ラグビーワールドカップ2019日本大会 吉田義人×佐藤尊徳

写真/芹澤裕介

社会

ラグビーワールドカップは「混沌とした優勝争い」が見どころ 吉田義人が語るジェイミー・ジャパンへの期待感【明治大学同期対談】

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開幕が目前に迫るラグビーワールドカップ2019日本大会。史上初のアジア開催であり、観戦チケットもほぼ完売(8月26日時点で9割に到達)と気運が高まっている。そこで、元日本代表で日本ラグビー史上でも屈指のトライゲッターとして名をはせた吉田義人氏を迎えて、明治大学同期生にしてラグビー好きの尊徳編集長と大会直前対談。競技の魅力や大会の見どころを語る。

 7人制ラグビー専門チーム「サムライセブン」監督/日本スポーツ教育アカデミー理事長

吉田義人 よしだ よしひと

1969年2月16日生まれ、秋田県男鹿市出身。秋田工業高、明治大学主将として共に全国優勝。19歳で日本代表入り。世界選抜に日本人として唯一、3度選抜、オールブラックス戦でのダイビングトライは世界ラグビー史上伝説となる。伊勢丹ラグビー部キャプテン~筑波大学院にてスポーツ教育を学び修士号取得。31歳でフランスに渡り日本人初の1部リーグプロラグビー選手となる。現役引退後、横河電機ヘッドコーチとして全勝優勝でトップリーグに昇格。社業では最年少部長に抜擢。その後明治大学ラグビー部監督就任、14年ぶり対抗戦優勝を果たす。現在、一般社団法人「日本スポーツ教育アカデミー」理事長。7人制ラグビー専門チーム「サムライセブン」監督。著書に『矜持 すべてはラグビーのために』(ホーム社)。

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株式会社損得舎 代表取締役社長/「政経電論」編集長

佐藤尊徳 さとう そんとく

1967年11月26日生まれ。神奈川県出身。明治大学商学部卒。1991年、経済界入社。創業者・佐藤正忠氏の随行秘書を務め、人脈の作り方を学びネットワークを広げる。雑誌「経済界」の編集長も務める。2013年、22年間勤めた経済界を退職し、株式会社損得舎を設立、電子雑誌「政経電論」を立ち上げ、現在に至る。著書に『やりぬく思考法 日本を変える情熱リーダー9人の”信念の貫き方”』(双葉社)。

Twitter:@SonsonSugar

ブログ:https://seikeidenron.jp/blog/sontokublog/

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肉弾戦の迫力に選手の多彩さなど、ラグビーは魅力の宝庫

尊徳 僕と吉田さんは明治大学の同期(1987年入学)なんですよね。僕らが大学生の頃は、国立競技場が満員になるスポーツイベントといえば、年に3つだけでした。サッカーのトヨタカップ(現FIFAクラブワールドカップ)と天皇杯、そしてラグビーの早明戦(早稲田大学 vs. 明治大学)です。吉田義人といえば当時の明治のエースで、僕らにとっても強く印象に残る選手です。そもそも、ラグビーを始めたきっかけは?

吉田 僕は秋田の男鹿半島で生まれ育ちました。ラグビーを始めたのは小学校3年生のときです。小学生時代は、学校が終われば友達と毎日外で遊びました。冬のある日、仲間の一人が「今日はこれで遊ぼう!」と持ってきたのがラグビーボールでした。実は、地元には少年スポーツチームがラグビースクールしかなく、その仲間はスクールに入ったばかりだったんですね。辺り一面、真っ白に雪が積もったところで、見よう見まねでラグビーを初めてやりました。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 吉田義人

尊徳 そこから魅力に取りつかれて?

吉田 ボールを持って走る面白さに夢中になりました。ボールを奪い合うところに格闘技のような要素もあって、一気にハマりましたね。

尊徳 9月20日から、いよいよラグビーワールドカップ2019が始まります。今回、史上初のアジア開催、しかも日本大会ということで、これまでラグビーに触れてこなかった人にも興味を持ってもらいたいんですよね。改めて、ラグビーというスポーツの魅力について聞かせてください。

吉田 たくさんありますが、例えば、1チーム15人という球技で最多クラスの人数がグラウンドを駆け回るところ。一人ひとりがいろんなアイデアを持ってプレーするので、多様なシチュエーションが生まれます。

尊徳 15人もいるので、ポジションや役割もいろいろですよね。体が大きくてパワーのある人がスクラムを押して、背の高い人がラインアウトのボールをキャッチして、小柄な人が器用にパスを出して、身軽な人が快足を飛ばしてトライを取って、というような。僕もいろんな特性を持った人たちが入り乱れてプレーするところが面白いなと感じます。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 佐藤尊徳

吉田 これだけ体格差のある選手同士が同じフィールドに立つスポーツも珍しいですよね。体重70kgの選手もいれば120kgの選手もいます。それが、防具も着けずに生身の肉弾戦をするわけですから。

