米軍が無人攻撃機によってイラン革命防衛部隊のカセニ・スレイマニ司令官を殺害したことに対する報復として、イランはイラクの駐留米軍基地を弾道ミサイルで攻撃。対立の激化を見た市場も反応し原油価格は高騰した。世界に大きな混乱が起きるのではと懸念されたが、トランプ米大統領はミサイルを打ち返すことはせずイランに対して経済制裁を加えるにとどまった。依然として緊張状態は続いているが、“コントロール”されたこの状況下で経済も新しい反応を示している。
米大統領選を控えた最大の公共事業
アメリカによるイラン・ソレイマニ司令官の殺害(1月3日)を機に緊張が高まる中東情勢。1月8日にはイランがイラクの米軍基地へミサイル攻撃を行うなど、報復の応酬が危惧されるなか、株式市場は大きく動揺し、原油価格は高騰した。
2018年5月にトランプ政権が一方的にイランとの国際的核合意から離脱し、イランへの経済制裁を強化して以降、両国関係は悪化の一途をたどっていただけに、一時は英雄視されていたソレイマニ司令官殺害を引き金に“戦争突入か”と懸念されたが、事態は急速に沈静化に向かっている。
直接的にはイランによるウクライナ旅客機の誤爆という想定外の事件が、イラン内の政権批判となって跳ね返ってきたことが沈静剤となった格好だが、中東情勢に詳しい中央官庁幹部は、「そもそも今回の米・イラン間の緊張は、両国の国内問題を外にそらす狙いが濃厚だった。イランはガソリン価格の値上げ等の経済問題から政権批判が高まっていただけに、その不満の矛先をアメリカに向けさせる格好の材料だった。イランははなからアメリカとの全面戦争する考えはないし、アメリカも中東そのものから引きたがっている。そうした両国の思惑が合致した、いわゆる“創られた危機”だ」と解説する。
ソレイマニ司令官の殺害は、アメリカのトランプ大統領による策謀であり、大統領選を控えた最大の公共事業としての“制限された戦争”ということだ。
かつてはクリントン大統領も同じ手を
同じことは1998年にも行われている。同年12月16日から19日まで、英米軍はイラクを空爆(砂漠の狐作戦)したが、それはホワイトハウス実習生モニカ・ルインスキーとの不倫疑惑で弾劾されたクリントン大統領が訴追採決を遅らせ、国民の注意を海外にそらすことが目的であった。
今回はウクライナ疑惑で議会から弾劾裁判を突き付けられているトランプ氏が、イランに目をそらせるためにソレイマニ司令官を殺害したとの見方が有力だ。ソレイマニ氏は米大使館や駐留基地へのテロ攻撃を計画していたことが殺害の理由とされるが、その明確な証拠は希薄だったことも明らかになっている。
むしろ、トランプ氏は、イランと対立するイスラエルを支持するアメリカ内の支援者、さらに米国民の4分の1を占めるキリスト教福音派の支持を取り付けるために、イランに対して強硬姿勢を示す意味があったように思われる。「すべては今年11月の大統領選で再選すること」しかトランプ氏の頭の中にはないと見ていい。
「金」とともに仮想通貨の資産価値が上昇
また、経済への影響についても、中東の緊張から原油価格が急騰しても、シェールオイルで賄えるアメリカには影響は少ない。同時にドル安による輸出増も期待できることになる。「本来、“有事のドル買い”と呼ばれ、戦時下では安全資産とされるドルは高くなるのですが、今回はアメリカそのものが戦争の当事者なので、米ドルは下落することになります」(エコノミスト)というわけだ。
足元では、一時の緊張が緩和されたことで急速にドルが買い戻され、ドル高・円安が鮮明となったが、イランとの対立が再燃すれば、再びドル安に触れる基調は変わらないと見ていい。反面、究極の安全資産である「金」は急騰している。
さらに、興味深いことは、今回は仮想通貨という新手の資産価格が上昇していることであろう。仮想通貨ビットコインは1月7日、一時8000ドルを突破し、昨年11月以来の高値を付けた。
ソレイマニ司令官は無人機という新手のIT兵器で殺害されたが、戦闘に伴う市場の反応も、仮想通貨に資金が向かうという新たな潮流を予感させる。
繰り返しになるが、今回の米・イランの対立は、演出された戦闘の域を出ないように思われる。ただし、いつの時代にも不測の事態は起こり得る。戦争の芽はいたるところに埋まっていることは忘れてはならないだろう。
中東危機は、同地域に原油の大半を依存する日本経済を直撃する。米・イラン対立で最も被害を受けかねないのは日本をはじめとするアジア各国だ。第3のオイルショックの懸念もくすぶる。2020年の日本経済は多難な船出となった。