東レ発のD2Cプロジェクト「MOONRAKERS(ムーンレイカーズ)」が好調だ。1年半の事業化検証を踏まえた2022年4月の設立より1年半で売上高は右肩上がり。高級ブランドや人気漫画とのコラボレーションも盛況だった。成功の秘訣は、ビジネスの仕組み作りにある。その仕組みはもはや自社事業だけでなく、多くの問題を抱えたファッションビジネスの突破口ともなりつつあるようだ。素材メーカーである東レ発のベンチャープロジェクトがなぜこうしたことを成し遂げられたのか、その理由をムーンレイカーズ代表の西田誠さんに聞いた。
目的はファッションビジネスの改革、そして世界を美しく変えること
「はじめは東レの社内からも事業化は難しいのではないか?という意見もあり、期待値は高くないプロジェクトでした。しかし、クラウドファンディングでのユーザーからの熱狂的支持というブレイクを機に、現在では自社ECの売上も大幅に拡大。予想を超える規模のコラボレーションの話が引きも切れずで、自分自身が一番びっくりしています」と笑顔を見せるムーンレイカーズの代表・西田誠さん。
ムーンレイカーズは、東レの高機能素材を使ったアパレルプロジェクトとして、2022年4月に本格的にスタートした。同年5月、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)と東レが共同開発した宇宙技術も搭載した「過剰なほどの機能性」をもつ最新の先端素材「MOON-TECH®(ムーンテック)」を使ったTシャツをクラウドファンディングサイトのCAMPFIREでローンチすると、当時のファッション分野歴代トップ10に入るヒット商品に。
同年11月には長袖Tシャツ、パーカー、ロングパンツとアイテムを増やし、今度はMakuakeでプロジェクト化すると、応援金額は1000万円を超え、ブレイクを果たした。その成果をもとに、「マッキントッシュ フィロソフィー」や漫画「宇宙兄弟」とコラボレーション。2023年5月には沸騰する人気で欠品が続く状態を踏まえTシャツ1000枚を受注販売で受け付けたところ2週間で完売した。
実質的な事業開始から1年余り、素晴らしい成果をもたらしているが、意外なことにプロジェクトの目的は売上を追うのが主眼ではなかったという。
「ムーンレイカーズは東レの最新の先端技術を使用した開発商品のテストマーケティングが出発点です。そこから発展し、現在ではD2Cプロジェクトとして、先端技術とユーザーの生活をダイレクトにつなぎ、ファッションビジネスの未来を創造することを目指しています。そうしたプロジェクトをスタートさせようとしたきっかけはユーザーの価値観の変化に自分たちの開発が対応できていないのではないか?という自分自身の問題意識でした。
私自身はこれまで社内ベンチャーを2度実行した経験があり、今回で3度目。1度目は東レとユニクロの協業のきっかけをつくってユニクロに出向しフリースやヒートテックなどの開発に従事、2度目は素材開発型衣料品OEM事業を6年間で年間売上50億円規模の事業に育てました。東レの一般的なキャリアとはかなりかけ離れた経歴です。
東レという素材メーカーにはいるものの、素材一辺倒というよりもファッションビジネス全体とかかわることが多かったと感じています。
そうしたなかで、数年前からファッション産業の環境問題やリサイクル回収率の低さ、サプライチェーンが長く透明性が低いこと、人権や労働環境問題などが大きく問題視されるようになってきたことを感じていました。私の中でも、そうしたファッションビジネスの問題から目を背けることなく、それらを解決するプロジェクトをやらなくてはならないのではないか?という使命感が生まれてきたのです」(西田誠さん、以下同)
【MOONRAKERSの目指すもの】
- 先端テクノロジーによってつくられる今までにない開発商品
- スピーディーにオープンマインドにあらゆる人々に先端テクノロジーを解放する仕組み
- 環境に配慮したサステナブルなビジネスモデルの構築
- 人権・労働環境問題をおこしにくい高い透明性の導入
- 日本における繊維産業の再生、伝統技術/固有技術の再構築
「在庫を持たない」「セールをしない」をクラウドファンディングで実現
高機能素材でアパレル製品を作り、これまでのファッションビジネスを変革していきたい――高い志を掲げてのスタートだったが、どこにも前例がない。素材メーカー発のベンチャーでBtoCビジネスの経験もないなかで、どのように仕組み作りをしていったのだろうか?
