日本の高等教育を変えていく! ニーズが高まる実務家教員の可能性
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日本の高等教育を変えていく! ニーズが高まる実務家教員の可能性

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学校教育法の改正(2019年度施行)によって専門職大学が全国各地で開学するようになり3年が経過。それに伴い、さまざまな分野で活躍してきた実務家が、プロとしての経験や知見を教員として指導する「実務家教員」も年を追うごとに増加しつつある。実務家教員はこれからの日本の教育にどのような影響を与えていくのか。学校法人先端教育機構 社会構想大学院大学の学監・実務教育研究科・研究科長の川山竜二さんに聞いた。

社会構想大学院大学 学監・実務家教育研究科長

川山竜二 かわやま りゅうじ

専門は「知と社会」、高等教育論、社会システム論。筑波大学第一学群社会学類を史上初の早期卒業(3年次卒業)、同大学院人文社会科学研究科にて社会学を専攻。筑波大学社会・国際学群ティーチング・アシスタント、ティーチング・フェロー、リサーチ・アシスタントを経て現職。専門学校から予備校までさまざまな現場にて教鞭を執ってきた実績をもつ。

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向上し続ける実務家教員の認知度

社会構想大学院大学(前社会情報大学院大学)は、2018年の「実務家教員養成課程」の開設を経て、2021年に「実務教育研究科」を開設し、約4年にわたって多くの実務家教員を輩出してきた。学監の川山さんから見た実務家教員の“今”はどのようなものだろうか。

「4年前と比較すると実務家教員の認知度は上がってきていると感じます。その理由は2つです。ひとつはメディアなどでも『実務家教員』という言葉そのものが取り上げられるようになったこと。もうひとつは2019年に専門職大学という新しい大学制度が誕生し、現在は10数校にまで増えたことです。専門職大学には実務家教員を必ず置かなければなりません。そういったところでも認知度は着実に広がってきていると思います」(川山さん、以下同)

社会構想大学院大学 学監・実務教育研究科研究科長 川山竜二さん

専門職大学は短期大学も含めると2019年度は3校のみだったが、現在では全国に18校。来年度には新たに4校が開学する。それに伴い、実務家教員のニーズも高まってきているという。

「基本的に実務家教員は大学、短期大学、専門学校などの高等教育機関で教える実務家を指しますが、大学と短期大学、大学院の3つでも大体毎年1500~2000人程度は新規で常勤教員として採用されています。今後、実務家教員を教育研究に活用しようという機運も高まってきているため、これから実務家教員の登用がさらに増えていくでしょう。

さらに専門学校などの高等教育機関でも、その数倍ぐらい毎年採用されていると言われており相当数の実務家教員が求められています。最近では社会構想大学院大学が開設しているような実務家教員の養成講座を受講していることが条件になっている公募も出てきています」

雇用促進のためには知識を評価するための知識が必要

認知度が高まる一方で実務家教員の雇用促進については課題も残されているという。

「実務家教員を養成する側の視点から見ると、大学側に実務家教員を雇用する環境がまだ整っていないと感じます。端的に言うと評価制度です。これまでは学術教員であれば論文を何本書いて、教歴がいくつあって、といった尺度がありました。しかし、実務家教員は実務能力を基にした指導というものが大事ですから、学術教員とは異なる尺度でないと正当な評価はできません」

実際に、実務家教員としての実績は十分であるにもかかわらず、教授の昇格が難しいというケースも珍しくないという。

「かといって実務家教員に学術教員と同様の成果を求めると、実務能力もあって研究能力もある、といったスーパーマンにならざるを得ません(笑)。今後は実務家教員の評価制度そのものを整えていくということがとても大事になってくると思います。知の多様性を大学側がいかに受け止めていくのか、ということが目下の課題でしょう。

私たちの大学院の研究科でもテーマのひとつとしてメタ的な知識といった、“知識を評価するための知識”というものがあります。評価の仕方がわからないと評価のしようがないため、その研究をきちんとしようというものです。そこが解明されていけば実務家教員の評価も変わってくると思います」

実務家教員が働きやすくなった新たな大学設置基準

評価制度の早急な構築という課題はありつつも、実務家教員が働きやすい環境は向上したと語る川山さん。

「2022年10月に大学設置基準が改正されて、実務家教員がより大学にコミットメントできるような内容に変わりました。簡単に言いますと、これまでは、大学の教員になろうとするとそれまでの仕事をやめなければいけない人がかなりいたのですが、今後は仕事をしながら大学で教鞭を執ることがさらにしやすくなりました。これにより、自分の実務が無くなってしまうと二の足を踏んでいた人や給与面で減収の不安を持っていた人にもリスクが解消されるかなと思っています」

