DREAM AS ONE.の5年で気づいた障がい者スポーツの“応援の輪”を広げる方法

写真/芹澤裕介(DREAMクラス)、三菱商事

社会

DREAM AS ONE.の5年で気づいた障がい者スポーツの“応援の輪”を広げる方法

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三菱商事が2014年10月に立ち上げた障がい者スポーツ支援プロジェクト「DREAM AS ONE.」。その5年間の活動は少しずつ実を結び、世間に対し障がい者スポーツについての理解と認知度の向上に貢献してきた。今回はDREAM AS ONE.の一環として発足当初よりYMCAと協働で実施している、障がい児のためのスポーツクラス「DREAMクラス」を取材。発足から5年という一つの区切りを迎え、障がい者スポーツのあり方や社会の受け止め方がどのように変化してきたのか、現場の生の声も聞きながらその最前線を追った。

自分たちの本気度を見せ続けた5年間

「DREAM AS ONE.の5年を振り返ってみて大変だったことは何ですか?」そんな質問を三菱商事の担当者にぶつけてみたところ、「たくさんありすぎて難しい」と笑顔で即答された。「新しいことを始めるたびに、解決できないような大きな問題が次々に出てくるんです」、そう言いながら、DREAM AS ONE.の5年間を振り返り始めた。

「プロジェクトを発足した当初は『何をすればよいのか?』と、本当にゼロからのスタートでした。黙っていても誰も教えてくれることはないので、まず、『障がい者スポーツの裾野を広げる』『障がい者スポーツに対する理解度と認知度を高める』、この2本の柱をみんなで話し合って決めることから始めました」

その後、2つの柱を軸にして、これから自分たちが一体何ができるのか、障がい者スポーツにかかわるさまざまな人から話を聞くため、多くの場所へ足を運んだ。

「あの頃はあまりにも何も知らなくて『あなたたち本気でやる気があるの?』とお叱りを受けることもありました。そういう意味では、常に手探りという状況のなかで、障がい者スポーツにかかわる人たちに自分たちの本気度を必死に見せなければならなかった5年間だったと思います」

選手の活躍によって認知度が向上

プロジェクト発足当初は障がい者スポーツに対する世間の認知度も低く、特に集客にはとても苦労した。体験会やイベントなどを行っても参加者がなかなか集まらず、数組しか来ないこともあったという。

「最初は何をするにしてもとにかく人が集まらなかったですね。ウェブや広告だけでなく、スタッフ総出でいろいろな場所に足を運びながら、根回しもして告知もしましたが、それでも反応はいまいちでパッとしませんでした。

でも、そこで腐らずに地道に活動を継続してきたことで周りの状況も変わってきて、少しずつ手応えを感じるようになってきたんです。今では私たちの活動も認知されてきましたし、イベントなども口コミで広まっていくなど、以前ほど人集めには困らなくなっています。自然と人が集まる流れができつつあると感じていますね」(同担当者)

三菱商事が1991年から協賛する「大分国際車いすマラソン大会」での運営サポートの様子。

認知度の高まりは、2020年の東京パラリンピックの開催も追い風になっているという。その影響かDREAM AS ONE.の活動も注目され、さまざまな媒体で取り上げられる機会も多くなってきた。

「障がい者スポーツに対する世間の大きな流れは日々感じています。弊社も社内で所属選手たちの活動を紹介してきましたが、最近では試合観覧やボランティアを募集するとすぐに枠が埋まってしまうなど、障がい者スポーツに対する反響の大きさに驚くことは多いです。

選手たちも社内で知らない人から突然挨拶をされたり、声をかけられたりすると話していましたし、さまざまな場面で関心が高まっているんだと実感しています。5年間の地道な草の根活動が根底にありつつ、世の中の流れも相まって相乗効果で障がい者スポーツが世間に浸透してきているのだと思います」(同担当者)

»DREAM AS ONE.のアンバサダー・サポーターを見る

体を動かす楽しさを親子で学ぶ「DREAMクラス」

DREAM AS ONE.の発足当初から、職業教育やボランティア活動等を行うYMCAと協働で実施しているのが、障がい児向けに月1回行うスポーツクラス「DREAM クラス」だ。リピーターが非常に多くキャンセル待ちが出るほどの人気で、今回で50回目を迎えた。

「今では人気のあるこのクラスも、第1回は参加者が3組しかいなかったんです」

そう話すのはYMCAで「DREAMクラス」を担当している松本竹弘さんだ。当時に比べると、ボランティアの参加も増えて環境も大きく変わったと話す。

「多くの方々の助けがあって50回までやって来れたと思います。YMCAのスタッフの数は変わっていないのですが、最初の頃に比べてボランティアとして参加していただける方の数はとても増えました。かなりの部分でボランティアの力をお借りして運営しています。

皆さん何度も参加していただいている方ばかりなので、保護者の方も安心しています。何よりも子どもたちにとってボランティアは、『先生』や『親』以外の『信頼できる大人』なので、社会性を養う大切な機会です」(YMCA松本さん)

東京YMCA社会体育 保育専門学校 副校長・松本竹弘さん

「DREAMクラス」に10回以上参加しているという保護者の方に話を聞いてみた。参加した理由を尋ねると、「(ほかに)スポーツが苦手な子どもたちが楽しく運動できる場を提供しているサービスがなかったから」と。

