コンプライアンス重視の世相に風穴を開ける過激なシーンが日本中を熱狂させ、映画賞を席巻した前作『孤狼の血』から3年。待望の続編が真夏に公開を迎える。監督はもちろん若き名匠・白石和彌。柚月裕子の原作小説シリーズにはないオリジナルのストーリーで、前作では初々しい若手刑事だった日岡(松坂桃李)を主人公に、史上“最凶”の怪物やくざ・上林(鈴木亮平)との死闘を描く。文字通りレベルが上がったバイオレンスや衝撃度など、見どころを紹介する。
『孤狼の血 LEVEL2』
劇場公開:8月20日(金)/配給:東映
出演:松坂桃李 鈴木亮平 村上虹郎 西野七瀬
斎藤工 ・ 中村梅雀 ・ 滝藤賢一 中村獅童 吉田鋼太郎 ほか
監督:白石和彌 原作:柚月裕子「孤狼の血」シリーズ(角川文庫/KADOKAWA刊) 脚本:池上純哉 音楽:安川午朗
ストーリー:平成3年、広島・呉原市。3年前に暴力団同士の抗争を手打ちに導いたマル暴刑事の日岡(松坂桃李)は、警察内部からも暴力団からも一目置かれる存在に。交際しているスナックのママ・真緒(西野七瀬)の弟・チンタ(村上虹郎)を“S(スパイ)”として広島仁正会に送り込み、独自のやり方で治安を守っていた。しかし、上林(鈴木亮平)の出所で状況は一変する。上林は仁正会傘下の五十子会の構成員だったが、五十子が殺されたにもかかわらず尾谷組との手打ちに応じて金儲けに走った仁正会の面々に苛烈な私的制裁を加えていく――。
あれから3年、男ぶりが上がった日岡
2018年公開の前作『孤狼の血』は、とにかく刺激的な映画だった。豚小屋のリンチで幕を開け、暴力やエロスも取り交ぜながら観客をディープな“孤狼の世界”にいざなった。やくざにしか見えないマル暴刑事・大上(役所広司)は手段を選ばず強引に捜査を進め、相棒の日岡(松坂桃李)は翻弄される。しかしその日岡、広島大学出身の若手で世慣れはしていないものの、その気になればやくざを簡単にのせるほど腕が立つ。大上と日岡という好対照な2人がバディになって(というよりは2人のバトンリレーで)、暴力団同士の抗争を治めにかかるストーリーは、実は王道的でノリやすかった。
新しい情報が出てくるタイミングも計算されていて、映画が刻むリズムは、多くの観客の鼓動と心地良く重なる。赤字の明朝体のテロップや、角張った調子のナレーションはいかにも実録シリーズ風で、好きな人には“復活ののろし”のようでうれしいし、「実録」を通ってこなかった人もなぜだかノスタルジーを感じるといううまい仕掛けだった。
さて、そんな傑作から3年を経て、待望の続編が登場する。タイトルに「LEVEL2」とある通り、前作からレベルアップした点がいくつもある。
まず、何といっても主人公の日岡。前作ではガミさんこと大上との対比で初々しさや真面目さが強調されていたが、前作から3年が経って、すっかり清濁併せ呑む大人の男の風情に。やくざがいきり立っても柔和な笑みを浮かべたまま応じる日岡には、前作とは違ったかっこよさ、色気が感じられる。もっとも、上林(鈴木亮平)や鼻の利く新聞記者・高坂(中村獅童)のせいで、日岡はすぐに余裕をなくしていくのだが。
演じた松坂にも円熟味がうかがえる撮影エピソードがある。鈴木がアクションシーンの本番で、事前に打ち合わせていたよりも多く松坂にパンチを浴びせたときのこと。松坂はしっかりリアクションして演じ、カットがかかった後には「一発増やしたでしょう~」と鈴木に笑顔を向けるだけの余裕があったという。前作以上の激しいアクションシーンの撮影が続いたことに対する「トム・クルーズじゃないんだから」というコメントにも、大人のちゃめっけがにじむ。
「日本映画史に残る悪役」を鈴木亮平が追求
レベルアップした点、2つ目はやはり、バイオレンスだ。率直に言って前作以上に残虐。前作の“豚”も“真珠”もインパクトがあったが、本作のほうが猟奇的で、衝撃度は上。心をわしづかみにされるような、暗く引き込まれる暴力描写がある。
