2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新しい国立競技場は、至る所にユニバーサルデザインが採用された時代にふさわしいスタジアムになっている。一方で、高額の建築費用をめぐって紆余曲折してきた結果、コスト削減の影響も色濃い。五輪後に民営化されるという国立競技場の収益性はどのようなものだろうか。
屋根の設置作業だけで約16カ月
これまでは「新国立競技場」と便宜上、使ってきたが、昨年竣工したことにより正式名称はこれまでと同じ「国立競技場」になった。整備を行ってきた独立行政法人日本スポーツ振興センター(Japan Sport Council:JSC。大東和美理事長)によると、敷地面積は10万9800平方メートル(旧競技場は7万4000平方メートル)、建築物の延べ面積は19万2000平方メートル(同5万1600平方メートル)。延べ面積で見れば3.7倍の広さになった。
鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)、高さは地上5階、地下2階、高さは47メートル、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同体(JV)が施工を担当した。工期は全体で36カ月、作業員数は累計で約150万人、ピーク時は1日2800人が作業に従事した。総事業費は、技術提案などにより当初の計画より約21億円低減し、約1569億円となった。この辺は日本の技術の高さの面目躍如といったところだ。
トラックは全天候型で400メートルが9レーンでイタリアのモンド社製を採用。同社のトラックは世界記録が出やすいといわれる高速トラックだ。インフィールドは天然芝(夏季がティフトン419、冬季がペレニアルライグラス)で縦71メートル、横はサッカーで105メートル、ラグビーでは107メートルで使用する。地中には総延長25キロの配水管を張り巡らせて適切な温度管理を行う。
エレベーターは32台、エスカレーターは20台、大型スクリーンは南北に1台ずつ2つあり、北側は横36メートル、縦9メートルで、時計とサッカーなどに使う45分計がある。南側は横32メートル、縦9メートルだ。また、「リボンボード」と呼ばれる、3層構造のスタジアムの真ん中の客席の先頭部にスクリーンを設置。高さ0.96メートルでスタジアム全体を取り囲む(全周640メートル)。
照明器具は1500台で、うち競技用が1300台、観客用が200台あり、照明はサッカー用、ラグビー用、陸上競技用などでライティングを変える。Wi-Fiは1300台、スピーカーは38基あり、会場を盛り上げるのに一役買うほか、通路などには600台のディスプレーが天井からつり下げられている。
屋根は根本からの長さ60メートル、重さ2万トン、4万6000平方メートル。鉄骨が基本だが、それをサポートするために鉄骨の上からカラマツやスギをボルトでとめることで強度を高め、地震や強風に負けない屋根を作りあげたが、屋根の設置作業だけで約16カ月かかったという。ただ、屋根あるが、コスト削減のためにフィールドの中心部分は覆われていない。
トイレは男性用、女性用、アクセシブルトイレの3種類。93カ所に設置されたアクセシブルトイレのうちオストメイト対応が27カ所、さらにトランスジェンダーや発達障がい者の付き添い者に配慮した男女共用トイレが16カ所ある。
また、イベントによっては男女比率に大きな差が出ることがある。女性が多い場合でも、男性トイレのサインを簡単に女性トイレのサインに変えて対応することも可能だ。
座席の5色は隈研吾氏が細かく指示
客席の座席数は6万席(同5万5000席)で、入口には顔認証ができるゲートが設置されている。座席は茶、黄緑、深緑、グレー、白の5色のアースカラーでランダムに色づけ。ランダムといっても隈氏が細かく指示して色の配置を決めたそうだが、こうすることで観客が少なくても、にぎやかに感じとることでできるようになる。
スタジアム全体はすり鉢状の3層構造になっていて、上に行くに従い20度、29度、34度と角度を“きつく”して見やすくなるようにした。そうすることでトラックと客席の距離ができるだけ短くなり、選手との一体感が生まれるメリットがあるという。
“コスト削減”で良くも悪くも特徴の無いスタジアムに
明治神宮外苑にあるスタジアムは自然との調和を考え、木材を2000平方メートルに渡り使用している。主な種類はスギで47都道府県すべてからを取り寄せた(スギが群生していない沖縄からはリュウキュウマツを使用)。
ただ、後述するが“コスト削減”から入ったスタジアムなので、これといった派手な特徴はない。例えば、最上階の3層目には「空の杜(もり)」という1周850メートルの外周路があるが、真っ白な壁がずっと続くのであまりにも“プレーン”な感じだ。高中低約5万本の樹木が植えられており、市民の憩いの場やランナーでにぎわうとは思うが……。
