庶民が家を購入するための手段として欠かせないのが「住宅ローン」。住宅ローンには一定期間、あるいは全期間で金利が変わらない「固定金利」と半年ごとに金利が見直される「変動金利」があるが、現在、変動金利では、ネット銀行を含めた金利の引き下げ競争が一段と激しさを増している。メガバンクの中には、8月に住宅ローンの変動金利を0.2%台に引き下げたところも出てきている一方で、金利引き下げ競争に距離を置き始めたメガバンクもある。住宅ローンに何が起きているのだろうか。
超低金利が続き、加熱する住宅ローン争奪戦
住宅ローンの金利引き下げの背景にあるのは、日銀の超低金利の継続だ。日銀が住宅ローンの指標となる長・短期金利を低位に抑え込んでいることで、超低金利での住宅ローン提供が可能となっている。また、住宅ローンをめぐっては、住宅価格の高騰で費用負担を抑えたいという需要の高まりもある。主戦場は、金利水準を敏感に反映する変動金利型住宅ローン金利の引き下げ競争だ。
口火を切ったのは、SBIグループが買収したSBI新生銀行だ。同行は8月から、新規顧客向けの住宅ローンの変動金利型最優遇金利を0.42%から0.29%に引き下げた。ネット銀行の一部にはすでに変動金利を0.2%台に設定しているところもあり、これに対抗する狙いがある。
従来、リアルな店舗を介して住宅ローンを提供する既存金融機関と、ネット銀行の住宅ローン金利にはかなりの差があった。だが、足元ではその差は限りなく縮まりつつある。実際、住宅ローンの比較サイトによれば、7月の変動金利の平均は、メガバンクで0.4%、ネット銀行で0.39%と、ほぼ差はない。既存金融機関とネット銀行の住宅ローン争奪戦はヒートアップしている。
住宅ローンは“脱力すべき商品”か否か
しかし、そうした過熱する金利引き下げ競争に距離を置き始めたメガバンクもある、みずほ銀行を傘下に持つみずほフィナンシャルグループ(FB)だ。みずほFGの木原正裕社長は、5月18日に開催した新中期経営計画(2023年度~25年度)の投資家向け説明会で次のように言及した。
「まず皆様の関心の高かった住宅ローンですが、基本的に“脱力”していくことになると思います。むやみやたらに金利競争の世界には入っていかないということです。ただデータを見た結果、一定範囲でメリットのあるケースもある。例えば、一定の年収だとコア顧客になっていく蓋然性が高い。加えて住宅ローンと同時に、給振口座を私どもに変えてくれるケースにおいては、一定範囲内に“限定的”に対応していくということです」
大スクリーンに映し出された新中期経営計画を前に、木原社長はみずほグループの住宅ローン戦略をこう説明した。計画には「削減 住宅ローン 所得水準・給与振替口座・付番取引等を踏まえ、選別的に取り組み」と明記されている。「脱力」「選別」で臨む住宅ローンでは、個人顧客軽視ととらえられてもいたしかたない。
確かに住宅ローンは長く超低金利が続き、利ざやの薄い、うま味のない商品になってきている。他のメガバンクも「住宅ローンは手間ばかりかかって儲けが少ない」(メガバンク幹部)というのが本音だ。しかし、ここまで極端な表現で削減を内外に打ち出すのは異例中の異例だ。
みずほの経営戦略に住宅ローンは含まれず
みずほ銀行の住宅ローン残高は2015年の3月には10兆円を超えていたが、ネット銀行などとの低金利競争が激しくなるなか、残高は2022年9月時点で7兆7000億円まで減少している。営業の現場では、「住宅ローンの相談・契約業務は支店ではなく、エリアセンターで集中して受け付け、出来る限りスマホでの取引に誘導している」(みずほ関係者)という。儲けの薄い業務は「脱力」「選別」し、より儲けの厚い業務に専念するというのがみずほの戦略だ。
銀行アナリストによると「みずほフィナンシャルグループが発表した新たな中期経営計画では2025年度に本業の儲けを示す連結業務純益で1兆円から1兆1000億円を目指すとしている。その実現に向け、人員、資本などの経営資源の再配分を進める。競争が激化する住宅ローンなど、採算性の低い領域で4000人程度の業務を削減する一方、国内法人ビジネスやグローバル法人金融などに3000人を再配置する方針です。また、店舗についても削減や小型軽量店舗への移行を進めていくとしています」という。
