年末には株価は持ち直したが、新型コロナウイルス感染症の拡大が始まった2020年は、3月には株価が大暴落した。2月末時点で3万ドルを目前としていたNYダウは3月下旬には2万ドルを下回り、1カ月で35%というリーマン・ショックを超える下落幅を記録した。
だが、こうした状況下でもオンライン教育サービスを提供する米企業「Chegg」は他銘柄よりも下落幅が小さく、年末までに3倍も株価が上昇した。Cheggのような「教育」と「テクノロジー」を組み合わせたサービスは「EdTech(エドテック)」と呼ばれ、withコロナの経済下で成長が期待されている。同社のサービスを参考にしながら、日本におけるEdTechの展開を予想したい。
大学生の悩みを解決するChegg
高校までは学校指定の教科書が支給され、わからない問題があれば先生が親身に教えてくれることだろう。文字通り人を育てる教育的側面が強いが、大学以降は学生の自主性が尊重される。課題でわからない点があった場合、教員を頼ることもできるが、彼らは各自のゼミ・研究に重きを置いており、あまり時間を取ってもらえないかもしれない。
また、学費も悩みの種となる。特にアメリカでは学費が増加し続けており、学生は奨学金制度に頼らざるを得なくなっている。奨学金制度は連邦・州・民間など多種多様の制度があるため、学生は自分にあったものを探さなければならない。教科書代も学生にとっては痛手となる。専門書は一冊40ドル以上になることもあり、10科目であれば最低でも4万円だ。
こうした問題を解決することで成長した教育テクノロジー企業Cheggの主なサービスを見てみよう。
教育テクノロジー企業Cheggの主なサービス
[1]Chegg books
同社設立以来の事業である教科書レンタル及び売買市場のECサイト。デジタル教科書も扱っている。専門書に特化しているため一部では詳細や使いやすさに関してAmazonよりも高い評価を受けている。レンタル及びデジタル教科書を利用することで通常の半額程度に抑えることができる。
[2]Chegg Stud
月額14.95ドルのサブスクリプションサービス。解けない問題をアップロードすると最短30分で解答を得られる。また、教科書に書かれた各問題の解説集も提供している。通常、大学生向けの教科書は解答が書かれているだけの物が多く、解説が省かれているため、こうしたサービスは一定の需要がある。
[3]Chegg Writing
月額9.95ドルのサブスクリプションサービス。課題レポートの表現チェックに加え、引用を自動的に生成できる。
[4]Chegg Internship
企業が提供するインターンのマッチングサービス。アメリカでは採用活動の一環として企業側がインターンを提供しており、実質的な求人紹介サービスといえる。
[5]Chegg Scholarships
各団体が提供する奨学金制度のマッチングサービス。限度額は1000ドル~1万ドル以上など提供側によって多種多様。
[6]Chegg Tutor
マンツーマンの授業を受けたい学生と提供する教師のマッチングサービス。ビデオ通話、チャット、手書きツールなどの授業用ツールも提供している。
※ただし2021年1月にサービス終了
Cheggは2005年の設立当時、DVDレンタルを主力事業としていたNetflixを参考にChegg booksのサービスを提供し始めた。その後、M&Aを繰り返しながら、日本のYahoo!知恵袋にあたる質問サイト「Ask」やマッチングサービスの人材を引き抜き、他のサービスを開発。
特にChegg books以外のサービスはスマホの普及によって成長し、2016年はChegg booksと他サービスの売上高は同等であったが、2019年度の売上高4億1093万ドルに対してChegg booksの売上高は7871万ドルと20%程度しかない。
コロナ禍での注目
Cheggのビジネスモデルはコロナ禍で注目を浴び、実際に株価も大幅に上昇した。2020年2月末時点で40ドル代だった株価は3月のコロナショックで一時29ドルまで下落したが、4月下旬に30ドル代後半まで回復、5月上旬には急騰を見せ60ドルを突破した。その後は短期で上下しつつも上昇局面は変わらず、年末には最安値の3倍となる90ドル代を記録している。
大学が閉鎖されオンライン授業の導入が進むなか、課題の質問相手を必要とする学生の需要にマッチしたことが高騰の理由だ。実際に2019年度末時点で250万人だった登録者数は20年度3Q時点で375万人を記録し、1~3Qの売上高は前年同期比で増加である。
日本におけるEdTechの普及を考える
Cheggのサービスを日本で想定してみよう。
学生を経済的に支えるサービスとして[1]Chegg booksと[5]Chegg Scholarshipsが挙げられるが、国内では日本学生支援機構による奨学金が主流であり、アメリカほど多様化されていないため奨学金マッチングサービスは普及しないだろう。学生の貧困もアメリカほどではないため、中古教科書・レンタル事業も成功しない可能性が高い。
一方、デジタル教科書のECサービスは期待できる。国内の出版物全体で電子書籍が占める割合は額面ベースで20%程度(2019年)だが、2015年の9%からは確実に普及している。また、大学生は対象としていないが、2019年に施行された学校教育法の改正によって、学生各自のハードウェアで閲覧する「学習者用デジタル教科書」の導入が進んでいる。現段階では紙の教科書との併用が原則だが、この政策によって子どもたちの間でデジタル教科書が一般的となるだろう。
彼らが大学生になればデバイスひとつで何冊も持ち運べるデジタル教科書を好むはずだ。Chegg同様に専門書に特化したサービスであればAmazonとの差別化に成功する可能性が高いが、日本では業界における力が強い出版社との提携が必要となるかもしれない。
withコロナの経済下では、日本でもChegg Tutorのようなオンライン教育サービスの需要は高まるが、形式は少し異なるだろう。中学生・高校生向けのサービスとして塾業界・家庭教師業界各社がオンライン授業をすでに提供しており、学生向けのオンラインサービスは既存事業に対する別事業として成長すると思われる。
一方でChegg Tutor同様の大学生をターゲットとしたサービスは普及しないかもしれない。分野が多岐にわたるため、各専攻に会った教師を見つけるのは難しいはずだ。そもそもChegg Tutorがサービスを終了していることから、事業として難しいことがわかる。
日本のEdTechの今後を考えた場合、デジタル教科書分野は期待できるが、オンライン教育関連は既存業界のオプションとして普及する可能性が高いといえる。誰もが名前を聞いて認知できるようなBtoC企業が現れる可能性は低いが、EdTechに特化したシステム開発企業が成長するのではないか。