渋谷センター街を入ってすぐの場所にある「スマドリバー渋谷」は、お酒の飲み方の多様性を提案する新しいタイプのバー。お酒を飲む人も、飲まない人も楽しめる店づくりが展開されている。時勢を取り込んだこの積極的な取り組みは、実はビールメーカーであるアサヒビールが仕掛けたもの。2022年6月にオープンして半年、どのような反響があったのか、運営するスマドリ株式会社のブランドマネージャー京谷めいさんに話を聞いた。
アサヒビールを掲げない、「スマートドリンキング」への挑戦
忘年会シーズン真っ只中。飲食店では、楽しい“飲みニケーション”が図られていると思いきや、そうではないとの調査結果がある。2020年11月に実施されたアサヒビール「飲酒飲用実態・意向調査」によると、「飲み会やお酒の飲み方に対する不満」を聞いたところ、半数近くが「現状の飲み方に不満がある」と回答。
それに応えるようにアサヒビールは2020年12月に飲み方の多様性「スマートドリンキング」を提唱。“スマドリ”の実現に向けて、2022年4月にアサヒビールと電通デジタルの合弁でスマドリ株式会社を設立した。
スマートドリンキング
「アサヒグループ サステナビリティビジョン」で定めた重要課題の一つである「責任ある飲酒」を推進し、飲む人も飲まない人もお互いが尊重し合える社会の実現を目指すため、2020年12月10日にアサヒビールが提唱。飲み方の多様性を受容できる社会を実現するために商品やサービスの開発、環境づくりを推進することを宣言した。
ビールメーカーであるアサヒビールがあえてこうした分野に参入したのは、なぜなのだろうか?
「理由は3つあります。1つめはWHO(世界保健機関)が提唱している適正飲酒の観点で、有害なアルコール摂取を減らしたいとの思いがあります。2つめは、昨今のお酒の飲み方の多様性を受けて、これまで当たり前にあった“とりあえずビール”のような画一的な飲み方でなくてもよいという提案をしたかったこと。3つめが、お酒は飲めるがあえて飲まないというソバーキュリアスの考え方に対応したドリンクが求められていることです。お酒のリーディングカンパニーとして、新しい飲み方の選択肢をつくる必要を感じました」(スマドリ株式会社 ブランドマネージャー 京谷めいさん、以下同)
ソバ―キュリアス(Sober Curious)
欧米のZ世代・ミレニアル世代を中心に近年流行している“あえてお酒を飲まない”という新しいライフスタイル。「あえてお酒を飲まないことで、身体面・精神面で健康的な日常を送りたい」という新しい価値観で、昨今のヘルシー志向の高まりを受けて、日本でも広まりつつある。
このスマートドリンキングを広めるため、アサヒビールは2022年6月に渋谷センター街にスマドリ体験の場、「スマドリバー渋谷」をオープンした。さまざまなアプローチがあるなかで、“アサヒビール”を大きく掲げない店舗をオープンした理由についてこう話す。
「昨年、アサヒビールでは『ビアリー』や『ハイボリー』の微アルコール飲料を発売しました。新しいカテゴリーなので、ただスーパーに並べても自分の生活にどう取り入れたらいいか消費者も悩ましいと思います。そこで、体験の場としてスマドリバー渋谷をオープンしました。アサヒビール!と掲げなかったのは、その名前を見た瞬間にお酒を飲めない人や飲まない人から避けられてしまうことがわかったから。スマドリのブランド設計としてアサヒビールの名前は出しませんでした」
お酒が飲めない人と徹底的にコ・クリエーション
スマドリバー渋谷は、新しい切り口の飲食店として、オープン当初からメディア取材が殺到。そのPR効果もあり、想定を上回る来客数を記録した。好評を博した理由を聞いてみると、【立地・店舗づくり・メニュー開発】の3つに力を入れていたという。
まず立地については渋谷の中心地、センター街にこだわった。
「店舗をオープンする前から渋谷区と手を組み、渋谷未来デザインとともに『渋谷スマートドリンキングプロジェクト』を実施しました。渋谷区は飲酒に関して、ハロウィンなどのイベントや、コロナ禍での路上飲酒などの飲酒トラブルを抱えていた自治体です。アサヒビールとはお互い適正飲酒という社会課題をもっていたことで思いが一致していました。出店が決まったあと、ターゲットを20〜30代の若い世代に定めたこともあって、新しいカルチャーの発信地であり、PRバリューのある場所として渋谷センター街を選びました」
