伊藤忠がデサントに対して仕掛けたTOBにデサント側は反発。一時は蜜月関係を築きながら、時間の経過とともに離れていった両社の距離は決定的なものになりつつある。株主として伊藤忠がとったTOBは資本の論理的には正しくても、デサントの企業価値を損なうことにはならないだろうか。
“四人組”を解任? 伊藤忠の思惑
大手商社・伊藤忠商事が、スポーツ用品大手のデサント(DESCENTE)にTOB(株式公開買い付け)を行っている。これに対してデサント側は「事前に連絡がなく、非常に困惑している。極めて不誠実で、大義のないTOBだ」(デサント・石本雅敏社長)と反発、日本では異例の敵対的TOBに発展した。
筆頭株主の伊藤忠は最大約200億円を投じて、デサント株の出資比率を現状の3割から4割に引き上げる意向で、実現すれば株主総会で経営の重要事項へ拒否権を行使できる権利を手にする。伊藤忠はすでにデサントの3割の株式を所有しており、出資割合に応じてデサントの収益を伊藤忠の収益に加算できる持ち分法適用会社化(出資比率20~50%)している。
TOBにより出資比率を40%に引き上げるのは、最小の投資額で重要事項への拒否権を得ることが狙いで、出資比率を50%超にまで引き上げ、経営権を掌握することは意図されていないようだ。その意味でデサントの経営の自主性は一定程度尊重している。
「伊藤忠は6月の株主総会で、石本社長を取り巻く“四人組”と呼ばれるプロパー役員を解任させる腹積もりではないのか。あまり強引なTOBは伊藤忠のイメージダウンにつながりかねない」と取引金融機関幹部は懸念するのだが……。
蜜月は過去のもの デサントの伊藤忠離れ
伊藤忠商事にとってデサントは思い入れの大きい企業だ。伊藤忠商事が繊維商社としてスタートしたこともあるが、両社は1964年にゴルフウェアの米マンシングウェアと提携したのを皮切りに、1980年代にデサントのスポーツ衣料品の在庫が積み上がり、経営不振に陥った際には伊藤忠が役員を派遣するなど支援を惜しまなかった。
その後、1998年には当時デサントの売上高の4割を占めていたアディダスにライセンス契約を切られ、再び経営危機に瀕したときも伊藤忠は支え続けた。伊藤忠がデサントの筆頭株主になっているのはこうした過去の支援の結果であり、創業者・石本他家男(たけお)の息子で後を継いだ恵一氏は、伊藤忠の恩に報いるように3代にわたり伊藤忠から社長を迎えた。
その蜜月関係に変化が生じたのは恵一氏が死去した翌年の2013年6月、それまでの伊藤忠商事出身者に代わり、創業家の石本雅敏社長が就いてからだ。御曹司の雅敏氏を社長に担ぎ、伊藤忠からの大政奉還を実現させたのは、“四人組”と呼ばれる側近役員だ。「石本社長には海外販路の拡大や取扱いブランドの強化を自力で進めてきた自負がある」(関係者)とされる。
さらに、両社の関係に決定的な亀裂が入ったのは昨年8月、デサントが下着大手のワコールと電撃的に包括業務提携したのが発端だ。この包括業務は「伊藤忠商事がデサントに派遣している取締役に相談も連絡もなかった」(関係者)とされる。当然、伊藤忠商事は激怒した。同時に、石本社長はMBO(経営陣が参加する買収)を検討していた。明らかなデサントの伊藤忠離れであった。
両社の経営方針に大きな隔たり
これに異を唱えたのは、伊藤忠商事を商社トップに押し上げた中興の祖・岡藤正広会長にほかならない。
「繊維部門出身の岡藤氏は、繊維カンパニーの収益力強化を命題に据えている。デサントの反旗は許されるものではない」(関係者)とされる。さらに岡藤・石本のトップ会談の内容が一部週刊誌で「岡藤氏の恫喝テープ」として報道され、伊藤忠は態度を硬化させた。
伊藤忠が問題視しているのは、デサントの収益構造が過度に韓国市場に依存している点にある。デサントの純利益(2017年度)の9割近くは韓国の現地法人が叩き出しており、俗にいう“1本足打法”となっている。
これに対して、伊藤忠は伊藤忠との連携を強化し、日本、中国、韓国の3市場でバランスよい収益構造を目指すよう働きかけているが、自社ブランドに高い自負を持つ石本社長ら経営陣は自力での展開を譲らない。
デサントの石本社長は伊藤忠との協議の場を持ち、早期の解決を望んでいるが、両社の経営方針には開きが大きい。伊藤忠はデサント株の1月30日の終値に5割のプレミアムを上乗せした2800円という高値で買い付けを行っており、1月31日、2月1日のデサント株はストップ高水準にまで高騰した。資本の論理で見る限り、3月14日期限の伊藤忠のTOBは成功しよう。
その先はどうなるのか、伊藤忠は4割の議決権を握って、役員陣の刷新を求めると見られている。その中に石本社長の解任が含まれるかが焦点だ。一方、デサント側は増資もしくはMBOや他社との資本提携に打って出る可能性があろう。そうなれば交渉の泥沼化が避けられない。
対立が長期化すれば営業の現場にも影響が及ぶことになる。業績は低下し、本来、伊藤忠が求めたデサントの企業価値そのものが棄損しかねない最悪の事態を招こう。そうなる前に両社のメインバンクが仲介役を担うことが期待されている。伊藤忠の主力銀行内では、両社のコミュニケーションが不足し、行き違いもあるとの認識を持っており、銀行を交えた3社によるトップ会談がセットされる可能性がある。