2023年11月、総額72億円で東海典礼(愛知県豊川市)と八光殿(大阪府八尾市)2社のM&Aを成功させた株式会社ティア。葬儀業界としては過去最大級のM&Aとなったが、その舞台裏で同社はどのようにしてM&A、そして企業統合を進めていったのか。さらに、同社が考えるM&Aの意義や今後の戦略はどのようなものか。同社の経営企画本部・M&A推進室課長の西尾昌記氏に話を聞いた。
あらゆる局面でハードだったM&A
今回のM&Aで、ティアによってグループ化された東海典礼は愛知県東三河エリアで葬儀会館22施設、八光殿は大阪府八尾市を中心に葬儀会館16施設を展開しており、取得額の規模の大きさもさることながら、M&Aに到るまでの各プロセスも困難さが伴ったと西尾氏は語る。
「M&Aに到るまでには大きく分けて3つの困難なフェイズがありました。1つ目は入札までに金額を含め、社内の合意を得るための調整です。2つ目は膨大な量の情報を整理することが求められたデューデリジェンス(買収監査)です。3つ目が最終株式譲渡契約書を調印するにあたって、2社の株式を保有していたファンドとの交渉です」(西尾昌記氏、以下同)
それぞれのフェイズではどのような困難さを伴ったのだろうか。
「まず、社内合意についてですが、どこまで資金調達が可能なのか、M&Aをすることでどれほどのシナジー効果が生まれるのかというのを1つずつクリアにしていき、皆の意識をM&Aに向けて醸成していくということが、雲を掴むような感覚でした」
ファンドとの交渉も当初は1次入札の際には90億円を提示したものの、デューデリジェンスを進めるにつれて、70億円が妥当として再提示。しかし、ファンド側からは80億円での購入を持ち掛けられたという。そこから、最終的に粘り強い交渉の結果、72億円で合意を得ている。
「一番プレッシャーを感じたのが、妥当な取得金額を決めるために必要な監査でした。公開されている情報を基に、ファイナンシャルアドバイザーや弁護士、会計士による当社のチームが分析していくのですが、情報洪水のような状態になっていました」

上場企業としてのガバナンスの体制作り
困難を乗り越えて成立したM&Aだが、次に待っていたのは、PMI(統合プロセス)のフェイズだ。企業統合にあたっては東海典礼、八光殿の2社は非上場企業であり、ティアは名証のプレミア市場、東証のスタンダード市場に上場する企業であるため、財務やガバナンスに対する意識などを統合する必要があった。そのため、PMIを進めるために経理、内部統制、ブランドイメージなど各分野に分けて分科会を組織したという。
「一番重きを置いたのはガバナンスの体制作りです。まず、意思決定するときのプロセスなどをティアに準ずるようにしていきました。」
さらに、分科会を横断的に支援するPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)事務局も立ち上げ。各分科会とは週次でお互いの進捗状況を確認しあうなど、密に意思疎通を図るようにしていたが、情報共有においても2社とは隔たりがあったという。
「例えば、弊社ではリアルタイムに情報を共有できるツールがあるのですが、2社にはこれまでそういった環境はありませんでした。そこを構築するには時間もお金もかかるわけですが、やはり慣れていないので躊躇します。そこをどう説得して動いてもらうかというと、 “人”なんです。現在はどんどん人を投入してもらい、こちらも投入していくということを進めています。そうして、お互いができるだけ多くの人間と関わりながら環境を知ることで、不安を少しずつ取り除けるのではということを期待しています」
企業統合はコミュニケーション
試行錯誤でPMIを進めていったが、一方で得られたものも多かったという。
「まずM&A、PMIについての知見、そして各チームとしての一体感です。コミュニケーションがすごく深まりました。また、今回のように規模が大きい2社のPMIを同時に進めていくことはいい経験になりました。」
M&A、PMIを通して気づきも得られた。ティアが成長し続けてきた理由や持っている強みについてだ。
「ひとつひとつの課題に対してKPI(重要達成度指標)を怠らず、かつ意思決定や施策の修正といったことに対応するスピードが格段に早いということを実感しました。同時にティアが成長し続けてこられたのは、そこにあると思いました。M&Aがなければ、そういった他社との違いを知る機会というのはなかなかありませんから、ティアがティアである所以のようなものを客観視できたのは良かったと思います」
PMIの成果が本当に出てくるのは、これからだという。
「M&A後、最初の1年間は上場会社グループとしての統治機能を作るというのがゴールでした。そして昨年11月に3ヶ年の中期経営計画を公表しました。現在はその中期経営計画を推進するフェイズに入っていて、それが達成できれば本当の意味でPMIが順調にいっているということの証左になると思います」