新たな大学設置基準では、従来の「専任教員」という定義を改め「基幹教員」を設定。これまでの専任教員は「教育課程の編成等に責任を担う」「研究を行う」「地域連携活動等を行う」といった条件が課せられていたが、基幹教員では「教育課程の編成等に責任を担う」のみが課せられ、大学以外で実務を行いながらも、従来の専任教員に相当する基幹教員になれるようになった。

文部科学省によると、この基幹教員制度は「教員が十分に養成されていない成長分野等において、民間企業からの実務家教員の登用や、複数大学等でのクロスアポイントメント等による人材確保を期待して導入するもの」だという。

クロスアポイントメント制度

研究者等が複数の大学や公的研究機関、民間企業等の間で、それぞれと雇用契約を結び、業務を行うことを可能とする制度。

「例えば月・火は民間企業で仕事をして、水曜に授業をし、木曜に教授会に出席、金曜に仕事に戻る、といったスタイルも可能になります。以前はそういった働き方は非常勤教員しかありませんでした。今後は、実務家教員は大別して2種類に分かれていくと考えられます。ひとつは長年実務に携わってきた経験をもとに、その領域のエッセンスを抽出して体系性や経験則などを教える人。もうひとつは実務もしながら、その領域の最先端を教え続ける人です。

これからの時代は、20代や30代の実務家教員が増えていく可能性も十分にあります。実際に士業や医療系などでは30代の実務家教員も存在しています。これまで、実務家教員はセカンドワーク的なイメージにとらえられがちでしたが、これからはパラレルキャリアというか、“二足のわらじ”としても広がっていけばいいなと思っています」

社会構想大学院大学は『実務家教員の理論と実践』『実務家教員という生き方』(ともに学校法人先端教育機構)といった実務家教員への理解を深める書籍も発行

第一に必要なのは人に伝えたいことがあるということ

実務をしながら実務家教員として働くためのハードルが下がった一方で、実務家教員には経営者や独立した仕事を持つ人にしかなれないのでは?という印象も残る。

「そんなことはありません。授業を教える能力があれば、会社員の方でもなれるとされています。例えば、経理の仕事を10年間してきた人でも、自分の実務経験を教えられるような知識と技術を習得していれば、実務家教員になることができます。

私が知っている限りだと、救急隊員の方が実務家教員になったケースもあります。その方は、社会構想大学院大学の実務家教員養成課程を受講し、自分の救急医療技術をまとめていたら、ある短大で救急救命学科という学科ができることになり、実際に専任の准教授として着任されました。ほかにも企業として経験知を体系化し実践知を残していくために、会社から派遣される方もいらっしゃいます。学内でノウハウを共有し合ったり、同業他社の方と仲良くなってお互いの知見を交換するような風景を見ることもありますね。必ずしも経営者や役職者、独立した仕事をもっている人でなければいけない、ということは全くありません。

ただ、現実問題としてひとつだけお話すると、時間のやりくりについて1年目がめちゃくちゃキツいと皆さんおっしゃいます(笑)。それはなぜかというと、授業準備をゼロから構築しながら仕事をしなくてはいけないからです。ただし、1年目を越えると下地ができるので、あとはそこから改善していくだけですから気が楽になるようですね」

社会構想大学院大学へのアクセスは、地下鉄高田馬場駅から徒歩約1分、JR・西武高田馬場駅から徒歩約3分という通いやすい立地。開放感あふれる構造となっており、クリエイティブな研究環境が整う

それでは実務家教員に相応しい資質とは何か。

「まず、人に伝えたいことがあるというのが第一条件です。指導力や研究能力といった技術的なことは正直、あとからどうにでもなります。人に伝えたいことがあれば、社会構想大学院大学のカリキュラムに沿って学び、研究していただければ実務家教員になる素養は身につきます。伝えたいことは人それぞれ、どんなことでもよく、例えば漫画家が実務家教員になる、というケースもありました。

何を教えるかというと、漫画の描き方、キャラクターの作り方、ストーリーの作り方などたくさんあります。広告代理店勤務の方ですと独自のブランド論や、本に書いてあることとは違う、実際の現場で起きていることを伝えたい、という方も多いです」

ほかにも社会構想大学院大学のゼミ生の中には編集者や柔道整復師、通貨ストラテジストなどもいて多様だという。2年かけて実務家教員として必要な知識と技術を修得していく実務教育研究科では、どのようなことを学んでいくのだろうか。

