狙いは第2パナマ運河建設か 台湾断交のニカラグアでうごめく中国

ニカラグアのオルテガ大統領 写真:AP/アフロ

社会

狙いは第2パナマ運河建設か 台湾断交のニカラグアでうごめく中国

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中米のニカラグアは昨年12月9日に、これまで国交のあった台湾と断交、中国との国交回復に舵を切った。中国は以前からこの地で“第2パナマ運河”と呼ばれる巨大運河を建設する野望を抱いており、中米を“裏庭”と見なすアメリカにとっては世界戦略上非常に悩ましい。

アメリカへの当てつけ

台湾断交は2021年11月のニカラグア大統領選挙で4選を果たした反米左派ダニエル・オルテガ氏による欧米に対する当てつけ。選挙が行われた日はちょうどバイデン米大統領が対中国包囲網の結束をアピールする「民主主義サミット」の開催日で、中国と緊張の度合いを強める台湾も参画したのが話題に。それだけにオルテガ氏はわざとこの国際会議の当日に台湾断交宣言をぶつけ、嫌がらせを行なったわけだ。

冷戦期に極左反政府組織のリーダーとして親米右派政権を相手にゲリラ戦を展開、1979年にニカラグア革命を成功させ政権奪取した経歴を持つオルテガ氏だけに、欧米とは現在でもそりが合わない。何度か政権交代を経験した後、2006年に彼は大統領に返り咲くと長期独裁体制を強める。今回の大統領選挙でもライバル候補者を投獄するなど非民主的行為がひどいため、欧米はオルテガ政権に制裁を発動、“当てつけ”は欧米に対するせめてもの抵抗と、盟友・中国への“媚び”でもある。

このニカラグアの動きは、中国が近年血道をあげている“台湾断交キャンペーン”の一環でもある。中国本土と台湾の統一を叫ぶ習近平総書記に対して、台湾・蔡英文政権は猛烈に抗っているため、中国は台湾の国際的な孤立を一層強めようと台湾と外交関係を維持する国(十数カ国)に対し大規模開発や資金援助などをエサとした“札束外交”で切り崩しを実施。ニカラグアに対しても台湾断交のご褒美として、オルテガ氏の悲願でもある第2パナマ運河の建設を約束したはず。

第2パナマ運河は総延長約280km、総工費5兆円超

ニカラグアに運河を建設する構想自体は19世紀から存在。カリブ海/大西洋と太平洋を直結する“海路のショートカット”を、現行のパナマ運河のように設けるというもので、特に世界戦略を描くアメリカはこれにこだわった。カリブ海と太平洋に挟まれた細長い地峡状態の中米地域は運河建設に打ってつけで、パナマ、ニカラグア両国ともカリブ海(東海岸)と太平洋(西海岸)の両方に面する。そして最終的にパナマ運河建設に軍配が上がる。

翻って21世紀に入ると中国が世界を舞台に巨大インフラ建設を続々と展開、自国の経済成長に利する投資先の確保と、新興国での影響力拡大を目指す。これらを背景にかつてアメリカが描いたニカラグアでの運河建設構想に中国が着目、2010年代に入り「香港ニカラグア運河開発投資公司」(HKNDグループ)という企業が正式に計画を発表するのだが、同社は中国人民解放軍と太いパイプを持つため、中国政府の別動隊であるのは明らか。

構想は……ニカラグアを横断、中米最大の淡水湖ニカラグア湖(100km強)を経由し全長約280km、全幅230~520m、現時点で最大規模のコンテナ船(全長400m、20フィート・コンテナ2万1000個積載)の航行も可能らしい。

ちなみに2016年に拡張工事を終えたパナマ運河は全長約77km、全幅49m、全長366mで20フィート・コンテナ1万3000個積載のコンテナ船が航行可能。ニカラグア運河はパナマ運河の軽く2倍の能力を発揮する計算。なお、両者とも水門で運河の水面の高さを上下させ船舶を“山越え”させる「閘門(こうもん)式」を採用。

