負の遺産化する“西室案件” 日本郵政、トール売却のウラ

写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

経済

負の遺産化する“西室案件” 日本郵政、トール売却のウラ

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日本郵政は、業績不振のオーストラリア物流子会社トール・ホールディングスについて、野村証券とゴールドマン・サックスをアドバイザーに起用し、売却に動き出した。ここにきて負の遺産と化した“西室案件”の清算が行われようとしている。

トール買収を主導したのは元東芝社長の西室泰三氏

オーストラリアの国際輸送物流会社のトールは、日本郵政が株式上場する直前の2015年5月に6200億円を投じて買収したもので、アジア太平洋地域を中心に50カ国、1200拠点を展開するトール買収を通じて、グローバルロジスティクス(国際物流)への脱皮が目指された。しかし、「買収額は市場価格の1.5倍と高額で、高値掴みの感は拭えなかった」(市場関係者)と、買収当初からその先行きを危ぶむ声は絶えなかった。

当時の日本郵政関係者によると、「トール買収を主導したのは西室泰三社長(在任:2013年6月~2016年3月)で、ドイツポストによるDHL買収という成功例がモデルだった」という。

しかし、資源価格下落などを受けたオーストラリア経済の低迷でトールの業績も落ち込み、2017年3月期に4003億円の減損処理に追い込まれた。その後、経営陣の入れ替えやリストラ、不採算事業の売却など再建を進めたが、2020年3月期も86億円の営業損失を計上するなど業績は低迷している。そこにかんぽ生命による保険不適切販売と新型コロナウイルス感染拡大が追い討ちをかけ、「このまま赤字を続けるトールを抱え続ける余裕は失われつつある」(中央官庁幹部)とされる。

「トール買収は2015年11月のグループ3社の上場を見据えた市場への成長戦略のメッセージだった」(当時の日本郵政関係者)とされるが、思惑とは逆に負の遺産化している。

かんぽ生命の不適切販売もあり、日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の上場3社の株価は低迷しており、上場時に株式を取得した投資家は含み損を抱えた状態にある。国が保有する株式の追加売却も先送りを余儀なくされたままだ。そうしたなか、政府は日本郵政の保有株を売却して東日本大震災の復興財源(4兆円)に充てる期限を現在の2022年度から27年度に延長することを決めた。

金融事業に代わって収益を支える不動産事業にも問題が

2020年1月に増田寛也元総務相が社長に就任し、経営陣が一新された日本郵政グループだが、今回の不適切販売で失われた信頼を取り戻すのは容易なことではない。長く地道な信頼回復努力が求められようが、同時に不可欠なのは成長戦略をどう描くのか。その絵図が問われている。この点について、新社長の増田氏は、今後の事業展開について不動産事業を「M&Aや投資戦略で大きな柱に育てていきたい」と語っている。

日本郵政グループは、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険という金融事業に大きく依存した収益構造になっている。今回のかんぽ生命保険の不適切販売、さらにはゆうちょ銀行による投資信託の不適切な販売は、その屋台骨を直撃する形となったわけで、当面、グループの収益が低迷することは避けられない。

その穴を埋める施策として当面、期待できるのは不動産事業ということになる。郵便局が建つ都心の一等地を再開発して高層ビルを建てれば大きな賃料収入を得られる。現在、進められている港区・麻布台の旧郵便局舎の再開発はその典型であろう。増田社長も「良い土地がいっぱいある。そこの展開をもっと進めたい」と指摘している。

ただし、不動産事業のM&Aについては、日本郵政は大きな蹉跌(さてつ)を抱えている。2017年に頓挫した野村不動産買収だ。当時を振り返って関係者は、「4000億円もの損失を出した豪物流会社トールの減損処理直後に、再び高値掴みとなりかねない買収を仕掛けるわけにはいかなかった」と関係者は語る。17年5月上旬に買収話が報道されて以降、野村不動産の株価は1800円前後から2500円程度まで急騰した。このまま買収すれば高値掴みと批判は免れなかった。不動産事業の展開はまずは自前の保有物件からということになろう。

日本郵政グループの買収戦略は誤算の連続だが、「低迷する株価を反転させるためには、時間を買うM&A戦略に打って出るしかない」(外資系アナリスト)とみられている。なぜなら株価低迷による“巨額な減損リスク”が目の前に迫っているからだ。

一時はしのいだ減産処理リスクはいまだ消えず

2020年3月、市場関係者は「ゆうちょ銀行」の株価に釘付けになった。もしゆうちょ銀行の株価が866円を下回れば、減損処理のリスクがあった。その額2兆8900億円。もちろん国内企業では過去最大の減損額となる。

持株会社である日本郵政は、ゆうちょ銀行の発行済み株式の89%を保有している。帳簿上の簿価総額は5兆7800億円にのぼり、単純平均で1株当たり1732円と試算される。この株価が簿価の50%以下にまで下落し、回復が見込めないと見られた場合、会計ルールで強制的に減損処理をしなければならない。その株価が866円だった。

ゆうちょ銀行の株価は期末を控えた2020年3月上旬から半ばにかけて、減損処理の基準となる866円を下回って推移した。日本郵政関係者は一様に肝を冷やしたが、幸い期末の31日の株価は977円まで回復、3月の終値平均も950円と減損処理基準を上回った。

しかし、その後のコロナ禍も加わり、ゆうちょ銀行の株価は再び軟化している。直近の8月27日の終値は841円。減損処理を余儀なくされる水準を下回っている。ふたたび悪夢が蘇るような地合いだ。株価回復はまさに至上命題であり、そのためにも過去の負の遺産を清算し、成長路線に転じなければならない。トール売却はまさにその試金石と言っていい。

日本郵政グループの新社長に就いた増田寛也社長は、西室氏がトール買収を決めた当時の郵政民営化委員会の委員で、トール買収には反対していた。西室氏の負の遺産からの決別に動き出した日本郵政だが、「トールは持参金でもつけないと売れないだろう」(市場関係者)という。