「東レは在庫を抱えることに対して厳しい。それはアパレルや衣料小売は在庫で潰れることを知っているからです。もちろん最終形はユーザーがいつでも商品を手に取りやすい在庫販売の形でした。しかし、誰も知らないプロジェクトがいきなり在庫を持つことはビジネス的にも会社的にも難しい。そこで、考えたのがクラウドファンディングの活用でした。これなら、受注生産になるので在庫は持たないで済みます。ムーンレイカーズは、まずクラウドファンディングで販売を始めることでスタートしました」
しかし、初めてTシャツを作って挑んでみたものの、初回のプロジェクトの支援金額は200万円程度、再チャレンジした2回目のTシャツプロジェクトでも支援金額は400万円台にとどまった。消費者の支持を得たヒットの基準として500万円超えをボーダーラインとして一般販売を考えていた西田さんにとって苦い滑り出しだった。一時は「やはり先端素材でこだわり抜いた商品展開は難しいのかもしれない……」との想いもよぎったという。しかし、すぐにそれを考え直す機会がやってくる。
「いまにして思えば、初回のプロジェクトも2回目のプロジェクトも、決して商品が悪い訳ではなく、『この商品こんなにすごいんですよ!』という作り手自慢の伝え方が問題でした。ユーザー目線で『商品が生活をどのようにより良く変えていくのか?』という部分での“伝える力”が足りなかったのです。
しかし、支援者に商品をお届けしたところ、ユーザーから、『Tシャツめちゃくちゃいいですよ!気がつけばこればかり着ています!』『一般販売しないんですか?』『10枚買うから作ってください!』という声があがったのです。
そこで、すぐに商品を手に取ってもらえる一般販売と並行でクラウンドファンディングに挑戦できるCAMPFIREに販売の場を移し、また、商品の“伝え方”も、キャッチフレーズをユーザーの声にあった「気がつけば、こればかり着てしまう。」に変え、『このTシャツを着ると、生活がこれだけ変わります』と伝える形にしました。するとこのプロジェクトは最終的に前年のほぼ倍となる900万円の応援金額がついて、一般販売も好調に推移。一気に多くの方の支持を得ることができたのです」
初めから手応えがあったわけではなかった。ファンに商品の良さを教えられ、ファンの言葉を信じて挑戦したことでブレイクした。
「商品が良いものであることは最も重要なことですが、一方でモノづくりの人間は良いものであれば勝手に売れていくと思いがちです。しかし、この経験から商品を知ってもらい、使ってもらい、評価してもらうことが非常に大切だとわかりました。
これまで開発は商品を作った時点で完了だと思っていましたが、今はそうは考えていません。商品は使ってもらって初めて開発が完了するのです。そこに気づけたことは大きな意識の変革になったと感じています。今ではチームのメンバーにもことあるごとに、『モノづくりにかける情熱と全く同量の熱量を、知ってもらうこと、使ってもらうことにかけていこう』と話をしています。
ムーンレイカーズは、このストーリーからも明確なように、ユーザーの応援から始まったプロジェクト。つまりユーザーの期待をエナジーにして、ユーザーの声を羅針盤にして進む船です。だからわたしたちは、ユーザーの期待に沿うこと、声を聞くことをもっとも大切にしています」
こうしてムーンレイカーズは、消費者の声に耳を傾け、ファンを増やしていった。
「通常の服作りは、素材を開発して、展示会を開いて、アパレルブランドに選ばれ、企画して製品化して店頭に並ぶまで1年半~2年はかかります。一方、ムーンレイカーズのプロジェクトは、平均して素材の開発からクラウドファンディングでの受注開始まで3カ月、商品をお届けしてユーザーの評価を得るまで半年という短期間で完結します。圧倒的なスピードで消費者に届けられる。声を聴ける。開発を3~4倍に超高速化しているともいえます。
また、クラウドファンディングでは肉厚な情報発信がユーザーの購入意思の決定を左右します。一般販売のときは気にされることの少ない、『誰が』『どこで』『どういった想いをもって』商品を創ったのか……といった点です。そうしたクラウドファンディングの特性に合わせていった結果、モノづくりの背景や想いをストーリーとして知っていただき、サプライチェーンの透明性を高くすることにもつながりました」
加えて、在庫を持たないための苦肉の策として始めたクラウドファンディングでの受注生産の仕組が、結果としてファッションビジネスの在庫・セール・廃棄などの問題をも解決することにつながっていく。
「クラウドファンディングの受注販売と一般販売を組み合わせることで、在庫過多による廃棄の問題や、セールの問題も解決できるのではないかと感じています。