高カロリーな暴力シーンを主に担ったのが、上林成浩というキャラクターであり、演じた鈴木亮平だ。白石監督はオファーの時点で鈴木に「上林を日本映画史に残る悪役にしてほしい」と伝えている。鈴木は「一番怖いのは“自分を悪いと思っていない人”」だと考え、上林という極悪非道な男なりの“正義”に向き合ったという。
上林が恐ろしいのは、世間一般の法律や常識のみならず、やくざの世界の道理でさえ通用しないところだ。組織内の序列も、敵か味方かさえも関係ない。衝動のままに暴力を振るう。無軌道。『孤狼~』で描かれる多くのやくざたちは、金銭欲や権力欲や性欲などが理由で武力を用いてきた。組織として勢力を拡大したいというのも一種の権力欲だと思えば、ほぼ例外はない。前作でいえば唯一、中村倫也演じる狂犬・永川は血を見ること自体が楽しそうでほかとは毛色が違っていたかもしれない。
しかし、上林の暴力はほかのやくざとも永川とも違う。およそ目的も快楽もあるように見えないのだ。歯の生え変わりの時期を迎えた犬が、そこらにあるものを噛んでしまうのに似ているかもしれない。痒いから噛む。暴力を振るわないといられない。そんなふうに見える。
現場では広島弁を貫き、上林組の構成員を演じる若手俳優たちと積極的に交流し、役に没頭していたという鈴木。上林の生家(のセット)では、上林の生い立ちについて「自分には確かにそういうところがあったな、と不思議と腑に落ちた」とまで言っている。その熱演を、何はともあれ見届けてほしい。
キャストの持ち味生かした新キャラ
レベルアップの3つ目は、新たに登場するキャラクターたち。特に村上虹郎、西野七瀬、中村梅雀は、それぞれ持ち前の“武器”を存分に振るうことができる配役だ。
村上演じるチンタこと幸太は、日岡を兄のように慕い、日岡の頼みで上林組に潜入するが、次第に上林から疑いの目を向けられ、追いつめられていく。雨の中を走るシーンでは8時間にも及ぶ撮影中、村上は白石組ならではの大粒の雨を全カットで浴び続け、渾身の演技を。過酷でなかったはずがないが、演じた本人は「この世のものとは思えない雨降らしのシーンも含め、ずっと現場にいたいと思える、大いに幸せな時間でした」と話している。シーンによって、怯えや、せつない希望でいっぱいになる村上の目の芝居にも注目だ。
西野の役どころは、尾谷組がいわゆる“ケツ持ち”に付いている「スタンド 華」のママで、店の常連である日岡とは交際中。西野は明るい茶髪の根元だけが黒い“プリン髪”で、喫煙シーンや人の頬を強く張るシーンにも臨んだ。後半のあるシーンの撮影では、西野の演技に白石監督も「肝が据わっている」と感心していたという。『孤狼~』のヒロインということで少し心配しているファンもいるかもしれないが、気丈さや凛々しさが感じられる女性像になっている。
中村梅雀は、定年間近のベテラン刑事・瀬島役。瀬島は日岡とペアを組み、上林が起こしたピアノ講師殺害事件の捜査に当たる。憧れの捜査一課に異動し、殺人事件の捜査に当たれるうれしさのあまり捜査本部の看板と共に記念撮影してしまうなど、のほほんとして人を食ったようなキャラクターだ。上林の恐怖に飲み込まれないユニークな立ち位置で、梅雀らしさが炸裂する。
今回は日岡 vs. 上林というシンプルな構図で、ストーリーも決して複雑ではないので、大きなスクリーンに向かって無心に、刺激を浴びるようにして観たい一作だ。
原作小説シリーズの第1作「孤狼の血」と第2作「狂犬の眼」の中間の物語という位置づけでもある。バイオレンスたっぷりのサスペンスドラマだった前作に対し、バイオレンス・スリラーのような本作が提示されたことで、次にどんな色合いの映画が作られるのか、また楽しみにもなってくる。『孤狼の血』サーガ、まずは第2章を目撃せよ!