ペンタゴンが警戒し始めた中国海軍は額面どおりに「脅威」なのか

画像:中国国防部

ペンタゴンが警戒し始めた中国海軍は額面どおりに「脅威」なのか

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「世界最大の保有数」――。アメリカ国防総省(ペンタゴン)は2020年9月に発表した中国軍に関する年次報告書「China Military Power Report」で、中国は共産党政権誕生100周年に当たる2049年をメドに軍事力でアメリカと肩を並べるという、極めて野心的な構想を推進中と指摘した。加えて2020年初めの時点で中国海軍の水上艦・潜水艦数は350隻に達し、アメリカ海軍の293隻をすでに抜き去ったと危機感を強めた。中国海軍の急激な膨張は確かに注視すべきだが、つぶさに見るとやはりアメリカ海軍の優位さは変わらない。果たして、中国海軍は本当に額面どおりの「脅威」なのだろうかーー。

「世界最大の保有数」を叫ぶが……

まずは数字のトリックとは言わないまでも「アメリカ293隻vs中国350隻」は小型艇や輸送艦なども含んだ値だ。2019年時の「ミリタリーバランス」を基に主力戦闘艦だけに絞ると、中国海軍は潜水艦59隻:SSBN=弾道ミサイル原子力潜水艦4隻、SSN=攻撃型原子力潜水艦6隻、SS=(通常動力=ディーゼル推進)攻撃型潜水艦48隻、大型水上戦闘艦(おおむね満載排水量1000トン以上)124隻:空母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦28隻、フリゲイト52隻、コルベット43隻で合計183隻となり、これは「350隻」のうちのほぼ半分である。

対するアメリカ海軍の主力戦闘艦は、潜水艦67隻:SSBN14隻、SSN53隻(潜水艦は全部原潜)、大型水上戦闘艦121隻:空母11隻、巡洋艦24隻、駆逐艦67隻、フリゲイト19隻で計188隻。同じく「293隻」より100隻以上少なくなるが、逆に中国を少し上回る。ただ実際アメリカ海軍が太平洋に投入できる数は通常半分の100隻弱となる一方、同盟国・日本の海上自衛隊分73隻(SS21隻、各種護衛艦51隻)が加味される。

中国はその後空母1隻を始め大型戦闘艦を続々と建造し、2020年における潜水艦戦力は75隻(新型50隻、旧型25隻)との報道もある。主力戦闘艦の「頭数」はすでにアメリカを陵駕したはずだが、総合力ではまだまだアメリカ海軍の方が上と見るべきだ。

日米にマン・ツー・マンで追尾される潜水艦

中国海軍潜水艦隊の主軸を務める「039」型 画像:中国国防部

中国海軍の戦力でまず注目すべきは“秘中の秘”の潜水艦だ。核抑止力の一端を担うSSBN4隻(「094」型/「晋」級。同1万トン超、射程8000kmのSLBM=潜水艦発射型弾道ミサイル「巨浪2」12発搭載)も気になるが、同艦は戦略兵器であり普通は通常戦に投入されることはない。

通常戦での主役は攻撃型潜水艦で、まずSSN6隻(「093」型/「093A」型=商級。同7000トン)に注目したい。原潜なので、乗員の食料が続く限り半永久的に潜航でき静粛性にも優れる。長距離巡航ミサイルが使用可能な後継SSN「095型」(「隋」級。同約7900トン)も開発中で、2020年代前半に就役の見込みだ。

ただしSSBNの護衛がSSNの主任務なので、今の隻数レベルでは中国のSSNが太平洋で長期任務につく場合はやりくりが大変そうだ。

SS48隻のうち現代戦で通用しそうなのは、ロシア製の「キロ」級系12隻、「039」型(「宋」級)系12隻、新型の「039A/B」型(「元」級)18隻の計42隻。

対するアメリカ海軍は世界最高水準の原潜53隻だが太平洋地域に展開できるのは通常半分の25~30隻程度で、これに同盟国・日本のSS21隻が加味される。世界最高水準の潜水艦開発・探知技術を持つ日米にとって、ノイズの多い中国製潜水艦の追跡は比較的容易だ。一方中国はこの分野でまだ遅れを取っており、(対潜)哨戒機の配備数も決定的に少ない。日米は中国潜水艦の音紋(スクリューが出す個別の雑音)もすべて把握し、加えてアメリカは日本列島~台湾~フィリピンにSOSUS(潜水艦音響監視システム)までも構築しているため、日米にマン・ツー・マンで追尾されている、といっても過言ではない状態だ。