店舗づくりをするにあたっては、お酒が飲めない大学生の意見も取り入れ、進められた。実はスマドリバーの裏テーマは、「コ・クリエーション」。お酒を飲めない人たちとの“共創”がカギになっている。
「お酒を飲めない人は、オーセンティックなバーに憧れがあるものの敷居の高さを感じていることがわかりました。そのため、暗めの入り口ではなくガラス張りで透明であることは絶対でした。とはいえ、お酒を飲む高揚感は欲しいので、内装はカフェバーのような大人の雰囲気を出しています」
スマドリバーのメニューは、0%、0.5%、3%の3種類のアルコール度数で100種類以上のドリンクがある。シグネチャードリンクを見ると「マーブリングレイン」「渋谷クラフトコーラ」「渋谷クラフトレモネード」というように、すべてオリジナルメニューとなっている。メニュー開発も店舗づくりと同じようにコ・クリエーションが生かされている。
「当初、メニューは一般的なカクテルのノンアルコール版を考えていました。しかし、お酒を飲み慣れていない人は、ビールやジンにあるような苦味が苦手。そもそもお酒の味が得意でないことがわかりました。だからといって、ソフトドリンクではつまらない。そこで、大人のこだわりを加えたクラフトドリンクとしてオリジナルメニューを開発しました」
3種類のアルコール度数や食事のメニューにもお酒を飲めない人の求めるものが追求されている。
「アルコール度数は、一日の成人の適正飲酒量は350mlで3.5%以下という基準に則っています。ただ、調査をするなかで、お酒をほとんど飲めない人にとって3%というのはハイアルコールだとわかりました。そのため、0.5%という度数のドリンクも取り入れています。食事メニューは、飲めない人は、お酒が飲めない分、食事を楽しみたいという声が多かったので、通常のバーの倍くらい料理メニューが充実しています」
スマドリバー渋谷は、コ・クリエーションという手段を使って、お酒を飲めない人や飲まない人に寄り添った空間を追求していた。
スマドリバーはお酒を飲めない人との新しいコミュニケーションの場
スマドリバー渋谷の利用者は、20代女性が圧倒的に多く、全体の約51.9%を占めている(2022年8月末時点)。年代でみると、20代が全体の約7割。当初の予想どおり若年層の取り込みに成功したといえる。利用者にはどんなニーズがあったのだろうか?
「当初、“飲めない人が主役”というコンセプトで展開していましたが、飲めない人にとって、自分たちが主役というより飲める人と楽しみたいという思いがあったんです。実際、20代の女性2人で来店されて、『居酒屋だとお酒を飲める自分は楽しいけど、飲めない友達はソフトドリンクになってしまう。もっと2人で話したいというときにこういう店を待っていた』という声がありました。いわばスマドリバーにはコミュニケーションの潤滑油の役割がある。それを実現させたのがAlc.0%や0.5%のアルコールドリンクでした」
営業を続けていくなかでは、利用者の新しい要望も見えてきた。
「スマドリバー渋谷は、あえてバーとしての敷居を低くしてカフェバースタイルにしましたが、一方で自分に合ったお酒やお酒の知識を高めたいという希望があることがわかりました。『推し活』を好む20代には、バーテンダーのような存在が必要だったのです。そのため、スタッフにはおすすめを紹介できるよう教育し、年明けからはメニューをフローチャート形式にしようとしています」
新しい市場の参入に予想外はつきもの。同時に、スマドリバーにこれまでにない手応えと可能性を感じていると京谷さんは期待を込める。
「私自身、アサヒビールやアサヒ飲料でさまざまな商品のマーケティングを担当してきましたが、スマドリバー渋谷には“待っていました”というかなり強いインサイトがありました。メディアの反響も大きかったですね。それだけこうした場が無いことに困っていたお客様が多かったということです。アサヒビールでも昨年、微アルコール商品を発売したことで、アルコールテイスト飲料の販売量が2022年上半期で6%増加しています。スマドリは、自信を持って広めていける市場なので、もっと時間と労力をかけて取り組んでいきたいと思います」
飲み方の多様性をきっかけに、飲める人も飲めない人も楽しめるという市場を切り開いていくスマドリバー渋谷。体質的にお酒を飲める、飲めないだけでなく、あえて飲まない人もいれば、気分や状況に応じてもお酒の飲み方は変わってくるだろう。そう考えると、スマドリの活動が果たすべき役割はますます広がってくる。今後のスマドリバー渋谷の提案にも注目していきたい。