日米貿易交渉は政治日程を優先したことで損をしたかもしれない

写真/首相官邸

経済

日米貿易交渉は政治日程を優先したことで損をしたかもしれない

0コメント

日米の貿易交渉が8月25日の日米首脳会談で基本合意に達した。TPPを離脱した米国との貿易交渉の焦点は、日本の農産物の市場開放と、米国の自動車関税の引き下げであったが、どうやら米国寄りの決着となりそうだ。9月下旬の国連総会の場で再度首脳会談を行い、協定に署名する予定であるが、先行き波乱も予想される。

来年11月の大統領選を見据えるトランプ政権と今夏の参議院選を見据えた日本

「双方の政治日程がすべてだった」

今回の日米貿易交渉の結果について霞が関の官僚はこう評価する。

日米貿易交渉の始まりは2018年9月の日米首脳の共同宣言から。この中で、「日本の農産物市場開放は環太平洋連携協定(TPP)など過去の協定での譲歩内容の範囲内とするとともに、米国の自動車生産・雇用を拡大する」と明記されていた。この宣言に沿って、日本側は日系自動車メーカーの米国生産が拡大しやすいように米国の関税引き下げを求め、米国側は農産物の日本向け輸出拡大を求めた。

結論はどうだったか。日本の農産物の市場開放は共同宣言通りTPPの水準内で抑えることで落ち着いた。日本は、米国の農産物の輸出先としては、メキシコ、カナダに次いで3番目に多く、4位の中国を上回る。米国にとって日本の市場は重要な御得意先の一つというわけだ。

しかし、日本の農産品の単純平均実行関税率は15.7%で、G20の中で5番目に高い水準だ。国内の農業事業者の保護を優先してきたためで、特に米国産の牛肉には38.5%の高関税が課されている。これを米国産の牛肉や豚肉などの関税についてTPPと同水準の9%まで段階的に引き下げることが決まった。

米中西部の農業者を票田とするトランプ氏にとっては、まさにしてやったりの成果だろう。一方、日本側も米国に輸出される日本産牛3000トンについて無税枠が新設されたが、成果は比べようがない。もう一つの焦点であった自動車関連では、約400品目ある自動車部品で一部関税撤廃が認められたが、肝心な、TPPでは廃止されるはずだった米国の乗用自動車輸入関税(2.5%)は先送りされた。米国が離脱する前のTPPでは、この2.5%の関税を25年かけて撤廃することになっていた。

米中貿易摩擦で余剰となったトウモロコシ数億ドル分を日本が購入

さらに、日本は米中貿易摩擦で余剰となった米国トウモロコシ数億ドル分を購入することも約束した。安倍晋三首相は「日本国内の害虫被害発生による代替飼料の確保が目的」と説明したが、「九州で発生した害虫ツマジロクサヨトウのことを指しているのだろうが、日本国内でのトウモロコシの自給率はほぼゼロ。大統領選を控えたトランプ氏へのプレゼント以外の何物でもない」(野党議員)と受け止められている。

今回のトウモロコシの輸入量は年間輸入量の4分の1に相当する量で、米中貿易摩擦で中国に輸出できなくなった分の肩代わりであることは明瞭。しかも、「米国の飼料用トウモロコシの大半は遺伝子組み換え品種で、そのままアフリカ支援に回される可能性もある」(同)との見方もある。

農産物の関税引き下げをTPPの範囲内に抑えられたことを評価する声もあるが、バーターと見られた米国の乗用自動車輸入関税撤廃は先送りされたことと併せて考えると、米国に主導権を握られた点は否めない。トランプ氏が会談後に「非常に良い話なので、一緒に会見したい」と安倍氏と共同記者会見をもちかけたことからも米国寄りの結果であることは明らかだ。

交渉当事者のライトハイザー米通商代表部(USTR)代表も「農産物、工業品の関税、デジタル貿易の3分野で合意した。特に米国から日本に輸出する牛肉、豚肉、小麦、乳製品、ワインなどで大きな利益が得られる。70億ドル以上の市場開放につながる」と強調している。

日本が最も恐れる輸入自動車の追加課税

冒頭の霞が関の官僚が指摘するように、交渉過程を振り返ると、トランプ政権は来年11月の大統領選を、日本は今夏の参議院選を見据えて交渉を急いだことは確かだ。

日本側は参議院選をにらみながら、TPPから離脱したトランプ政権が求める農産物の関税引き下げを、最悪でもTPPの範囲内に押しとどめることを死守ラインとすることで国内の農業票離れを食い止める。一方、米国は自動車関税の撤廃を回避しながら、農産物の輸出増で実績を上る。

基本合意は“双方の妥協の産物”というわけだが、「最初から死守ラインを掲げ、手の内を晒した日本の交渉は、巧みにブラフ(脅し)をちらつかせる交渉を展開する米国に圧される結果になったのではないか」(野党議員)という。

交渉当初から日本側が最も恐れた米国のブラフとは、トランプ氏が日本からの輸入自動車について追加関税をかけることであった。米国にとって年間約7兆円の対日貿易赤字の過半は自動車で占められている。しかも、通商拡大法232条に基づき「(日本からの)輸入車が米国の産業基盤を弱め、安全保障上の脅威となる」と認定済みで、その気になればトランプ氏はいつでも追加関税を課すことが可能なのだ。

トランプ氏は日米貿易交渉の基本合意直後の会見で、日本の自動車への追加関税について「現時点では考えていない」としたが、将来的には可能性を排除しないとも語っている。9月下旬の日米首脳会談で、果たして安倍首相がトランプ氏から「追加関税は課さない」との確約をとることができるのか、そして協定にその旨を明確に盛り込むことができるか、注目される。