人手をかけて住宅ローンの規模拡大を目指す戦略を見直し、人員をより成長が見込める資産運用のアドバイザーなどに振り向けて収益力の強化を目指すというものだ。三菱UFJ、三井住友のライバルに収益力で差をつけられているみずほ。新中期経営計画でその差を一挙に縮めたいという焦りが感じられる。
銀行にとって、住宅ローンが注力すべき有望な商品である理由
とはいえ、みずほFGのように、ここまで住宅ローンに消極的な姿勢は珍しい。むしろレアケースとみていい。「住宅ローンは、焦げ付きがほぼ皆無の有望市場。かつ、住宅ローンを通じて顧客の資産や収入のほぼすべてが把握できることから、投資信託や保険商品の販売に結び付けやすい」(メガバンク幹部)ためだ。住宅ローンは出血でも、資産運用などの手数料で稼がせてもらうというのが金融機関の基本姿勢だ。
その極みが、地銀などが積極的に売り込んでいる無担保住宅ローンだ。借換え専用だが、金利は有担保の住宅ローンとさほど変わらず、担保も保証人も不要という手軽さで残高を伸ばしている。住宅ローンの借換えでは、担保の付け替えのための手間、手数料、司法書士費用などがかかるのがネックだが、無担保であればこれらのコストが不要。中にはリフォーム費用と合わせて融資するタイプもある。当然、焦げ付いた場合、金融機関はとりっぱぐれるが、「借り換えであれば、返済実績もあり、新規のローンよりも焦げ付くリスクは格段に低い」(地銀支店長)と意に介さない。他行から借り換えで顧客を奪ってくるのが真の狙いなのだ。
また、住宅ローンに疾病保障を付けることで、ガンの診断や脳卒中・心筋梗塞の入院で住宅ローン残高がゼロになるものや、失業保障が付いたものなど、付加価値を高めた住宅ローンも人気を集めている。だが、顧客にとって最大の魅力は、金利水準の低さであることに変わりはない。その意味で、今後の住宅ローン市場を占う上で着目しなければならないのは、日銀による金融政策の転換時期となる。
低金利の住宅ローン市場は2023年が分岐点か
日銀は7月28日に10年物国債利回りの上昇余地を1%まで許容するイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の修正に動いた。だが、植田和男総裁は今回の調整はYCC終了に向けた動きではないと釘を刺した。また、内田真一副総裁もマイナス金利の引き上げには「まだ大きな距離がある」との見方を示した。大規模な金融緩和からの本格的な出口戦略はまだまだ先なのか……。
だが、市場では早くも、マイナス金利の解除を見越した動きも顕在化している。銀行株の上昇もその一つだ。「マイナス金利が解除された場合、銀行の収益に大きな押し上げ要因になる。運用資産の多くが変動金利型であり、短期金利が上がった際の利息収入は大きく上振れする」(銀行アナリスト)とされる。
しかし、マイナス金利の解除を伴う急激な金利上昇は、実体経済への副作用も懸念される。低金利環境下で伸長した住宅ローンや不動産投資への影響は無視できない。「東京23区の新築マンションの2022年度の平均価格は1億円弱まで高騰しています。その大半は超低金利をいかした変動金利住宅ローンで、もし金利が急騰すれば、返済に窮する債務者が多発しかねない」(メガバンク幹部)とされる。大量に物件を買い込んだ不動産事業者もまたしかりだ。
日銀の低金利政策を背景に、足元では過熱する住宅ローン市場だが、2023年は分岐点となる可能性もある。日銀がYCCのさらなる柔軟化に踏み込み、マイナス金利の解除が視野に入れば、長期金利の上昇は避けられない。住宅ローン市場への影響は無視できないものとなろう。
匿名
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2023.12.4 00:11