「なんもしない人(ぼく)を貸し出します」――。森本祥司さんがTwitter上で「レンタルなんもしない人」のサービスを開始して約1年。行列に並んだり、ゲームやアニメのファンから“布教”を受けたり、結婚式を笑顔で眺めたり、さまざまな依頼が途切れることなく舞い込んでいます。「なんもしない人」なのに依頼が殺到するのはなぜなのでしょうか?(通称)レンタルさんのツイートに魅せられた尊徳編集長との対談を通じ、“人が誰かの役に立つこと”の意味を考えます。
いろいろ言ってきたけど、本当は「面白いから」やっている
尊徳 今日はホンネを聞きたいというよりも、雑談がしたいです。単純に「この人に会ってみたい」と思ったんですよね。ツイートをまとめた本(『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』晶文社刊)を拝読しましたが、レンタルさんの文章に引き込まれました。
レンタル 本当ですか。
尊徳 (ツイートの)140字の中に情報だけでなくニュアンスも詰まっていて、何が言いたいのかすぐに伝わってきます。レンタルさんはそうやって、感受性豊かにいろんなことを思って表現もして、でも、「なんもしない」と言っていますよね。そのギャップが面白いなと思いました。
街で声をかけられたら「うれしい」って書いてあるのを見て、そこも少し意外な気がしたんですよ。会社で働くのが苦手と言っていたので、なんとなく内向的な人なのかなと想像していたのが覆った。人が苦手なわけではないんですよね?
レンタル 人が好きか嫌いか、一概には言えないです。素の自分で、仕事上の付き合いの人と会えば、人が苦手だと感じるでしょうし。でも、「なんもしない人」であると表明して、それを相手方に理解してもらった上で会う分には、人との付き合いって面白いなと思います。
尊徳 少なくとも、引きこもって人との接触を避けようとはしないですよね。
レンタル そうですね。会社を辞めてフリーランスになって、仕事も家でするようになると、ほとんど妻としか話さず、それはそれで楽しいんですがやっぱりちょっとは別の刺激が欲しくなるんですよ。別の誰かとのコミュニケーションを欲していたのは間違いないです。
尊徳 それが「なんもしない人」を始めた理由ですか?
レンタル いや、それも理由、という程度の話です。メディア向けにわかりやすいかなと思って、取材では過去の出来事をいくつか、活動のきっかけとして挙げてきましたが、本当の動機は「なんとなく」です。しいて言えば、僕が生きてきた全部が、この活動に向かわせたんだと思います。
尊徳 なるほど。今やっていることを、何か未来の新しい活動に結びつけようという考えもない?
レンタル これも人に聞かれて「僕は今、長い取材をしているようなもので」と答えたりしましたが、それはそう言わないと納得してくれない人を黙らせるためというか。お金のことはどうするんだとか、いろいろ言ってくる人がいるので、方便ですね。実際はただ楽しいから、面白いから、やっているだけです。
尊徳 やめたいと思ったことはありますか? ここまで多くの人に注目される活動(取材時Twitterフォロワー18万人超)になってくると、やめたいとも言い出しにくくなりそうですが。
レンタル 言い出しにくくなるというか、面倒くさいだろうなとは思います。それでも、究極はバックレてもいいとどこかで思っているんですよね。商業的なものや社会的なものに縛られて僕は今までしんどかった気がするので、それをぶっ壊すのはアリだなって。それが心理的なセーフティネットになっています。
会えば会うほど、人はひとくくりに語れない
尊徳 活動を始めた当初と、これだけ世間に認知された今とで、自分自身の感覚が変わったところはありますか?
