2022年の経済を占うキーファクターは、アメリカの通貨・金融政策の行方と米中経済対立、そして引き続き世界の経済を覆う新型コロナウイルス禍の帰趨に注がれている。日本経済はコロナ禍で傷んだ企業の財務、過剰債務の解消が最大の焦点となろう。
“円安ショック”が日本経済を直撃?
2022年の経済トピックスの筆頭は世界の通貨価値の変動であろう。中長期的にはドルと人民元の覇権をめぐる動きがより鮮明化し、世界の基軸通貨であるドルの地位が低下していく可能性が高い。だが、短期的にはアメリカの利上げに伴うドル高が予想され、その裏返しである円安がどこまで進行するのかが焦点となる。
そうした通貨価値の変動を予感させるのが、世界の中央銀行や公的機関による金の保有増である。国際調査機関であるワールド・ゴールド・カウンシルによると、過去10年間で世界の中央銀行が積み増した金の総量は4500トン超に達する。1990年以来31年ぶりの高水準である。金は金利が付かない実物資産であり、米国債など通貨資産に対して劣後する。それでも中央銀行や公的機関が保有率を高める背景にあるのは、“通貨の変動”への懸念だ。端的に言えばドルの信認低下と言い換えてもいい。
1971年のニクソン・ショックで金とドルの交換停止を表明してからの50年で、金に対するドルの価値は約50分の1に低下している。ペーパーマネー(紙幣本位)体制となって以降、アメリカはドルの大量発行を続けていく。アメリカの通貨発行量は過去50年で約30倍に膨張した。米ドルの価格変動幅は広がり、その乱高下はブラックマンデー(1987年)やアジア通貨危機(1990年代)等の経済危機に直結した。
その悪夢が2022年に再現されるかもしれない。米連邦準備制度理事会(FRB)は長引く高インフレ(2021年11月の消費者物価指数[CPI]は前年同月比の上昇率が6.8%に達する歴史的な高水準となった)に焦りを見せ、金融緩和の修正を急ぐ構えだ。FRBはすでにテーパリング(資産購入の段階的削減)に入っており、市場では3月までにテーパリングを終え、年内に3~4回の利上げに踏み切りのではないかという見方も浮上している。
とくにアメリカはバイデン大統領への審判となる連邦議会の中間選挙を11月に控えている。上院の3分の1と下院の全議席が改選となる両院で与党・民主党が過半数を維持できるのかが焦点となるが、トランプ前大統領の影響力の残る共和党は対決姿勢を強めており、波乱も予想される。
FRBが利上げを急げば、金融市場への影響は無視できないものになる。とりわけ円の価値低下は深刻とならざるを得ない。“円安ショック”が日本経済を直撃しかねない。
円の守護神である日本銀行の手腕が問われるが、その日銀は長引く金融緩和のジレンマに苦悩している。FRBが金融緩和を収束させ、利上げに転じるのとは対照的に、日本のCPIは鈍いままで日銀は大規模金融緩和を続ける。日米の金融政策の方向の違いは円安を招き、エネルギー価格と併せ輸入価格が高騰する“悪いインフレ”をもたらしている。
2021年、先進国通貨の中で円は対ドルの下落率が最も大きかった。年初1ドル=103円台だった円相場は足元では115円台で推移しており、2022年も円安基調は続くとの見方が有力だ。「アメリカの長期金利が1%変化すると円相場は6円程度の変動要因になる」(エコノミスト)といわれており、アメリカの利上げに伴う日米の金利差から過度の円安を覚悟しなければならないかも知れない。
米中の覇権争いの舞台はデジタル通貨へ
通貨価値の変動で注目されるのは米中の覇権争いであろう。2022年は米ドルと中国人民元の通貨覇権をめぐる争いが鮮明化することが予感される。かつ主戦場はハードカレンシーからデジタル通貨に移ろう。
ここ数年、トランプ政権時代に米中の経済摩擦が激化した。この流れはバイデン政権にも引き継がれているが、米中の経済摩擦は、通貨の攻防へと発展しかねない。すでに中国はデジタル人民元の実用化に向けて着々と布石を打っており、2月に開催する北京冬季オリンピック・パランピックで、デジタル人民元を使えるようにする予定だ。「基軸通貨としての地位にある米ドルはレガシーがある分、デジタル通貨への動きが鈍い。次世代の通貨戦争では劣後するリスクがある」(エコノミスト)と指摘される。
中国のGDP(国内総生産)は2030年代にはアメリカを上回ると予想されている。国の総合力を示すGDPの米中逆転は世界の盟主の交代を意味する。長期的には中国の人口減少による労働不足から2050年代にはアメリカが再逆転するとの分析もあるが、中国がアメリカと並ぶ経済大国に躍り出ることは間違いない。経済・軍事の両面で「パックスアメリカーナ」から「パックスチャイナ」への移行は強烈だ。
