アメリカの接近は福音か脅威の引き金か 自衛に傾き始めた台湾社会

台湾西海岸沖の澎湖の海軍基地を訪問する蔡英文総統 写真:Taiwan Ministry of National Defense/AP/アフロ

社会

アメリカの接近は福音か脅威の引き金か 自衛に傾き始めた台湾社会

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2022年5月に行われた日米首脳会談で「台湾有事」について問われたジョー・バイデン米大統領は、台湾防衛の際には軍事的に関与することを明言。これまでの方針よりも一歩踏み込んだ発言が追い風となったのか、8月にはペロシ米下院議長が訪台。台湾は2016年に民進党の蔡英文政権が発足して以降、「1つの中国」を原則とし台湾統一を悲願とする中国との緊張が続いていることも重なって、台湾・アメリカ・中国の関係は予断を許さないものになりつつある。アメリカの接近は、台湾をどのように変えていくのだろうか。

台湾に接近するアメリカ、強く牽制する中国

台湾問題をめぐって米中の対立が先鋭化している。ペロシ米下院議長は8月3日、台湾の蔡英文総統と会談し、アメリカが台湾を見捨てることはないとの姿勢を強調。米下院議長が台湾を訪問するのは1997年以来25年ぶりとなったが、アメリカの事実上“ナンバー3”が訪問したことで中国はこれまでになく強く反発している。

ペロシ米下院議長が訪台する前、中国は断固たる対抗措置を取るとアメリカを強く牽制し、台湾周辺での軍事的威嚇を活発化させた。また、習国家主席は最近行ったバイデン大統領との電話会談で、「火遊びをすればやけどをする」とペロシ米下院議長の台湾訪問に強く釘を刺した。だが、結局ペロシ米下院議長は訪問し、中国は泥を塗られる結果となった。

今後、中国はより強硬な措置に出る可能性がある。なぜなら、今日、鈍化する国内経済、ゼロコロナ政策に中国国民の政権への不満も高まっているとみられ、三期目を目指す習国家主席としては国民に対して強いリーダーシップを示す必要があるからだ。

また、国際社会で存在力を高めている中国としては、アメリカに対して絶対に弱気の姿勢を示すことはできない。米中対立はまた新たな危険なフェーズに入ったとも言え、今後の動向が強く懸念される。そのようななか、台湾市民はすでに有事を意識し、台湾社会には大きな変化が生じている。

ロシア・ウクライナ戦争で生まれた米軍への不信

まず、世論調査を紹介したい。台湾のシンクタンク「台湾民意基金会」が2022年3月に発表した世論調査結果によると、台湾有事の際に米軍が関与すると回答した人は34.5%と、2021年10月の65%から約30%あまり急落した。台湾市民の間では、バイデン政権が米軍をウクライナに直接派遣しなかったことから、台湾有事においても結局米軍は関与しないのではないかとの懸念が拡がったものとみられる。

台湾民意基金会は2022年6月にも同様の調査を実施し、バイデン大統領が5月に台湾有事で米軍が関与する意思を示したことについて、それを「信じる」と回答した市民が40.4%だった一方、「信じられない」と回答した市民は50.9%となり過半数を上回った。

2つの調査からは、台湾市民のアメリカへの不信がこれまでになく強まっていることがわかる。

来たるべき有事に備え始めた台湾政府と市民

台湾政府は4月、中国による軍事侵攻に備えて民間防衛に関するハンドブックを始めて公表した。このハンドブックには、スマートフォンアプリを使った防空壕の探し方、水や食料の補給方法、救急箱の準備方法、空襲警報の識別情報などが事細かに記述されており、軍事攻撃を含む緊急事態発生時に市民が何をすべきかについての基盤になることが期待されている。

2021年4月には、有事の際に市民が早期に防空壕を発見できるように防空壕の場所を示すアプリの運用が開始された。台湾には日本統治時代の防空壕も残っているが、建築法でマンションや工場、学校や映画館など5~6階以上のビルに防空壕の設置が義務づけられており、全土で10万6千あまりの防空壕が存在する。

また、台湾政府は最近、市民の軍事訓練義務の期間を現行の4カ月からさらに延長する可能性を示唆した。台湾では2014年に徴兵制が廃止となり、現在は志願制となっているが、兵役を志願しない男性も4カ月の軍事訓練を受ける必要がある。

延長期間について1年という数字が上がっているが、多くの市民はこれに肯定的な見方を持っているという。最近では、有事に備えた退避対策や自己防衛対策、食糧の蓄えや応急手当などのノウハウを身に付けようとする動きが広がり、若者たちが警備会社主催の軍事訓練に参加し、エアガンの使い方から携帯用対戦車兵器を含む各種武器の取り扱い方を学んでいるという。

台湾有事は対岸の火事ではない

こういった台湾社会、台湾市民の変化をわれわれは注視する必要がある。台湾有事がそのまま日本の安全保障に直結する問題であることは言うまでもない。台湾には2万人あまりの邦人がいて、有事となれば退避が大きな問題となる。

退避となれば、台湾から100kmしか離れていない与那国島、八重山諸島が退避先となるが、退避してくるのは日本人だけではなく、台湾人や外国人も退避してくる。極めて大きな難題である。日本のシーレーンの安全も脅かされ、エネルギー安全保障上も深刻な問題となる。世論や企業はこの問題で一足早い危機管理対策を講じるべきだろう。