移動をより楽しく、シームレスに!小田急電鉄のMaaSアプリ「EMot」の挑戦

写真:カキモトジュンコ(パーシモン)

社会

移動をより楽しく、シームレスに!小田急電鉄のMaaSアプリ「EMot」の挑戦

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交通や移動をめぐるさまざまな問題を、スマートフォンひとつで解決する次世代交通システムとして世界的に注目されている「MaaS(マース)」。日本では2019年10月、小田急電鉄がMaaSアプリ 「EMot(エモット)」のサービスをスタートさせ、その基盤となるシステムを積極的に他の事業者へ開放している。いったいどんなシステムなのか。実証実験を展開している新百合ヶ丘駅(神奈川)で、実際に体験してみた。

「MaaS」は“次世代”の移動サービス

「MaaS」とは、「Mobility as a Service」の略語。直訳すると「サービスとしての移動」だが、簡単にいうと、さまざまな公共交通機関をITでシームレスに結びつけ、人々が効率よく、かつ便利に移動できるようにするシステムのことだ。バスや電車、タクシー、シェアサイクルなどの公共交通機関の利用促進には、マイカー利用による渋滞や駐車場不足、排ガスによる環境破壊の緩和など、多くの効果が期待されている。

EMotの基本機能は「複合経路検索」と「電子チケットの発行」

小田急電鉄がサービスを開始したMaaSアプリ「EMot」が、現時点で有している基本機能は「複合経路検索」と「電子チケットの発行」の2つ。

EMotアプリ内の複合経路検索の画面

「複合経路検索」が一般的な経路検索と違うのは、鉄道やバスに加え、タクシーやシェアサイクル等を組み合わせた経路検索ができること。経路検索結果から連携しているアプリ・サイトにリンクし、予約・決済が可能だ(事前の登録が必要)。また、保有している定期券情報や購入した電子チケットが考慮されたパーソナルな経路検索が行えるのも、一般的な経路検索とは異なる。

タクシーやシェアサイクルを含めた複合的な経路検索結果が表示される
「自転車移動を乗換えの間に挟むことで、早く着くことも多いんですよ」(小田急電鉄の須田崇彦さん)

また「電子チケットの発行」では、「デジタル箱根フリーパス」をはじめとした企画チケットや飲食チケットがEMotのアプリ内で購入できる。

EMotアプリ内の電子チケット発行画面

シェアサイクルやタクシーまで含む経路検索や、アプリ内でチケット購入ができるのは便利だが、正直、この基本機能だけだとMaaSの効果はそれほどイメージできないかもしれない。だがEMotは移動や生活に関わるより広い領域を見据えている。

小田急電鉄株式会社の次世代モビリティチーム 戦略マネージャーの須田崇彦さんは、「EMotは単に移動の利便性を高めるだけでなく、地域の商業・観光施設の来訪者満足度向上も目指しており、将来的には飲食や地域イベントを含めた多彩なサービスを加えていく予定です。デジタルを通じて住民と対話し、より便利な体験を提供していきたい」と語る。

1カ月で最高7200円得をする“飲食サブスク”も!

この将来的なサービスの可能性や効果を確かめるために、小田急電鉄が2019年10月から2020年6月まで行っているのが、EMot利用者を対象にした以下の3タイプの実証実験だ。

(1)新百合ヶ丘エリアにおける「郊外型MaaS」

商業施設「新百合ヶ丘エルミロード」で2500円以上(税込)購入した人に、新百合ヶ丘駅を発着する小田急バスの往復無料チケットを発行している。「買い物をすると駐車場料金が無料になるサービスはカーユーザー限定の優遇ですので、これをバス利用者にも広げたい。将来的には、バス利用者の増加によって発生する駐車場の空きスペースを賃貸し、その収益をバスの費用負担にしてもらう経済モデルが成立しないか検討しています」(須田さん)。

2500円以上のレシートを新百合ヶ丘エルミロード内インフォメーションカウンター、またはOdakyu OXのサービスカウンターに提示し、カウンターで提示された2次元コードを読み込むと、電子チケットが保存される
乗車する直前にアプリ内に保存されているバスチケットの「使う」ボタンを押すと、アニメーション動画が現れるので、バス乗務員に提示して乗車できる

(2)新宿・新百合ヶ丘エリアにおける「MaaS×生活サービス」

新宿・新百合ヶ丘駅構内の「おだむすび」「箱根そば」「HOKUO」のいずれかの店舗で、一日1回500円相当のサービスが受けられる定額制チケットを販売している。小田急線の乗降客数は新宿駅が圧倒的に多いが、このサブスクサービスの利用実績は、男性ビジネスマンの多い新宿駅よりも、女性の利用が多い新百合ヶ丘駅が伸びている、という興味深い結果も報告されている。