19世紀後半に台頭し始めたアメリカは、海軍を増強し太平洋の覇権確保に躍起となるが、大西洋-太平洋の短絡ルートが自国近くになく、東海岸の艦隊を素早く太平洋に振り向けることが無理だった。このため1914年にパナマ運河を開通、ただし運河を完全な管理下に置きたいアメリカは、当時コロンビアの一部だったパナマを1903年に分離独立させて事実上の傀儡国家に仕立て上げ、即座に運河周辺を「運河地帯」とし半永久的に借り受ける条約を結ぶ。最終的にパナマに運河が全面返還されたのは1999年とつい最近の話だ。

翻ってHKNDグループの運河構想は、オルテガ政権の全面協力の下、2014年に同国の国会が正式に可決、自由に土地を収用できる権限を同社に授けるなど強引な手法で計画を推進、工期5年という驚異的スピードで工事を進め2019年の完成を目指す(その後2022年に延期)。

だが現地住民の猛反対に遭い、総投資も当初予想の400億ドル(約4兆6000億円)から500億ドル(5兆7000億円)超に膨張、おまけにHKNDグループの株価も暴落し資金難に。結果2017年ごろから構想は休止状態に陥るが、計画はまだ継続中とオルテガ氏は強気の構えを崩していない。

「債務の罠」で99年間借り上げか

第2パナマ運河完成は、中国の対米戦略にとって極めて重要な意味を持つ。太平洋を渡り中米の地溝地帯を超えて大西洋に達する自前の海運ルート(東回り航路)を持つことと同じで、中国海軍の艦隊の展開にもメリットが大きい。将来太平洋への進出を確固たるものにした後、余勢を駆ってこのルートを使いカリブ海や大西洋にまで足を伸ばそうと考えていたとしてもおかしくないだろう。

ちなみにパナマ運河は1999年にパナマに全面返還され、同時にアメリカとパナマ両国は新条約を締結。この中で「国際水路として永久中立を宣言する」と謳い、一応いかなる国籍の船舶も差別なく利用可能で、また、運河の管理や防衛もパナマが受け持つと明示。だが運河の管理や防衛をこれまで一元的に担ってきたアメリカの新たな権利についてはあえて曖昧に。特に「パナマとアメリカは本条約で規定された中立制度を維持することに同意する」との記述や、これまでの貢献を考慮して米海軍艦艇は自由に運河を利用できる、と新条約でわざわざ規定する点が注目。

裏を返せばアメリカが「運河の中立を侵害する」と考えれば、中国の商船や軍艦の通航拒否や臨検(検査)も可能で、また、常に米軍艦を運河周辺に展開させ、さらに安全確保を大義名分に運河周辺に海兵隊を上陸・駐留させることも不可能ではない、との見方も。逆に中国にとっては将来使いにくい運河になる可能性もある。

一方、中国は大金を注ぎフリーハンドで使える第2パナマ運河を完成させ、できればかつてアメリカがパナマ運河でしたように、運河を完全管理下に置きたいと考えるはず。昨今問題になっている「債務の罠(わな)」(※)を巧みに使い、運河建設に関する莫大な債務をニカラグアに負わせ、返済に困れば“借金のかた”として運河を99年間借り上げる、という具合。

※2017年7月、債務返済に窮したスリランカはハンバントタ港を中国国有企業に99年間租借させている。

もちろん、こうした動きをアメリカが看過することはないはずで、軍事力で阻止することも十分あり得る、実際、“裏庭”中米ではこれまでにも数多く軍事介入を実施、第2次大戦以後もドミニカ(1965年)、グレナダ(1983年)、パナマ(1989年)などに軍隊を派遣、特に後者2例に関しては反米政権を排除するための侵攻作戦だった。

アメリカの“裏庭”が、いよいよ米中対立の主戦場へと変貌しつつある。