レンタル こんなに反響が大きくなるとは思ってもみなかったです。フォロワー300人から始めて、最初に依頼を受けた頃は「フォロワー1万人ぐらい、いくんじゃないですか」「いやいや、まさか」みたいなやりとりをしていましたから。それが何で目の前にいきものがかりがいるんだろうとは思うじゃないですか(笑)。活動のことも、いろんな人に会うので、続ければ続けるほど興味がわいてきますね。
BSフジ『BSいきものがかり』の収録でフジテレビへ。ボーカルの吉岡聖恵さんの「いま会いたい人」として呼んでいただきました。めちゃくちゃ楽しかったし、楽屋がガチの楽屋で最高でした。 pic.twitter.com/q5b3jRK5Qw
— レンタルなんもしない人 (@morimotoshoji) June 16, 2019
尊徳 思っていた以上に、思いもよらない依頼をする人がたくさんいたんですね。
レンタル いました。どんどん何も言えなくなりますね。個々の出来事は語れるけど、何に気づいたとか、人間ってこういう傾向があるだとか、抽象化して伝えることができなくなっていく。(法則などに)まとまらない。もともと僕は、この世界にいろんな人がいることがいいなと思っていたし、人のことを分類とか法則とかで語りたくない性質(たち)でしたが、ますます、その傾向が強まってきました。
依頼を受けるときには、『面白さ』という尺度を使っています
尊徳 依頼者も依頼内容もいろいろで、似たり寄ったりにならないのが面白いですよね。レンタルさんの活動でみんなの創作意欲が刺激されている部分もありそうです。
レンタル そういう側面はあると思います。面白い企画をみんなが考えて持ち込んでくれて、最初は珍しかったものが一般化してくると、また次の新しいものが生まれて。
尊徳 あなたを通じて世の中にいろんな人がいるのを知れて、僕が見ていても面白いです。赤の他人にお年玉をあげたい とか、そんな人もいるんだなって単純に驚くし、興味深い。依頼者は女性が多いですか?
レンタル 圧倒的に多いです。9割方、女性です。でも、「おっさんレンタル」をしている人も利用者は女性が多いと言っていたので、人間レンタル業界全体の傾向のようですよ。
尊徳 人間レンタル業界(笑)。同じ日を指定する依頼が複数舞い込むこともあると思いますが、選ぶ基準はありますか? 僕なら山手線の電車に延々と乗り続ける依頼は絶対に断るなと思って。
山手線13周なんて苦痛でしかない。無駄だし、丸一日取られるし
レンタル え、意外ですね。メディアの方はああいうのが好きそうだと思いました。僕は発信したら面白がってもらえそうだと思って引き受けました。それに、単純に山手線を何周もしてみたい気持ちもありました。ぐるぐる回ったらどういう気持ちになるんだろうって興味がわいたので。
尊徳 あれはインパクトがありました。依頼はどんな尺度で選んでいますか?
レンタル ほぼ感覚で決めていますが、その日にしかできない依頼は優先しがちになりますね。前後の依頼との場所の兼ね合いもあります。どうしても受けたい依頼があれば、前後ちょっと調整したり無理したりもしますが。
尊徳 調整してでも受けたい依頼ってどんなものでしょう。
レンタル 一言でいえば、バズりそうな依頼。依頼を受けるときには、「面白さ」という尺度を使っていますね。それは間違いない。でも、この依頼のことを必ずTwitterに書くと決めて臨んだりはしないです。後でこれとこれが特に面白かったとか言って依頼に順位をつけるようなこともしません。そもそも面白い依頼だって面白くない依頼があるから面白く見えている。その振り幅が面白いんですよね。
派手な依頼が続いた後には地味な依頼を入れたくなるし、チヤホヤされ系の依頼が続いたら“下積み感”のある依頼を選びたくなる。だから、一概にこういう依頼を受けたいと言語化できるものはあまりないです。
「外れ値」のレンタルさんに心安らぐ人たちがいる
尊徳 レンタルさんに人助けのつもりはなくても、レンタルさんの活動で楽しい思いや救われた思いをする人は多いでしょうね。僕も今日は楽な気持ちです。普段の取材だと、これを聞いて、次はこの話を振って、と考えをめぐらせながらになりますが、今日はまったく気にならない。レンタルさんが「なんもしない」と宣言してくれている効果でしょうかね。