2019年9月4日、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が「逃亡犯条例」改正案について完全撤回をしたが、法案はすでに廃案になっており、香港市民の主な焦点は警察のデモ隊への過剰な暴力にシフトしている。大規模化した6月当初から平和的デモではあったが、状況が進行するとともに最前線ではやはり過激な場面も見られるようになった。この状況を香港市民はどう思っているのか……。香港中文大学が積極的に世論調査を行っており、発表された客観的数字から紐解いてみたい。
デモ隊の過激な行動を6割の香港市民が受け入れる
中文大学新聞與傳播學院の傳播與民意中心(世論調査などを実施する研究機関)が新聞『明報』と共同で9月5日~11日まで623人、15歳以上を対象に世論調査を実施した。それによると、「香港警察を信用するか?」という問いに対する評価は、10点満点中2.89点、香港政府への信任度も2.87点と共に非常に低い数字だった。
また、「警察はデモ隊に対して過剰に暴力をしていると思うか?」については「とてもそう思う / そう思う」が合わせて71.7%だったのに対し「デモ隊の暴力は過剰か?」という質問には「とてもそう思う / そう思う」が合わせて39.4%という結果に。
日本のテレビなどではデモ隊の過激な行動が連日報道されているが、香港市民の約4割は暴力的ではないと考えており、逆にいえば、約6割は過激な行動を受け入れていることが判明した。
「林鄭行政長官は辞職にすべきか?」については64.6%がするべきと回答。今回のデモに際して、デモ側は5つの要求を政府に提示しており、政府は9月上旬に「逃亡犯条例」改正案の撤回の要求を飲んだが、残りの要求である「独立調査委員会の設置」(70.8%)、「普通選挙の実施」(27.0%)にも応えるべきだという回答を得た。
香港政府が行政長官に強大な権限を与える「緊急状況規則条例」の発動については、「非常に反対 / 反対」が61.1%とほとんどの香港市民は反対という意見だった。「警察・デモ隊共に暴力のレベルが上がっていることについて誰の責任か?」には50.5%が「香港政府」、「デモ隊」に至っては12.7%しかなかった。
公務員が考える香港の核心的価値は「自由」77.7%
上述の新聞與傳播學院の麥嘉輝と謝梓楓いう2人の研究生は8月2日に行われた公務員によるデモの現場に赴き、個別に調査を実施、その結果を9月10日に『明報』で発表した。
デモの参加人数は、主催者は4万人とし、警察最大で1万3000人が参加したと発表。「公務員は政治的な中立を守り、行政長官に忠実でなければならない」と政府は声明を出したほか、現実的にデモに参加した事が露見すれば昇進などに影響するともかかわると言われていたにもかかわらずこれだけの数の公務員が参加した。
麥と謝の両氏はデモ参加者の公務員の中うち277人から回答を得ることができた。平均年齢は35歳で、政府で働いている期間は平均9.4年。等級が低い人が16.8%、中間が72.3%、地位の高い公務員が10.9%という割合で、53にも上る政府部門から来ていた。
参加した目的について聞くと、「元朗(ユンロン)地区で起こったマフィアといわれている白シャツを着た集団がデモ帰りの人たちを無差別に襲撃した事件の解明」が93.1%だった。デモの開催日が7月下旬の襲撃事件から日があまりたっていないこともあり、この項目がトップに立った。ほか、「警察のデモ隊への処理手段が適切かどうかの調査を求める」が91.7%、「独立調査委員会の設立を求める」が87.7%だった。また、「香港の核心的価値とは何か?」について「自由」と答えた人が77.7%、「民主」が59.9%。「平等」が27.9%だった。
デモで生活に支障をきたしても受け入れるが4割
つぎは中文大学香港亜太研究所の調査だ。こちらは8月21日~27日の間に18歳以上の市民716人に調査した。
「デモ隊は要求をどのような態度で臨むべきか?」という問いに、「政府とデモ隊が双方とも譲歩するべき、共通点を模索すべき」が48.7%、「要求は維持、譲る必要なし」と答えたのが38.8%などとなった。
「要求するとき、平和的に、理性的に、非暴力で得ようとするべきか?」については、2017年7月時点で「そう思う」が73.4%だったのに対し2019年8月は58.8%に減少した半面、「半々」は17.1%から31.1%に上昇。「そうは思わない」が3.7%から1.8%となった。
表現方法を変えた「政府への要求は攻撃的な方法でするべきか?」という問いについては「半々」が36.1%、「そうは思わない」が35.1%、「そう思う」が26.9%となった。
デモ隊が警察に対抗するときの道具として受け入れられるものは「レーザービームの照射」が39.8%、「雨傘による攻撃」が33.1%、「こん棒などによる攻撃」が10.8%などとなっている。一方、警察がデモ隊に対して使用する武器については「こしょうスプレー」が41.9%、「警棒の使用」が26.0%、「催涙弾」の21.4%が受け入れられるとした。
「デモによって日常生活に支障が出た場合、受け入れられるか?」との問いには「受け入れられる」が41.2%、「受け入れられないが理解できる」が26.5%、「受け入れられないし、理解も出来ない」が30.4%と、ある程度の不便を受け入れる人が多いことがわかった。
「何が今最も重要か?」(複数回答可)は「民主的な選挙」が70.5%、「社会の安定」が67.7%、「経済的繁栄」が61.3%と、5大要求の一つであり、雨傘運動のきっかけとなった「普通選挙」が最も高い数字となった。
香港・中国政府は力をちらつかせて牽制
8月上旬には香港に隣接する広東省深圳市に中国軍指揮下の暴動鎮圧部隊である武装警察の車輌がスポーツスタジアムに展開し、訓練する様子が報じられた。このことについて林鄭行政長官は実業家グループのとの会合で人民解放軍(武装警察ではない)による武力鎮圧について「計画は絶対にない」と発言。
また、「緊急状況規則条例」の発動についても林鄭行政長官は「法的手段を使って暴力を止められるなら、すべてを検討する責任がある」と8月下旬の記者会見で述べていた。この条例はイギリス統治下時代の産物で、通信や集会などを制限することを立法会の同意なしでできるというものだ。
夜間外出禁止令や戒厳令にも近いもので、経済的ダメージが大きくなることが予想される。外資系企業が香港を撤退する理由の一つにもなりかねないため、民主派、親中派とも否定的な考えを持つ人が少なくない。そのため、実業家グループとの会合で林鄭行政長官は“検討中”と発言するにとどまっている。
本当に武装警察や「緊急条例」を使う自体になったときは、中国は香港の都市機能を諦め、国際的な非難を浴び、かつ台湾の総統選挙で国民党が負けることを覚悟したときだと言えるので、現実になる確率は低い。ただ、香港市民を牽制してデモを鎮静化させよう意味においては、中国政府らしい手法といえる。
9月に入って香港の新学期が始まったこともあり、特に急進的なデモを引っ張ってきた学生、生徒が通学を始めたためデモの回数は明らかに減った。しかし、週末になればデモが起こらない方が不思議な状況であり、今回の調査結果でも明らかになったように、現在のデモのモチベーションは「香港が香港であるため」の運動であることと、警察の過剰な暴力への怒りが大きい。
一方、中国政府が武力介入にはまだ否定的であり、リーダーがおらず香港政府も交渉相手が特定できないことから10月1日の国慶節を過ぎても、デモが収束する可能性は低いと見た方が自然だろう。