一般販売、つまり在庫販売は定価でいいからすぐに買いたい方に。クラウドファンディング(受注販売)はお届けが先でもいいのでお得な価格で買いたい方に。そうすることで、メーカー側は在庫をコントロールすることが可能となり、従来のとりあえず作って、売れなかったらセールをして、それでも売れなかったら廃棄するといったギャンブル的なビジネスから脱却できますし、ユーザー側はニーズに合わせた選択肢を選ぶことができます。最初に買ったファンが後からセールでがっかりしない、ファンファーストなシステムでもあると考えています。
ファンによっては、一般販売で1枚お試し買いして着用し、気に入ったらクラウドファンディングでお得に追加購入するなど、自分たちも想像していなかった使い方をされる方もいらっしゃって、ファンと一緒にファッションビジネスを再構築しているような感覚もあり非常に面白い取り組みになってきたと感じています」
コラボレーションでムーンレイカーズの思想を広く浸透
高機能な素材を使い、ファッションビジネスに変革をもたらす仕組みを構築した西田さんが、次に目指したのはこの販売方法を広めること。そこで取られたのが他社や他のコンテンツとのコラボレーションの施策だ。
「ファッションビジネスの問題を解決するのに、単独のブランドでは限界があります。ムーンレイカーズの本質はファッションビジネスの問題を解決しあるべき美しい産業を共創することであり、そういう意味ではあらゆる企業と協業して変革を進めていく必要があります。
透明なサプライチェーンでモノづくりをしたい。ユーザーに快適性・利便性を提供する最新の先端技術を使いたい。地球環境に負荷をかけない仕組をつくりたい。ファンファーストなブランドになりたい。在庫をしっかりコントロールし必要とされるもののみを生産したい。そう考えるブランドは非常に多いと感じており、ムーンレイカーズに寄せられるコラボレーション依頼の多さはそれを証明しているようにも感じています。
ムーンレイカーズは東レグループの持つ強力なサプライチェーンを活用しつつ、自社のブランド展開で一定の在庫を持てることから、従来はロットの問題で中小規模のアパレルブランドでは使うことが難しかった最新の先端技術や環境配慮技術を使用した商品を、生地1反、製品数十枚単位の極小ロットで供給することを可能としています。それは今まで閉ざされ縛られていた先端技術・先端素材を、広く社会に“解放”する取り組みとも言えるものです」
マッキントッシュ フィロソフィーとのコラボレーションを例にあげると、お互いに大きなメリットがあったという。
「クラウンドファンディングの月間来訪ユーザー数は100万人を超えると言われており、一般的に数千、数万程度なことも多いファッションブランドのSNSのフォロワー数よりも桁違いに大きいものです。
自分たちでD2Cをやったから実感できたことですが、アパレルや小売にとって最大のテーマはブランドを知ってもらい、オンラインにしろ、オフラインにしろ来店頻度を高めることです。良いものをつくっているのは前提条件ですが、知ってもらい、来店頻度が増えれば、自然に買ってもらえる確率が高まります。クラウドファンディングの月間100万人をこえる来訪者にアクセスできることは、ブランドを“知ってもらう”という点において非常に大きな効果を生みます。
さらに、クラウドファンディングで販売したときの利益率は、セールを用いた店頭販売よりも高くなります。一般販売でセールをするくらいなら、『セールをしない』ことを表明し、お得に買いたい方はクラウドファンディングで購入していただく方がユーザーにもメーカーにもメリットがでるのです。
ファンにしてみれば最初から選択肢が与えられた状態となり、『定価で買ったら後でセールになった』『セール時期まで待ったら売り切れで買えなかった』といった“がっかり”がなくなります。一方ブランド側はセールを行わない形で収益性を上げつつ、在庫コントロールを行うことが可能となります」
実際にマッキントッシュ フィロソフィーの一般販売は通常よりも非常に好調に推移し、クラウドファンディングでの想定を超える規模の売上もプラスとなるなど大きな成果を上げたという。
このモデルケースは、東レの高機能素材を使用したかったけれどロットや価格から二の足を踏んでいたアパレルブランドに対しても、リスクが少なくメリットが多い販売手法として実戦で透明にアピールした形となり、MOONRAKERSと協業したいという声が増え続けるきっかけにもなっている。
ファンが気づかせてくれた「ライフスタイルを変える製品」
ムーンレイカーズは現在こうして好調な業績で拡大を達成しているが、事業検証を行っていた最初の1年半は「知ってもらうこと」にとても苦労したという。東レが誇る“過剰なほどの高機能素材”を携えながらも、西田さんはそれまでBtoBビジネスの経験しかなかっため、BtoCのマーケティングについて、「何をどうしたらいいか全くわからなかった」と振り返る。そして、そのブレイクスルーのカギになったのもファンの声だったという。
