急激な円安が進む。日米の金利差が大きな要因とされ、日銀・黒田総裁の金融緩和継続を受けて4月28日の東京外国為替市場では、約20年ぶりの円安・ドル高水準になる1ドル=130円をつけた。国際情勢が不安定ななか、この円安はわれわれの生活にどう影響するだろうか。
日米の金融政策の方向感の違いで円売り・ドル買いに
「最悪のタイミングの開催になってしまった。信託大会での日銀総裁あいさつがこれほど材料視されたことはない」(大手信託銀行役員)
4月13日、都内で開催された信託大会での黒田東彦日銀総裁の挨拶直後、10分もしないうちに円相場は1ドル=126円台に突入した。2月半ばまで115円台で推移していた円・ドル相場は、1カ月あまりで10円以上も円安が進んだ格好だ。背景にあるのは日米の金融政策の方向感の違いだ。
黒田総裁は信託大会のあいさつで金融政策運営について、「わが国のGDPは、依然として感染症拡大前の水準を下回って推移しています。また、足もとでみられる輸入コストの上昇に起因する物価上昇は、家計の実質所得の減少や企業収益の悪化を通じて、わが国経済の下押し要因になります。このような経済・物価情勢を踏まえ、日本銀行としては、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けることで、感染症からの回復途上にある経済活動をしっかりと支え、2%の『物価安定の目標』の持続的・安定的な実現を目指していきます」と述べた。
米FRB(連邦準備理事会)が金融引き締めに転じ、金利を引き上げていくのと対照的に、黒田氏は改めて金融緩和(ゼロ金利政策)を継続すると強調したわけだ。FRBは今年6~7回の利上げが予想されており、黒田発言を受け日米の金利差がさらにひらくとみた投資家が円売り・ドル買いに動いた。
先進国の中央銀行で金融緩和を続けているのは日本だけ
金融緩和が円安に結びつくプロセスを平易に説明すれば次のようになる。日銀は国債を大量に購入することで、マネーを世の中に供給している。その結果、世の中にお金がより多く出回り、景気を刺激する。俗にいう、金回りが良くなるわけだ。また、日銀が大量かつ安定的に国債を買い上げることで、金利が低く抑えられる。国債という商品を日銀が大量に買ってくれることで、国債の価格が高く維持できる。
国債を安定的に買ってくれる日銀という存在があることで、低い金利でも国債を発行できるし、発行後、流通している国債についても、「イールドカーブ・コントロール」と呼ばれる政策で、10年物国債の利回り(長期金利)をゼロ%程度±0.25%の範囲に収まるよう誘導している。
こうした超低金利政策を日銀の黒田総裁は、「日本経済にとってプラス」として、これからも継続していくことを表明している。コロナ禍からの景気回復が欧米に比べて日本が遅れているとの認識がある。
これに対して、コロナ禍からいち早く抜け出し、景気回復基調にあるアメリカは、インフレ懸念が生じており、FRBは金融緩和から金融引き締め(利上げ)に転じ始めている。このため、低い金利のままの日本と、金利引き上げに転じたアメリカとの金利差が広がり、為替は対ドルで円安に大きく振れている。マネーは金利の低いところから金利の高いところへと移動するためだ。
こうした内外の金利政策の違いを狙い、ヘッジファンド等が日本国債の空売りを仕掛けていることも、円安にバイアスがかかる構図となっている。日本国債(円)を売り、ドルを買う仕掛けで、日本国債が売られ、価格が低下したところで買い戻せばファンド勢は利益が得られることになるわけだ。
日本円は世界の最弱通貨に
実は、先進国の中央銀行で金融緩和を粘り強く続けているのは日本だけである。日本の金融政策は世界の潮流と真逆となっている。その結果として、金利差を主因として日本円は世界の最弱通貨となっており、対ドルだけでなく、他の通貨に対しても安くなっている。
これまで日本円は、世界中で最も信用のおける「安全資産」とみられてきた。金融市場にショックが生じたとき、真っ先に買われるのは日本円であったり、スイスフランであったりした。俗にリスクオフ時に日本円に資金が集まり、円高が生じるのがアノマリー(相場の経験則)であった。しかし、現状は違っている。ロシアがウクライナに侵攻し、リスクオフの状態にあるにもかかわらず、日本円は売られ、過度の円安が生じている。