空母は護衛艦がなければ単なる巨大な標的

また、水上戦闘艦ではどうしても空母に耳目が集まる。中国は2012年に戦力化した「遼寧」(りょうねい。同6万トン弱、戦闘機24機など搭載)に続き、2019年末により大型の純国産空母「山東」(同約7万トン、戦闘機36機など搭載)を配備して、ローテーションによる「常時1隻前線展開」の体制を整えた。

2隻目、かつ初の純国産空母「山東」 写真:中国国防部

さらに、2020年代半ばには新たな1隻が完成し3隻体制となる模様で、こちらはアメリカ空母と同様にカタパルト(艦上機射出装置)を採用、前2隻に比べ能力は飛躍的にアップしそうだ。大艦巨砲の代名詞のような空母は、近隣のアジア太平洋の中小国に対する“砲艦外交”や為政者による国内向けの権威づけには有効だろうが、純軍事的には単体では巨大な的に過ぎず、搭載する戦闘攻撃機も質量ともにアメリカ空母には及ばない。防空に不可欠な、お皿を載せた格好の「空飛ぶレーダー」早期警戒機もない。後述のイージス艦のようなフネを随伴させた空母艦隊を編成しなければ「宝の持ち腐れ」なのだ。

本家より巨艦の“中華版イージス艦”とは

空母の次に耳目を集めているのが、2020年に2隻就役した最新鋭駆逐艦「055」型(同1万3000トン)だ。高性能の防空用フェーズドアレイ・レーダーと国産の長距離SAM(対空ミサイル)「HHQ-9A」(最大射程120km)を装備する点が最大のウリで“中華版イージス艦”との渾名も。

ペンタゴンが警戒し始めた中国海軍は額面どおりに「脅威」なのか
巨漢を誇る最新鋭“中華イージス艦”「055」型  画像:中国国防部

だが本家・アメリカのイージス巡洋艦「タイコンデロガ」級(同1万トン強)よりも重く、実際は「巡洋艦」である。対艦、対潜各ミサイル、対地/対艦CMも発射できる「何でもござれ」的フネで頼もしい反面、既存艦に比べあまりにも大型化/高性能化しているため、建造コストも従来の2倍ほどにアップとの声も。中国はそんな“中華版イージス”を現在4隻建造中だ。

このように巨艦化を急ぐが、大型水上戦闘艦124隻のうち同2000トン台以下の小ぶりな軍艦が約60隻(フリゲイト52隻のうち約20隻、コルベットが43隻)と半数を占めるのが中国海軍の実情だ。依然として沿海防備を主眼とする国防戦略「接近阻止/領域拒否(A2/AD)」に重きを置くためこれに沿ったもの、ということか。

強襲揚陸艦新造で台湾侵攻に王手か

戦闘艦ではないが、中国初の空母型強襲揚陸艦(LHD)「075」型(同4万トン)が2019年に進水し、いよいよ2021年に実戦配備される点にも注目したい。

敵地上陸や歩兵部隊の海外展開で必要な「パワー・プロジェクション(軍事力の投射)」の能力を担うフネで、アメリカ海軍の「ワスプ」級LHD(同約4万1300トン)に似ていることから“中華版「ワスプ」級”との渾名も。

ヘリ20~30機、ホバークラフト型の高速揚陸艇(エアクッション艇)2隻を持ち、歩兵1500名以上を収容、上陸作戦を展開するのが主任務だ。他に2隻が建造中で、2007年から配備が開始された大型のドック型揚陸艦「071」型(同2万5000トン)8隻とともに、パワー・プロジェクション能力を大幅に強化し、「台湾侵攻の本格準備か」とアメリカも警戒する。

アメリカの過大評価すら戦略のうち?

以上、中国海軍艦艇の実像に迫ったが、急速な艦船増強にともなうツケ、つまり軍事費高騰や艦船老朽化にともなう後継艦への更新が一気に訪れるという海軍版「団塊の世代」問題だ。

高度成長続く中国だが未来永劫は続かない。それどころか間もなく中国の人口は天井を打ち高齢化も進行、膨張する社会保障費が国家財政を圧迫するとの予測すらある。

一方、今回のペンタゴンの警戒論に関しては、よく行われる予算獲得のための過大評価とも言えるだろう。対する中国側にとってもアメリカの過大評価が災いし、日本や周辺のアジア諸国などが中国に「ひれ伏す」ことにでもなればまさに戦略的勝利、孫氏の教え「戦わずして勝つ」そのものだ。