ジョー・バイデン氏が次期米大統領に当確となったことで、トランプ大統領の退陣が決まった。気になる世界経済の行方だが、トランプ現大統領はこれまで、対中国貿易制裁で世界に混乱を招く一方、米国内では大規模な法人税減税を実施し、NYダウは2020年2月に過去最高値を更新。また、コロナ禍における失業給付拡大によって消費を押し上げるなど経済を支えてきた面もある。トランプ氏の逆張りともいえる環境重視の政策「バイデノミクス」によって、今後の世界経済はどうなるだろうか。
コロナ禍がトランプ再選を阻んだ最大の要因
世界経済を占う最大のイベント、アメリカ大統領選挙が事実上終結。民主党のバイデン氏が次期大統領に就くことになった。トランプ現大統領は不正選挙として法廷闘争を続ける構えだが、選挙結果が覆ることはないだろう。
異例ずくめの大統領選は、米国内の分断を強く印象付け、アメリカの病巣をえぐり出す結果となった。最大の病巣は人種差別問題であり、背景には貧富の格差がある。コロナ禍を契機にその差はさらに広がりかねないと危惧されている。
その意味で、コロナ禍がトランプ再選を阻んだ最大の要因とみていい。トランプ大統領の胸中には、新型コロナウィルスの発信源である“中国にしてやられた”との思いが強いことだろう。バイデン氏が勝利宣言から真っ先に取り組んだのがコロナ対応としての専門家チームの組成であったことは象徴的である。
パリ協定復帰、法人税増税、TPP再交渉
世界最大のGDP(国内総生産)を誇り、基軸通貨を持つアメリカのトップ交代は世界経済を大きく転換させる。バイデン氏の経済政策「バイデノミクス」の最大の特徴は、グリーンエネルギーの振興とインフラ整備に4年間で2兆ドルを投じ、トランプ大統領が離脱したパリ協定に復帰し、電力部門で2035年までに二酸化炭素排出ゼロを目指す環境重視の政策にある。電気自動車(EV)などの普及に4000億ドル予算を配分し、ガソリン車からの買い替えを促すプログラムも準備している。
また、トランプ氏が35%から21%に引き下げた法人税率を再び25%に引き上げるほか、大手企業の純利益に最低15%を課税する「ミニマム税」を導入する方針だ。富裕層への増税も計画されている。
「ミニマム税はGAFAに代表される高収益IT企業の租税回避を制限するもので、増税分の75%はIT企業が負担することになると試算されている」(エコノミスト)とされる。
さらにバイデン氏はGAFAなどIT企業に対して、反トラスト法(独占禁止法)に基づく巨大テック規制にも前向きである。
通商政策では、オバマ政権時代に推進したTPPについて再交渉を求める。その際の条件として対米投資の拡大が挙げられており、すぐさまアメリカがTPPに復帰する可能性は低い。
一方、欧州や日本を含む同盟国も課された鉄鋼・アルミニウム関税は早期に撤廃される可能性が高い。ただし、中国への圧力が減じる見込みは小さい。バイデン氏は「(中国による)米国民や企業への圧力には制裁を科すべきだ」と強調しており、トランプ政権が中国に発動した総額3600億ドルの制裁関税は当面、解除されることはないだろう。
米中逆転? 覇権争いは新たな局面に
この米大統領選の行方を最も注視していたのは、いうまでもなく中国である。北京在住の商社マンから10月に筆者に届いたメールには、「中国ではいたるところで米大統領選に関するセミナーが開かれ、活況を呈している」という内容だった。今後の世界経済も米中関係を中心に動くことは間違いない。バイデノミクスの主要経済政策は、中国経済との関係を抜きにしては成立せず、両者はコインの裏表のような関係にある。
その中国では米大統領選の終盤に、5年に一度、中国共産党の重要施策が話し合われる「第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)」が開催された。
同会議の声明書には、経済について「2020年の国内総生産は100兆元(約1500兆円)を突破する見込みである」と記載された。また、国内主導の経済を探る「双循環」の方針が強調された。さらに習近平国家主席は、「2035年までに国内総生産と一人当たりの収入を2倍にすることは完全に可能だ」との長期目標を示した。
この公約通り、2021年からの15年間でGDPが倍増すれば、中国のGDPはアメリカを抜く可能性が高い。世界経済に占める米中の力関係は逆転しかねない。実際、中国経済は2020年7~9月期の実質国内総生産は前年同期比4.9%増と、欧米に先駆けて経済が正常化しつつある。
世界経済は当面コロナ禍に引きずられる。新型コロナウィルス感染の再急増に見舞われた欧米ではロックダウンもあり10~12月に再びマイナス経済に陥る可能性が高い。アメリカの感染拡大も深刻だ。そのなかで、米中の覇権が新たな局面を迎える。
世界の株式市場はバイデン氏の勝利を好感
国際通貨基金(IMF)が公表した最新の「財政モニター」によれば、世界全体の政府債務は、史上初めてGDPのほぼ100%に達する見込みだ。先進国だけでみれば約125%となる。世界の中央銀行が供給したマネーはそれほど膨張している。コロナ禍でその規模はさらに膨らみかねない。
こうした中銀バブルともいえるマネーは、世界の株価を押し上げ、経済危機を抑え込む役割を果たしている。米中の経済摩擦の激化やコロナ禍による景気後退を支える金融緩和が継続する限り、世界的な不況に陥るリスクは当面回避されるであろう。
世界経済の今後は、アメリカの次期大統領・バイデン氏の手腕が鍵を握っている。
米国議会は上下両院で捻じれが生じる可能性が高く、バイデノミクスの手足を縛るのではないかとの懸念もあるが、幸い、世界の株式市場はバイデン氏の勝利を好感して上昇した。バイデン新大統領に中国がどう出るのか、トランプ氏のようにボクシング並みの殴り合いになるのか、それとも洗練された競争と協調路線となるのか、世界経済の先行きは“ここ”にかかっている。