尊徳 目の前で試合を見たときに最も迫力を感じられる球技はラグビーなんじゃないかと個人的には思います。加えて、ボールが楕円形であることも偶発的な面白さを生みますよね。丸いボールと違って、バウンドが不規則で予測しづらいですから。

吉田 確かに、自分たち側か相手側か、ボールがどちらに弾むかわからないところはあります。どこへ転がってもおかしくないボールをこちらへ転がすために、ラグビー選手は鍛錬しているのかなとも思うんですよ。懸命な努力でラグビーの神様を振り向かせるというか、“良い人生”を引き寄せるというか。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 対談:吉田義人×佐藤尊徳

ラグビー人気再興のカギはプロリーグと総合型スポーツクラブ

尊徳 日本でも昔はラグビーやラグビー選手の認知度、人気が高かったのに、ここ20年余の間にすっかりマイナースポーツの扱いになってしまったのが残念です。どうすれば、日本のラグビーは再び、あるいは以前よりもっと、盛り上がるのでしょうか。

吉田 プロリーグの存在が不可欠だと思います。日本で人気スポーツといえば、野球、サッカー、バスケットボール。みんなプロリーグがあります。プロの世界ができて、スター選手が生まれれば、子どもたちはそのスポーツに将来の夢を見ることができます。そうなれば、競技人口もファンの数もまるで違ってくるはずです。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 吉田義人2

誤解がないように強調しておきたいのですが、日本のラグビーの今があるのは、アマチュアのラグビー、その到達点としての社会人ラグビー、企業ラグビーがあったおかげです。選手たちは、ラグビーをしながら会社や社会でも活躍できる環境を与えられ、安心して研鑽を積むことができました。日本のラグビーはそうやって強くなってきた。それは紛れもない事実です。

僕も現役時代は伊勢丹や横河電機といった企業で貴重な経験をさせてもらいました。今後もアマチュアのチームやリーグにしっかり存続してほしいと思っています。ただ、今よりメジャーなスポーツになるには、さらにプロのリーグが必要だという話なんです。

尊徳 スポーツを続けていった先に大きな夢がつかめるかもしれないという可能性が見出せなければ、子どもたちが選ぶスポーツにはなりえないということですよね。

吉田 その通りです。日本では子どもの頃から、やるスポーツを絞り込んでしまうので、今すでに人気のあるスポーツ以外になかなかチャンスがないのも残念です。

尊徳 Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎さんも同じことをおっしゃっていました。欧米では子どもたちがさまざまなスポーツを掛け持ちで楽しむのが一般的だけど、日本にはそうした環境がないのだと。日本にも、子どもたちが気軽に複数のスポーツを体験できる土壌があれば、ラグビーを経験する人の数も増えて、ある程度の年齢になって本格的に打ち込む競技を決めるときに、選ばれる可能性が今より高まりますね。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 佐藤尊徳2

吉田 そう思います。そういう環境を築きたくて、僕は一般社団法人日本スポーツ教育アカデミーを立ち上げました。さまざまなスポーツや音楽、教育などを通じて子どもたちの心身を育てようという取り組みです。

神経の発達が著しい9~12歳時にいろんなスポーツを体験すると、身体能力が高まるという研究結果があり、僕も過去、これをテーマに修士論文を書きました。それに、アメリカで人気の種目もヨーロッパ生まれの種目も経験して、多種多様なスポーツ文化に触れるのは、人間性や知性を育てる上でも意義深いことだと思います。

ジェイミー・ジャパンは選手一人ひとりに創意あるチーム

尊徳 さて、ラグビーワールドカップといえば、前回のイングランド大会でエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)が率いた日本代表の躍進が記憶に新しいところです。あの南アフリカ戦の奇跡は、どうして起こり得たのでしょう。

ラグビーワールドカップ2015イングランド大会で日本は強豪南アフリカに勝利
ラグビーワールドカップ2015イングランド大会において、当時、世界ランキング13位の日本が3位の南アフリカに34-32で逆転勝利。「スポーツ史上最大の番狂わせ」と評され世界中を驚かせた。
写真/Charlie Crowhurst

吉田 もともと日本人のメンタリティはラグビー向きだと思います。世界一厳しい鍛錬を課せられてもやりきるし、15人という大人数のチームスポーツで、一人ひとりが(チームで取り決めた)規律を守ります。そんな日本のチームを、エディーが4年をかけて強化した。「SAMURAI EYES(侍のような精神力)」「NINJYA BODY(忍者のような肉体)」「JAPAN WAY(日本らしい戦い方)」というわかりやすい言葉を掲げて特訓し、その努力があの試合で実を結んだのです。

尊徳 そのエディー・ジョーンズ氏はイングランド代表HCとなり、現在、日本代表を指揮しているのはジェイミー・ジョセフ氏です。期待感はいかがですか。

吉田 ジェイミー・ジョセフ監督はニュージーランド出身で、「オールブラックス」(ニュージーランド代表)として活躍し、その後は日本代表としてもプレーしました。彼が追求するのはクリエイティブなラグビーです。選手一人ひとりが独創性を持ってプレーする。その発想や判断を突き詰めていくと、15人が集まったときに一糸乱れぬ連携の取れたプレーができるという考え方です。

今年7月から8月にかけて行われた「パシフィックネーションズカップ」(カナダ[ランキング21位]、フィジー[10位]、日本[9位]、サモア[16位]、トンガ[15位]、アメリカ[14位]の6カ国が参加した国際大会 ※ランキングは8月末現在)で日本は優勝しました。ジェイミー・ジャパンのラグビーが完成しつつあり、その強化の方向性が正しかったことを、関係者もラグビーファンも確信したことでしょう。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 吉田義人3

尊徳 ラグビーチームの強化の成否は、指導者によるところが大きいですか?