今後のM&A戦略
今回、東海典礼、八光殿の2社のグループ化を成功させたことで、M&Aはティアの成長に欠かせないものになったと西尾氏は語る。
「これまでの弊社の戦略は直営、フランチャイズでエリアを拡げ、ドミナントを形成していくというものでした。今回、そこに2社をグループ化できたことで、改めてM&Aは第3の柱になるということを実感しています」
現在、ティアではすでに新たなM&Aについての取り組みを始めているという。
「私が携わっているM&A事業で言うと、大きく2つのパターンがあります。1つ目は仲介会社を通して、売却を希望している葬儀会社を紹介してもらう方法です。この場合は紹介された会社の財務面や規模などを精査し、検討します。売却希望の会社は、後継者がいないという事業継承問題を抱えているところや大手葬儀社にシェアを奪われて財政が厳しくなっている会社が多いです。
2つ目は譲渡意向はないけれど、我々から売りませんかとアプローチをかける、プロアクティブサーチと呼ばれる方法です。これに関しては、北は北海道から南は九州まで全国レベルで調査を展開しています。候補を絞ったら、実際に私が現地に赴いて視察しています。優先すべきエリアの選定は進んでいて、まずは出店していない県の県庁所在地に進出することが重要と考えています。そうすることが、そのエリアへの宣伝になりますし、露出が増える機会も生まれるからです。いずれの方法にせよM&Aを進めることで、いかにそのエリアでドミナントを効果的に形成できるか、ということを重視しています」
その一方で西尾氏がM&A戦略の中で大事にしているのは“丁寧な対応”だという。
「交渉の段階に入ったときは、最初の信用を獲得するために不安を与えないような伝え方を意識しています。逆に売却を希望している会社に対して、いろいろと精査した結果、お断わりすることもあるのですが、その際にも、断る理由は何かというのを考えて、しっかり伝えるようにしています。会社を買収するにせよ、しないにせよ、相手が納得できるような丁寧な対応を尽くすことがM&Aには必要だと思います」

M&Aは“時間”を買う有効な手段
ティアにとってのM&A戦略は“成長と拡大”という動機のためだが、M&Aそのものの意義とは何だろうか。
「我々にとって、M&Aとは“時間”を買うことだと思います。どういうことかというと、ティアの時価総額が100億円で成長率が6%だったとします。そこに今回、2社を買収したことで150億円になるのを比べたら、10年後に見る景色は乗数的に違ってきます。感覚的には数年ぐらい先にワープするんです。そこからまたM&Aを進めると、さらに数年先へ行ける。これを経常的に回す仕組みを作り、さらに直営、フランチャイズを加えることができれば、圧倒的な力になると思います」
また、新規エリアを開拓する際にも直営店の出店という方法よりM&Aが有効な場合があるという。
「葬儀業というのは地域によって特有の風習があり、直営で出店をしても、人の教育に時間がかかります。しかし、M&Aでその地域の葬儀社をグループ化できれば、元々働いている社員さんもいますので、垂直立ち上げができます。そういう意味でも“時間”を買えるという大きなメリットがあります」
M&A推進室課長として西尾氏が感じる、将来の展望とはどのようなものだろうか。
「これまでも全国制覇というのは、弊社の中の目標ではあったのですが、長い時間がかかるのだろうなと思っていました。しかし、地方を視察する中で、厳しい現実はあるけれど、弊社の『お客様にとことん寄り添う』という考えを共有できる会社も多いということも分かってきました。そういった会社とM&Aという手段で繋がることができれば、全国制覇はそれほど遠い将来ではないと今は感じています」
M&Aの成功がティアにとって、さまざまな気づきや自信を得ることができただけでなく、全国制覇への大きな足がかりとなったのは間違いなさそうだ。