「まず大事なのは『人に教える』という教え方の作法、あるいは授業の組み立て方です。ほかには実務経験の組み立て方です。コンテンツをどうやって作りましょうか、ということですね。そのためにはリフレクション、つまり自分自身を振り返りながら改善や成長に結びつけ、学問的な知見と組み合わせたり、自分たちの実務経験を学術的な知識として構築しなおしたりといった授業を行います」

授業は「知の理論」を筆頭に、教え方をデザインする「インストラクショナル・デザイン」、暗黙知を形式知化してスパイラルアップをはかる「ナレッジ・マネジメント」、現代社会における組織をデザインする「組織論」、持続可能な教育コンテンツを検討する「教育コンテンツ開発」などで構成されているという。

オフライン、オンラインを併用しての授業

欧州と比べて職業教育に格差

制度や雇用のハードルが下がり、ニーズも高まり続ける実務家教員だが、その背景には何があるのか。川山さんは「日本の職業教育の変化」だと語る。

「これまでの日本の企業の人材育成はOJT(On-the-Job Training)で賄われていました。企業側としては、新社会人はできるだけ変な癖をつけずに大学を修了させて連れてきてほしいというのがわが国の人材育成の在り方でした。しかし、今や多くの企業で一から人材育成する体力やOJTをする余裕がありません。そこで、大学側に即戦力になるような人材を育成してほしいということが出発点です。

そもそも日本は職業教育が高等教育段階であまりなされていない国なのです。一方、ドイツやフランス、イギリスでは職業教育が盛んで、例えばフランスでは「グランゼコール」という専門知識や技術を学ぶための高等教育機関があります。いわばエリート養成学校のようなもので、グランゼコール出身の人たちがさまざまな分野で活躍するというのが一般的です。

それに対して日本はそういった高等教育機関は存在せず、大学だけが重視されるという風潮でした。今になって、教養を高めると同時に職業教育もやってほしい、といった要求が大学に多くよせられている……という状況です。

日本は今、専門職大学、実務家教員という形で独自の制度を作り出そうとしており、まさに職業教育の転換点と言えるでしょう」

「施策の成果が出るのは5年以内、遅くとも2030年には出ていてほしい」と川山さん

知識を革新していく実務家教員

職業教育という新たな概念を取り込んだこれからの大学制度に、実務家教員はどのような役割を果たすのだろうか。

「実務家教員はよく職業教育や産学連携などと絡めて“教育のイノベーター”とも称されます。しかし、私自身は“知識のイノベーター”という面の方が強いのではないかなと思っています。つまり、これまでの“Why”“What”の部分に答えられるのは学術的な知識でしたが、そこに方法論としての実務の知識“How to”が加わるわけです。その2つの知識をジョイントできる存在が実務家教員だと考えています。

例えば、実務上で生まれた課題を学術的な知見から見るとこういう解釈ができ、そこから前進するとまた新たな課題が生まれる……と続くわけです。こうした学術と実務を結び付けることが重要です。実務上の課題は、学術成果の応用で解決できることもあれば、実務上の課題が学術の新たな研究課題になることもあります。実務上の課題と学術の知見をいかに融合させるのか、いわば産学連携的な観点も実務家教員養成課程や実務教育研究科でも教えています。

この4年の間に社会構想大学院大学が輩出した実務家教員は約100人。体系化されるべき実務がそれだけ世の中に存在していることの証しでもある。

「私は学生から『知識って何ですか?』と聞かれたときはいつも『何らかの成果を出すもの』と答えています。では『実務とは何か』というと『成果を出す行為そのもの』と考えています。その行為を分解して分析することが、『実務を知識に変える』ということです。実務家教員は今後、知識をどんどん革新し、イノベーションを起こす中心の存在になっていくと思います」

あらゆる行為が実務になり得ると語る川山さん。今後、思いもよらない実務家教員が誕生し、イノベーションを起こすことも現実にあり得るかもしれない。

学校法人先端教育機構 社会構想大学院大学

実務教育研究科

  • 学位:実務教育学修士(専門職)
  • 修業年限:2年間
  • 授業日:平日夜間・土曜日
  • 入学時期:毎年4月
  • 入学定員:30名
  • 入学試験:書類選考、筆記試験、面接試験

コミュニケーションデザイン研究科

  • 学位:コミュニケーションデザイン修士(専門職)
  • 修業年限:2年間
  • 授業日:平日夜間・土曜日
  • 入学時期:毎年4月、9月
  • 入学定員:30名
  • 入学試験:書類選考、筆記試験、面接試験

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