3500円の「10日チケット(有効期間30日のうち10日間使える)」は、フルに使えば500円×10日=5000円分の商品が購入できるので、最大1500円分得をする。7800円の「30日チケット(有効期間30日内なら毎日使える)」なら、最大7200円分の得だ。

EMotのサブスクサービスの実証実験を行っている新百合ヶ丘駅構内の手づくりパン専門店「HOKUO」
人気の菓子パン・調理パンは200円台の価格帯がボリュームゾーン。1回300円未満の商品を2個購入できる
スマホの画面をスタッフに提示するだけ。キャッシュレスでスピーディに精算完了

利用者からは、「飲食サブスクのチケットを子どものスマホで購入し、塾帰りに小腹が空いたときに食べられるようにしている。現金と違い、ほかのことに使う心配がなく安心」といった声も寄せられているとのこと。2020年度中には電子チケットの譲渡機能もプラスし、より気軽に使ってもらえるようにする予定。小田急線沿線への引っ越し祝いなどに歓迎されそうだ。

(3)箱根エリアにおける“観光型MaaS”

箱根エリアのさまざまな交通サービスが自由に乗り降りできることに加え、箱根周辺の温泉や観光施設など、約70のスポットが優待・割引料金になるお得なきっぷ「デジタル箱根フリーパス」を販売している。アプリひとつでチケットの購入と発行ができるので、わざわざ窓口でチケットを購入したり、紙のチケットを持ち歩いたりするわずらわしさから解放されそうだ。

3つの実証実験に加えて、さらに2020年2月17日より、新百合ヶ丘駅周辺の郊外住宅地を対象にして、オンデマンド交通「しんゆりシャトル」の実証運行を実施している。「しんゆりシャトル」は、バスとタクシーが融合したようなサービスで、新百合ヶ丘駅周辺約5㎢内に、約500カ所の乗降地点を設置している。専用のアプリで呼び出せば、希望の発着地から目的地近くの乗降地点間を乗車することができ、現在は無料で試乗可能である。次のフェーズでは、EMotとの連携も検討されており、将来的には住民への新たな移動手段の提供も目指している。

オンデマンド交通「しんゆりシャトル」車両

最終的な目標は、EMotの存在すら忘れてもらうこと

EMotの初期ターゲットは、スマホを使いこなしていて発信力もある20代~30代のデジタルネイティブ世代。まずそこに定着させ、全世代に広げていきたい考えだ。

現在はまだ、リアルとデジタルの運用が併存することで費用が重複している状況であり、リアル側で軽減できる費用の精査や、ユーザーの利便性向上をどう評価すべきか、模索している段階にある。短期的な収益のみを考えるのであれば、リスクの大きい取り組みに見えるかもしれないが、EMotが目指すビジョンに興味を持ち「一緒にやりたい」という企業からのオファーは多いとのこと。「それぞれが得意とする領域で連携し、やれることからやっていこうというスタンスの会社が多いので、非常にありがたいです。パートナーと一緒に成長していきたい」と須田さん。

EMotのロゴは、幅広いサービス提供を可能にするさまざまなパートナーとの連携が必要なため、小田急カラーを排除。サービス名にも社名を入れず、イメージカラーも小田急のブルーをあえて使用していない

須田さんによるとEMotの最終的な目標は、EMotの存在自体を忘れてもらうことだという。

「小田急電鉄はロマンスカーに代表されるように、単なる移動手段の提供ではなく、『移動する時間を楽しんでもらう』ことを重視してきた会社です。将来的にはスマホを見せることすらしないで、誰もが自由にスムーズに移動し、一緒にいる人との会話や景色、その場その場の時間の流れを楽しんで欲しい。テクノロジーの進化と上手く付き合って、そんな体験を支える見えない存在になりたいですね」

まだまだ始まったばかりのEMot。今後コンテンツが拡充すれば、アプリの中であらゆる交通機関がつながり、移動が格段にスムーズになりそうだ。移動は面倒なものではなく、“楽しくておトクなもの”に代わる日がくるかもしれない。それこそ“行き方”とともに“生き方”まで変わりそうだ。

小田急電鉄株式会社 

須田崇彦 すだ たかひこ

経営戦略部 次世代モビリティチーム 戦略マネージャー。2008年3月、横浜国立大学大学院工学府卒。同年4月、小田急電鉄株式会社入社。鉄道現業研修等を経て、経営企画本部に所属し、グループの運輸業や流通業の経営サポートのほか、グループ中期経営計画策定業務に従事。2019年4月より、経営戦略部 次世代モビリティチーム 戦略マネジャー。

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