「現在ユーザーから大きな支持を得ているムーンテック®は汗の不快要素である『臭い』『ベタつき』『汗ジミ』を高いレベルで抑制します。当初はそれを一生懸命アピールしていました。ただ、それだけだと『へぇーすごいね』で終わり。反応は限定的なものでした。
しかし、ユーザーの方で多汗症の方がいらっしゃって、ある調査では日本人の5%以上の方が汗を非常に多くかく多汗症らしいのですが、夏は自分の臭いや汗ジミが気になって仕事に集中できない、家にこもる生活だったのが『人生が変わりました!』と言っていただけました。
また、配送業者の方のお声で、『夏場に街を駆け回って汗を多くかいた状態でお届け先に行くと、汗の臭いと汗ジミの目立つ姿に受け取る方が無意識にしかめっ面になることがあり、悲しい思いをしていたが、ムーンテックを着ていると、笑顔で受け取ってもらえる。世界に笑顔を増やすTシャツです!』という喜びの声をいただいたこともありました。
また、ムーンテックは、脱水すると半乾きになるほどの速乾性で、アイロンもいらない防シワ性を持つので深夜は洗濯もしにくいので朝起きてから洗濯したものを来ていくという方もいらっしゃいました。外出先で突発的についた汚れも高い防汚性ですぐに水で落とせて、水ジミも目立ちにくく、かつすぐに乾いていくのでビジネスシーンやトラベルで助かったという声もありました。
そうした方々が周囲にも勧めていただき、SNSやブログでも発信いただくことで、多くの方に知っていただくことに繋がりました。自分たちもユーザーの方々に了承をいただき、そうした声を発信していきました。そうした発信に対する反応は本当に驚くほどのもので、マーケティングもファンでいてくださるユーザーとともに進めている感覚です。
高レベルの機能性があることで、単なる服の提供ではなく、ユーザーに“未来の生活”を提供することになると気づいたのも大きな発見でした。それは、まさしくユーザーから教えていただいたもの。自分たちにノウハウのない商品のアピール方法も、ユーザーから学ぶことができたのです」
機能とファッションが結びつくことでライフスタイルまで変えられる――。こうしたメリットは、コラボレーションする相手にとってもかなり魅力的に映る。“高機能素材”というだけだと値段が高く尻込みしていた相手にも、価値の高いパッケージとなり、コラボレーション先を増やしていける道筋が立った。
「これまで10社ほどのブランドとコラボレーションしてきましたが、その中には『宇宙兄弟』『スパイダーマン』などアパレルブランド以外のものもあります。生活や産業を変えるという文脈では、最新のテック技術を使った『服の在り方を変える』取り組みや、著名農家とコラボレーションした、『農業をより豊かで美しい未来に変える』取り組みも進んでいます。協業先はアパレルブランドにとどまらない。改めて、面白いプロジェクトに育ったと思っています。
東レグループであることの強みを最大限に生かし、ユーザーや同業者から『異次元の開発能力』と称されるスピードで生み出される最新の先端素材と、世界に誇る強力なサプライチェーンをベースにビジネスの仕組まで変えていくムーンレイカーズの可能性は無限にあると感じており、今後もさまざまな分野で共創を広げられるはずです」
現状もその数は増え続け、すでに約20社とコラボレーションの話が進んでいるという。また、ファッションのサステナビリティについても、方向性が固まってきたと話す。
「一般的に見ると、今までのサステナブルは『今あるものを大事にする』という思想だったと感じています。よって、サステナブルであることの議論を突き詰めると、新しいものをつくることは全て環境に負荷を与えることなので、新しくものをつくるべきではないとなってしまいます。
もちろん環境負荷を何も考えずに生産効率だけを考えた行動はもはや許されるものではありません。しかし一方で、より豊かな生活を求めるのは人間としての基本的な欲求であり、それ自体は否定されるものでもないと感じています。
ムーンレイカーズの考えるサステナブルは、テクノロジーの力で環境への負荷軽減と人間がより豊かになることを両立するものです。もちろん今の技術ではまだ完璧ではないかもしれません。しかし、ムーンレイカーズの開発の高速化の仕組は“未来を引き寄せる力”を持っていると考えています。ファンと一緒にロードマップを作り、一日でも早くその理想に近づいていきたいですね。大変だし、簡単ではありませんが、それが実現した世界にユーザーとともに辿り着ける可能性を感じており、ほんとうにワクワクとした気持ちでいます」
素材メーカーである東レの異端児によるプロジェクトは、ファッションビジネスの世界にうねりをもたらしている。コラボレーションが広がれば、さらに大きな波になるだろう。これまでのファッションビジネスをどう塗り替えていくのか、楽しみだ。