲法違反”となる可能性も。

[5]「地方自治」の部分を大幅ボリュームアップ

意図としては、財源は各自治体で確保し統治する一方、ケースによって国が統治に強くかかわれるというもの。

ポイントは、[1]92条の「住民の参画を基本とし」・「住民に身近な行政」、[2]同第2項の「その負担を公平に分担する義務」、[3]93条の「包括する広域地方自治体とすることを基本」、[4]同第3項の「国及び地方自治体は(中略)協力しなければならない」・第94条2項の「(住民投票などは)日本国籍を有する者」の部分。

[1]を曲解すれば住民が1人でも参加すれば国主導でもOKで、さらに[4]では辺野古移転問題のように県が国に楯を突くことは違憲となる。一方[2]では高齢化に伴う福祉予算増の解決策として自治体の劇的な統廃合を、さらに[3]ではズバリ「道州制」に含みを残した内容を記している。

参議院選2016は、改憲にこう影響する!

単独過半数で公明党を揺さぶりたい自民党

2016年7月に参議院議員選挙が行なわれる予定だが、この結果を踏まえて安倍氏は憲法改正へと突き進むのだろうか。だが自民党が大勝したとしても、すぐさま改憲するは難しい。今回は参院定数242のうち半分の121議席を決める。現在、自民党の議席数は過半数にわずかに足りない116。うち50議席が今回の選挙対象となる。

翻って衆議院では自民・公明の連立与党で3分の2以上の議席数を確保、改憲に至る第一の関門を一応クリアする。ただ「衆参ともに3分の2以上の賛成」でようやく改憲の発議ができるので、単純計算で自民は今回96名を当選させないと単独で3分の2に届かない。「121議席」というボリュームを考えるとちょっと無理だろう。

おそらく安倍氏の脳裏には、今回の参院選で「単独過半数」、つまり6議席積み増しの56議席を確保、改憲に前向きなおおさか維新の会などと共闘し、一方で改憲に難色示す与党・公明党に揺さぶりをかけよう――とのシナリオを描いているのでは。

このままでいいの? 想定外に強かった”民・共連合”

そんな状況のなかで行なわれた、2016年4月24日の衆院北海道5区の補欠選挙は、”参院選の前哨戦”として注目された。結果は自民党の和田義明氏が約13万6000票を獲得し当選、同党もホっと胸を撫で下ろした。

だが圧勝とは言い切れず、安倍政権にとって何とも微妙な勝ち方だった。野党が推す新人・無所属の池田真紀氏との事実上一騎打ちだったが、敗れたとはいえ、池田氏は12万3000票余を獲得、その差は1万2000票ほど。「辛勝」とも「大勝」とも言い切れない中途半端な勝ち方だ。

今回の北海道5区の選挙は、自民党の町村前衆院議長の死去に伴うもので、当選した和田氏は町村氏の娘婿。つまり”地盤、看板、カバン”を固め、通常なら楽勝のはず。ところが、共産党が候補者の擁立を今回は避けるなどして、池田氏を推す民進党を全面的に選挙協力。

一方”民・共連合”に対し、自民党は「絶対に負けられない」とばかりに幹部を大挙北海道へと送り込みテコ入れ。当選したものの、大物政治家の地盤での接戦という事実は、今度の参院選をいわば改憲のための”リトマス試験”と見ていた安倍氏にとって、戦術の大幅変更を迫るに十分なインパクトだったに違いないだろう。