これをどう理解すればいいのか。市場関係者によると、「日本円が安全資産ということに変わりはないが、それ以上に、金利差が開く可能性が高まることで、日本円の投資妙味が減退している」と指摘される。日本の国力の核と言っていい日本円の価値低下(円安)は、日本の国富の減少にもつながりかねない危うさを秘めている。
貿易収支の悪化で経常収支が急速に悪化
2022年2月の貿易統計速報(財務省発表)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は6682億円の赤字だった。原油などエネルギー価格の高騰で、輸入は前年同月比で3割増え、輸出も円安などを受けて2割増加した。2兆円を超える過去2番目の大幅赤字となった1月の貿易収支に比べ、赤字幅は縮小したが、これで貿易収支は7カ月連続の赤字となった。
貿易収支の赤字に伴い、近い将来、経常収支が赤字に転落するのではないかと懸念され始めている。経常収支は貿易・サービスの収支や海外からの利子・配当所得などの国際収支の状況を示す指標で、日本の2021年の経常収支は15兆4000億円の黒字となっている。内訳は、貿易収支が1兆8000億円の黒字、サービス収支が4兆3000億円の赤字、直接投資・証券投資から得られる利子・配当所得が20兆4000億円の黒字だ。つまり、貿易収支と直接投資・証券投資から得られる利子・配当所得が日本の経常黒字を支えているわけだ。
しかし、貿易収支はここ7カ月にわたり赤字となり、経常収支は急速に悪化している。実際、単月では2021年12月、2022年1月と経常収支は赤字に転落している。「原油高や円安による貿易収支の赤字幅が拡大していけば、いずれ日本が経常赤字国に転落してもおかしくない」(市場関係者)との声も聞かれる。
庶民の生活への影響も 日本の利上げは?
円安の影響は社会の隅々に広がる。まず海外からのエネルギー調達価格の上昇は避けられず、ガソリン価格をはじめとした物価上昇に庶民生活は苦しめられることになる。円安は輸入物価を押し上げ、国富の流出を意味する経常赤字につながりかねない。それでなくてもコロナ禍で消費低迷に苦しむ小売りや飲食業にとっては、原材料費の上昇は痛手となる。「円安は全体として日本経済にプラス」と黒田総裁は指摘するが、それも限度があろう。強烈な金融抑制策で、自ら急激な円安を呼び込んだことは正しかったのか。
特にロシアによるウクライナ侵攻下の影響が不透明ななか、安定した安価なエネルギー調達は日本経済にとって欠くことができない。どこまで円安は許容できるのかが問われる。円ドル相場が126円台に突入した4月13日夕、鈴木俊一財務相は記者団に「為替の安定は大切です。特に急激な変化は大変問題である。政府としては緊張感を持って為替の動向を注視している」と語った。その後、訪米した鈴木財務相は4月21日、イエレン財務長官と会談、外為市場で急速に進む円安・ドル高をめぐり意見交換した。鈴木氏は会談後の記者会見で、イエレン氏に対して「私から直近の円安が急激であることを数字を持って示した」と明かし、「日米の通貨当局間で緊密な意思疎通を図っていくことを確認した」と述べた。夏の参院選を控え、市場では金融危機に瀕した1998年以来、24年ぶりの円買い・ドル売りの為替介入も取り沙汰され始めた。
しかし、「FRBの利上げペースは早く、金利差を埋める日銀の利上げは現実的ではない。かつ利上げは財政の利払い増に直結する。一方、金融緩和をいつまでも続け、利上げを先送りすることは、悪い円安を放置しているとして日銀に批判が集まりかねない」(市場関係者)とされる。2023年4月に歴代最長の任期10年を迎える黒田総裁は最大の窮地に立たされている。
巨額の財政赤字と経常赤字は国力低下に
4月18日(米国時間)のニューヨーク外国為替市場の円相場は一時、1ドル=127円00銭をつけた。127円台をつけたのは2002年5月以来、約19年11カ月ぶりとなる。日銀の黒田東彦総裁は、18日(日本時間)、衆院の政策行政監視委で円安進行について、「急速な円安はマイナス」と発言、これまでの「円安は全体として日本経済にプラス」との持論を微妙に修正したが、流れは変わらなかった。翌19日の東京外為市場では円相場は、一時1ドル=128円前半まで急落した。
日銀は4月27、28日の金融政策決定会合で大規模金融緩和の維持を決定。市場ではドル買い・円売りが進み、約20年ぶりの円安・ドル高水準になる1ドル=130円をつけた。日本の経常赤字転落が現実味を帯びる――。巨額な財政赤字を抱えるわが国が経常赤字という双子の赤字を抱えることになれば、どうなるか。通貨の下落は国力の低下を示すことを忘れてはならない。