相殺できればCO2を排出してもいい? カーボンオフセットの考え方と課題

2021.1.21

社会

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写真:ロイター/アフロ

京都議定書に代わる温暖化対策の枠組みとして2015年12月にパリ協定が採択され、各国の温室効果ガス削減目標が定められた。企業はCO2削減を迫られているが、エネルギー効率化や再生可能エネルギーの導入には限界があり、環境意識が高まるなかで企業はさらなる対策が求められる。植林や森林保護によるCO2吸収分を実質的なCO2削減量ととらえる「カーボンオフセット」という概念があるが、果たして普及するのだろうか。概要を説明しつつ問題点にも触れたい。

安全保障の面でも重要なCO2削減

地球温暖化対策の枠組みとして1997年に京都議定書が採択されたが、削減目標を達成した国は欧州に限られ、2001年にはアメリカが離脱するなど効力が低下した。そこで京都議定書に代わる協定として2015年に「パリ協定」が採択された。国ごとに温室効果ガスの削減目標が定められ、日本は2030年に2005年比で25%、EUは1990年比で40%という目標である。途上国も対象としており、中国は2030年に排出量のピークを迎えるという目標だ。

こうして見るとEUが強気な目標設定をしている。EUでは自動車メーカーが排出目標を達成できない場合に課徴金が課されるなどのペナルティーがあり、産業界が脱炭素を迫られている。純粋な環境対策という考え以外にも政治的な理由があるだろう。市民の環境意識が強く、彼らの票を集めるには前進的な環境規制の立案が必要となる。

一方でエネルギー安全保障も背景にあるとされる。2019年における資源の輸入相手国を見るとEUは天然ガスの44.7%、石油の28.0%をロシアから輸入しており、共にロシアが最大輸入相手国である。ロシアの発言権を低下させ、EUの地位を確保するにはエネルギーのロシア依存から脱却するしかない。

不十分な対策を補うカーボンオフセット

CO2削減の手段にはさまざまな方法があるが、企業レベルでも実施できる対策として省エネがある。製造機械など古い機械はエネルギー効率が悪く、更新することで省エネにつながるかもしれない。化学・素材業界がメインだが、原料の代替も省エネにつながる。ある素材を生産するのに200℃の加熱が必要な場合、原料を替え、170℃の加熱でも同等性能の品質を確保できるようにすれば大きな効果がある。

エネルギー代替もCO2削減につながる。最近では洋上風力発電が注目されており、政府は2030年までに一時間当たり1000万kWh、40年までに3000~4500万kWhの導入目標を掲げている。ちなみに原発1基・1時間あたりの電力量は50~120万kWhが相場である。部品調達や整備などの問題を抱えているが、イギリスでは既に洋上風力発電で1000万kWh近くの電力を供給しており、決して不可能ではない。

だが、こうした省エネやエネルギー代替も取り組みとしては不十分な場合もあり、「カーボンオフセット」を導入することで理論的には完全脱炭素を実現できるかもしれない。

カーボンオフセットとは活動で発生させたCO2を“別の取り組み”によって削減する方法である。最も一般的な方法は植林であり、年間1000リットルのCO2を排出する企業が年間1000リットルのCO2を吸収する森を有していれば排出分を相殺(=オフセット)できる。

また、カーボンオフセットは自社だけでなく国境を越えて取り組むこともできる。例えば、他社が1000リットルの排出量に対し2000リットル分の植林をしていれば、余っている1000リットルを排出権として購入することで自社の排出量をゼロにすることが可能。いわば、「良いことをすれば、同じ分だけ悪いことをしてもいい」というのがカーボンオフセットの考え方だ。

バイオマス原料を用いる考え方

カーボンオフセットの手法は植林や排出量取引が主であったが、近年では技術の進歩によって新たな手法が生み出されている。植物由来の「バイオマス原料」を製品の生産に使う技術だ。

例えばプラスチックは樹脂から合成されるが、樹脂はほとんど石油由来の成分で構成される。火力発電で得られた莫大なエネルギーを元に石油を加熱・分留し、高温で反応させることで樹脂原料が生成されるが、この過程では火力発電で生じたCO2が排出量のネックとなる。

バイオマス原料を使う場合も同様に植物から原料を得る過程で電力を必要とするが、植物の段階でCO2を吸収しているため相殺できる。バイオマス原料を使う手法は時間を超えたカーボンオフセットと言い換えられるだろう。実用化はまだ先と言えるが、例えば植物由来のイソシアネートが製品化されているため気になる方は調べてみると良い。

CO2算出の難しさ

だが、カーボンオフセットには問題点も多い。そもそも省エネのように企業のCO2削減を促すものではなく、森林保護を継続するか排出権を購入することでいくらでも排出できてしまう。森林保護を選んだ場合、CO2の排出量と吸収量の算出は企業が自主的に行うことになるが、透明性は低い。

排出権取引にも難がある。権利を売りたい側が有する排出枠及び買いたい側の排出量の算定は「カーボンプライシング」と呼ばれ、専門機関による正確かつ強制的な算出が欠かせない。統一市場を有するEUは既にエネルギー産業を対象としたEU-ETS(欧州連合域内排出量取引制度)を導入しているが、世界中の企業に排出権の統一制度を強制するのは難しいだろう。

問題を抱えるカーボンオフセットだが、一部では期待もできる。近年では企業のESG、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に対する取り組みを重視して投資方針を決めるESG投資が普及しつつあり、決算報告では財務諸表以外にもESG報告書を公表する企業が現れている。

企業の自主性に頼る形にはなるが、環境への取り組みを訴える手段としてカーボンオフセットの導入が進むのではないだろうか。特にEUは域内で経済活動を行う他国企業にも環境対策を求めているため、日本企業の場合はグローバルに展開している企業から導入が進むと思われる。