「DREAMクラス」以外にも放課後等デイサービスなどの福祉サービスはあるが、それらは子どもが楽しく運動できる場には適していなかった。一方、「DREAMクラス」は「運動ができなくても、子どもがどういう状態にあってもスタッフの方たちは全部受け入れてくれる」安心感があり、「親子でストレスなく一緒に運動を楽しむことができる」雰囲気が次の参加にもつながっているとのことだった。

「DREAMクラス」では、子どもの学年にかかわらず、その子ができることに合わせて親やスタッフが一緒になって楽しむ。

スポーツの成功体験が生活を変えるきっかけになる

松本さんによると、親子で一緒に参加することには大きな意味があるという。

「今日もお父さんがお子さんに平泳ぎを教えるため、スタッフから補助のやり方について一生懸命に教わっていました。お子さんたちもそうですが、保護者の方にもここで学んだことを家でも生かしてもらえるよう私たちは考えています。親子で参加していただくことで、普段の生活でも一緒に遊んだり、体を動かすきっかけや習慣にもつながってくるからです」(YMCA松本さん)

発達障がいの子どもの中には学校生活、特に体育の授業などで苦しい思いをしている子どもも多く、それが原因で運動に苦手意識を持つことがあるのだという。「DREAMクラス」はそういった子どもたちや、その親の受け皿として機能している部分もある。

「友達にできることが自分にはできないと悩んだり、体育の授業で嫌な経験をして体育館に行けなくなったり、発達障がいの子どもたちの中にはそういった苦しい体験をしている人がとても多い。そういった運動に関する悩みを小さい頃に経験すると、成長してからもずっと引きずってしまい、スポーツの場で認めてもらったり、褒めてもらうという機会が少なくなってしまいます。そのため『DREAMクラス』では、小さいことでもいいので、成功体験を通して褒められる機会を提供することを心がけています」

取材中、「(バスケットボールの)シュートが全然決まらない!」とボールを抱え込みながら子どもが大泣きしてしまう、そんな場面が何度かあった。様子を見ていると「もう一度やってみようか」と必ずスタッフが優しく声をかけている。

「無理だもん!」と泣く子どもに「そんなことないよ、ほら」と優しく促すスタッフ。しぶしぶとゴールに向かってもう一度シュートを打ってみると、見事ボールはリングの中へ。大泣きしていたのが嘘かのように自信のある笑顔を見せて子どもはコート内へと走っていった。

傍らで見守る親の応援は何よりも子どもの力に。

こういった小さな成功体験の積み重ねが、子どもたちにとって積極的に体を動かすための大きな一歩につながると松本さんは語る。

「『DREAMクラス』は障がい者スポーツのトップアスリートを目指すための場ではありません。どちらかというと『体を動かすことが楽しい』と子どもたちに思ってもらうための場所です。だから『できる』とか『楽しい』を子どもたちに体験させることを私たちは常に心がけています。ここでの成功体験や学んだことが、学校の体育の時間での自信やグランドで友達と遊ぶきっかけになってもらえるとうれしいですね」

DREAM AS ONE.が、障がい者スポーツを応援するための土壌に

DREAM AS ONE.では、今回取材した「DREAMクラス」だけでなく、障がい者スポーツ体験会やセミナー、競技大会やイベントの主催などさまざまな活動を幅広く行なっている。まさに最初に定めた2本の柱である「障がい者スポーツの裾野を広げる」「障がい者スポーツに対する理解度と認知度を高める」を軸に大きく活動しているのだ。

MC FOREST SCHOOL:車いすラグビー体験の様子。車いすラグビー(3.0クラス)の池崎大輔選手は、DREAM AS ONE.のサポーターも務めている。

そんなDREAM AS ONE.が今後どのような活動をしていくのか三菱商事の担当者に尋ねた。

「この5年間の活動の中で得られた課題をどのように解決していくか、これを改めて考える必要があると考えています。というのも、YMCAさんや障がい者スポーツのトップアスリート、障がいを持った子どもたちやその保護者の方々など、これまで多くの方たちと一緒に仕事をしていくなかで、まだ解決されていない課題が数多く見つかりました。

ある意味、この5年間はこういった解決できない課題を発見するための、“気づきの期間”であったともいえます。ですので、今後はそういった課題をDREAM AS ONE.の中でとどめておくのではなく、障がい者スポーツにかかわる人たち全員で共有し、話し合いながら、解決するためのサポートをしていければと考えています」

また今後、障がい者スポーツを今以上に応援しやすい環境にするために、DREAM AS ONE.だけでなく他の企業や団体とのかかわりも重要になってくると担当者は続ける。

「現在、私たちは陸上やトライアスロン、テニス、ラグビー、競泳など、さまざまな障がい者スポーツのアスリートたちを支援していますが、それをどこまで広げていくのかということも今後私たちが考えるべきポイントです。

障がい者スポーツを360度すべてサポートしていくことはもちろんできないので、DREAM AS ONE.の活動が世間に認知されていくことで、それが他の企業や団体などがサポートするひとつのきっかけにつながればと思っています。障がい者スポーツを応援するための土壌としてDREAM AS ONE.が広がるならばうれしいですね。

そのためには私たちが活動してきたことを、もっと世の中に広めていくことがとても大切だと思っています。もちろん成功した話もそうですが、プロジェクトの中での失敗や教訓などをさまざまな場所で広く共有していくことで、今以上に障がい者スポーツを応援しやすい社会を作ることができるのではないでしょうか」