中国が世界貿易機関(WTO)に加盟して2021年末でちょうど20年になった。加盟を後押ししたのはアメリカであり、中国が経済成長の過程で民主化を進めることを期待した。しかし、現実には中国は経済成長したものの民主化は形骸化し、習近平国家主席の下、アメリカにとって脅威となっている。バイデン政権は2021年3月に中国を「国際秩序に挑戦する唯一の競争相手」と位置付けた。台湾海峡をめぐる軍事的な緊張や中国のTPP加盟問題もあり、米中の関係は新たな局面に入っている。
企業が抱え込んだ過剰な債務をどう解消するか
その分岐点となると予想されるのは、2022年の経済トピックスのもう一つの極である新型コロナウイルスの帰趨(帰結)であろう。ここ数年、世界経済はまさにコロナ禍に翻弄され、その禍は今も続いている。足元では変異したオミクロン株が広がり、感染者数の急増に世界が苦悩している。
日本も例外ではない。コロナ禍に対応した緊急事態宣言、まん延防止措置が頻発し、人流は制限され、経済は大きく停滞した。特に航空、飲食・宿泊、小売りなどの業種への影響は深刻で、累次にわたる経済対策が打たれ、政府系・民間を問わず過剰なまでの金融支援が講じられた。
結果、ポストコロナを見据え、企業が抱え込んだ過剰な債務をどう解消するかが課題となっている。「実質無利子・無担保融資など政府の資金繰り支援策で企業の倒産件数は低水準で抑えられているものの、今後倒産が急増したり過剰債務に陥った企業が設備投資等を抑制するなど、経済回復の足かせとなりかねないと危惧されている」(大手信用情報機関)ためだ。
法人企業統計によれば、2021年3月末の借入金および社債は前年比で45兆円増加している。ただし、同時に法人の現預金も34兆円増加しているため、「この数字をどう見るかは判断が分かれるかもしれないが、負債のみならず資産も含めた両面から見ると、ネットで11兆円、2021年度末の総債務残高対比で2.1%の増加にとどまっており、企業セクター全体をマクロで見ると、決してレバレッジが過大になっているという状況ではない」(髙島誠・全銀協会長)と指摘される。だが、負債の水準は業種によりまちまちであり、コロナ禍で大きな痛手を負った飲食や宿泊、小売りなどでは過大な債務を抱えていることに変わりはない。
法整備で事業再構築のための私的整理円滑化
政府が2021年11月8日に公表した「新しい資本主義実現会議」の緊急提言でも、「コロナ禍が始まって2年となる中、債務の過剰感を持つ事業者が増えている。昨年8月に民間調査会社が行ったアンケート調査では、『債務の過剰感がある』と回答したのは大企業が16.7%、中小企業が35.7%となっている」と言及されている。
その上で、「新たな成長に向けて企業の事業再構築を進めていくためには、債務を軽減すれば新たな投資が可能であるとメインバンク等が判断する場合には、早期に債務の軽減措置がとれるような法制度を整備する必要がある。現在の法制度では、全ての貸し手の同意がなければ、債務の軽減措置が決定できない。このため、事業再構築のための私的整理円滑化のための法整備の検討を進め、関連法案を国会に提出する」と明記された。現在の法制度では、すべての貸し手の同意がなければ債務の軽減措置(債権放棄)を結成できないが、これを「債権者の多数決」で可能にできるよう法制度を改正するというものだ。
また、コロナ禍で過剰な債務を抱えた中小企業の救済策として「中小企業版:私的整理ガイドライン」の策定も俎上に上っている。金融機関同士の話し合いで返済猶予や債務減免を行う私的整理を利用しやすくなるよう対応策を検討するもので、私的整理ガイドラインの活用条件緩和など企業が事業再生や再構築に踏み出しやすい環境を整えるのが狙いだ。
金融機関同士の話し合いで返済猶予や債務の減免を行う「私的整理」はすでに存在するが、中小企業には使い勝手が悪い。現状の私的整理ガイドラインでは債権放棄を受けた企業の経営者は退任することが原則になっているが、中小企業では経営者の経験やノウハウ、人脈に依存する傾向が強い。このため、「債権放棄を受けても経営者は退任しなくていいとするなど中小企業の実情に即した形での見直しが想定されている」(メガバンク幹部)という。
しかし、具体的に企業の債務整理に踏み切るにはいくつかの壁が立ちはだかる。
「企業の債務整理には3つの壁がある。まず最大の壁と目されているのが税制。そして、憲法上の財産権の侵害懸念、債権者である金融機関の足並みの乱れである。これらの課題をクリアするのは容易なことではない」(メガバンク幹部)とされる。
オミクロン株の出現もあり、コロナ禍が収束に向かうのかはいまだ予断を許さないが、感染者数が増加するなかでも重症者数や病床使用率は抑えられており、経済の本格的な回復に期待が高まっている。その前提となる企業の債務整理はまさに喫緊の課題といっていい。