資生堂は、中長期経営戦略「WIN 2023 and Beyond」においてスキンビューティー領域をコア事業とする抜本的な経営改革を実行している。特に、イノベーションによる新しい美容領域の創造に積極的に取り組んでおり、今回、人工皮膚技術を美容領域に応用したスキンケア商品「セカンドスキン」を市場投入する。画期的なアイテムはいかにして生み出されたのか、商品化までの3年に渡る研究開発の道のりをレポートする。
米ベンチャーの特許技術と資生堂の処方開発技術が合体
「SHISEIDO ビオパフォーマンス セカンドスキン」(以降、セカンドスキン)は、その名のごとく肌上に“第2の皮膚”というべき人工皮膚を形成することで、目袋のシワやたるみを瞬時に補正することができるスキンケア商品。美容整形より安全で従来化粧品より即時性のある劇的効果を、セルフケアで可能にするという。
「セカンドスキン」の開発は2018年1月11日、米Olivo Laboratories(以下、オリボ社)より「Second Skin」の特許と技術を取得したことに始まる。
オリボ社は、米マサチューセッツ工科大学のロバート・ランガー博士、同大学のダン・アンダーソン博士、マサチューセッツ総合病院のロックス・アンダーソン博士によって2015年に創設されたスタートアップ企業だ。ランガー博士は、毎年ノーベル賞の候補に挙がる皮膚科学の世界的権威で、新型コロナウイルス感染症ワクチンで知られるモデルナ社の共同創設者でもある。
「セカンドスキン」の技術開発に当初から携わる高橋秀企さん(資生堂みらい開発研究所新領域価値開発センター長)は、プロジェクト始動の経緯をこう語る。
「私は化粧品開発の研究員として、いつか革新的な技術で化粧品を超える新しいカテゴリーを創りたいと考えていました。あるとき、科学誌『Nature』に投稿されたランガー博士やR・アンダーソン博士によるSecond Skinの研究論文と出合い、『これだ!』と直感したのです。すぐにランガー博士にメールを送ったところ、資生堂の技術力やブランド力に共感いただき、2018年にSecond Skinの技術提携が実現しました」(資生堂・高橋さん、以下同)
高橋さんは2020年度までボストンに駐在し、ランガー博士のアドバイスを受けながら現地の科学者たちと共に、セカンドスキンの商品化に向けた研究開発を行ってきた。
オリボ社のSecond Skinという基本技術と、資生堂が培ってきた処方開発技術が組み合わさったことで、かつてなかった新たな美容領域の扉が開かれることになる。
人工皮膚を肌と一体化させる「3Dフィックステクノロジー」
「セカンドスキン」に搭載されている技術は、Second Skinをさらに進化させた「3Dフィックステクノロジー」というもの。人工皮膚が肌にピタッと密着し、収縮することでたるんだ目袋の皮膚を押し込む作用をもつ。実際の肌のように二酸化炭素等の代謝ガスを透過し、肌を乾燥から守るバリア効果もあるなど、まさに“第2の皮膚”といえる。
3Dフィックステクノロジーのメカニズムは2段階。まず、[1]反応性のポリマーを含んだ透明なジェルを肌に塗布し、[2]その上から触媒が配合された美容液を重ねる。すると、2つの液が反応し、XPLという限りなく透明で柔軟性の高いフィルムが形成される。その後、膜に残っていた溶媒が乾燥することで、ポリマーがコイルのように収縮し、膜がピンと張るという仕組みだ。
「特殊メイクで使われるような肌が、簡単に作れる技術です」と高橋さんは胸を張る。高橋さん自身、初めて自分の肌で試したときは、本物の皮膚のようで驚いたという。
「スパイ映画でフェイクの顔をベリッと剥がして正体を現すシーンがありますが、そういう世界も夢ではないと感じました」
この「セカンドスキン」は通常の化粧品と一線を隔す特徴がある。それは化粧品では簡単にはできない厚い膜を作れることだ。
「人間の角質層は約20μm(マイクロメートル、1/1000mm)、一般的な化粧品は5~10μmですが、『セカンドスキン』のフィルムは約100μm(0.1mm)あります。この厚みのおかげで目元のたるみをしっかり奥に押し込み、表面を平らにして目立たなくする効果が出せるのです」
商品化への3つ課題をクリアさせた、資生堂の知の結集
徹底したユーザー視点での開発を行うため、実に3年の歳月をかけて実使用テストを実施。アメリカや日本で2400人以上の多様な人種の肌を対象に、4000通りもの処方の組み合わせを検証した。それによって大きく3つの課題が出てきたという。
「1つ目は、仕上がりの問題です。ファンデーションとの相性によって、一体感や色の仕上がりに差がありました。2つ目は、日本人での効果実感です。アメリカでは効果が実証されたものの、日本で行ったテストでは効果が不十分との結果が出ました。3つ目は、剝がれの問題です。表情などにより肌が変形すると、接着面が歪みに堪えきれず周囲から剥がれてきてしまうのです」
