菅政権が”脱ガソリン車”にハンドルを大きく切った。2020年12月「2030年代半ばまでに国内販売できる新車は“ガソリン車”ではなく“電動車”」との意向を表明し、先に宣言した「2050年までに温室効果ガス実質ゼロ」、いわゆるゼロエミッション戦略の牽引役を期待するものとして脱ガソリン車の方針を打ち出した。ただし、脱ガソリン車とはいうものの、近い将来すべてのクルマがEV(電気自動車)になるというワケではない。また、欧州とは状況の異なる日本の場合、オールEV化“すべきでない”理由もあるのだ。
すべてのクルマがEVになるわけではない
一部メディアがセンセーショナルに報じたため「近い将来クルマは全部電動車=EV(電気自動車)になる」と早とちりする人間も少なくないようだが、菅政権はあくまでも「ガソリン・エンジン“だけ”で動く従来型の自動車」の新車販売の中止を想定している。
「電動車」とはリチウムイオン電池(LIB)など充電可能な二次電池で動くEVに加え、水素を燃料として化学反応で電気を得るFCV(燃料電池車)、ガソリン・エンジンに電動モーターを連動させたハイブリッド車(HV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHV)も含む。このほか、天然ガス車(NGV)、タクシーが多用しているLPガス車、FCVとは別に水素ガスを直接燃焼させるエンジンを持つ水素自動車なども低炭素カーとして販売中止の適用除外になるハズだ。
事業用ディーゼル車は規制外の可能性大
なお気になるディーゼル車の処遇だが、少なくとも事業用トラックは規制外になる可能性が高い。軽油を燃料とするディーゼル・エンジンは低燃費、高耐久性、低速時の高出力(高トルク性能)がウリのため、物流の主力で費用対効果にシビアな事業用トラックの大半が採用している。
より低炭素なディーゼル・ハイブリッド車への移行を唱える声もあるが、割高な車両への移行は物流コスト上昇の元凶となり、手厚い補助金なしでは成立しない。ましてやEVトラックの普及はまだまだ先の話。スウェーデンのボルボなどが中大型のEVトラック(積載量4t以上)を販売し始めたが、価格は既存車の2倍以上。また走行距離はメーカー発表で300km程度(実際の運用では200km以下)だ。既存車の場合満タンで1000km前後が普通で、2000km超もあることを考えると、まだまだ実用的とは言いがたい。
ちなみにEVトラックも電池を増やせば航続距離は伸びるが、電池はかなり重く逆に重量増による燃費悪化とさらなる価格高騰に陥ってしまう。充電も6時間以上は必要。このため今後10数年で既存車と完全代替、と考えるのは非現実的だ。
FCV(燃料電池車)も大同小異で、航続距離に関しては日本メーカー勢が現在600kmを目標に試験中だが、今後車両本体や水素ガスの価格が急激に下がり、水素ガス・ステーションも全国津々浦々に配置されない限り普及は限定的だろう。
日本がストイックな欧米基準をマネしない理由
日本の場合、EV以外の低炭素カーやディーゼルも適応除外になりそうだが、欧州各国はハイブリッド車(HV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHV)、ディーゼルさえもノーとし、新車販売は事実上EVかFCVに限定、とりわけ前者に重きを置く戦略だ。
果たして十数年の間にEV、FCVが販売価格やランニングコスト、走行性能、充電時間、安全性などあらゆる面で既存の「内燃機関車」と同等か上回り、順調に普及するのだろうか。ストイックに挑戦するのは自由だが、新型コロナ禍に直面した各国の為政者が、政権維持のためのポピュリズムに過ぎないのでは、との指摘もあるくらいだ。
こうした動きに「日本も欧州同様HV、PHVも禁止にすべき。これこそ環境大国・技術王国ニッポンの生きる道」との声もあるが、安直なマネは禁物。欧州とは違い日本は他国と送電線をつなぎ電力を融通し合う電力系統連系が皆無で、エネルギー確保の観点から極めて脆弱だからだ。
本誌でも何度か指摘しているが、日本は「電力の孤島」のため、万が一国内で電力の大規模な需給バランス崩壊が起き、即応性に優れる既存発電所の緊急フル稼働でも対応できない場合、国民への自粛要請か大口需要者への送電カット、計画停電しかない。3.11ではこれが実際に起こり、電力危機の恐怖を経験した。その記憶はまだ生々しい。
欧州に比べ日本は地震・台風、さらには豪雪被害が圧倒的に多い。将来仮に自動車の大半がEVになったとして、大地震の直後に津波が発生し、さらに大雪や大雨が降り続いたらどうなるか。現在政府はゼロエミッション戦略の一環として、総発電量に占める再生可能エネルギーの割合を3割にする目標を掲げ、太陽光・風力の普及に努めながら、逆に石炭など化石燃料を使う火力発電の比率を下げる計画を推進中だ。
ただし「大地震+津波+台風・大雨」の場合、送電設備のダメージによる大規模停電と、悪天候によるメガソーラー・風力発電の発電量大幅ダウンが同時発生する可能性は決して小さくない。こうなるとEVへの充電は各家庭のソーラーか自家発電、さらに予備バッテリーの3択しかないが、悪天候や夜間ではソーラーは発電せず、そもそもガソリンで自家発電器を動かしEVに充電するのでは本末転倒である。
ただガソリンや軽油など液体燃料も使うハイブリッド車(HV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)ならば、近所のガソリンスタンドが無傷なら当座の燃料補給も可能だ。その後燃料の支援輸送に関してはインフラへのダメージで困難が伴うものの、それでも送電線を復旧させるよりは圧倒的に速く必要とする場所に「エネルギー」を届けることができるハズ。
「電力の孤島」で自然災害が多い日本の場合、安全保障や危機管理の観点から、性急なEV化ではなく、HV、PHVをへて将来はFCVなど水素を燃料としたクルマ社会を築くべきではないだろうか。
<2020.12.18追記>