日本はアニメのサブカルチャーもあり、海外に大きな影響を与えた葛飾北斎のような伝統的な芸術もある。仮にここで“日本”を海外にアピールするのなら、白い壁をある程度区割りして、そこにストリートアートを描くような企画をするのもありだと思う。しかも無料で……だ。そうすれば「空の杜」は楽しい空間に変身し、観光スポットにもなり、特徴のない競技場のアクセントにもなるはずだ。
また、天井が無いということは「冷暖房はどうなるの?」と思うだろう。ましてや東京五輪が行われるのは7~8月の真夏だ。暑さ対策で肝となるのが、屋根の付け根の部分にある「風の大庇(おおひさし)」だ。西武ドームも屋根とスタジアムの間に大きな空間があるがそれに似ている。
スタジアムは自然の風による気流循環で温熱を排出する。「風の大庇」の入口からスタジアムの外に向けてせり出した縦格子は、夏は南風を取り入れるため格子の間隔を狭くし、スタジアムに風を積極的に流すようにする一方で、北側は風が抜けやすいように格子の距離を広くする。スタジアムに入ってきた風はフィールドの熱による上昇気流によって上空に抜けていく仕組みだ。
風が無い日を想定して、気流創出ファン(185台)を駆使して強制的に風をつくるほか、ミストが出る冷却装置も8カ所設置することで暑さ対策を施している。模型による風洞実験と膨大な風の気象データを駆使し、方角によって格子の長さを調整している。
一方の暖房だが、これはまったくのゼロ。対策は施されていない。12月半ばに行われた竣工式とメディア向けの内覧会は18時までだったのだが、当日は最高気温が12.5度、最低気温が7.2度。筆者も防寒対策をしていったが、日なたはまだ良かったが日陰に入ったとたんに一気に寒くなった。東京五輪で夏の観戦対策ばかりが注目されているが、五輪後は冬も使うことになるのに……。コスト削減の余波がここにも表れている。
コスト削減がコスト回収を難しくした
なぜコスト削減となったのか? これは覚えている方も多いと思うが、もともとは2012年に国際コンペで、イラク出身のイギリス人建築家、ザハ・ハディッド氏が設計したデザインが選ばれた。美しい流線形が注目された一方で、巨大さが景観を損ね、当初の建設費は3000億円と試算され、その後の実施設計案では2520億円とされた。
「新国立競技場基本構想国際デザイン競技報告書」の131ページ目に工事費概算という項目があり「総工事費は、約1300億円程度を見込んでいる」と書かれてあるにもかかわらずだ。「高すぎる!」と世論の非難を浴び、白紙撤回に追い込まれ、再びコンペを行った結果、隈研吾氏がデザインしたものに決まったという経緯がある。その際に、コストがかかる開閉式の天井を設置する案が消えることになった。
場所柄、旧国立競技場ではコンサートを開くと騒音公害になり年に数回しかコンサートを開けないため、収入は年7億円程度で、維持費も同程度だった。新しい国立競技場は年間の維持費が24億円と試算されており、当初は屋根をつけることでたくさんのイベントを開催して運営費や維持費を賄おうとしていたが、コスト削減が優先されたため、天井どころか可動式の客席もなくなり、音響関係、電気系統などはイベントに向かない設計になっているという。
もし自分が大物アーティストの事務所の社長で、大型のコンサートを開こうと考えた場合、天井が無いところで、可動式の客席もない柔軟性にかけた施設でコンサートをしたいと思うだろうか? 答えは「ノー」ではないかと思う。国立競技場近くの東京ドームでイベントを企画するほうが安心だ。
資金を回収するべく、過去の歴史的経緯を踏まえて、将来のマネタイズを視野に入れていたのに、天井の無いスタジアムとなったことで一気にマネタイズが難しくなった。
旧国立競技場は約半世紀に渡って使われたのなら、新しい国立競技場も次の半世紀は使われてもおかしくはない。確かに初期投資は高いかもしれないが、天井をつけ、もう少し一般のイベントを視野に入れた設計にしていたら黒字化した可能性は少なくない。
政府は、オリンピック後に民間へ運営権を売却することを視野に入れているが、萩生田光一文部科学大臣が、競技場の図面等の開示が難しいということで民営化の計画策定時期を東京オリンピック後の2020年秋以降に先送りすることを公表している。
赤字の懸念ばかりがするこのスタジアム、果たして手を上げる企業がどれだけいるだろうか。
匿名
今どき屋根のないグランドで野球はどうするのか
2024.7.12 13:05
狸うどん
う~ん、THE無難ってかんじ。ザハ・ハディッドデザインの国立競技場かっちょよかったな。∀ガンダムのソレイユっぽい
2020.1.17 18:59