吉田 大きいと思います。今のジャパンはジェイミーをはじめ、ラグビー先進国出身のコーチ陣がたくさんの経験や知見を選手に共有しています。彼らは選手が能動的に動くことを求める。一から十まで指導者が考えたものを押しつけるのではなくて、選手にテーマを与えて考えさせます。おかげで、今の日本代表には、ラグビー先進国と同じ発想でプレーできる選手がたくさんいます。一人ひとりが考えて動けるチームは強いし、観客が見ても面白いゲームになるはずです。

8強目指す日本代表、リーチ・マイケルのキャプテンシーに注目

尊徳 日本代表はベスト8(決勝トーナメント進出)を目標に掲げています。目標を達成すれば史上初の快挙になりますね。

吉田 期待できますよ。なんといっても自国開催です。家族や友達、恋人など、大切な人たちがそばで声援を送ってくれる、日本中みんなが応援してくれる。最高の追い風じゃないですか。元選手としては現メンバーがうらやましいです。

尊徳 この大会は、日本のラグビーにとっても発展のチャンスですよね。大会が成功すれば、競技全体の人気が底上げされて、日本にラグビーが文化として根づいていきそうです。吉田さんが思う大会の見どころを教えてください。

吉田 予想がつかないほど混沌とした優勝争いです。今回は本当に、どこが優勝するのか読めません。世界ランキングは今年に入って、ニュージーランドが首位から陥落してウェールズが首位(※)に立ちました。
※9月2日現在のランキングではニュージーランドが首位、ウェールズは4位

ラグビーワールドカップは、オリンピック、サッカーワールドカップと並ぶ世界3大スポーツイベントだとされています。これまでは、そうはいってもラグビー先進国を中心に盛り上がってきた印象ですが、今回は大会前から様子が違います。

これまではIRB(国際ラグビー評議会)の創設メンバー8カ国(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア)が持ち回りで開催してきましたが、今回の開催地は日本。最近のテストマッチでも日本をはじめ、アメリカやジョージアなど、ラグビー新興国に勢いが感じられます。やはり、後進国も強くなって初めてスポーツとしてメジャーになるわけですので、その意味でも新興国の金星が見たいですね。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 対談:吉田義人×佐藤尊徳2

尊徳 ただ、日本代表に関しては「外国人が多いじゃないか」というような心無い言葉を聞くこともあります。これについて、吉田さんはどんな見解ですか?

吉田 世界共通の大会規則に基づいて代表の資格を得ているので、何もおかしなことはないですよね。現に、日本代表に限らず、強豪国の代表チームも同様の状況です。

感情的な話をさせてもらうと、その国に生まれ育った人だけじゃなくて、その国を愛して移り住んだ人だって、国の代表としてふさわしいと僕は思います。その人たちの方が覚悟を持って移り住んでいるともいえるわけで、日の丸をつけて仲間のために体を張ろうという人に向かって、肌の色がどうのこうのと言うのはつまらないですね。

尊徳 僕も同感です。吉田さんが注目するジャパンの選手を挙げてもらえますか? ウィングの福岡堅樹選手はプレースタイルや走り方が吉田さんとよく似ていますよね。

吉田 福岡選手に松島幸太朗選手。両ウィングは世界の強豪と比べても遜色ない素晴らしいトライゲッターに育ってきました。前回大会でジャパンはトライが取れなくて勝ち点を積み上げられずに、3勝したのにプール戦(グループに分かれて戦う予選)で敗退しました。ジェイミー・ジャパンはトライを取り切ることを意識してしっかり鍛錬してきているので、同じ轍は踏まないはずです。バックスでは司令塔(スタンドオフ)の田村優選手なども2大会続けての出場で、活躍が楽しみです。

そして、なんといってもリーチ・マイケル(フランカー)。帰化して日本国籍を取得し、2大会連続でキャプテンを務めます。ラグビーは一人ひとりが自立しなければいけないスポーツですが、そうはいってもキャプテンの影響は大きいです。

試合中は基本的に選手がすべてを判断する(監督がコーチやウォーターボーイなどを通じて指示を出すことはあるが、必ずしも従わなくてもよいとされる)スポーツだからこそ、なおさらキャプテンシーがチーム力を左右します。リーチのプレー、その背中に注目です。

ラグビーワールドカップ2019日本大会 対談:吉田義人×佐藤尊徳3