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[急がば坐れ!~全生庵便り]

【禅的思考で頭スッキリ】男女の友情

電子雑誌「政経電論」第20号掲載
2017年01月10日
読了時間: 04分30秒

あなたには異性の友人がいるでしょうか? 異性間の友情は、同性同士では考える必要のない恋愛や性欲など、さまざまなことが複雑に絡み、育むのも継続するのも難しい......。そんな「男女の友情」について住職に聞いてみました。

平井正修プロフィール臨済宗国泰寺派全生庵
住職 平井正修(ひらい しゅうしょう)
1967年東京生まれ。臨済宗国泰寺派全生庵七世住職。1990年、学習院大学法学部政治学科を卒業後、2001年まで静岡県三島市龍澤寺専門道場にて修行。2002年より現職。2016年4月より日本大学危機管理学部客員教授として坐禅の指導などを行なう。著書に、『とらわれない練習』(宝島社)、『男の禅語:「生き方の軸」はどこにあるのか』(知的生きかた文庫)など。

「友」とは価値基準を共有する間柄

禅の世界には「法友(ほうゆう)」「同友(どうゆう)」という言葉があります。同じ修行道場で時間を過ごした仲間をこう呼びます。いわゆる「同じ釜の飯を食う」体育会の同期の感覚に近いでしょうか。24時間の厳しい合宿生活を3年間にわたって一緒に送るので、仲間意識が芽生えますし、私自身、一生を通して助け合っていける仲間だろうと思っています。

「友」について修行という例を挙げましたが、趣味や仕事、生活習慣など、どこか価値基準が一致すれば、そこから友情は始まっていくように思います。しかし、それが異性、"男女"となるとそこには性欲や恋愛などが複雑に絡みだし、少しややこしい話になりそうです。

男女の友情が成立するシチュエーションって?

友情を男女に限定すると、2人を近づけるのを難しくする性別としての特性があります。

まず、女性の場合、共通の価値基準に加えて、男性に対する人間として好ましいと思う気持ちが必要だと感じます。生理的にOKか否かというものです。女性は男性以上に感性を大切にしている人が多いように思うので、OKと感じられないと、友達候補にすら選ばず、2人が近づくきっかけ自体が生まれなさそうです。

一方男性は、異性に声をかけるときは"あわよくば"の下心があることがほとんど。自分の経験を振り返ってみてください。恋愛的な意味で興味のない女性にはそもそも声をかけなかったりしますので、"友情"として関係をスタートさせることを難しくしています。

しかし、男性が経験を積んだら、例えば結婚して妻を持ち、子どもができるなどして、守るべきものができると、下心をリスクとしてとらえ、心の奥底にしまいます。そうすると、女性を性の対象としてだけではなく、ひとりの人間として見ることができるようになります。そうして初めてその人自身の魅力に気づけるようになるのです。

そうなれば、友達までの道は遠くありません。つまり、女性からある程度の好意があって、男性側に下心がないときに、男女の友達関係は成立するのではないでしょうか。

私の場合は、例えば以前交際していた人とも、今はお互いに家庭を持って落ち着いていて、ざっくばらんに話しをできる関係を築けています。この状態を男女の友情と呼ぶのだろうと思います。男女間では、恋愛感情の先に友情があるのかもしれません。あるいは、男女間で友情を育むには時間(男性側の経験)が必要とも言えるのかもしれませんね。

友達や友情に「型」はない

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