これらを解決するための試行錯誤が始まった。1つ目の仕上がりの問題については、「セカンドスキン」の上にさまざまなタイプのファンデーションを重ねて試したが、すべてに効果のある改良は難しく、解決策は見つからなかった。
そこで店頭のビューティーコンサルタントの経験をもつ人に相談したところ、「セカンドスキン自体の仕上がりがキレイなので、ファンデーションの上に『セカンドスキン』を塗ってはどうか」と。『セカンドスキン』を後から塗るという逆転の発想のおかげで、ファンデーションとの相性の問題をクリアすることに成功する。
2つ目の目袋の補正効果については、『セカンドスキン』のカール効果が関係している。カール効果とは、『セカンドスキン』が膜を作る過程で丸くなる特性のことだ。カール効果が高いほど、たるんだ皮膚を強力に押し込むことができる。
「カールするのは膜の内側と外側で、ポリマーのネットワーク構造が異なるためです。最適なカール強度にするため、2つの液剤におけるポリマーの種類や配合量を数百パターン以上変えて実験を行いました。何千枚とカールテストを実施したのが最も苦労した点です」
ただし、カール効果が高いほど“剥がれ”が生じやすくなる。そこで3つ目の課題解決として、接着面の改善が求められた。
油やポリマーなどを試したが改善効果には限界があり、うまくいかない。そこで、資生堂のパウダー研究のエキスパートに相談。すると、「下地をスムースにする特別なパウダーがあるから試してみては」との情報が得られた。
ファンデーションの上に専用の紙おしろいで肌を整えてから「セカンドスキン」を載せるという、新しい発想により密着性が向上し、剥がれの問題は解決する。
こうして、資生堂の知の結集により「セカンドスキン」の商品化が成し遂げられた。
約80%が効果を実感、第2の皮膚としての機能も実証
セカンドスキンの効果実感を確認するテストでは、モニターの約80%が「目袋補正の効果がある」と回答。また、効果が確認されたモニターのうち約80%が「5歳以上若く見える」と答えている。
人の目線を追うアイトラッキングの調査でも、セカンドスキンの塗布前と塗布後で、目元のたるみに集まる視線が減ることが確認された。
「コンプレックスの目元のたるみがなくなることで、他人の目を気にすることなく自信をもってコミュニケーションができるものと考えます」
また、“第2の皮膚”としての機能も実証されている。セカンドスキンは肌を完全に密閉するのではなく、肌と同程度のガス透過性をもち、肌の呼吸を妨げない。また、水分の蒸散を程よく抑え、肌を乾燥から守るバリア効果をもつ。つまり、理想の肌に近い特性がある。
さらに、水や皮脂にも強く、一日中つけていても落ちない。高橋さんは、「実は、『セカンドスキン』をつけていることを忘れてプールで泳いだことがあるんです。それでも全く剥がれませんでした」と笑う。
美容整形より安全で化粧品の限界を超えた、新カテゴリーの創出
これまで目袋のたるみには、日々の手入れで緩やかな改善を期待するか、美容整形でたるみを取るかくらいしか方法がなかった。しかし、シワやたるみ用の美容液などを使っても、目袋のような大きな形状変化は困難だ。美容整形もリスクやダウンタイム、メンテナンスなどの問題から、安心して気軽にとはいかない。
その点、「セカンドスキン」は安心安全で、自然な効果が即時に得られる。笑ったり泣いたりしても剥がれず、自分の肌と同じ感覚でつけていられる。美容整形というカテゴリーでもなく、従来の化粧品というカテゴリーでもない、全く新しい領域の美容アイテムだ。高橋さんが「いつか革新的な技術で化粧品を超える新しいカテゴリーを創りたい」と望んだ夢が実現したといえる。
今後、資生堂が目指す未来について、同社のエグゼクティブオフィサー堀井清美さんは語る。
「資生堂では、『日本の化粧品メーカーから、世界のビューティーカンパニーへ』と進化し、世界の美容市場を牽引していくというミッションを掲げています。人々に夢のようなワクワクする価値を提供し、美容領域にイノベーションを起こす商品として今回、『セカンドスキン』を世に送り出しました。今後も世界の最先端テクノロジーや研究と、資生堂の技術力を組み合わせて、進化を加速させていきます」
また、「セカンドスキン」の登場を機に「BOP」から「ビオパフォーマンス」へ改名したシリーズについて、ブランドマネージャーの渡邊恵美さんは今後のビジョンをこう描く。
「ビオパフォーマンスは、世界の革新的なバイオテクノロジーと未来的なアプローチを融合させ、従来の化粧品を超えるような感動体験を届けるシリーズです。今後もイノベーションにチャレンジし続け、より多くの人々に新しい価値と感動を提供できるシリーズに育てていきます」